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『クイズ!年の差なんて』(クイズ!としのさなんて)は、1988年10月から1994年9月8日までフジテレビ系列で放送されていたクイズ番組である。
概要
出演芸能人がアダルトチームとヤングチームに分かれて解答をする。アダルトチーム(おおむね40代以上)には常識であってヤングチーム(おおむね20歳前後)には知られていない問題、逆にヤングには常識でアダルトが知らない問題を交互に解答し、その「常識」の違いを楽しむということをテーマとした人気番組である。ちなみに番組名にある「年の差」とは、一般に言われる「年の差(肉体年齢・精神年齢・体力年齢・文化年齢)」のうち、「文化年齢(ジェネレーションギャップ・世代差)」のことである。すなわち、現代・過去の世相、風俗、流行をクイズ形式で紹介するものでもある。番組開始当初は水曜日の30分枠だったが人気が上昇したため1990年10月に木曜日の1時間枠に移った。
番組の終焉とその後
- 1990年頃から1993年の夏頃までは高視聴率をキープしたが、1993年10月のリニューアルの頃から裏番組の「上岡龍太郎がズバリ!」(TBS系)の影響で視聴率が低迷し始め、半年後に再び大幅にリニューアルしたが、それでも視聴率の低迷は続き、結果的にリニューアルが失敗したことや多少番組のマンネリ化が目立っていたことから、1994年9月8日の2時間スペシャルをもって終了した。皮肉にも上岡と三枝と言う2人の上方芸人司会による2番組がぶつかった格好となった。
放送時間
- 水曜日/19:30 - 19:58 (1988年10月 - 1990年9月)
- 木曜日/19:00 - 19:54 (1990年10月 - 1994年9月)
出演者
司会
- レギュラー放送
- 1996年4月放送の『ガンガンスペシャル』
- 2006年6月放送の『クイズ!年の差なんて 2006スペシャル』、2007年2月放送の『バブルへGO!!スペシャル』
解答者
前期・中期(水曜日・木曜日前期)(1988年10月 - 1994年3月)
- アダルトチーム
- ヤングチーム
末期(木曜日後期)(1994年4月 - 1994年9月)
- アダルトチーム
- ヤングチーム
ガンガンスペシャル(1996年4月)
- アダルトチーム
- ヤングチーム
カスペ! 『クイズ!年の差なんて 2006スペシャル』(2006年6月)
※放送日が『Wぅ杯 番組交流戦スペシャル』期間中で番組紹介を兼ねていた為、『』には各解答者のモニターに表示されていた番組名を記載
- アダルトチーム
- ヤングチーム
カスペ!『クイズ!年の差なんて バブルへGO!!スペシャル』
映画『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』公開記念で放送。通常の「ヤングチーム」対「アダルトチーム」ではなく、バブル期に青春を謳歌した35歳以上の「バブルチーム」とバブル期を体験していない26歳以下の「アンダーバブルチーム」の対抗戦形式で行った。
- バブルチーム
- アンダーバブルチーム
その他レギュラー
- 竹内都子が男性の上司、清水よし子がOLを演じたコント形式で死語に関するクイズの出題をした「死語の世界」が人気であった。最終回にはアダルトチームの回答者として出演
- ホンジャマカ(クイズのVTRや、番組中期の10人ボウリングのコーナーに出演)
- デンジャラス(クイズのVTRに出演)
- 極楽とんぼ(クイズのVTRに出演)
- ローリー寺西(番組後期のローリーランキングのコーナーに出演)
- 本田みずほ(クイズのVTRに出演)
- アンガールズ(クイズのVTRに出演、2006のみ)
- ペナルティ(クイズのVTRに出演、2006のみ)
- 菊地陽子(番組初期にいた、初代アシスタント=マスコットガール)
- 橋本景子(2代目マスコットガール)
- 山田純世(番組末期にいたアシスタント)
- 阿部寛(バブルナビゲーターとしてクイズのVTRに出演、バブルへGO!!スペシャルのみ)
- ゲストパネラーの広末涼子同様、映画「バブルへGO!!」の宣伝も兼ねている。
ナレーター
ルール
初期〜末期・ガンガンスペシャルまで共通のルール
※あくまでも基本的なものであり、必ずしもこの通りではないコーナーもある。
- アダルトチームとヤングチームのチーム対抗戦形式。
- 基本的に筆記式で解答するが、後に違う解答形式の問題も登場した。
- 問題はアダルトチームのみ解答する「ヤング問題」、ヤングチームのみ解答する「アダルト問題」、全員が解答する「共通問題」の3種類。
