クイズタイムショック(QUIZ TIMESHOCK)は、NET(現・テレビ朝日)がかつて放送していたクイズ番組。通称「タイムショック」。
本項ではその後リメイクされた「タイムショック21」及びその後の特番である「超タイムショック」についても記述する。
概要
1回全12問のクイズに、1分以内に何問正解できるかを競うというクイズ番組である(1問につき5秒。ただしこの5秒は問題を読む時間も含めてなので、実質的な回答時間は1 - 2秒といってよい)。 また企画当初「機械文明に生きる現代人の頭脳と反射神経をテストする」と言う趣旨があった。
番組の変遷と歴代司会者
クイズタイムショック(1969年1月 - 1986年3月)
- 司会
- 初代:田宮二郎(1969年1月9日 - 1978年9月28日)
- 2代目:山口崇(1978年10月5日 - 1986年3月27日)
- 放送時間
毎週木曜 19:00 - 19:30 平均視聴率14%、最高視聴率29%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)
田宮司会の時期の映像は、当時のVTRの規格が2インチで機器・テープ共に高価だったうえ、当時は著作権法などの絡みで番組の資料保存が制約されていた事情もあり、テレビ朝日の映像アーカイブス倉庫にほとんど現存していない。ただし1978年8月31日放送の「500回記念・78年度日本一王座決定戦」と田宮最終日の「親子大会」の映像は現存しており、テレビ朝日などが過去の番組を特集する際に田宮によるオープニングなど一部が流されることがある。1990年3月15日にABC創立40周年記念特番として関西ローカルで放送された「八方の無責任テレビ史」では田宮時代のスチール写真と山口時代の映像が紹介された。また、1999年8月に「いつみても波瀾万丈」(日テレ系)で山口がゲスト出演した時にも山口時代の映像が流れた。
オープニングの進行
- 最初に、19:00の時報とともに、スタジオの照明がすべて落とされた真っ暗闇状態が写る。
- そして、ジングルとともにセットの時計台の赤色のランプ(正時の部分)のみが点灯され、出題者の矢島正明が金言・格言の言葉、現代の世相などを語る。この際、必ずといっていいほど最後にオチがあり、観客席から笑いが起こる(ただし、山口時代後期のみ)。なお、この語りの部分は、山口時代末期になってからは登場しなかった(前述のジングルと同時に後述の番組タイトルが出て、スタジオの照明も点灯される形になっていた)。
- その後、セットの時計の秒部分緑色ランプが一つずつ点き始めテーマ音楽が流れ、番組タイトルと放送回数(クイズタイムショック 第○○○回 という具合)のテロップ表示。この最後で朝日系以外も含めてネット局テロップが出る(回によってはタイトルとネット局テロップの間にサブタイトルが挿入されることもあった)。
- 続くスポンサークレジット(エンディングでもほぼ同じ)では時計のセコンド音(「チッチッチッ」という音)がベースのBGMであった。この独特の雰囲気を持ったオープニングはかなり有名であった。当時はオリジナルの模様のイラストでのタイトルバックだったが、山口時代の途中から本日の出場者紹介を兼ねた見どころとスポンサークレジットの映像に変わった。
- CM後、田宮時代のオープニングキャッチフレーズは「現代は時間との戦いです!」と言う際にストップウオッチを右手に持ちながら、「さあ、あなたの心臓に挑戦します」でカメラ(つまり視聴者)に向かって右手の人差し指を指し(その後は右手を下ろしていた)、「タイム・イズ・マネー、1分間で100万円のチャンスです。果たして超人的なあなたはこのチャンスをどのように生かすか。クイズ・タイムショック!」。田宮は二枚目俳優であるが、まさにその特性を生かしたキャラクターだった。ドラマや映画ではクールでニヒルな役柄だが、タイムショックの司会に関してはトークが軽快なものでもあった。
-
- 山口時代のオープニングキャッチフレーズ(前期のみ)は「(いすに座り)時は人を追い、人はまた時を追いかけます。(その後立ち上がって)現代は時間との戦いです。さあ、あなたの心臓に挑戦しましょう。タイム・イズ・マネー、1分間100万円のチャンスです。果たして超人的なあなた、この1分間のチャンスをどのように生かすことができるか、クイズ、タイム、ショック!」と言ってセットの電気がついてスタートした(途中から上記と同じフレーズ(田宮時代)に短縮された。最末期はさらに短縮され「クイズ・タイムショック、1分間で100万円のチャンスです」となった)。
- 前半と後半のCM前に、田宮・山口共に「さあ、これからの1分間は、テレビの前のあなたに。タイム・ショック!!」」というフレーズを述べてCMに入った。
田宮・山口時代の違い
- 田宮時代のころ
- 司会(田宮二郎)・アシスタント(丹羽節子)の名前テロップが緑色でやや見づらかった。
- 山口時代のころ
- 最初のCM明けにジングルになってから始まった。同時にBGMも若干変更された。解答席もリニューアルした。
- 2つ目のCMの後、「タイムショック!」のコールの後に最初のCM明けのジングルが流れてから始まった。
- 山口時代・後期のころ
- 解答席がせり上がるときに拍手があった。
- 出場者の名前テロップが手書きになった。
- 各問題毎の正解の表示がゴジック体から手書き体へ変更。そのあとに賞金表示がデジタルに変更。
- 山口時代・最末期のころ
- 番組タイトル表示が紺色出しになった。
- オープニングは司会の山口がアシスタントと共に司会席に着席してスタートとなった。また、アシスタントが出場者の紹介フォローもしていた。
