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サルデーニャ とは?

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サルデーニャ (Sardegna)は、イタリア半島スペインチュニジアの間、フランスコルシカ島の南に位置するイタリア領のである。シチリア島に次ぎ、地中海で2番目に大きな島となっている。また、周辺の島を含めてサルデーニャ特別自治州を構成する。

出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』


サルデーニャはてなダイアリーを別ウィンドウで表示  :  サルディニア島。イタリア共和国サルデーニャ州。州都はカリアリ。 ティレニア海の西に位置する大島。地中海全体でもシチリアに次いで第二位の面積を持つ。 または、サルデーニャ王国のこと。 →サルデーニャ王国

出典: 『はてなダイアリー』


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ウィキペディア(Wikipedia)記事


サルデーニャ自治州
Regione Autonoma della Sardegna
Regione Autonoma de sa Sardigna
サルデーニャ自治州の州旗 サルデーニャ自治州の紋章
サルデーニャ自治州の州旗 サルデーニャ自治州の紋章
イタリア
地域 イタリア島嶼部
州都 カリャリ(カリアリ)
面積 24,090 km²
人口 1,643,096 人
人口密度 68 人/km2
オリスターノオリアストラ [*]オルビア=テンピオ [*]カリャリカルボーニア=イグレージアス [*]サッサリヌーオロメディオ・カンピダーノ [*]
コムーネ 377 (一覧
州知事 Renato Soru 05/04/04から
公式サイト [1]
  • .   2005年設

サルデーニャ (Sardegna)は、イタリア半島スペインチュニジアの間、フランスコルシカ島の南に位置するイタリア領のである。シチリア島に次ぎ、地中海で2番目に大きな島となっている。また、周辺の島を含めてサルデーニャ特別自治州を構成する。

目次

名称

サルデーニャは、サルデーニャではSardigna, Sardinna, Sardinnia 、イタリア語ではSardegna、カタルーニャ語ではSardenyaと綴る。この違いの影響もあり、日本語ではイタリア語からのサルデーニャの他、ラテン語英語のSardiniaに由来するサルディニアサルジニアサルヂニアサルデニアなどの表記がある。

古代にこの島はフェニキア人によりイクヌーザ(ラテン式の綴りでIchnusa、もとはHyknusa)と呼ばれており、現在は州都カリャリで製造される、サルデーニャで一番ポピュラーなビールにその名を残している。また、イタリア半島を足だとすると、その足跡にあたるような島の形から、古代ギリシャ人はサンダリオン(Sandalyon)と呼んでいた。鰯の英語名サーディンはこの島から来ている。

地理

サルデーニャ島は面積24,090 平方km、人口165万人。島全体が、イタリア共和国サルデーニャ自治州である。州都はカリャリ(カリアリ)。

東側にティレニア海、その対岸にイタリア半島、北側にはボニファシオ海峡を挟んでコルシカ島を望む。また西側はサルデーニャ海と呼ばれている。南東にはシチリア島がある。

衛星写真

行政

サルデーニャ州は8つのからなる。カリャリ県サッサリ県ヌーオロ県オリスターノ県に加え、分割により2005年オルビア=テンピオ県オリアストラ県カルボーニア=イグレージアス県メディオ・カンピダーノ県が加わった。なおサルデーニャの住民はヴェネト州の住民とともに、"popolo"(固有の民族集団)としてイタリア議会から認定されている。

観光

この島には、リゾート地コスタ・ズメラルダジェンナルジェントゥ山地など、多くの観光地がある。有名なビーチの美しさだけでなく、先史時代の石造建築であるヌラーゲ遺跡を代表するバルーミニのス・ヌラージ、フェニキア・ローマ時代の都市遺跡であるオリスターノ近郊のターロス、カリアリ南郊プーラにあるノーラなど、様々な興味深い観光資源に恵まれている。

気候

サルデーニャ地中海性気候に属し、春と秋は暖かく、夏は暑く、冬は穏やかである。近年、旱魃が続いている。

言語

サルデーニャで一般に話されている言語はイタリア語サルデーニャである。サルデーニャラテン語を起源とするロマンス語に属する言語で、フェニキア語エトルリア語の影響を受けているとも考えられている。

公用語としてはイタリア語が使われている一方、サルデーニャ語は今でも農村部では日常語として話されているが、特にカリャリの若者たちの中にはサルデーニャ語をまったく知らない人もいる。サルデーニャ島では島民たちを一つの民族または国だと考えており、政治的な意味からサルデーニャ語を主要言語だと主張しているグループも存在する。

これに加え、サルデーニャ島北部のガッルーラサッサリ地域では、コルシカ語の方言が話されている。ジェノヴァ地域からの移民が暮らすサンピエトロ島では、イタリア半島のリグリア方言が使われている。また、アラゴン王国の支配を経験した歴史的背景から、アルゲーロ近辺では中世期の要素を受け継ぐカタルーニャ語の方言が話されている。

経済と商業

イタリアの一部であるサルデーニャの現在の通貨はユーロである。

鉱業では、かつてファシズム時代にカルボーニアが炭坑都市として開発され栄えたほか、今日でも金と銀の鉱山が島内で操業している。

現在はコスタ・ズメラルダに代表される観光業、工業、商業、サービス業、IT産業がサルデーニャの中心的な産業となっている。ヨーロッパのインターネットプロバイダーとしてトップ企業となっているティスカリ(Tiscali)は、1998年に現州知事のレナート・ソルがカリャリで設立。またワインとローカル料理が有名になり、島の収入源として成長している。