- 最終問題などを除く各問題には「NGワード」が1つ(例外もあり。後述)設定されており、これを書いてしまうと(主に20点が)減点され、更に減らされた得点が相手チームの得点に加算される。但し、最初期は減点のみであった。視聴者にはシンキングタイムの音楽が終わった後にNGワードのテロップが表示される。ただ、チーム(また未期の場合個人得点も)が0点の場合はそのまま相手チーム加算されるが、未期のNG分ではマイナスの掲示はなかった。
- 正解時のBGM(但し、指名歌詞穴埋めクイズや早押しクイズで正解したときは流れた)、全員不正解時のBGMは基本的にはなかった。
初期のルール(1988年10月〜1990年9月)
アダルトチーム(青緑の解答席)とヤングチーム(赤紫の解答席)は4名ずつ。セットは街をイメージしており、アダルトチームは得点板横の柱に「ADULT AVE.」、ヤングチームは得点板上の看板に「YOUNG ST.」と表記していた。因みAVE.、ST.はそれぞれアベニュー、ストリートの略で、両方とも「通り」という意味。 正解すると解答席にある☆(星形)のランプが1個ずつ点灯し、個人の成績を表していた。その下には大きな×マークがあり、NGワードを書くと赤く点滅した。のちに☆(星型)のランプが撤去され、アダルトチームの解答席の形が丸いものになった。
- 基本ルールは上述の「共通のルール」の通り。
- ごく初期(放送数回目まで?)にはヤング問題・アダルト問題という分け方はなく、ヤングチーム・アダルトチームともに同じ問題を解答していた。得点は例えばヤング問題ならヤングチームは10点、アダルトチームは20点だった。アダルト問題ならその逆。
- ちなみに第一回の第一問は「コロコロ、ボンボンとは一体なんでしょう?」で、正解はコミック雑誌の名前。
- 最終問題は「見返り美人」とある会社等の美人当てや「年の差 カップル当てクイズ」女性(男性)を見て、その彼氏(彼女)を当てる4択クイズが出題された。
- 最終問題は共通問題でNGワードの設定は無し(初期は設定されていた)。正解時の得点は通常問題(20点)の倍の40点。
- 優勝チームは番組の最後に海外旅行をかけたゲームを行う。裏返された4×3のパネルの各項目(1.人数、2.場所、3.行動)から1つずつ選んで文章をつくるもの。
- 例:「3人で」「ハワイに」「遊びに行く」なら優勝チームのうち3人にハワイ旅行だが、最後が「行った気になる」ならハワイのお土産セット、「電話する」ならテレホンカードセットのように賞品が決まる。
- この頃のエピソード
- 「NGワード」発生時は赤いNGテロップが画面の淵に沿って回り、効果音はブザーだった。30分枠での初の1時間スペシャルでは早押しでも「NGワード」が設定していた。
- 答えの空白部分を「ホニャララ」と表現していた(答えが短い場合は「ホニャ」と表現する事もある。アイ・アイゲームの「チョメチョメ」みたいなもの)
- 30分枠後期〜60分全盛期では「NGワード」発生時はNGバードが登場する。
- 30分時代では30秒間CGでセットの組み立てをし、全て出来上がったら司会者が登場する形だった。一時期、解答席のデザイン変更により一部変更された。
- この時期のみ、「3日間でやめられなくなる」(三枝)「やまだかつてない」(山田)「クイズ!年の差なんて」(2人)とオープニング口上が有った。
- 初のハプニングとして、アダルト問題で「満60歳、数え年で61歳の祝いのことをなんという?」(正解:還暦)で、当時高島忠夫がそれを迎えていたのでそのことで話題となり、高島が「すいません、今この『かんれき』のことはカットしてください!」と思わず答えを大声で言ってしまう。高島はこの後で「アッ!?」と叫びながら口を手で抑えたものの時既に遅く、会場全員は高島のハプニングに大爆笑、スタジオがめちゃくちゃになってしまった。結局この問題はヤングチーム全員正解となった。
- また、高島はヤング問題で無意識に答えを言う事がある。サンリオのたあ坊の名前当てで「アア坊」と答えるが、「僕はたあ坊と呼ばれてたんですが…」と発言。別の回で、ドラゴンボールZの孫悟空の必殺技は「?波」かという問題で(正解はかめはめ波)「カンフー波」と解答、だが朝丘雪路の「かみ波」という答えにに対し「そういえばハワイでカメハメハ大王っていましたね」と発言。両方とも会場は騒然となるが、当の本人は気付いていなかった。
- 答えが造花の香港フラワーという問題で、ヤングチームに実物を渡して見せるが、その花に答えが書いてあると知り慌てて回収した事があった。
- 「渋谷系のファッションことをなんというでしょう?」という問題で(答えは渋カジ)、三枝は消防の火を消すまねをしてヒントを出すが、うつみ宮土理は三枝と長い付き合いだとして三枝のヒントを信じて「火消しファッション」と解答した。
