はっぴいえんど とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋はっぴいえんど 出典: 『はてなダイアリー』 関連商品
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| はっぴいえんど | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| ジャンル | ロック |
| 活動期間 | 1969年 - 1972年 1973年 1985年 |
| レーベル | URCレコード ベルウッドレコード |
| 影響 | バッファロー・スプリングフィールド モビー・グレープ |
| メンバー | |
| 細野晴臣 (ベース、ボーカル) 大瀧詠一 (ギター、ボーカル) 松本隆 (ドラム) 鈴木茂 (ギター、ボーカル) |
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目次 |
小坂忠、柳田ヒロらとともに結成したバンド・エイプリル・フールを脱退した細野晴臣と松本隆、そして大瀧詠一と鈴木茂が出会い、1969年にバレンタイン・ブルーという名前で結成された。1970年4月にハッピーエンド、さらに平仮名表記のはっぴいえんどとバンド名を改名。
活動期間中に、URCレコードから『はっぴいえんど』『風街ろまん』、ベルウッドレコードから『HAPPY END』を発表している。
バンドの作詞担当であった松本隆が、ダブルミーニングなどの技法を積極的に歌詞に取り入れ、日本語ロックと呼ばれた独特の世界を構築。ちなみに大瀧と細野は音楽性を重視していたため、ロックに日本語の歌詞をつけるこの提案に反対したらしい。またサウンド面においてはアメリカのバッファロー・スプリングフィールドや、モビー・グレープに影響された先進的な音であった(もっともこの時期には、日本でもすでにプログレッシブ・ロックが注目されており、バッファロー・スプリングフィールドは過去のものとなりつつあった節がある。しかし、1970年の洋楽専門雑誌では、特集で彼らが回顧されており、その音が全くの時代遅れではなかったことがわかる)。しかしブリティッシュロックの人気が絶頂期を迎えつつあった当時の日本において、これらのバンドはほぼ無名であり、音楽性としてもマニアックであったため、評論家や一般のロックファンの評価は決して高くはなかった(現在においてもはっぴいえんどの再評価はロックのフィールドではなく歌謡曲やJ-POPのフィールドでされることが多い)。にも拘らず、このような音楽性を標榜したのは、(細野がアメリカ音楽からの影響を強く受けていた事や、単に売れている物を否定するというアンチの精神もあるが)ブリティッシュロックはアメリカのロックをコピーして生まれたイギリスオリジナルの音楽であるため、日本のロックを作るためにはアメリカのロックをやらなければならないという考えがあったからだという。
また、今でこそシングルとアルバムのバージョンを違えたりリミックスすることは一般的になっているが、シングルカットする際にはアルバムの音源を使うのが通例だった当時において、彼らはすでにシングルとアルバムのバージョンを変えて発表していた。なお、シングルがキングレコードから発売されたのは、当時キングレコード社員だった三浦光紀がはっぴいえんどに注目し、「12月の雨の日」のシングルバージョンのレコーディングスタジオにキングスタジオを提供したためである。
遠藤賢司、岡林信康、加川良、高田渡、小坂忠らのバックバンドとしても、コンサートやスタジオ録音などを行っている。
1972年末に惜しまれつつ解散したが、1973年の文京公会堂と、1985年の国立競技場で再結成のライブを披露している。
彼らの代表曲「風をあつめて」は、2003年に米国映画『ロスト・イン・トランスレーション』でも取り上げられた。
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