せんだみつお とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋せんだ みつお(本名:中野 光雄、1947年(昭和22年)7月29日 - )は、日本のタレント・コメディアン。樺太真岡郡真岡町生まれ、東京都育ち。1970年代にラジオ番組・テレビ番組の人気司会者となった。「ナハッ」などのギャグで知られる。「せんだ企画78」個人事務所所属。芸名の由来は慣用句の「せんみつ」(千に三つしか本当のことを言わないさま)から。過去の芸名には千田光雄やせんだ光雄、ムッシュ中野があり、2000年にはミレニアムにちなんで1年間限定で 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 せんだみつお 出典: 『はてなダイアリー』 関連商品
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父は王子製紙の技術者で、父の赴任先であった樺太で生まれた。1948年(昭和23年)に岩手県に引き揚げ、その後、宮崎県日南市に移る。小学校2年生の時に東京都杉並区に移り住んだ。法政大学第一高等学校(現:法政大学高等学校)卒業、駒澤大学経済学部中退。中退後服部栄養専門学校に入学、調理師の免許を取得。
小学校3年生の頃より「劇団杉の子」に所属し、子役として活躍していた。初舞台は轟夕起子主演の舞台『人形の家』。高校時代に出会った菅原進[1]と仲良くなり、駒澤大学を中退後のしばらくの間、菅原進が結成したバンドビリーバンバンでコンガを叩いていたこともあった[2]。せんだは栄養学校に通いつつ、ムッシュ中野という芸名でビリーバンバンの付き人兼司会を務めることとなったが、その仕事が他のバンドにも広がり、アンドレカンドレ(井上陽水)、吉田拓郎などのコンサートの司会を務めた。菅原進がボイストレーニングに通っていた浜口庫之助のつてで、世志凡太の運転手や世志が加わっていたフランキー堺のバンドの巡業に加わるなどの仕事を経て、坂本九がメインパーソナリティーを務めるラジオ番組『ワイドワイドサンデー』(ニッポン放送)のレポーターの仕事を得ることとなった。
せんだみつおの芸名は、この仕事の際にニッポン放送のディレクター上野修が名付けたものであるという。当初は漢字であったが、声優の千田光男がいることからひらがなにしたという[3]。
初のメイン司会番組は1969年(昭和44年)の『ワゴンでデート』(ニッポン放送)で和田アキ子とのトーク番組であった。その後『ラジオカウント』、『セイヤング』、『ハローパーティー』などラジオ番組の人気司会者となる。 1972年(昭和47年)10月にキャシー中島とテレビ番組『ぎんざNOW!』(TBS)の司会となり好視聴率を得る[4]。続いて1973年(昭和48年)10月にスタートした『うわさのチャンネル』(日本テレビ)の司会を務め、人気が爆発した。また、湯原昌幸と番組で共演し、絶妙なコンビで人気を博した。この頃、結婚し披露宴の司会はみのもんたであった。しかし多忙なスケジュールで体調を崩し1978年(昭和53年)12月に入院。半年間の休業後、レギュラー番組が総てなくなるなど、急速に人気に陰りがでた。せんだ本人の分析によると、当時は動きの芸から、しゃべりの芸への移行期であり自分にはテンポがなかったためであるという[5]。
1980年代以降も芸能活動をし、テレビ出演などもこなしているものの、その露出度は1970年代の全盛期には及ばない。全国メディアでは、和田アキ子らの番組にゲスト出演する程度に留まっている。
近年は「ウケない金ない仕事がない」の「三ない」や、自称「大スター」等の自虐ネタを持ち味としている。2001年には当時リバイバルヒットしていた「明日があるさ」に対抗して「明日がないさ」という楽曲を発表している。歌詞も、そっくりそのままネガティブにしており、「明日がない 明日がない 明日がないさ」と歌っている。1991年に放送された「EXテレビ」の「抱かれてみたいのはどっち!?」(東京・大阪の街頭で10人ずつの若い女性に、どっちの有名人に抱かれてみたいか、というアンケートを取る企画)において、西川のりおに1対19、サダム・フセインに7対13、桂歌丸に6対14、挙句の果てには女性である和田アキ子に対しても4対16と、あまりモテそうではない著名人相手に対してもことごとく大敗を喫し、徹底的に女性にモテないキャラであることまでもが露見した。
これらの自虐ネタ、ワンパターンなギャグの印象も強いが、全盛期の1970年代にはテレビ界を席巻した時代の寵児であった。島田紳助は彼に憧れて芸能界入りしたと以前自ら出演するテレビ番組内で公言。また小堺一機も素人時代「ビリーバンバンの司会の人が面白い」と聞きつけ、まだアマチュア時代のせんだを見るために駒澤大学の学祭へ行ったことがあるという。
2007年1月にTBSナショナル劇場『浅草ふくまる旅館』でデビューした俳優の雄太は長男。他に長女がいる。
せんだと言えば両手を顔の横に上げ、それを前後に動かしながら「ナハッナハッ」と言うギャグや「せんだ偉い!せんだ偉い!」などと自分で自分を持ち上げるギャグがおなじみで、人名や地名を連呼するギャグを得意とする。ただそのインパクトは強力であり、今でも宴会ゲームの1つ「せんだみつおゲーム」(後述)として残っているほどである。
ビートたけしとはテレビ番組『スター爆笑座』にツービートが出演して以来の仲で、ビートたけしの「ナハッナハッ」「コマネチッ」(ナハネチッ)は、ラジオのネタを考えてたビートたけしが、せんだのギャグを真似したものだが、さらに元々は湯原昌幸のギャグをせんだが真似したものであるという[6]。ビートたけしによると、せんだからはギャグ1つ5.000円で購入したという。ビートたけしによると、せんだの素行の悪さとして、靴を盗もうとする、勝手にプロデューサーにビートたけしが役を降りると告げ、自分を代役にしろとせがんだなどのエピソードがあるという。
若かりし頃のせんだが風呂場で立ったまま自慰行為をおこなっていたところ、調度絶頂に達した瞬間に父親が風呂のドアを開けたため発射したものを手のひらで受けた所を見られ、思わず「リンスです」とその白濁液を頭に塗ってしまった。というエピソードがある。
現在広く使われるようになった「あけおめ」という言葉を初めに使ったのはせんだみつおである。1981年正月のラジオ番組で「今年はこの言葉をはやらせる」と言って、「あけおめ」という言葉を連発していた。しかし、その当時はほとんど流行らなかった。その為、Every Little Thingのボーカル持田香織がTBS系音楽番組「CDTV」で発したのが最初だと思っている人がいる。
合コンなどいわゆる宴会の余興で行われるゲームの一つ。参加者は車座となり、最初にある人間が「せんだ」といいながら誰か他の参加者を指差す。するとその指を指された人間は「みつお」と言いながら、また参加者の誰かを指差す。その後指をさされた人間の両隣の人間が「ナハッナハッ」のギャグを行うと1ターンが終了する。その後は「みつお」を言われた人間が最初の人間となり、以降だれかがミスをするまで繰り返す。
このゲームの出どころは1997年に放送されたアコムの自動契約機「むじんくん」のCMで、チャント星人(セイン・カミュなどが演じていた)が土星人との合コンに参加した際にやっていたが、せんだ自身はCMに一切出演していない。
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