- マグマ大使の敵の名前の問題で(答えはゴア)、三枝が山田の顎を掴みヒントを出すが、森口博子は「ハンニャ」と書き、山田に突っ込まれる。更に松本典子は「イノキ」、吉田栄作は「スフィンクス」、ゆうゆは「アゴイサム」と書き、山田は「そんなわけないでしょ」と呆れてしまう。
- 森口博子は中山秀征と共に珍解答が多いことでも知られている。淡谷のり子は何の女王という問題で(答えはブルース)「アイシャドーの女王」と解答。初めてアイシャドーをしたのが淡谷と主張するが、実はつけまつげの勘違いで赤っ恥をかく。また一斗缶の名前当てでも「どんかん」と解答。すると、三枝に一斗缶で頭を叩かれる。更に花火の掛け声「玉屋」に対し「高島屋〜」(正解はかぎ屋)、由紀さおりのヒット曲「夜明けの?」に対し(正解はスキャット)「ら行」と解答する。人類初の月面旅行に使ったロケットは「?12号」?(答えはアポロ12号)で森口は「アポロン(12号)」と解答。隣の解答者・渡辺満里奈は「アポロ(12号)」と解答し森口が「あっ!!」と本当の答えに気づいたようだ。極めつけは、俳句「目には青葉 山ホトトギス ?がつお」の問題では(答えは初がつお)「まらがつお」と解答、三枝に突っ込まれる。しかし森口本人は訳が分かっていなかった。三枝に耳打ちで意味を教えられ、意味を知った瞬間「え〜っ!」と絶叫した。因みにこれは、まながつおの勘違いである。
- 中山秀征は「ボタン鍋は何の肉?」の問題で(正解はイノシシ)、「ロバ」と解答。本人曰く「普段食べた事がない、色が茶色、ロバですよ」との事。
- オープニングで「中山秀征君をもっと出して下さい」という投書に対し、三枝と山田は中山をセットの外へつまみ出した(出演させると言う意味の「出す」と追い出すの「出す」をかけた洒落)。更に中山が戻る際に、段差に足を引っ掛けて転んだ。
- 金色夜叉の「貫一と○○」の問題で(答えはお宮)でヤングチームの松本典子が「カメ子」、喜多嶋舞が「うめ子」、森口博子が「よね」、ゆうゆが「おとよ」と珍回答を出した。
中期のルール(1990年10月 - 1993年9月)
セットがリニューアルし、アダルトチームは蒸気機関車を背景にした緑の解答席、ヤングチームは蒸気船を背景にした橙の解答席になった(初期は少し暗めな色合いだったが、後に明るめに)。後にテーブルの上に早押しランプも置かれる(最初は赤い電球だったが、後にオレンジ色のネオン管に)。ラテン曲「テキーラ」をモチーフにしたようなシンキングタイムのBGMもこの頃から使われる様になり、番組の名物となった。この番組のいわゆる全盛期にあたる時期である。
通常のクイズ(筆記式の問題)の他、以下のようなコーナーがあった。
- 早押し問題
- 「早押し スリーヒントクイズ」
- 一つずつ提示されるヒントを基に物(お題)を当てる。大抵、第2ヒント、第3ヒントのいずれかはダジャレによるヒントであった。
- 後に、6ヒントクイズまで拡張された
- 「年の差 3D」
- ある模様を特定の点に焦点を合わせて見ると、模様に文字が浮かんで見えるので、何と書いてあるかを当てる。当時日本で流行していた3Dと呼ばれるステレオグラムを使ったもの。
- 答えがわかったら、司会者に耳打ちで解答する早抜け形式(制限時間内であれば、何人でも正解できた)
- 番組中期の終わり(1993年9月末)から後期の途中までの時期に出題された。
- 早押し問題のコーナーには「NGワード」のルールは無かった。
- 「指名制歌詞穴埋め問題」
- それぞれの世代のヒット曲の歌詞の一部が隠されているので、正しい歌詞を答える。ヤング問題アダルト問題それぞれ出題。
- 元々は、「歌詞穴埋め問題」という通常の筆記式の問題だったが、好評のため「指名制歌詞穴埋め問題」としてバージョンアップした。
- 解答形式は筆記式で、出題しているチームが解答しているチームから1名ずつ順に指名して答えを出させるルール。1人目で当てられたら40点、以下1人指名するごとに10点刻みで得点が下がる。正解が出るか全員不正解、もしくは「NGワード」が出た時点で終了。「NGワード」が出た場合の減算加算される得点は正解したときの得点と同じ(例えば最初にいきなりNGが出たら自チーム-40点、相手チーム+40点)。
- 指名の際は解答者の名前を呼ぶのが基本だが、ヤングチームがアダルトチームの一人を指名する時は、愛称で呼ぶパターンもあった。(例:高島忠夫には「イェーイ」、うつみ宮土理には「ケロンパ」、藤村俊二には「おひょいさん」、岡田眞澄には「ファンファン」等)
