はしだのりひこ とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋はしだのりひこ(本名:端田宣彦、1945年1月7日 - )は、京都府京都市生まれのシンガーソングライター(フォークシンガー)である。同志社高等学校、同志社大学神学部卒業。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 はしだのりひこ 出典: 『はてなダイアリー』 関連商品
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1967年にドゥーデー・ランブラーズの一員としてデビューした後、加藤和彦に請われて1968年にザ・フォーク・クルセダーズの一員として参加する。フォーク・クルセダーズが1968年10月に解散した後、「はしだのりひことシューベルツ」や「はしだのりひことクライマックス」「はしだのりひことエンドレス」のリーダーを務め、ソロに転向。
「シューベルツ」とはシューベルトと“Shoe Belts”(靴のひも)をひっかけたもの。メンバーは、はしだのりひこ、越智友嗣、杉田二郎、井上博。
『風』(1969年)が最大のヒット作品。この名前ではかなりの作品数を発表した。 続く『さすらい人の子守唄』で「夜のヒットスタジオ」に出演した時は、バックのイメージ映像が映されないという放送事故が起きた。
メンバーの井上博(ベース)の逝去により解散した。
少女たちを従えたマーガレッツ を結成し、中津川フォークジャンボリーで演奏。テレビ出演を果たしたりしたが、レコードの発表には至っていない。
1971年に『花嫁』(作詞・北山修 作曲・端田宣彦 坂庭省悟 編曲・青木望)/B面『この道』(作詞・北山修 作曲・端田宣彦 編曲・青木望)が大ヒットし、この年の第22回NHK紅白歌合戦にも出演。他に2枚目のシングル『ふたりだけの旅』(作詞・北山修 作曲・端田宣彦 編曲・青木望)/B面『青空をつかまえよう』(作詞・北山修 作曲・中島陽二 編曲・青木望)がスマッシュ・ヒット。3枚目『この胸に』(作詞・安井かずみ 作曲・端田宣彦 中島陽二 編曲・青木望)/B面『忘れられないの』(作詞・北山修 作曲・中島陽二 編曲・青木望)、4枚目『沈黙』(作詞・端田省洋 作曲・端田宣彦 編曲・青木望)/B面『愛のポエム』(作詞・ドン・パック/落合恵子 作曲・中島陽二 編曲・青木望)がリリースされました。スタジオ録音アルバムは製作途中で頓挫し、ライブアルバムが1枚残されただけであった。また、シングルリリースを予定していた『戦争は知らない』や、LP用の『嫁ぐ日』などが、録音されながらも、現在まで30年以上も公式に音盤化されずに、幻となっている。
ソロ活動を開始。
フォークルファミリーとは長らく没交渉に近いが、2001年にドリーミュージックから出したミニアルバムのライナーには北山修が寄稿している。
並行して妻の看病に専念したとされる時期もあったことから「主夫」としての活動が話題になったこともあり、現在ではその方面での法人団体にも関与している。
などのエッセイがある。
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