クイズタイムショック(1989年10月 - 1990年3月)
- 司会
- 3代目・生島ヒロシ(TBSアナウンサー時代から、クイズ番組の司会が夢だったらしい)
- 放送時間
毎週水曜 19:00 - 19:30
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- オープニングキャッチフレーズは「時間と戦い、時代を知る。24時間戦っているあなたにクイズタイムショック!1分間で100万円のチャンスです。」。生島にとって他局初出演で、フリーアナウンサーになって初めてゴールデン枠で担当した番組だった。
- 企画段階ではタイトルが「クイズタイムショック2」となっていたが、結局は田宮・山口時代と同様になった。
タイムショック21(2000年10月 - 2002年6月)
- 司会
- 進行役
- 放送時間
毎週月曜 20:00 - 20:54
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- 鹿賀は「時の番人」と言われる番組のシンボル的な役回り。オープニングキャッチフレーズは「タイム・イズ・マネー。 知恵の勇者たちよ、私の与える1分に挑むがよい! タ〜イムショック!」。実質的進行は中山と新山が担当。
タイムショック(2002年8月 - 2006年9月、2007年10月)
- 司会
- 5代目・中山秀征、新山千春 解説・北野大
- 『21』終了後は、不定期放送となり、タイトルも『タイムショック』のみとなった。その時からは、中山と新山が総合司会を務めており、実質5代目司会者となっている。北野も引き続き解説を担当している。オープニングキャッチフレーズは前代の4人とは別で特にない。
- 初のスペシャル版放送は、2002年8月21日の「全日本!!高校生クイズ王決定戦」であり、芸能人スペシャル版は2002年9月18日から春と秋に放送されるようになった。
- 2006年3月29日放送分は、新山が妊娠中のため、中山に加えユンソナとテレビ朝日アナウンサーの堂真理子が代わりを務め、初の3人体制で進行。
- 2006年9月28日放送分は、新山が1年ぶりに復帰し、中山およびテレビ朝日アナウンサーの矢島悠子と総合司会を務めた。
- 2007年10月3日放送分は、タイトルが再び『タイムショック』のみとなり、内容が「バトルロイヤル」から「芸能界クイズマスター決定戦」に変更、2007年4月の「新タイムショック」と同様、ステレオ放送で放送された。
新タイムショック(2007年4月)
- (5代目)中山秀征・新山千春・北野大
- 『タイムショック』がリニューアル、番組対抗特番となった。『タイムショック21』の第2期に近いルールが採用されており、時間をテーマにした「タイムショック」とは全く関係ないゲームで最も良い成績を修めたチームのみが「タイムショック」に挑戦できるという、クイズとゲームをミックスさせた内容であった。
- そして、このシリーズからはステレオ放送となった。
- 司会者もタイムショック同様中山と新山だが、解説の北野はタイムショックステージ時のみ登場するようになった。
超タイムショック(2008年3月 - )
- (5代目)中山秀征・新山千春・北野大
- 視聴率(2008年3月27日) 関東地区16.1%、関西地区20.3%(ビデオリサーチ調べ)
- 基本的に、2007年10月の『タイムショック 芸能界クイズマスター決定戦』と変わりはないが、決勝戦での新ルールとして「サバイバルタイムショック」が追加された。
- 2008年6月24日放送分は、2002年8月の「全日本!!高校生クイズ王決定戦」以来約6年ぶりの夏の放送となった。
- 2008年9月25日放送分は、問題解説の北野はVTR解説での登場となり、スタジオにはいなかった。また、プレッシャーQ 12アンサーズが予選Dグループで行われた。
セット
初期の司会者席
- 田宮時代は司会者席後方には何もなく、山口時代は司会者席後方には、電光掲示板のようなものが設置され、またテーブルには1から10の問題群番号のランプが用意されていて、解答者が問題番号を選んだ際、司会者がその番号を押して、「タイム・ショック!!」とコールすると共に、後方の電光板も番組タイトルロゴが点灯するというものだった。
- 山口時代末期は、ニュース報道スタジオ風に、パソコン等の機器が置かれたセットになって寂しい雰囲気が漂っていた。なお、後ろには左右に緑の縦ライン+TIME SHOCKと赤文字で描かれていて、山口が番号ボタンを押すと文字が消灯しラインが両端から順番に緑から赤に変化、山口の「タ~イムショック!!」コールに合わせて後ろの消灯していた文字が再び赤く点灯しスタートコールが掛かる。
解答席
1人用のイスのみが用意され、これがイスの背後に垂直に設置されたリフトによって、高く上昇する。(生島時代のみ、イス(キャスター式)が左右に移動して解答者が登場する。)イスのデザインは時代によって異なる。高さは、田宮・山口時代は3.5メートル、鹿賀・中山&新山時代は3メートル。
時計台
解答席のイスの背後に巨大な時計台がセットされる(初代~3代目。それ以外はイスの外側)。生島時代を除いた時計台では、秒針として59個の緑と1個(1秒の部分)の桃色から成る60個のランプが点灯し、クイズが開始されると1秒ごとに1つ消えていく仕組み。正解表示は緑のランプ5秒分の大きさの時計の外側の赤ランプと、時計台の外にある1~12の数字が記されたランプが赤く点灯する。