- NGワードを出す確率が高い各チーム初登場ゲストとアダルトチームの高島忠夫や、ヤングチームのゆうゆは殆ど真っ先に指名された。それゆえゆうゆは(NGワードでない)不正解のブザーが鳴ると「あーよかった…」と言い、三枝に「なにがよかったですか、当たってないのに…」とつっこまれると「NGじゃなくてよかったから」と返している。またゆうゆはNGワードを恐れて解答を何回も書き直して、三枝や山田に「早く書きなさい」とせがかれ、最終的な解答がNGワードだったことがある。逆に正解率が高いアダルトチームの岡田真澄や、ヤングチームの中山秀征や坂上忍らは最後の方で指名されていた。
- 番組中期の終わり頃からは得点ルールが変わり、正解者が出た場合は「年の差シャッフル」と呼ばれるルーレットに挑戦し、止まった場所に書かれている得点が加算された。(最高100点〜0点)
- なお、1993年9月の「だっよ〜んスペシャル」から後期までは、通常の筆記式の問題に戻り、「年の差シャッフル」で止まった得点の正解人数分が加算された。その後は通常の筆記式の問題(書き問題)の得点(20点)に変更され、実質、通常の筆記式の問題と同じ形になった。
- 「ナメキリコーナー」
- ヤング・アダルトにとって最も簡単な問題が出題される。(グループ人数の計算など)
- 「ダブルNGワードコーナー」
- 「NGワード」が2つ設定されているが、正解すると40点貰える。
- 特番の時は更に、3個以上の「NGワード」が設定されている亜種問題が出題されたこともあった(その分、正解時に獲得できる点数は高く設定されている)。<「トリプルNGコーナー」だと正解すれば60点でNGワードが3つ設定、「9NGコーナー」だと正解すれば90点でNGワードも9つ設定する関係上、稀に半数がNGになる場合がある。>
- 最終問題「10人ボウリング」
- 10人1組の4チームで行われる「10人ボウリング」の優勝チームを予想する。正解すると40点貰える。
- 「10人ボウリング」のルールは、1名が1レーンに立ち、10人が一斉に1球だけ投げ、倒れたピンの合計数を競うもの。優勝チームには賞品がプレゼントされる。又オールストライク(100点)の時には、100万円がプレゼントされる(但しこのルールは当初は無く、VTRを見ていた高島忠夫のリクエストで生まれた)。
- 初期は、最下位チームが「NGワード」と同じ扱いをされ、最下位チームを答えた解答者は20点減点となったが、ほどなくしてこのルールは廃止された。
勝利チームに与えられる賞品を賭けたゲームは初期と同じであったが、パネルの項目が次のように変更されている。
- 1.人数×4、2.場所×2、3.誰:「勝ちチーム」または「年の差会員」×3、4.行動×4
- 「年の差会員」とは、番組に葉書を送った視聴者のこと。賞品が年の差会員に当たった場合、抽選で獲得者が選ばれた。
- 両チーム引き分けの際は年の差会員にプレゼントが当たるようになっていた。
- この頃のエピソード
- ヤングチーム(アダルトチームも一部パネラーが)がシンキングタイムのラテン調BGM(2006年6月13日、2007年2月13日放送の復活版でも使用された)に合わせて踊ったり(シンキングタイムの間、全く答えを考えてない所が笑いを誘う)、ゆうゆが解答フリップに描く「ナス」、森口博子が解答フリップに描く「自画像」(「ヒロリン」という名前を付けていた)がお馴染みになったのがこの時期である。シンキングタイムの踊りは時間が尽きるまで踊っていて、その後に「ウッ!」とキメたりしていた。
- 番組のマスコットが作られた。怪獣の子供というようなキャラクターで、名前は「年の差」から取った「とっしー」君。着ぐるみでアシスタントを務め、解答席にも小さい人形が飾られていた。因みに奥さん子供もいる。奥さんの名前は「ナンティー」である。また、セガからクレーンゲームの景品にもなった事がある。
- ヤングチームがとんでもない答えを書くと、三枝と邦子が「あ〜あ、なさけな〜い」と合いの手を入れる。
- 「NGワード」発生時ではNGバードが登場し、効果音も「NG〜、エヌジー〜」と連呼するものに替わっていた。
- 簡単そうな問題が出ると、この頃から三枝と観客が「簡単か?」「カンターン!!」「○○は?」「××タン!!」と遣り取りする様になった(例えば、「『ピンポンパン』のマスコットは?」「カータン!!」という具合)
- 1992年4月から1993年9月は19時30分からプロ野球中継を入れるため、30分の短縮バージョンで収録・放送されることもあった。番組開始時には司会者が番組名の掛け声を出すが、この短縮バージョンでの掛け声は「クイズ!年の差なんて30(サーティー)!」であった(ちなみに当時はこの番組の後19時55分から5分間はローカル枠で、フジテレビの場合はFNNニュース(火、金以外の曜日に放送)とあすの天気(木曜日のみ)を放送していたが、30分の短縮バージョンの場合はローカル枠はなかった)。
