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クラウゼヴィッツ とは?

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カール・フィーリプ・ゴットリープ・フォン・クラウゼヴィッツCarl Phillip Gottlieb von Clausewitz1780年7月1日(本人は1780年6月1日と信じていたが教区の登記簿によれば7月1日) - 1831年11月16日)は、プロイセン王国軍人及び軍事学者

出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』


クラウゼヴィッツはてなダイアリーを別ウィンドウで表示  :  カール・フィーリプ・ゴットリープ・フォン・クラウゼヴィッツ(Carl Phillip Gottlieb von Clausewitz(1780年6月1日-1831年11月16日) プロイセンの軍人。『戦争論』の著者。 経歴 フランス革命への干渉戦に少年兵として参加. ベルリンの士官学校に進みプロイセンの軍制改革を推進 1806年:ワイマールでナポレオン軍との衝突にプロイセン軍が敗退した際、陣中で捕虜となる. 解放されベルリンに戻った後,ナポレオン支配下のプロイセン軍を再建. ナポレオンのロシア遠征 ...

出典: 『はてなダイアリー』


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戦争論に関する本はこれが初めて読んだ本だったんですが、 「入門」というだけあって初心者にも分かりやすい構成になっています。 まずは戦争論の成り立ちから書かれているので、 ヨーロッパ史に疎くてもスムーズに読んでいくことができます。 カタカナばかりでとっつきにくいということはありません。 中身の部分は冒頭に戦争論の文章を引用しそれの説明と事例の流れになっています。 冒頭の文章はやや難解な部分もありますが、 自分なりに理解してみてから説明と照らし合わせてみると、 そのまま説明を読むよりも理解しやすいと思います。 説明を読んだあとは日本やヨーロッパの事例で理解を深め、 最後にフローチャートで復習すれば頭の中にスッキリ入ります。 次は戦争論自体にチャレンジしたくなる良書です。  (運営堂 さんのレビュー)

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孫子、クラウゼヴィッツの教えの特徴を分かりやすく説明しています。 原文とその解説を挙げた上で、その教えに当てはまる、近現代の戦略家たち(棋士、レーサー、野球監督なども含めて)の「声」を紹介しています。 この構成がリアル感を出し、「なるほど」と思わせる分かりやすさのポイントになっています。 ボリュームからして、1日で読めます。 ただ、何度も繰り返し読む本でも無いかな、と思いました。  (cerveza さんのレビュー)

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 本書は戦争を研究する上で必須の古典だが、難解との定評がある。それもそのはず、この書は未完成で、クラウゼヴィッツの死後に編集・出版されており、全体的にこなれていない。しかも、日本人になじみの薄いフリードリヒ大王戦史や自身が参加したナポレオン戦争を題材に論が展開されているのである。  現在、日本語で読める完訳本は、私の知る限り中央公論文庫の清水訳とこの岩波文庫の篠田訳であろう(短縮版としては芙蓉書房版、徳間書店版あり)。  篠田訳・清水訳についてよく聞くのが、篠田訳はプロイセン参謀本部が「改竄」した第二版以降をテキストにしており、初版を復刻したものをテキストとした清水訳(もしくは芙蓉書房版)の方が、クラウゼヴィッツ本来の思想を伝えている、といったものだ。全部を読み比べたわけではないが、最も重要な改竄とされる第8篇第6章Bの内閣と最高司令官の関係については、どの訳も意味を大きく変えるものではないし、前後の文脈からも十分彼の言わんとするところが分かり、言われるほど気にする必要はないと思う。むしろ篠田訳は訳注が他の訳本より充実しており、また索引があり、メリットはある。  難解な本書であるが、まず第1篇第1章と第8篇を読むことをお勧めする。第1篇第1章はクラウゼヴィッツ本人が唯一完成した原稿と述べている章で、戦争論の基本的な方向性が分かる。第8篇は全体の総括であり、彼の実戦体験を反映したもので、表現が実にストレートである。その中の「フランス打倒計画」は必読であろう。パリおよびその背後に向け、ベルギー方面とドイツ方面から各30万の兵力で攻撃する計画において、彼は「二方面で攻撃的前進を行っている両軍の中間に横たわる全地域は、その儘にしておいてよい」と言い切る。普通、中間地域の防衛や両軍の連絡のことを心配するものだが……。このような大胆なセリフ、吐いてみたいものだ。  (ウクレレ さんのレビュー)




ウィキペディア(Wikipedia)記事


カール・フォン・クラウゼヴィッツ
Carl Phillip Gottlieb von Clausewitz
1780年7月1日 - 1831年11月16日

生誕地 ブルク
死没地 ブレスラウ
所属組織 プロイセン陸軍
軍歴 1792 - 1831
最終階級 陸軍少将
指揮 陸軍大学校校長
戦闘 ナポレオン戦争
諸国民解放戦争

カール・フィーリプ・ゴットリープ・フォン・クラウゼヴィッツCarl Phillip Gottlieb von Clausewitz1780年7月1日(本人は1780年6月1日と信じていたが教区の登記簿によれば7月1日) - 1831年11月16日)は、プロイセン王国軍人及び軍事学者

