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| サザエさん | |
|---|---|
| ジャンル | ホームドラマ |
| テレビアニメ | |
| 原作 | 長谷川町子 |
| チーフディレクター | 山岸博 |
| 企画 | 久保田榮一、河野雄一 |
| 脚本 | 雪室俊一ほか |
| キャラクターデザイン | 月川秀茂→片野功 |
| 音楽 | 越部信義→河野土洋 |
| アニメーション制作 | TCJ動画センター→エイケン |
| 製作 | フジテレビ、エイケン |
| 放送局 | フジテレビ |
| 放送期間 | 1969年10月5日 - 放送中 |
| その他 | 過去には再放送があった。 |
| コピーライト表記 | ©姉妹社→(財)長谷川町子美術館 |
| ■テンプレート使用方法 ■ノート | |
『サザエさん』は、長谷川町子の同名の漫画『サザエさん』を原作とするテレビアニメ。
目次 |
放送は1969年10月5日から、『忍風カムイ外伝』の後番組としてフジテレビで始まり、同局系列のアニメの長寿番組、そして平均視聴率が20%前後という非常に高い部類に属する国民的な番組として現在も続いている。
週1回の固定放送枠を持つアニメ番組では世界一の長寿番組とも言われる。第1回放送の「75点の天才!」ともう1本は、1995年12月31日に放送した“サザエさん大晦日スペシャル”で「びっくりサザエさん」に連動してごく一部が紹介された。
基本放送枠は毎週日曜日の18:30~19:00(以下JST)。当初は東芝の単独提供番組だったが、1998年11月から同社が単独提供から筆頭スポンサーに縮小したため、複数社による提供となっている。また、2005年10月2日放送分からハイビジョン制作に移行した。
アニメは主にエイケン(旧TCJ)が製作。当初は宣弘社(現アド・ギア、宣弘企画)と共同で制作していた。
放送初期は「トムとジェリー」を意識したドタバタ調のギャグアニメであり、それが原作ファンから不評だったため、1975年頃に現在のホームドラマ路線に転換した。また、放送当初は登場人物の顔が原作と同じだったが、年月が流れていくにつれて現在の顔になっていった。
1987年以降、夏休みにはFNSの日内で著名タレントがゲスト出演するのが定番となっている。
現在、作品中には携帯電話が登場しているが、磯野家の電話は黒電話のままである。また外部からの電話も専ら公衆電話である。黒電話は、呼び出しベルに合わせて稲妻状の線を発して震えながら受話器の部分が飛び上がるという表現がなされていたが、近年の放送ではこのような描写はなく、普通に呼び出しベルが鳴るだけとなっている。白物家電に関しては各回の放送時点で最新式が使われていると思しき描写が見られる。現在磯野家で使われている家電製品の多くは1980年代前半頃の東芝製品が描かれている。
また、今まで日本で行われた万博には家族全員で行っていた。愛知万博には行かなかったが、2005年4~9月期のオープニングでサザエが訪問している。作品中には単独スポンサーであった東芝(1990年の国際花と緑の博覧会は三井グループとの合同)のパビリオンが必ず登場している。
現在放送中のアニメでは珍しくモノラル放送(2006年4月まで、2007年4月以降は唯一。FNSの日放送分については1997年からステレオ放送になった。フジテレビの地上デジタル放送ではモノラル音声ながらステレオ信号で送出している)であると共に、CMやスペシャルの一部を除いて唯一セル画を制作に使用している作品である。CMやオープニングおよびエンディングアニメについては特番などの特別版を中心にデジタルで制作され始め、2005年10月以降はOP・ED・次回予告のバンク部分がデジタル制作に切り替わった。
人気脚本家の三谷幸喜が最初に執筆したストーリー性のある脚本が本作である。三谷は、計4本の脚本を書き、その1つ「兄思い 妹思い」(作品No.2456、昭和60年放送)は、2005年7月24日放送のFNS25時間テレビで再放送された。
現在、フジテレビの『サザエさん』の公式ページでは、他のアニメと違い、サザエ等のキャラクターを使った画像や動画が一切公開されていない。詳細はサザエさん#著作権問題を参照。
放送開始から現在に至るまで、VHSやDVDといった映像メディアソフトとして発売されたことは一度もなく、海外への輸出もされていない。これは長谷川町子とその遺族の意向により、映像化された作品はソフト化されることはないためだという説がある。 またBSフジやCS(アニマックスやAT-Xなど)での放送はされていない。映画も1974年にテレビのブローズアップ版が上映されて以降は公開されることはない。
通常はゴールデンタイム直前の時間帯(18:30~19:00)での放送となっているため、改編期での特番による休止はゼロに近い。ただ、年末年始での休止は特番の影響から少なくない。その場合は別時間帯での特番で対応することもある。
同局では『SMAP×SMAP』に次ぐ高視聴率であるが、2007年には20%を越える回数が減っているものの、全日帯アニメの中では当番組のみ。
本作の視聴率と東証株価指数の間には連動性があるとの指摘がある。2003年~2005年の間の相関係数は-0.86[1]。この関係とは、本番組の時間帯は景気の動向が良い時は外食等で外出しているために視聴率が下がり、逆に景気の動向が悪い時は外食を避け家で過す傾向があることから視聴率が上がる、というもの。