- 1チーム全員NGワードが1回だけ出たことがある。(アダルトチーム)問題は「秘密戦隊ゴレンジャーのうち実際にいないのはどれ?」で項目はアカレンジャー・クロレンジャー・ミドレンジャー・モモレンジャー・キレンジャー。アダルトチーム全員「ミドレンジャー」と書きNGワードは「ミドレンジャー」で全員NGワードを出した。
- 1993年1月7日に放送された「〜アンビバスペシャル」(19:00 - 20:54)では番組の最高視聴率28.4%をマークした。(ビデオリサーチ・関東地区)ただこの特番だけは、通常の「ヤングチーム」VS「アダルトチーム」ではなく、「高島チーム」「藤村チーム」「岡田チーム」「いかりやチーム」「小野チーム」等レギュラー陣や準レギュラー陣がキャプテンとなった6チームの対抗戦形式で行った事もあり、NGワード発生時は他の5チームに20点加算されるルールだった。特に早押し問題でいかりやチームのいかりや長介に一回早押しボタンを押し「だめだこりゃ!」と発したミニコントもあった。さらに「CVS」は何の略?(正解は『コンビニエンスストア』)でいかりやチームは「コンビエンスストア」と書き、通常の得点から2点引いた。さらにTOKIOが「ナメキリコーナー」で一回の放送でNGワードを3度出した。
- 「指名制歌詞穴埋め問題」で「年の差シャッフル」が初登場した時、ためしに司会の山田邦子が挑戦し、「ストップボタンを押したところから7マス進んで止まったよ」と感想を言ったところ、実際のシステムもそのように作られていたようで、その後に挑戦した「ヤングチーム」の中山秀征が、いとも簡単に100点を獲得したことがあった。
- SPでの早押しスリーヒントで、テーマが「オリンピックの華」、答えが「チャスラフスカ」の時、第3ヒントで中山秀征が押すが、その前の第2ヒント「チェス」と「フラスコ」で「チェフラスコ…」と答えそうになるが、「違う違う」と答えじゃない事をアピール。すると隣の席の森口博子が、答えが分かったと中山に耳打ちをし、それを聞いた中山が出した答えが「チャイコフスキー」。会場は大爆笑、中山と森口が三枝と山田に突っ込まれる。
- 城之内早苗が解答にもたついていた時、山田の「可愛いから許しましょう」に城之内は「そうだよね」と返し、山田が困惑しながら「確かに可愛いけど」と突っ込んでいた。城之内は自分の事を言っていたと思っていなかったらしく、必死に「違う」と否定した。
- 「赤穂浪士+チャンバラトリオ+ピンキーとキラーズ、合わせて何人?」の問題でTOKIOチームが「1人+3人+2人=6人」と解答(正解は47人+4人+5人=56人)。三枝の「赤穂浪士は大石内蔵助だけ?」に対し山口達也は「赤穂浪士さんかと…」と答えた。
- 「?戦錬磨+?把ひとからげ+胸突き?丁、出て来た数字を足すと幾つ?」の問題で、奥山佳恵が「100+10+包=110包」と解答。つまり「胸突き包丁」と思い、山田から「怖いよ」と突っ込まれるが(本当は胸突き八丁で、118が正解)、「ここはどうしても包丁だから…」と譲らなかった。
- 「大相撲の世界は?界」の問題で(正解は角界)、加藤紀子が「相撲協(界)」と解答(本当は協会)。高島忠夫に「そうか!」と感心され、加藤は「違うんですか〜?」と困惑した。
- この頃のハプニング
- かつて水前寺清子がアダルトチームのゲストとしての出演時に、水前寺のヒット曲「いっぽんどっこの唄」の指名制歌詞穴埋め問題で、「わ〜〜かいときゃ〜 に〜どな〜い〜 『○○!』とやれ♪」の中の歌詞当てだったが、ヤングチーム司会の山田邦子が、思わず『どん!(とやれ)』と、正解部分まで歌ってしまった。その瞬間に水前寺は血相を変え、逃げる山田を追い掛け回して捕まえた後、水前寺は山田に対して「いつも歌っているからと言って、なんでそこまで歌うんだよ!!」と叱り飛ばしていた。この山田のハプニングと水前寺の激怒に会場全体は大爆笑。しかしこの山田の『ドン!』を聞いていなかった、ヤングチームの森口博子は全く分からず、キョトンとした表情に。最初にアダルトチームに指名された森口は『ギャフン(とやれ)』と書いてまさかの不正解(その後松本典子が指名されるも、松本のほか中山秀征、ゲストの田中陽子は3人共正解)。その後ひとり正解出来なかった森口に対しても、水前寺は「私の歌を知らないなんて凄く気分悪いですね!」と終始不機嫌、森口はただただ苦笑するばかりだった。この山田の失態により、三枝はヤングチームに本来30点の得点の所をペナルティーとして20点減点、結局10点の得点しか与えなかった。