ナポレオン戦争の経験を元に、1832年に刊行された戦略戦術に関する名著『戦争論』を著したことでよく知られている。孫武と並び評されることが多い。更にその思想は、大モルトケを始めとする軍人達やレーニンを始めとする革命家達にも影響を与え、エンゲルスからは、「軍事界の一等星」との評価を受けている。

目次

生涯

1780年、プロイセン王国のマクデブルク近郊ブルクで生まれる。父親は下級将校を自称しており、クラウゼヴィッツが生まれた時にはブルクの王室収税官であった。1792年にポツダムのフェルディナント親王歩兵連隊に入隊し、1794年ラインラントにおけるマインツ攻城戦で初めて戦闘に参加した。少尉に任官された15歳からの6年間はノイルッピンで過ごす。このときに所属していた連隊の連隊長の考課表によれば、有能かつ熱心、頭脳明晰で好奇心旺盛と評価されている。

1801年ベルリンの士官研修所に入り、そこでシャルンホルストのもとで軍事学を学ぶ。その後にシャルンホルストの非公式な軍事協会に入会してより軍事についての理解を深めた。この頃にクラウゼヴィッツはシャルンホルストから多大な影響を受け、後の婚約者への手紙に「父でもあり、心の友でもあった」と書き送っている。

1803年にプロイセン軍アウグスト親王の副官に任命され、6年間に渡って副官としての業務を行いながらも軍事学の文献だけでなく、外交・文化・歴史・文学についての文献を多読し、マキャヴェリモンテスキューカントの影響を受けて独自の思考様式を育んだ。そしてナポレオン戦争に従軍して1806年に親王と共にフランス軍の捕虜となるまで、多くの戦史研究や戦略論、政治評論などを執筆している。

1807年ティルジット講和条約が締結された後に捕虜交換により釈放され、その後フランス軍占領下にあったベルリンに帰還した。1809年に陸軍省に勤務して翌年に少佐に昇進する。またこの後に2年間に渡ってプロイセン皇太子の軍事教官として近世軍事史の講義を行った。そして1810年12月に紹介で知り合った伯爵令嬢のマリー・フォン・ブリュール(Marie von Brühl)と結婚する。

1812年ナポレオンロシア遠征時には、ナポレオン打倒を誓う愛国的な同志と共にプロイセン軍を離れてロシア軍に作戦参謀として参加した。そしてナポレオンが指揮するフランス軍を戦略的な守勢と遅滞作戦で持久戦に追い込むことに貢献し、タウロッゲン協定締結に尽力する。1813年にナポレオン支配に対する諸国民解放戦争が勃発し、シャルンホルストはグロスゲルシェンの戦いで負った負傷が悪化してプラハで死去した。クラウゼヴィッツはグナイゼナウと共に追悼している。

1814年にプロイセン軍に大佐として戻り、第3軍団の参謀長になる。1815年ワーテルローの戦いでナポレオンが敗北した後にはコブレンツの軍団長となったグナイゼナウの参謀長となる。1818年に少将に昇進して陸軍大学校校長として勤務しながら軍事研究を行った。1830年に校長を辞任するとブレスラウ管区の第2砲兵監に任命されるが、7月革命に影響されたポーランドでの暴動が生じると再び東方監視軍司令官グナイゼナウの参謀長となる。しかし翌1831年に蔓延したコレラにより8月にグナイゼナウが病没した後、彼自身も11月にブレスラウでコレラにより死去する。

翌1832年に彼の軍事研究は『戦争論』として、未亡人の手で整理されて刊行されることになった。戦争論には彼女の刊行の辞がある。この戦争論は軍事研究の古典的な地位を占めている[1]

影響を受けた人物

クラウゼヴィッツの教えを直接受けた弟子。

関連項目

外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

関連文献

  • 『戦略論大系2 クラウゼヴィッツ』 戦略研究学会編集 芙蓉書房出版 2001年
  • 『クラウゼヴィッツのナポレオン戦争従軍記』 クラウゼヴィッツ/金森誠也訳 ビイング・ネット・プレス 2008年
この2冊は、近年邦訳刊行された「戦争論」以外の著作。
クラウゼヴィッツと『戦争論』に関する画期的な最新研究。清水多吉、三宅正樹川村康之、石津朋之といった日本の研究者のほかにも、マーチン・ファン・クレフェルトウィリアムソン・マーレーヴィレム・ホーニヒなど国際的に有名な研究者が論文を寄稿。
  • クラウゼヴィッツ 戦争論の誕生』 ピーター・パレット/白須英子中公文庫BIBLIO 2005年 英訳者による研究書
  • クラウゼヴィッツの戦略思考 戦争論に学ぶリーダーシップと決断の本質』 ダイヤモンド社 2002年
ティーハ・フォン・ギーツィー/ボルコ・フォン・アーティンガー/クリストファー・バスフォー編著 ビジネス面の応用書

脚注

  1. ^ 前原透監修、片岡徹也編集『戦略思想家辞典』(芙蓉書房出版)165項 - 171項

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