- クイズ タイムショック(田宮・山口時代)
- 初代(1969年1月 - 1971年位)
- 秒針は白熱電球(?)の上にアクリル板をかぶせたようなもので赤の正解ランプと一体型。1~12のランプも四角形だった。この頃は、時計台中央のくるくる模様はない。10万の位までの電光掲示板式の獲得賞金額表示(パーフェクトを達成した時は、〔¥000000〕と表される。解答表示のスクリーン部分をくり抜いただけのただの板張りだった)もあった。
- 2代目(1971年位 - 1974年3月)
- 秒針は初代のままで、時計台中央にスクリーンが内蔵されスライド投光方式のくるくる模様が浮かび上がるようになる。時計台中央のくるくる模様は毎週変わっていた(田宮時代のみ)。途中から、賞金額表示がスライド映写式に変わる(当初は一回り小さかった)。
- 3代目(1974年4月 - 1986年3月)
- 秒針にハロゲンランプを使用。秒針の真ん中にはダイヤモンドのような黒い点が描かれた。また、1~12のランプの形は、1975年頃までは、2代目までのと同じ四角形だったものの、その後は丸くなった。スライド映写式の賞金表示は、田宮時代末期に、解答表示と同じ大きさになった。時計台中央のくるくる模様は山口時代になると一貫していた(1985年4月から別の模様にリニューアルされている)。1984年4月頃からはデジタル表示で、¥0表示も含め3問以下の場合のみ点滅表示。その後賞金は加算されて行き、1分間12問全問正解を達成した時は、〔¥1,000,000〕と同時にフラッシュ表示になった。さらに時計の縁についている1~12のランプの数字の書体が変わり、12のみ数字そのものが光る形になる。
- スライド映写式の時代の賞金額表示は、0問正解のときは薄青地に金額表示なし、1~3問と12問は茶色地に白い数字、4~5問は深緑地に白い数字、6~10問は薄紫地に白い数字、11問は紺地に白い数字であった。
- 解答表示およびタイトルロゴは山口時代の初期までは黒地に白のゴシック体。後に黒地に黄色の手書きフォントとなる。
- デジタル表示の時代は、0~3問正解のときは赤い数字(前述の通り点滅)、4~10問は緑の数字、11問は橙色の数字、12問も前述の通り3色が素早く変化する表示であった。
- クイズ タイムショック(生島時代)
- 4代目(1989年10月 - 1990年3月)
- それまでの時計台と印象が変わり、楕円形。イスの両側にあたる部分にモニター式の解答表示と賞金表示がそれぞれ1台ずつ吊り下げられていた。田宮・山口時代と違い秒針と正解ランプの位置が逆で、秒針と正解ランプが同時に1秒ずつ白灯で点灯していた。なお、秒針・正解ランプは最初は消灯し、クイズが始まると1秒ずつ点灯し、正解すると1問分の正解ランプが緑色に変わり、不正解だと消灯した。内周には「ショックポイント」が表示できるようになっており、問題番号選択後に生島ヒロシが問題番号のスイッチを押すとともにルーレットのように回転し(BGMはテーマ曲の一部をファンファーレで流す)、挑戦者が「ストップ」と言った後に停止。その場所が「ショックポイント」となった(「ショックポイント」の役割については後述)。
- タイムショック21・タイムショック・新タイムショック・超タイムショック
- 5代目(鹿賀・中山&新山時代 2000年10月-)
- 3代目の時計台をイメージした配色でありながら、大幅にデザインが変わる。それまでの時計台は地上部から設置されていたのに対して、この5代目は一見すると時計台が空間に浮揚しているかのようなセッティング。さらに横から見ると下部が前面にせり出す形で斜めになっている。秒針には模様が描かれている。正解表示と賞金表示は設置されていない(CG合成で表示で、スタジオの観客は正解表示と賞金表示を見ることができない。ここから、問題文も表示されるようになった)。初期は正解表示と賞金表示しかなかったが、後に問題正解数も表示されるようになった。
- なお、初代~3代目と違って、秒針の1秒にあたる桃色のランプと、時計台の外にある1~12の数字が記されたランプはなくなっている。代わりにその部分に自在に回転するライトが付けられており、クイズのスタート時などでさまざまな演出をする。正解ランプは番組スタート時は初代~3代目のように緑の秒針の外側に表示していたが、2001年1月から内側になった(ただし、1月1日の「芸能人スペシャル」では、スペシャル対決のみ)。また、レギュラー放送第5期(番組末期の個人戦)では自分で問題番号を選択するための番号ボタンが、その後『タイムショック』以降は、後述の映像関連問題のための液晶モニターが右側(解答者からすれば左側)にセットされ、必要時に解答者の目の前に降りてくるシステムが取り付けられるなど、数回のマイナーチェンジが行われている(その後『タイムショック』以降は番号ボタンが、『新タイムショック』では問題が全部レギュラー問題となったため、液晶モニターが排除された。『新タイムショック』から『タイムショック』にタイトルが戻ったとき、液晶モニターは復活している)。さらに、2008年6月放送分からは上昇したイスの背後に色が規則的に変化するLEDが取付けられた。
- この時計台は下辺の高さが人の頭よりも低い。そのためイスに座る際には時計台が少し上に上がり、降りたあとに下がるようになっている。
- 「タイムショック21」と「タイムショック」以降では時計台の傾き方かカメラの角度が変更されている。
各時代共通の基本ルール(1分間12問の正真正銘のタイムショック問題)