- 高島忠夫は柳家金語楼の問題で、金語楼の顔真似をした後に「私はもう金語楼さんにお世話になりましたから」と思わず答えを言ってしまい、うつみ宮土理が「あ〜、今(答え)言っちゃった〜!」と言い高島は「あっ!!」と叫ぶ、その後三枝に延々と追いかけられた。結果は3人正解で1人NGワード。
- 全24作が作られた「東宝映画『○○シリーズ』」の問題で(正解は駅前)、NGワードが「社長」だったが、三枝が「社長シリーズとこのシリーズが…」と言ってしまい(駅前シリーズと並行して社長シリーズもあった。因みに社長シリーズは全33作)、中山秀征が「社長シリーズかと…」と困惑、高島忠夫に「それNGワードだったんでしょ?」と言われ、三枝が力なく「早く書いてよ…」とぼやく。NGワード発表時に三枝に対しNGバードが現れた。アダルトチームに40点減点の措置を取った。
- また「うわばみ」の問題では高島忠夫が「(この中でうわばみは)もしかして邦子さん?」の問いに対し山田が「あたし2升ぐらい大丈夫」と言ってしまい、三枝に腕を首に回され、連れ回された。
- 更に、同じく山田はナンシー関の消しゴム版画の問題でも、「消しゴムでなんかやってるやつは…」と思わず答えを言ってしまい、三枝に追いかけられてアダルトチーム全員正解にしてしまったこともある。
- 「昭和時代初期に日本で流行したラジオを何というでしょう?」というアダルト問題の出来事だったが、当時の昭和初期を懐かしんでいた藤村俊二が、「『鉱石ラジオ』で(中村)メイコさんを聞いてた」と、正解の部分までポロリとしゃべってしまった。藤村の隣に座っていた中村メイコは「アハハハハ!!」と思わず大笑い、アダルトチーム司会の三枝は藤村の失態にしかめっ面の表情を浮かべ、藤村は「もう無口になる…」とうなだれていた。しかし幸いにもヤングチームの解答者達は、その藤村の「こうせきラジオ」をしっかりと聞いておらず全員不正解。ひとり正解に近かったのは森口博子だったが、何故か「こうてつラジオ」と聞き間違えて解答。森口は「(正解を)聞いてたんですけど…」とコメントするも、アダルトチームの解答者達は、森口の惜しい珍解答に大爆笑。三枝や藤村らはホッと胸をなで下ろし、正解発表後の三枝は「そうです、藤村さん大正解!!」とギャグを飛ばし、会場全員を笑わせていた。
- 「イージーパンツ」の問題で中山秀征はそれを履いていて思わず「俺もそうですよ、イージー」と言ってしまい、三枝にイージーパンツで叩かれたことがある。しかし、アダルトチームは聞いていなかった。
- 高島忠夫はNGワード発生率が多く、ダブルNGワードの時「体育用マットの持ち手部分を通称なんという?」という問題で高島は2つの答えを出した。その中から1つに絞り、NGワード発表で高島の書いた2つの回答が両方ともNGワードだったことがある。さらに高島は3問連続NGワードを出して、「3連続NG達成」とテロップされたこともある。
後期のルール(1993年10月 - 1994年3月)
セットをリニューアルし、アダルトチームはちょうちょを背景にしたてんとう虫の形をした解答席(野菜と昆虫をイメージしたセット)、ヤングチームはぶどうを背景にしたメロンの形をした解答席(フルーツをイメージしたセット)になった。ロゴ文字も前の物が立体的に表現された。また、筆記式の問題(書き問題)の解答方法がフリップ式からモニター式に変わり、解答席の上部にモニターが設置された為、得点表示板が中央のマルチ画面の横に移動した。答えチェックの為のキノコ型のテーブルもあった。シンキングタイムのBGMも当時流行っていたサッカー「Jリーグ」の応援曲をモチーフにしたものに変わり、「NGワード」発表時のSEも変更された。
- 4リールのスロットに紛れている4文字を並べると出来る言葉を当てる「年の差ジャックポット」、ルービックキューブの要領で揃うと誰の顔になるのかを当てる「カオダケBOX」等、早押し問題が増加。
- 後期の筆記式の問題(書き問題)に関しては「歌詞穴埋め」以外は殆ど共通問題が中心になり、暫くの間「アダルト問題」「ヤング問題」の区分はなくなっていた。
- 勝利チームに与えられる賞品を賭けたゲームは中期と同じだが、「誰」の項目の内容が「年の差会員」から「負けチーム」に変わった。
- 年の差会員の廃止に伴い、後期と末期には視聴者プレゼントクイズがあった。賞品は3Dのビデオ、番組のボードゲーム(末期には司会者の2人が描かれていた純金製番組テレフォンカード)のいずれかだった。
- NGワードの表示フリップが丸文字の手書き体からゴジック体に変更された。
- 中期の頃(1990年10月〜1993年9月)は、ヤングチームがシンキングタイムのBGMに合わせて踊っていたが、シンキングタイムのBGM変更に伴い、この頃はリズムに合わせてタンバリンをたたいていた。
