クイア理論 とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋クィア理論(クィアりろん Queer theory)は、第三波フェミニズムやゲイ・レズビアンスタディーズとして知られる、ジェンダー・セクシュアリティの、哲学的、理論的な研究から派生し、構築された理論である。クイア理論とも表記する。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 関連商品
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1990年代初頭まで、「クィア(Queer)」とは「奇妙な」という意味から転じて「男性同性愛者」、「ホモセクシュアル」、「変態」、「おかま」などの意味で使用された侮蔑語、差別語であった。[1]しかし、LGBTといった細分化されたセクシュアリティの分類に対して、テレサ・デ・ラウレティスやジュディス・バトラー、イヴ・セジウィックらの思想家が新たな理論的な可能性を模索をはじめ、「クィア」という言葉は、非異性愛者の連帯として新たな意味として肯定的に用いられるようになった。
1990年代以降、クィア理論は、学問領域を横断する思想として広く受容されるようになり、「本質」、「生成」、「根源」といった概念に対して、「構築」、「行為遂行性(パフォーマティヴ)」、「経路」といった観点から、「性」(セックス、ジェンダー、セクシュアリティ)を問い直している。従って、クィア理論は、特定の方法論や概念的な外延を持たず、セックス、ジェンダー、セクシュアリティの相関関係や、社会的な「性」や「生」の基盤について、批判的に、時には、ジュディス・バトラーのように「基盤主義そのもの」について再構築を迫りさえする思考、行為、取り組みの総称であり、差異の集合体、差異の連帯を理論化する営為を指す言葉でもある。
具体的には、文学テクストや哲学テクスト、映画、音楽、映像、演劇、身体的なパフォーマンスなどの表象に関して、規範的な読みではない奇妙な読み直しを行ったり、セックス、ジェンダー、セクシュアリティが、社会の中でどのように機能しているのかについて、社会的、政治的、法的、医学的な言説実践や、言説実践によって産出された知と権力の関係について研究する取り組みなどの集合を指し、独立した学問分野、単一な理論ではなく、学問横断的(学際的)で、撹乱的な行為であり、アカデミズムの中にさえ安住せず、さらには、知的行為の意味さえも再構築する、「開かれた知的行為」である。
また、クィア理論は、異常という聖痕(スティグマ)を塗り替える政治的な戦いとしても捉えられることがある。しかし、これは暴力的な戦いではなく、自己のクィア性(変態性)を前面に出して生き、自己同一性という神話そのものを問い続ける動的な行為遂行性に基づいているために誤解やトラブルを生みやすい(ジュディス・バトラー『ジェンダートラブル』などで指摘)。しかし、そのトラブルから他者と自己といった二分法を越えるための理論を構築しようとしている。
共通するのは、「性」やアイデンティティに関して、「正常」、「ストレート」といった規範、異性愛中心主義や、生物学的な真理がいかに構築されたか、その過程や経路について、二項対立といた枠組みや学問領域、知の編成までも問い直す研究を行っている点である。
クィア理論の主要な研究企図は、現在進行中の、ジェンダーとセクシュアリティ、性科学の類型化、分類について再考することである。例えば、「ホモセクシュアルとは何であるか?」という問いは、ホモセクシュアルの範疇を再考したり、ホモセクシュアルの構築過程について本質はあるのかという問いを可能にする。また、「黒人系の英国籍をもったレズビアンは、南アジアのゲイの男性と異なった生活経験をしているのか」など、これまで一面的にとらえてきたゲイやレズビアンなどの範疇(カテゴリー)の中にある差異を問い直すことも行われている。
そのほかには、「どうやってわたしたちは『男とは何であるか』『女とは何であるのか』を定義しているのか」といった疑問を提示し、「男」や「女」といったカテゴリーの構築過程を解きほぐす実践としてもクィア理論は捉えられる。その際、「女性は男性的になれるのか?」 或いは、「なる必要があるのか」といった問いかけも含む。