- 解答者が解答席のイスに着席すると、イスが高く上昇する(ただし、生島時代はキャスター付きのイス<左右から曲がって登場する>のため上昇はしない)。
- 解答者は、問題番号を1番~10番(鹿賀・中山&新山時代は時期によって違うが、基本的に1番~20番)より選択する。司会者が解答者の選んだ問題番号スイッチを押す。
- この問題番号スイッチは、田宮・山口時代は「カチッ」(SE音ではない)というスイッチを押した音がしたが、山口時代の途中からSE音が鳴るようになり、「ピッピ」という音、生島時代は「ピュッ」というSE音。鹿賀・中山&新山時代は「ピコーン」という低めの音で、2007年10月放送分では同じ音にアレンジが加わったが、2008年6月放送分では元に戻っていた。ただし、2008年3月放送分では音が鳴らなかった。
- 問題番号スイッチを選び終わると司会者(田宮・山口・生島・鹿賀・中山&新山(鹿賀時代の「出張タイムショック」ではカイヤが))が人差し指を前に指しながら「タ~イムショック!!」とコール(カイヤは「出張!タ~イムショック!!」)する(田宮時代はトップバッターの際「では今週もクイズタイムショックさっそく始めましょう」と前置きした。鹿賀時代のファイナルタイムショックでは鹿賀が1000万円の入ったボックスの鍵を持ちながら「ファイナルタ~イムショック!!」とコールした)。ちなみに、田宮・山口・生島・中山は右手、鹿賀・新山は左手の人差し指を前に指していた。(ただし、新山は鹿賀時代の初期は右手だった)
- SEのコーラスが「スタート」とコールして出題が始まる。この「スタート」という声は山口時代にセクシーなものに言い換えられた。ただし、生島時代では「スタート」のコールがなく、1分間の出題が始まっていた。また、鹿賀時代初期は中山&新山が「○○さんの挑戦です!」とコールしたあと、鹿賀が「ファイナルタ~イムショック!!」コールし、「スタート」コールが鳴り(田宮時代のアレンジである)出題が始まり、鹿賀・中山&新山時代では中山&新山が「○○さんの挑戦です!」とコールし別のSE(カウントダウン)があり(この際ライトが内方向に回転する)、鹿賀(『タイムショック』以降は中山&新山)が「タ~イムショック!!」とコールし、「スタート」コールが鳴り(やはり、田宮時代のアレンジである)、「スタート」コールが鳴っている間に時計台の周りのライトが内方向から外方向に回転して、出題が始まる。中山&新山時代の問題によっては解答方法説明をしてからカウントダウンが始まることがある。
- 1問1答クイズで、1分間に全12問が出題され、1問につき5秒以内に答えなければならない。そのため、知識が豊富であっても反射神経が必要になる。5秒間には出題時間も含まれるため、実質の解答時間は概ね2~3秒程度(問題の読み上げ所要時間により異なる)。
- 解答は1問1答のみで、解答の言い直しは一切認められない。従ってとちった場合やたとえ正解であっても5秒以内に言えなかった場合、タイムオーバーになった場合も不正解となる。ただし、時間内に正解に関連した解答の場合は司会者の裁量で正解にした場合もある。
- 正解した場合はチャイムが鳴る。チャイムの音は田宮・山口時代は一緒だが、生島時代は別バージョン、鹿賀・中山&新山時代はさらに別バージョンで同じであるが、タイムショック21第2回放送分、2008年3月放送分、2009年1月放送分では少し音がアレンジされていた。* 正解数に応じて賞金が贈られる。
パーフェクト達成時の演出
- パーフェクト(すなわち、1分間12問全問正解)を達成すると、田宮・山口・生島時代は天井から大量の紙吹雪と風船が降りながら(田宮時代の途中から解答席の周りのランプが点滅した。山口時代には時計台ランプが回転しながら点滅して解答席の周りのランプが点滅しながら椅子が降下した。生島時代は上昇する椅子ではないため、降下しなかった)。鹿賀・中山&新山時代では天井から降らせる代わりにキャノン砲と呼ばれる機械式のクラッカーから大量の銀色の紙吹雪と紙テープが降り、同時に消灯していた秒針部分が一定のパターンで点滅し時計台周りのライトが色を変えながら回転し、ファンファーレが鳴る。
ただし、現在は優勝決定のみキャノン砲から大量の紙テープが舞うのみになり、紙吹雪は入っていない。ただ、田宮・山口・生島時代と違って場合によっては降らない時もある(田宮・山口時代は続けて紙吹雪と風船を降らせることが可能だったが、2007年10月放送の「プライベートタイムショック」で和田アキ子がパーフェクトを達成した時や、2008年3月27日放送の麻木久仁子と宮崎美子が中間でパーフェクトを達成した時は、紙テープは降らず、電飾のみの演出)。
- パーフェクト達成の瞬間には画面に「☆全問正解☆100万円!(旅行を含む)」(田宮時代)、「全問正解100万円獲得!!」(山口時代)、「PERFECT1000万円!!(ただし下述の第4期1回戦と決勝・第5期は100万円)」、「パーフェクト達成」(鹿賀・中山&新山時代)のスーパーが出ていた。
- 積み立てで目標金額に到達した場合も上記と同じ演出がなされ、その時のスーパーは、鹿賀時代が「1000万円獲得!!」、中山&新山時代は「○○チーム(目標金額)万円獲得!!」となる。
- 優勝者決定時も上記と同じ演出がなされ、「クイズマスター決定戦」、「最強クイズ王決定戦」ともに、「優勝(優勝者名)」のスーパーが出ていた。
- 田宮・山口時代にはチャンピオンが5週連続勝ち抜いた場合、チャンピオン席(番組上ではチャンピオンボックスと言った)で天井から紙吹雪と風船が降った。画面には「☆全問正解☆(もしくは「5週勝ち抜き!」)100万円!(旅行を含む)」(田宮時代)のスーパーが出ていた。