最高視聴率は1979年9月16日放送の39.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。前述の調査でのアニメ番組の視聴率ランキングでは2006年現在、1971年に初めて年間1位を獲得して以来1981年と1990年を除きすべて年間1位を獲得している。
各年ごとの最高視聴率(関東地区、ビデオリサーチ調べ)は以下の通り。
| 年度 | 最高視聴率 | 放送日 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1970年(昭和45年) | 31.0% | 12月20日 | - |
| 1971年(昭和46年) | 35.2% | 1月17日 | - |
| 1972年(昭和47年) | 33.1% | 10月22日 | - |
| 1973年(昭和48年) | 32.8% | 12月2日 | - |
| 1974年(昭和49年) | 34.2% | 1月13日 | - |
| 1975年(昭和50年) | 33.8% | 2月2日 | - |
| 1976年(昭和51年) | 35.2% | 9月26日 | - |
| 1977年(昭和52年) | 36.6% | 11月6日 | - |
| 1978年(昭和53年) | 39.2% | 10月29日 | - |
| 1979年(昭和54年) | 39.4% | 9月16日 | 番組最高視聴率 |
| 1980年(昭和55年) | 38.6% | 3月9日 | - |
| 1981年(昭和56年) | 36.3% | 10月18日 | - |
| 1982年(昭和57年) | 35.7% | 1月24日 | - |
| 1983年(昭和58年) | 32.8% | 2月6日 | - |
| 1984年(昭和59年) | 32.1% | 12月30日 | - |
| 1985年(昭和60年) | 33.6% | 2月17日 | - |
| 1986年(昭和61年) | 34.4% | 12月7日 | - |
| 1987年(昭和62年) | 34.1% | 2月8日 | - |
| 1988年(昭和63年) | 32.7% | 10月30日 | - |
| 1989年(平成元年) | 34.5% | 3月5日 | 1000回記念スペシャル |
| 1990年(平成2年) | 36.4% | 10月28日 | - |
| 1991年(平成3年) | 34.9% | 3月17日 | - |
| 1992年(平成4年) | 33.3% | 1月19日 | - |
| 1993年(平成5年) | 28.9% | 10月10日 | - |
| 1994年(平成6年) | 31.1% | 12月18日 | - |
| 1995年(平成7年) | 33.0% | 3月12日 | - |
| 1996年(平成8年) | 30.3% | 2月18日 | - |
| 1997年(平成9年) | 不明 | 不明 | - |
| 1998年(平成10年) | 26.8% | 2月1日 | - |
| 1999年(平成11年) | 28.2% | 2月14日 | - |
| 2000年(平成12年) | 28.1% | 2月20日 | - |
| 2001年(平成13年) | 25.3% | 3月4日 | - |
| 2002年(平成14年) | 25.6% | 2月3日 | - |
| 2003年(平成15年) | 26.6% | 2月16日 | - |
| 2004年(平成16年) | 24.2% | 7月25日 | - |
| 2005年(平成17年) | 24.2% | 10月30日 | - |
| 2006年(平成18年) | 23.4% | 5月7日 | - |
| 2007年(平成19年) | 21.7% | 2月3日 | - |
| 2008年(平成20年) | - |
レギュラー放送の他に、1975年4月1日から火曜日19:00~19:30にオープニング・エンディングを新規に制作した再放送『まんが名作劇場 サザエさん』(ネット局ごとにスポンサーは異なる)も放送されていた。なお、再放送の第1回は上記の第1回の放送とは異なっていた。
詳細はサザエさんの登場人物を参照
1994年10月16日放送の15周年記念スペシャルでは、フジテレビのアナウンサーである露木茂、八木亜希子、福井謙二(福井以外は当時)の3人が本人役で出演した。
『FNSの日』の企画で中居正広とナインティナインの2人が本人役を演じたことがある。 さらに2008年は明石家さんまが本人役を演じた。
2007年3月18日放送の1900回突破記念で、サザエ達がスケート場に行ったシーン(『憧れの三回転(前編)(後編)』3本のうちの後半2本)では荒川静香が登場した。
尚、2006年4月放送の『もしもツアーズ』では、アニメの磯野家に『もしツア』の面々(坂下千里子、関根勤、キャイ~ン、KABA.ちゃん、三瓶)がアニメで登場した。更にこの回のラストは、アニメのウド鈴木がエンディングのパロディをやって締め括った。 2008年11月15日もウドが翌日の予告した。
(字幕放送)
※全てFNS系列局であるが、テレビ大分とテレビ宮崎はクロスネット局となっている。