- 「年の差3G」で最後まで残った人(もしくは時間内に答えられなかった人)に対し、「減点シャッフル」を行う。この場合の順位は「0点」〜「-100点」で-10点以上出てしまうと逆に自分のチームから相手チームへその点数が移動される。
- この頃の珍解答として奥山佳恵が「げんのうは何?」の問題で(正解は金槌のこと)、「昔の日本の言葉。そうだげんのう」と解答する。
末期のルール(1994年4月 - 1994年9月)
セットとロゴがリニューアルし、アダルトチームは赤の解答席、ヤングチームは青の解答席になった。また背景には、大小2つの直角三角形でアダルトのA、ヤングのYを表していた。更に、筆記式の問題(書き問題)がモニター式から再びフリップ式に変更され、これに伴いチームの得点表示板も解答席の上部に戻った。また、他にも以下のような変更がなされた。
- 各チーム解答者が5人に増え、今までの横一列から上下ひな壇状に並ぶようになった。
- 問題テロップが画面下部ではなく、全体に表示された。
- シンキングタイムのBGMが変更され、「NGワード」の発表も爆弾のCGが使われ、よりダイナミックなものになった。同時に「NG」表示も変更された。
- 両チームとも解答者の若返りが図られた。また、出題VTR出演者も交代。
- 各解答者席にオレンジ色のネオン管の早押しランプ、個人の得点用の小さいデジタル得点表示板、ネームプレートと個人得点板の間に、小さい×ランプが付く(NGワードが出た時に付く)。
- 勝利チームに与えられる賞品を賭けたゲームは神経衰弱ゲームに変わり、司会者の2人が描かれたカードを出した枚数によって賞品を決めていた。のちに時間の関係でカットした為、廃止され、テーマごとの賞品が贈られるようになった。
- 勝ちチーム・負けチームに関わらず、個人得点トップにも賞品(金貨)が贈られた。
また、以下のコーナーがあった。
- 毎回、1つの都道府県を取り上げて、そこから御当地問題を出題。
- 「クイズ 8の6サシ」(「クイズ はちのむさし」と読む)
- 提示された8つのキーワードのうち1つずつ選択し、問題を出題。出題内容は「ヤング問題」「アダルト問題」「共通早押し問題」の3つが隠されていた。6問を出題して終了。末期のメインコーナーだった。正解する点数も20点に設定していた。
- 最終問題
- 最初に設定された2つの年(西暦)より1つを選び、ある出来事がその年より前の出来事か後の出来事かを当てるクイズ。
- 例:「設定年は1990年。瀬戸大橋開通は1990年より前?後?」
- 最大6問まで出題し、正解すれば次の問題に進み、間違えれば終了となる。得点は最初の問題を正解したら20点、2問目も正解したら倍増の40点、次も正解なら更に倍の80点…という形式。
- 前のコーナー終了時に負けチーム先攻となり、先攻チームが相手チームの得点より下回ることが確定したり、後攻チームが先攻チームの得点を上回ったりした時点、つまり優勝が決定した時点で終了。このスタイルは現在の「ネプリーグ」(ゴールデン移行後)の「ファイブボンバー」に受け継いでいる。
- 上記の「年の差 HIGH&LOW」とは異なり、2つの選択肢のうち、どちらが前の出来事なのか当てるクイズだった。それ以外のルールは同じ。
- 珍解答として、アダルトチームにリキシャ語解読の問題がだされる。問題文は「ロリキシャクジニシリキシャンリキシャバリキシャシネ」で、文中のリキシャを抜いて読むと「6時に新橋ね」となる。しかし関根勤は「パレスチナ宮殿」、モト冬樹は「ロリコンメキシカンクラブ」、片岡鶴太郎は「ゴーギャン展と写楽展を見に行く」と解答する。
- またヤングチームの高原愛美が昔の子供の好きな物「巨人、?、卵焼き」の問題で「H(御丁寧にエッチとフリガナ付)」と解答、会場はからは笑いが起き、片岡鶴太郎から「自分が好きなものだろ?」と突っ込まれた。
- ハプニングとして、渡辺真知子のかもめが翔んだ日の歌詞穴埋めで、問題は「ああ私の?だけ」だったがTOKIOの松岡昌宏が「太陽」と書き、ゲストで来ていた渡辺本人にその歌詞で歌ってもらったが、「太陽だけ~」と歌った瞬間、スタッフが誤って正解発表じゃないのに、答えをモニターに出してしまうミスを犯す。
- 懐かしのコント、キャラが出て来る事もあった。野口五郎と関根勤が「刑事ゴロンボvsカマキリ男」、加藤茶が「ちょっとだけよ」、片岡鶴太郎が「キューちゃん」をそれぞれ披露。キャラではジャンボマックスが登場、山田の「どうしてたんですか?」の質問に「大泉の倉庫で寝てました」と答え、爆笑を誘った。