- パーフェクトが達成された時、田宮が司会をしていた時は、「ハイ、見事1分間100万円の壁を破られました。おめでとうございます!!」と述べて、天井から紙吹雪と風船の舞う解答者席(時計台)に向かって解答者を祝福していた。山口が司会をしていた時は「行った~!!」などと述べて解答者を祝福した。
- 田宮・山口時代のパーフェクト達成者は「ミリオネア」と呼称され、自席に戻らずに、チャンピオンボックスの隣にある席(ミリオネアボックスと言った)に案内されていた(ただし、1983年12月の年末特集で、大島渚がパーフェクトを達成したが、この時は通常のチャレンジャー席は使用せず、大島は自席に戻っていた)。
- 田宮時代の最後のパーフェクト達成は、1978年8月31日放送回の500回記念特集で2人が出た(後述)。
- 山口時代の最後のパーフェクト達成は、1986年1月30日放送回だった。同回のサブタイトルは「チャンピオンも真っ青!!鬼も笑った全問正解」
- パーフェクト達成時の賞金・賞品
- 田宮・山口時代は海外旅行(田宮時代初期はカンタス航空で行くオーストラリア、その後はヨーロッパ、アマゾン、解答者が好きな1箇所選ぶもの、スイス列車旅行等)と現金を含む総額100万円(特賞とも言っていた)(目録)・ゴールデンカップと花束が田宮・山口から贈呈される)。
- 生島時代・中山&新山時代(2007年4月)は現金100万円(詳しくは下記)。
- 鹿賀・中山&新山時代(2000年10月 - 2006年9月)は現金1,000万円(目録・カップ代わりに 1000万円の鍵が鹿賀から贈呈される)、賞金の積み立て合計額1000万円(特番の時には2000万円)(目録)。
- 中山&新山時代(2007年10月)は「クイズマスター決定戦」では優勝者に現金200万円(目録)、「プライベートタイムショック」では最高で現金250万円(目録)。
- 中山&新山時代(2008年3月-)はパーフェクト達成者には現金10万円(目録)、優勝者は積み立て金(目録、いずれも中山から贈呈される)を獲得できる。
- 賞金・賞品について初期の頃は賞金の上限がなく、パーフェクトを達成した場合は自動車(加山雄三は自動車2台を獲得していた)、ギリシャ旅行等がプレゼントされたといわれている。
- しかし、1971年9月1日に公正取引委員会の取り決めで「オープン懸賞における賞金の上限制限(100万円まで)」ができた後、海外旅行代金を含めた賞金・賞品総額100万円(田宮・山口・生島時代)を獲得できる形に変わった。
- 1996年4月からは景品表示法の規制緩和により1000万円まで可能になったため、鹿賀・中山&新山時代から1000万円となったが、現在は上限撤廃されている。
クイズ解答中のBGM
クイズ解答中のBGMはどの時代のものもアナログ時計が時間を刻む様子をイメージして作られており、時代によってアレンジが異なっている。
- 田宮・山口時代のものは山下毅雄作曲。両者はメロディは同じだが、全くアレンジが異なっている。
- 田宮・山口の「タイム・ショック!」コールの直後、まず女性のアタックボイスが入る。カウントがスタートすると、打楽器を小刻みに叩く音(山口時代は1秒間を刻む音も)が30秒まで徐々に音量を上げながら続く。30秒を過ぎると3拍子のメロディが始まり半音ずつキーが上がっていく。45秒前後からはさらに緊張感をあおる旋律に変わる。55秒で最初の打楽器のみの音に戻り、「ジャーン」という派手な音が1分経過したことを告げる。
- 生島時代のBGMは前田憲男作。最初は「チクタクチクタク」の秒針をイメージしたタンバリン風の音が鳴りづける。30秒を過ぎると、緊迫感のある不調和音が鳴り続き(音量と音階が無段階に上がる)、「ジャジャジャン!」と大きな音で1分間が終わる。
- 鹿賀・中山&新山でのBGMは0秒から30秒までは、秒針のイメージ、30秒から47.5秒までは、暗く緊迫感のある3拍子、47.5秒から58秒までは、0.5秒間隔に不協和音が流れ、少しずつ音階が上がっていった(このような類の音楽はかなりの緊張感を引き出すと言われている)。そして最後の1秒は秒針の音楽になり、59.9秒(最後のランプが消える直前)に大きな音が流れた。鹿賀時代初期は、この最後の大きな音の上に重ねるように「ビー」という機械音が鳴った。また、問題の種類によっては、全体的に若干のずれが生じることもあった。
ペナルティ
- 田宮・山口・生島時代は正解数が3問以下、鹿賀・中山&新山時代では5問以下(鹿賀時代初期は6問)だとペナルティがある。
- 田宮・山口時代は、全問不正解でなければ(正解が1問でもあれば)賞金は獲得出来たものの、イスが水平に回転しながら降下するペナルティがあった(そのため、イスに座った後、必ず自動車の後部座席のものと同じシートベルトを装着する。女性アシスタントが行っていた)。
- 椅子が回転している際、しおれた感じのBGMが流れる。
- このペナルティから、解答席は別名「地獄の回転椅子」又は「電気椅子」と呼ばれていた。
- 冒頭のルールでは、田宮は「解答は一問一答です。正解にはチャイムが鳴ります。3問しかお答えになりませんと椅子が回ります。よろしいですね?」と言い、山口は「解答は一問一答です。正解の時はチャイムが鳴ります。正解が3問以下の時には、椅子が回ります」という説明をしていた。
- 番組開始当時は、1問も正解できなかった場合のみに椅子が回転落下したが、後にルール一部改正でペナルティを3問以下に改めた。