1995年~1996年頃、サザエとバカボンのパパを合成した「天才サザエボン」や、波平と鉄腕アトムを合成した「鉄腕波平」、波平と安室奈美恵を合成した「アムロ波平」などといったキャラクターグッズが無許可で製作され、修学旅行生が集まる全国の土産物店に卸して販売したものが有名になった。これに対し1997年夏に長谷川町子美術館や赤塚不二夫らが著作権・肖像権等の侵害として、企画・販売を担当していた福岡県内の会社を相手に訴訟を起こした。裁判所は会社に販売禁止を命令、グッズは絶版となり、会社は2000年1月27日に破産した。
なお「サザエボン」等の起源はいくつかの説や経緯がある。一つは大阪の阪急宝塚線、十三駅前西商店街で「TOY魔人」という露天商である。このTOY魔人は単独で売っていた「サザエさん」や「バカボンのパパ」のキーホルダーを自作で組み合わせて加工し細々と販売していた。これが関西はじめ全国区のテレビ番組で何度も放映された。商店街脇にある路地はこれに因み「波平通り」と名づけられた。当初、赤塚不二夫もこの発想に感心しTOY魔人に関しては静観する姿勢であった。しかし上記の福岡の会社がTOY魔人の合体製品を真似て、大量に製作販売するようになり、状況が一変した。なおこの問題が大きく報じられた後は、TOY魔人は公に販売する事を自粛している。これらの顛末について説明するサイト[1]もある。また、ダウンタウンの松本人志が大阪・毎日放送の『4時ですよーだ』のコーナーで披露したイラストネタが先との説もある。いずれにしても福岡の業者はこれらのアイディアを借用してTシャツなど多角的にグッズを商品化して全国的に販売したものである。
過去何度かスペシャルとして放送された回があった。宇宙にいるサザエさん一家と地球のサザエさん一家との話(1991年「新春!サザエさん一家の初夢旅行」)や、一家でハワイに行く話などである。
1000回記念スペシャルは昭和天皇崩御に配慮した放送自粛で放送が延期となり、後日『1000回突破記念スペシャル』として放送された。
2008年11月16日に『放送40周年[3]記念スペシャル』を放送。サザエとマスオとの出会いや昔の磯野家のエピソード、更にはノリスケとタイコのお見合い話が披露され、2本目はフネの実家がある静岡県の三島市を舞台にした話が描かれた。エンディングでは、以前募集していたサザエの衣装コンテストの優秀作品が紹介された。最後はいつも通り、一家が別荘に入るシーンだった。
スペシャル版は18時から1時間で、そのため18時台前半のアニメ番組は休止となる。
現在のオープニング曲は前奏はないが、放送開始当初は前奏が最初に入り、1番の部分のみ使われていた。また、オープニングアニメーションやタイトルロゴも異なっていた他、「朝日新聞連載中」とクレジットされていた。
オープニングでの各地方の紹介は1974年から行われてきた。2000年からは一つの県に絞って半年間(一部例外あり)流す方式に改めている。内容は季節に合わせ3ヶ月ごとに変更している。2000年からの新方式では、紹介を希望する県や自治体から協力費を受けている。2001年の愛媛紹介で愛媛県が補正予算で計上した事業費が630万円。2002年の岐阜紹介で岐阜県と県観光協会が制作費として負担した金額が約700万円。2007年の愛媛紹介で松山市などが計上した協力費が840万円。2007年の富山紹介で富山市が補正予算で計上した事業費が840万円。2008年の山口紹介で山口県が支払った協力費が630万円など。なお、オープニングは1分15秒であるが、同じ時間帯に60秒のCMを半年間放送した場合は最低でも9600万円以上必要とされるため、費用対効果の高い観光PRとして注目されている[4]。
東芝単独提供時代には、必ず市街地のシーンに必ずといっていいほど「TOSHIBA」の看板が掲げられていた。
FNSの日内で放送される際のオープニングでは、普段のものとは違うアニメが使われる。
次回予告では毎週、サザエによる出だしのセリフの後、サザエ以外のサザエさん一家のうち1人(タマを除く)が声で登場、コメントのあと次回放送の3本を紹介する。このローテーションは固定されている。
出だしは通常「さ~て、来週のサザエさんは?」だが、特番などで次回の放送予定が再来週以降になってしまう場合には「さ~て、次回のサザエさんは?」と変化する。その際、サザエはリモコンでテレビのスイッチを入れるしぐさをする。2004年10月10日や、2006年10月15日の予告編は、翌週がプロ野球・日本シリーズ中継のため休止だったが、出だしのセリフは「来週」のままだった。
予告の最後にはサザエが手にじゃんけんのグー・チョキ・パーの絵が付いた棒を持ち、「じゃんけんポン! うふふふふふふ」の声と共に3つのうちのどれか一つを視聴者に見せる。予告の最後が次回のサザエさんのとき、「じゃんけんポーン!。うっふふふふふふ」になる。
じゃんけんをする時にサザエが付けているエプロンは、場合によって変わる事もある。例えばフジテレビがバレーボール国際試合を中継する期間中は、エプロンにバボちゃんがあしらわれているバージョンが放送される。
ちなみに、明石家さんまがゲストとして出演した2008年のFNSの日の次回予告でも明石家とサザエさんは共演している。「最初はグー」と明石家が言った後にサザエさんが「じゃんけんポン! うふふふふふふ」と言い、それに合わせて明石家が「エヘ、エヘヘヘヘヘヘ」と笑っている。