- 最終回のラスト問題は、今まで番組に1回でも出た出演者をアド街ック天国の○○コレクションの要領で出していき、その中で2回出て来た人物を当てるという問題だった(因みに正解は三波春夫で笑福亭笑瓶チームは三波春男と書き、桂三枝に違う答えとされた。でも結局は正解扱いに)。
ガンガンスペシャルのルール
解答席は2段の雛壇、NGワードが出た時は解答席には赤い「×」ではなく、赤い「NG]の文字が点滅した。早押し問題は無く、初期〜末期までの「ナメキリコーナー」(通常の書き問題よりも難易度が低い問題を出題)が中心だった(シンキングタイムのBGMは末期のものが使用された)。中期の「指名制歌詞穴埋め問題」、末期の「年の差 HIGH&LOW」もあった。この時の優勝チームには旅行・賞品ではなく賞金100万円だった。
年の差なんて 2006のルール
内容は中期ルールをベースに行われた。
- 筆記式の問題(書き問題)の解答方式が後期のモニター方式になり、さらに番組名・名前・年齢の表示、NG命中時の表示も一括してモニターで表示される形になった(そのため解答席にネームプレートやNG命中時に点滅する×印は存在しなかった)。また得点表示もLEDの電光掲示板からモニター表示になった。
- モニターは各解答席に組み込まれる形で設置され、チームの得点表示用モニターは解答席の上部に設置された。
- 解答者席は末期の上下ひな壇状で各チーム5人ずつだった。
- 解答席の色はアダルトチームは水色を基調とした青の解答席、ヤングチームは橙色を基調とした赤の解答席だった。
- シンキングタイムのBGMや「NGワード」発表のSEは中期のものを使用した。
- 出題された問題は、通常の「NGワード」有りの書き問題以外に、「3ヒントクイズ」(中期に行われていた早押しクイズ制ではなく、オープニングに解答者の紹介を兼ねて1人1問ずつ出題)、「指名問題」(中期以降の「指名制歌詞穴埋め問題」と基本的に同じ。ただし「NGワード」は無く、問題も歌詞穴埋め以外から出題された)、最終問題は「母親当て問題」(4人の顔写真の中から、はなわの母親を当てる共通問題)が出題された(ちなみに中期ルールでは、最終問題は40点だったが、今回は30点だった)。早押し問題は出題されなかった。
- なお「3ヒントクイズ」では、初代司会者である桂三枝もVTRで出演した。
- 優勝チームは最後に旅行をかけたゲームを行った。裏返されたパネル(1.誰×3、2.場所×3、3.行動×3)から選んで文章をつくるもので、パネルの内訳は、「誰」には勝ちチーム2枚・負けチーム1枚、「場所」は国内(旅行)・海外(旅行)・フジテレビ、「行動」は遊びに行く・行った夢を見る・見送りに行く。なお、パネルは専用のセット(年の差ボード)ではなく出題等に使っていた正面の九面モニターを使って実施(そのため「プレゼントパネル」と呼んでいた)。「海外へ」「遊びに行く」(誰はどちらでも良い)が揃えば(番組では「目的地が海外なら」と言っていた)、視聴者にも海外旅行(バリ島旅行)がプレゼントされた(実際に揃った)。
バブルへGO!!スペシャルのルール
内容は通常のルールと全く別の形式で行われた。
- 回答者席は人数の関係上、バブルチームは上下ひな壇上でイスに早押しボタンのみのセットで、アンダーバブルチームは『年の差なんて 2006』同様の上下ひな壇上でモニターつきボックスのセット。
- 主に、アンダーバブルチームに対してバブル期の事象からクイズを出題(早押し問題とNGワード無しの書き問題)。反対にバブルチームに対しては、2問程度、最新流行にまつわる早押しクイズが出題されたのみである。(共通問題は無し)
- 書き問題でのシンキングタイムのBGMは前回同様中期のものを使用。
- 今回は得点や「NGワード」等がなく、当然勝敗決めや優勝チームの旅行をかけたゲームも行わなかった。
- また、正解発表後には、(主に)バブルチームのメンバーがバブル時代のエピソードを語ったり、バブル時代の流行を再現していた。中では曲名当てクイズにおいて、サンプラザ中野が登場して、バブル当時に流行った「リゾ・ラバ」を熱唱した。
主題歌
いずれも1時間枠移行後(1990年10月以降)。
- オープニングテーマ
- 番組中期は、テレビアニメ「ドラゴンクエスト」のサウンドトラックに収録されている「The Birth」を使用していた。
- 歴代エンディングテーマ
- 2〜3ヶ月毎に曲を入れ替えていた。主な曲は以下の通り。
スタッフ
レギュラー放送時代
復活特番時代
- チーフプロデューサー:加茂裕治(2006年版のみ)
- プロデューサー:神原孝
- 制作:フジテレビバラエティ制作センター
- 制作著作:フジテレビ
レギュラー番組時代のネット局
放映当時の系列=■:フジテレビ系、◆:日本テレビ系、●:TBS系、★:テレビ朝日系