- 妊婦以外の椅子回転回避としては、田宮司会時代、椅子回転による失神者が出たため、以後極度に緊張している解答者の場合は椅子を回さなかったことがある。また山口司会時代の4歳児大会では、3問以下の場合、本人が希望した場合のみ椅子を回すとしていた。
- 生島時代は、正解数が3問以下、もしくは「ショックポイント(別名「地雷」)」(インベーダーゲームのキャラクターのようなマーク)で不正解になった場合、煙(ドライアイス)の噴射によるペナルティとともに退場となった(椅子が回転する機構はない)。
- 「ショックポイント」による退場の場合は、その時点での正解数にかかわらず、賞金は全額没収される。さらに、ポイントでの不正解とともに即座に退場となるため、生島とのトークなども(番組の終わりに行われる各挑戦者の結果のおさらいまで)一切交わされない。
- このときのジングルはブラスと電子音が不気味な音を奏でて鳴るもの。また、セットの秒針ランプがランダムに激しく点滅し、正解・賞金を表示するモニタには前述のインベーダーゲームのキャラクターようなマークが上下に手を振るアニメーションが表示される。
- 正解数が3問以下による退場の場合は、正解数に応じた賞金を獲得できる。
- 全問終了とともに有無を言わさずペナルティが課せられた他の時期とは違い、多くの場合は全問終了後に少し生島とトークを交わしたあとに「では、正解数が3問以下ですので、白い煙と一緒にとっとと消えていただきましょう!」などといった前振りがあった。
- 退場時のジングルは「葬送行進曲」(コンピューターゲーム風)のあとに「チーン」と鳴る間の抜けたものである。「ショックポイント」のようなセットの激しい演出もなく、どちらかと言うと「残念さ」が強調された演出となっている。
- 鹿賀・中山&新山時代ではペナルティが「トルネードスピン(Tornado Spin)」となり、(北九州市にあるスペースワールドの遊戯施設の一つである「マルチ・アクシストレーナー」やNASAの訓練のように)椅子が垂直方向に回転しながら水平方向にも回転し、地上まで降下する(そのため、イスに座った後、必ず安全ベルトを装着する。男性スタッフが行っている)。その際、賞金も没収され失格となる(ただし、初期の「ファイナルタイムショック」は1問でも正解すれば回転降下しても正解した分の賞金はそのまま獲得できた)。
- 椅子が回転する前に、不気味な音が流れながら、中山&新山が「5問以下なので、トルネードスピン!!」とひとさし指を回しながら発する。ひとさし指を回すのは、「トルネードスピン!!」のところからである。
- トルネードスピンで椅子が回転している際、不気味な音が流れる。画面には「Tornado Spin」(ただし、当初は「トルネードスピン」)の字幕スーパーが出る。
- 妊娠中の女性の場合はこれらの限りではない。
- 6問以上正解したが「記念に回してほしい」と言った出演者がいる。(希望通り回転した)
- 「TVガイド」に、スタッフが「高所恐怖症等の方は御遠慮下さい」のコメントが書いてあった。
それぞれの独自のルール
田宮・山口時代の独自のルール
- パーフェクト達成を除いてその週に最も正解数が多かった解答者が「トップチャレンジャー」として「チャンピオン」と対戦し、正解数が多い方(両者同じ正解数の場合は「チャンピオン」)に次週のチャンピオン出場権が与えられた。5週勝ち抜きで100万円。ただし、チャンピオン戦でパーフェクト達成者が出た場合はそこで打ち切りとなった。なお、前回の放送で5週勝ち抜きもしくはパーフェクト達成となり、「チャンピオン」がいない場合は、正解数1位の解答者が「仮チャンピオン」、2位の解答者が「チャレンジャー」として対戦して「新チャンピオン」を決めた。
- チャンピオン戦は、チャンピオンの先攻で行われたが、後攻の挑戦者が解答を行う際、画面の時計板の中に四角囲みでチャンピオンの正解数のテロップ表示と、画面その左下には、挑戦者の解答を見守るチャンピオンの顔(表情)が今で言うワイプで映し出されていた。先攻であるチャンピオンが例えば8問正解だったとすると、挑戦者が9問目の正解を答えた瞬間にチャンピオンの顔が画面からフェードアウトし「王座陥落」を印象づけていた。
- なお、新チャンピオン誕生の瞬間の場合は紙吹雪は降らないが、椅子の廻りの電飾が点滅しながら降下した。
- その週のトップが同点の場合は同点決勝を行う。この時の掛け声は、田宮・山口共に「Take a chance!!」であった。
- 田宮時代初期は、ジャンケンで決めていた。といってもテーブル前面の電光掲示板にグー・チョキ・パーのいずれかの手が出るものであった。田宮の「Take a Chance!!」の掛け声に合わせてSEが流れ、手が出ていた。田宮時代末期(放送500回から)・山口時代はチャンスクイズで、やはり田宮・山口の「Take a Chance!!」の掛け声で2つのうち1つボタンで答えを選んだ。押し忘れやタイムオーバーは失格となった。真のトップが出た場合、残りのトップには「エース賞」として番組特製の掛け時計などが贈られた。
- 賞品
- 参加賞はスポンサー商品で、別名「チャレンジ賞」と言われていた。また「トップ賞」もスポンサー商品で、参加賞だけでも相当な量になった。なお、このため出場者は風呂敷や大きなバッグを持参するようにいわれた。
- 定期的に特集回(ゲスト特集等)を設けており、チャンピオンはその回のみ欠席。「トップ賞」の場合は1分間12問全問正解及びチャンピオンが5週連続勝ち抜きと同様記念カップと花束が贈呈された。
特集の詳細
- 78日本一王座決定戦(500回、1978年8月31日)