上述のように、クィア理論とは、主体というカテゴリーを「定義」し、固定化し、同定するのではなく、連続する動き、運動として、主体というカテゴリーを絶え間なく検証し続ける動的な行為である。同時にクィア理論は、唯一の起源や真理への異議申し立てであり、反復の際の規範の攪乱を期待している。例えば、カルチュラル・スタディーズの理論家ポール・ギルロイ(en:Paul Gilroy)を援用するならば、「起源(ルーツ)ではなく経路(ルート)に着目し」、具体的に個人の経験を見逃さず、その上で、差異と連帯について、クィアな理論を組み立てるのが、クィア理論に見られる、学際的、増幅的、拡散的、散種的、混乱的、混交的、撹乱的な側面である。
クィア理論は、もともと、ジェンダー・セクシュアリティの諸問題において、自然的、必然的、本質的な立場をとらず、ジェンダーやセクシュアリティは文化的に構築されているという地点・地平・時空から出発した。言語自体が恣意的な差異の体系であるという、20世紀の言語論的転回を受けて、「言語は恣意的に構築された差異の体系であること(構築主義的な見方)」、「規範的な性にあてはまらないものは、排除されるか、言説の増産によって、一定の位置に追いやられること(ミシェル・フーコーが『性の歴史I 知への意志』で指摘)といった問題意識に基づき、同一性や規範、主体の産出の問題について活発に論を展開している。「クィア」という言葉には、概念の外延に限界はなく、過渡的であり、多様性という言葉では語れない個人の経験やその表象、非同一性や非一貫性についての理論化、定義の拒絶、名指されてしまうときの傷や傷痕の政治性の分析などを通じて、どのように主体が構築されたのかを、解きほぐしたり、脱構築したり、再構築する。それらの方法論は、ジャック・デリダの脱構築と関連し、新たな概念や知を再構築する、生産的な営みとして、学際的に行われている。
クィア理論は、1990年2月に、カリフォルニア大学サンタクルーズ校において行われた、レズビアンやゲイのセクシュアリティを理論的に考える研究会議「クィア・セオリー」において、テレサ・デ・ラウリティス(テレサ・デ・ローティス)によって、「クィア」と「理論」を組み合わせて作られ、同会議では、クィア概念が提唱された。
ラウレティスの問題意識は、1960年代から進んでいたレズビアンやゲイの権利を確保するための解放運動の後、1980年代以降、反動(バックラッシュ)が起きたことに対して、セクシュアルマイノリティの間での連帯を呼びかけるものだった。風間孝、河口和也、キース・ヴィンセント『別冊id研』(動くゲイとレズビアンの会1997年13ページ/河口和也『クイア・スタディーズ』2003年・57-58ページにも採録)によると、ラウレティスは、アメリカ合衆国において、「ゲイとレズビアン」というひとかたまりの集団として扱われることについて、セクシュアリティについての差異がないかのように捉えられていることについて話す機会として1990年のカリフォルニア大学サンタクルーズ校での学会を主催したという。そのときには、アメリカ合衆国の背景を考えて、人種とセクシュアリティの関係について話す機会が欲しかったという。セクシュアリティという単一な概念から、複数的で多様なセクシュアリティーズや様々な概念を組み入れてアプローチできる方法であるとしている。この場合、取り込み(アプロープリエーション)との関係、体内化という概念も結びつくき、クィアは、要素のひとつであったり、アイデンティティとしての本質的なクィアという陥穽に陥らないために、動詞的、形容詞的に使用された。
反動は、一方では、保守的な男・女の役割への回帰、非異性愛者の排除という形で現れたが、同時に、ゲイ/レズビアンという同性愛者内での男/女の差異を強調するゲイ・アイデンティティやレズビアン・アイデンティティへの疑義も含まれていた。しかし、性的少数者への政治的な攻撃や、レズビアンやゲイへの反動的な世論が形成されたために、男性同性愛者と女性同性愛者との間での軋轢や、性的少数者が分断され細分化されつつあった中で、セクシュアル・マイノリティの連帯を目指したことがクィア理論が生まれたきっかけである。
ラウリティスがクィア理論という語を提唱した後、異性愛中心主義の社会において、抑圧されたり、弾劾されたり、無視されてきた多様な性を生きる者が連帯するための画期的な理論として受け入れられた。具体的には、性的なアイデンティティを脱構築的な手法で考えることで、異性愛と非異性愛という二項対立について再考することで、規範的な性やセクシュアル・アイデンティティにおける同一性を問い始めた。また、ヘテロセクシュアル内にも、様々な性のありようはあり、常態、あるいは規範に対する「変態(クィア)」という概念が取り入れられたことにより、性は個人的なことであるという言説に対して、異性愛中心主義として公的に構築さえてきたかもしれないという、アイデンティティの政治(アイデンティティ・ポリティクス)にも影響を与えた。また、ゲイやレズビアンを代表、表象できるのかといった問題についてもクィア理論は影響を与えた。