- 当時クイズ番組の常連出場者だった7人をクイズ界のスーパースターと称し、タイムショック日本一の座を賭けて争うという志向だったが、結果は全問正解者が2人誕生し、さらに11問正解も2人という500回記念に相応しい展開となった。トップ賞にはさらなる副賞としてアメリカ西海岸旅行がプレゼントされた。なお、この2人が田宮時代最後の全問正解者となった。
- 中学生親子大会(503回、1978年9月28日)
- 田宮の最終日の放送は親子2人の正解数の合計でトップ賞を決めるルールであったが、プレイオフのチャンスクイズの末、石野早苗・まゆみ親子が優勝した(両方共9問正解、合計18問正解)。この番組でTVクイズ番組初優勝を果たした石野まゆみは、以後女性のクイズマニアとして数々のTVクイズ番組でも優勝を果たす事となる。
- 800回記念大会(800回、1984年)
- 第800回目を記念して、これまでに活躍した挑戦者、タイムショックの最初の放送の日に生まれた人などが出場。さらに、司会の山口崇もクイズに挑戦した。結果は沖田浩之と山口崇がトップ賞を獲得した(8問正解)。
- グランドチャンピオン大会(1985年9月26日)
- 過去の全問正解者や5週勝ち抜き達成者を集めた大会。この回では、過去に5週勝ち抜きで100万円を獲得した北川宣浩が、全問正解を達成した。
- 山口の最終日(888回、1986年3月27日)
- 過去に活躍した挑戦者をゲストに迎えての回であった。山口時代最後の挑戦者は、アシスタントの廣瀬雅子であった(9問正解)。
生島時代の独自のルール・特徴
- 毎回特定の条件に沿った挑戦者による「○○○○大会」という志向であり、挑戦者の中には毎回1~2人芸能人が混じっていた。またどういうわけか奇人変人系も多かった。
- 生島時代のみ、「ショックポイント」というルールがあった。いわば“地雷”である。12問中、この「ショックポイント」の付いた問題で誤答すると、その場で失格となり、クイズが即中断されて煙に囲まれて強制退場、賞金は全額没収となった。「ショックポイント」がいくつつくかは、番組初期と後期で異なった。
- 番組初期では、オープニングで「ショックポイント」の数を決めるための「ショックポイントクイズ」を出題。30秒間に6問の問題が出題され、誤答数に応じて最高3つまで設定された。出題は生島が行った。
- 問題選択前に「ショックポイントセット」。決められた数のショックポイントをどの問題に設定するかをルーレット(挑戦者の「ストップ」の宣言で停止)で決める。たとえば、3つならば12問のうちのいずれか3問に設定される。なお、後期では、ショックポイントの数はこの段階ではじめて判明するため、「ストップ」を宣言しながらもショックポイントがひとつも設定されないことが多くある(この場合は観客から歓声が上がる)。
- 後期は、1番~10番まである各問題番号のなかにあらかじめ0~2個の「ショックポイント」がセットされている方式に変更され、問題選択と「ショックポイントセット」の手順が逆になった。なお、各番号に設定されたショックポイントの数は番組冒頭にテロップで表示され、視聴者には教示していた。
- 番組初期を除き、失格になった場合は一応残念賞として煙をイメージした「けむりちゃん人形」と呼ばれるぬいぐるみをプレゼント。「ショックポイント」を乗り切ると、賞金のほかにヘッドホンステレオ、ワープロなどのポイント数に応じた賞品が贈られた。
- 不正解や時間切れの際に「ガガッ」という不正解の音が鳴る。基本的に、不正解の音が存在するのはこの時期のみである(ただし例外として、鹿賀・中山&新山時代は12アンサーズの時に不正解のブザーがある)。
- 正解数の多かった挑戦者にはトップ賞が贈られたが、前期は週代わりの品物(フグ料理等)、後期は週代わりの海外旅行となってた。なお該当者が2人以上の場合は早押しクイズで決着をつけていた。
- この時期に限り、挑戦者のことを「タイムショッカー」と呼んでいた。
- 後期には12問すべてが「ショックポイント」に指定されたこともある。「答えはすべて色の名前」などとジャンルが明示されるヒントまたは全ての回答方式が「YES・NO」クイズになっていた。
- この時代に放送された問題の中には「生島ヒロシ、今日の下着はブリーフ?それともトランクス?」という珍しい出題があり、画面のモニターの答えでは「?」と表示していたがこのとき解答席に座っていた小西克哉は「ト、トランクス」と答え見事正解した(収録当日、生島本人はトランクスの下着をはいていたため)。
- 最終回の1つ手前の回では、生島自身がオープニングからいきなり数多く集まった挑戦者に対して「今日は、みんなの大嫌いなショックポイントクイズが山ほどありまーす!!」と発言したというエピソードがあった。
『タイムショック21・タイムショック』で登場したクイズとルール
『タイムショック21』は時期によりルールが頻繁に変更されたため、それに伴いクイズも様々な形式のものが登場した。田宮・山口・生島時代には考えられなかった形式であった。
予選でのクイズ
番組の第1期には以下の予選クイズがあり、勝ち抜いたチームのみが「ファイナルタイムショック」(1分間に12問出題される元祖で正真正銘の「タイムショック」)に挑戦できた。
- オープニングタイムショック
- 1分間10問の問題を1問ごとに1人ずつ出題。正解数の多かった上位3チームが次のステージへ。3位が同点の場合は、早押しクイズで決着を着ける(通称・エクストラステージ)。当初は専用の解答席で行われたが、後に代表者1人がタイムショック席に座り、5問以下でトルネードスピン。失格となった。
- ビジュアルタイムショック
- 最新CGを駆使した映像問題。正解すると、1人抜けて、5人全員が抜けるとクリア。20秒クイズ、60秒クイズがあり、問題のジャンルも様々あった。また、20秒クイズで残り時間10秒以内(60秒クイズでは残り時間40秒以内)で、一気に2人が抜ける。
- データタイムショック
- 『クイズ100人に聞きました』のように、様々なアンケート結果の上位10項目を1分間で解答する。両チーム同点の場合は、早押しクイズで決着を着ける。
各時期のルール
第1期
5チームの内、以上3つの予選クイズを勝ち抜いたチーム(5人1組)の代表1人が「ファイナルタイムショック」(1分間に12問出題される正真正銘の「タイムショック」)に挑戦できるというものだった。後に、5チームから無制限になる。
第2期
「オープニングタイムショック」「データタイムショック」が無くなり、2チームが「ビジュアルタイムショック」で対決。3ポイント正解で「ファイナルタイムショック」に進出。
- 芸能人大会では、5チーム~8チームによる「ビジュアルタイムショック」で、2ポイント正解で「ファイナルタイムショック」に進出できた。なお、「ファイナルタイムショック」は5人で力を合わせて1000万円をめざす「リレータイムショック」となった。
第3期
5~10チームによる「ビジュアルタイムショック」での1問勝負となり(「まちがい探し」は無くなった)、正解すれば「ファイナルタイムショック」(内容は「リレータイムショック」)に進出するものだった(その後、内容が変更され、「ビジュアルタイムショック」自体が無くなり、「ビジュアルタイムショック」用の問題は『クイズ!バーチャQ』で使われた)。
- レギュラー放送の第3期には「リレータイムショック」のほかに「出張タイムショック」というコーナーがあり、トラックに「タイムショック」の簡易セットを載せて地方に出張し、「リレータイムショック」を行っていた。また、「芸能人最強クイズ王決定戦SINGLES」という、芸能人4~5人が「タイムショック」の正解数を競うコーナーもあった。
第4期
業種別に4チームが出場し、「(業種名)クイズ王選手権」というサブタイトルが付けられていた。「百貨店クイズ王」、「ホテルクイズ王」等が開催された。各ラウンドごとにチームの代表1人が「タイムショック」の正解数で対決。1回戦と決勝はレギュラー問題、2回戦はジャンル問題で3つの中から選ぶ(挑戦は前ラウンドの得点順)。最も代表者の正解数が少なかったチームから失格。これを繰り返し、最後まで残ったチームが優勝。優勝すると賞金100万円+優勝チームの代表1人が全問正解で賞金1000万円を獲得できる「ファイナルタイムショック」に挑戦するというルールだった。パーフェクトの場合、更に個人賞として100万円が贈られた。
第5期
レギュラー放送の第5期(最終期)は、事前のペーパーテストで勝ち抜いたクイズ自慢の挑戦者(+前週チャンピオン)10人による「個人戦最強コロシアム」。前週からのチャンピオンが複数の場合は、その分ペーパーテストで勝ち抜ける挑戦者枠が減る。ペーパーテスト成績順下位から(チャンピオンは挑戦者が終了して勝ち抜き数の少ない順に)挑戦。問題番号は、目の前の番号ボタンを使い自分で選択する方式となった。その時点での最高正解数に到達もしくは超えていれば、「ポイントリーダー」として挑戦終了後リーダーズシートに座れるが、到達していない場合は目の前の扉が閉まり退場となる(最終回に限り、退場者には無条件でトルネードスピンというペナルティが加わった)。また、リーダーズシートにいるポイントリーダーは、自分の正解数を超えられた場合シート後ろから退場することになる。前週チャンピオンも含む全員の挑戦が終わった時点でリーダーズシートに座っているポイントリーダーがチャンピオンとなる。チャンピオンは翌週も参加でき、5週連続で勝ち抜くと1000万円が贈られた。
- この時期は、初代『クイズ タイムショック』のチャンピオン戦の様なルールであったのだが、内容がクイズマニア向けになり、問題が難しくなりすぎてしまい、もはや普通の一般人や芸能人には歯が立たず、実質「クイズ王決定戦」のような内容になってしまった。そのため、簡単な問題でも時間に追われると難しく感じるという「タイムショック」独特の良さが失われてしまった。なお、これが鹿賀最後の司会となった(2002年の特番「全日本!!高校生クイズ王決定戦」「バトルロワイヤルIV」まではオープニングでVTR出演は行った)。また、中山・新山もこの時期については、進行役というより見届け人としての立場に廻っている。
ファイナルタイムショックのルール
代表者制
第1期、第4期でのルールだった。代表者1人のみ挑戦することができた。第1期では、1問でも正解すれば、正解数に応じた賞金を獲得できる。第4期では5問以下は、賞金無しだった。6問以下(第1期のみ。第4期は5問以下)でトルネードスピンになる。
3人(最大5人)制
第2期、新タイムショックでのルールだった。第2期は3人が挑戦し、3人とも6問以上の正解で賞金獲得。ただし、賞金額が1000万円に到達した時点で終了。1人でも5問以下でトルネードスピンした場合、その時点で失格・挑戦終了。それまでの賞金もすべて没収。3人クリアした時点で1000万円に満たない場合、さらに賞金を積み立てたい場合は4人目(さらに5人目)の挑戦も可能。ただし5問以下の正解だとその時点で失格。これまで積み立てた賞金が没収された。問題選択は1 - 6番まで(全て通常問題)。クイズのスタート前に選択した。
- 新タイムショックでは、1チーム3人まで挑戦でき、挑戦者が全員6問以上の正