同じ年(1990年)には、ジュディス・バトラーが、『ジェンダー・トラブル』("Gender Trouble")を刊行し、1985年に『男同士の絆―イギリス文学とホモソーシャルな欲望』("Between Men: English Literature and Male Homosocial Desire") を出版していたイヴ・K. セジウィックが、1991年に『クローゼットの認識論』("Epistemology of the Closet")を刊行し、クィア理論の担い手として注目された。また、1990年に、デヴィッド・ハルプリンは『同性愛の百年間』("One Hundred Years of Homosexuality")を刊行した。これら、1990年前後に、クィア理論の担い手が多く現れた。
クィア理論がはじまった当初は、構築主義と本質主義についての議論が活発に行われた。これらは、現在分類されているセクシュアリティは、言説の実践によって構築されたのか、それとも分類は自然的なものなのかという点について議論された。これらの議論が二項対立として扱われることについても、クィア理論は、疑義を差し挟んでいる。言説によって自然とは何であるかが構築されたのではないかという点において、自然を理解することが言説実践ではないかという疑義である。これらは今も争点であるとともに、本質や規範、ノーマル、二項対立について考察するクィア理論にとっては出発点でもある。
クィア理論の誕生に大きな影響を与えた思想家の一人がジャック・デリダである。脱構築によって、音声言語 / 文字言語、男 / 女、人間 / 動物、文明 / 野蛮などの二項のうち、前項が優位に立ち、第二項がそれを補っているとするデリダの論に大きな影響を受けている。
ジュディス・バトラーは、ヘーゲルの精神現象学の研究(主に主人と召使の弁証法)から出発し、ミシェル・フーコーやジャック・デリダの論、ジョン・L・オースティンのパフォーマティヴィティや言語行為論、ルイ・アルチュセールの、いわゆる「呼びかけ」理論などを資源として、言語と権力、社会と主体の問題について活発に発言している。『ジェンダー・トラブル』においては、モニク・ウィティッグやジュリア・クリステヴァらへの批判を行った。
とりわけ、「セックスはつねにすでにジェンダーである」という『ジェンダー・トラブル』(竹村和子 訳・青土社)での議論は、セックスという生物学的な原因と、ジェンダーという社会的文化的な結果の区別を無効にし、原因と結果の転倒を行った。また、バトラーは、同一性を保ち続けるオリジナルな(起源としての)主体に対して、行為体(エイジェンシー)という概念を用いて、言語のまえやあとに想定される「主体」の否定、「同一性」やアイデンティティがパフォーマティヴな行為の結果であるという撹乱的な理論を行ったことは、その後のクィア理論に大きく影響している。
クィア理論における「理論」という言葉は、「ある学問分野において行われた、ある事柄についての考察・研究が、他の分野でも援用できる」という意味合いを帯びている。
ジョナサン・カラーがまとめた理論の要点をもとに以下、四点にまとめる。
理論を他の対象に敷衍するには、まずそれが「対象Xについて使用可能な理論」かどうかを吟味する必要がある。このとき、「Xについて一般相対性理論が利用可能かどうか」が議論されるのと同様に、「Xについてクィア理論が適応可能かどうか」が議論される。
例えば、「夏目漱石の『こころ』という文学テクストについてクィア理論を当てはめてみる」というと、「テクストの内包するジェンダー・セクシュアリティについて再考する」という意味合いで捉えられることが多い。
クィア理論において、相対性理論などとの差異は、「クィア理論とは、Xの概念の外延や歴史を問い直す理論」であり、一枚岩的な「理論」はありえず、「絶えず“知”を問い直し、更新し続ける運動」としても捉えている点である。この点では、デリダの脱構築や社会構築主義に依拠している。(取り急ぎ構築主義について知りたい方は、『構築主義とは何か』(上野千鶴子・編)、ケネス・J・ガーゲン『あなたへの社会構成主義』、ヴィヴィアン・バー『社会的構築主義への招待』など参照のこと。)
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