交通

トレニタリア(FS、旧イタリア国鉄)がカリャリオリスターノ~キリバニ=オツィエリ~サッサリ、キリバニ=オツィエリ~オルビアを結び、幹線として機能している。また、カリャリからはカルボーニアおよびイグレージアスを結ぶ路線も出ている。

一方、サルデーニャ鉄道(FdS)の経営により、カリャリ近郊の路線、サッサリとアルゲーロ/ポルト・トッレスなどを結ぶ路線、マコメールとヌーオロを結ぶ路線がある。またこれら通年運行の路線以外にも、"Trenino Verde(緑の小さな列車)"という季節運行の観光列車があり、島内のもっとも自然豊かなエリアを走っている。速度が遅い分、道路からは見えないような素晴らしい車窓を楽しむことができる。南部ではカリャリ~アルバタックス(トルトリ)、西部でマコメール~ボサ・マリーナ、北部ではサッサリパラウ間で運行されている。これらはすべて狭軌であり、FSとFdSが共用するサッサリ駅構内には三線軌条区間が存在する。

自然環境

サルデーニャは豊かな自然資源に恵まれており、チチュウカイモンクアザラシイノシシをはじめ、多くの希少種の動植物が生息している。一方、大陸部のどこにでもいるクサリヘビやマーモット等、多くのが存在しないという特徴がある。

歴史

新石器時代からローマ帝国の時代にかけて、ヌラーゲ(Nuraghe)人が上陸し、生活しはじめた。現在もこの民族の子孫が7000人以上いる。この謎に満ちた民族は、紀元前20世紀頃、東地中海からやって来たものと推測されている。少しわかっていることは、エジプトの碑文に「海の民」という意味の名前で登場する人々を指しているということである。その碑文の研究によると、彼らは、サルディス(リディア)を出発し、ティレニア海にたどり着いた。そこで、サルデーニャに行く者とエトルリアにいく者に分かれた、ということである。しかし、サルデーニャ人の起源に関する理論のほとんどは、遺伝学的な研究と民族の移動状況を重要視している。遺伝学的な研究によると、サルデーニャ人は、周辺地域の人々や若い民族とは異なり、前インド=ヨーロッパ人だとしている。新石器時代以降の遺跡の散らばりぐあい、点在範囲、その大きさを調べれば、島の大体の人口が分かり、また彼らがこの島のどこに上陸し、定着したかがわかる。

以下は英語版の項目en:History of Sardiniaからの翻訳です。

先史時代

1979年、15万年前にさかのぼる人類の痕跡が発見された。ガッルーラからサルデーニャ北部に居住した最初の人間は、おそらくイタリア半島トスカーナから渡ってきたとみられている。島の中央部にはバレアレス海を渡り、イベリア半島から来た人々が居住したとも考えられている。 先史時代の矢じり(約5000年〜6000年前)や、現在カリャリ考古学博物館に納められている地中海地方の母神像から、高いレベルで石の彫刻を作る能力を持っていたと推測される。

石器文化と黒曜石の時代

石器時代には既に、モンテ・アルチ(Monte Arci)は重要な役割を演じていた。この休火山は、黒曜石採掘と刃物・矢じりへの加工の中心地のひとつであった。現在でも山腹では火山ガラスを見つけることが出来る。 サッサリの考古学博物館には、紀元前2600年頃の青銅器時代(またはAneolithic Age)の土器が展示されている。

ヌラーゲ文化の時代

先史時代のサルデーニャは、ヌラーゲと呼ばれる独特の石造りの構造物に特徴づけられている。サルデーニャには複雑な構造のものから単純なものまで、大小7000のヌラーゲが現存している。最も有名なのはカリャリ県バルーミニのヌラーゲ遺跡、ス・ヌラージである。このヌラーゲは紀元前1800年から250年頃にわたって造られ、紀元前1200年から900年頃に全盛期を迎えた。聖なる水場の隣に建てられ(例:Santa Cristina, Sardara)、墓の構造はドルメンと呼ばれる。この時代サルデーニャ人は既に、西地中海で交易を行っていたミケーネ人と接触していたことがわかっている。

エジプトを侵略した海洋民族シャルダナ(Shardana)とサルデーニャとのつながりは真偽が疑わしく、立証されていない。墓場(Tombe dei giganti)には沈みかけの船をかたどった墓石があり、長い航海中に惨事があったことを示している。古代ギリシャで初めて地中海を西に航海したエウボイア人は、サルデーニャをHyknousaと呼んだ。のちにラテン化しIchnus(s)a(イクヌーザ)となった。ノーラ遺跡の石碑は、フェニキア人がこの島をShardenと呼んだ証拠となっており、これがSardiniaという名前の由来となっている。

サルデーニャにおけるフェニキア人、カルタゴ人、そしてローマ人

紀元前8世紀から、Tharros(ターロス)、Bithia(ビティア)、Sulcis(スルシス)、Nora(ノーラ)、Karalis(カラリス、現在のカリャリ)と、フェニキア人が都市や砦をいくつもサルデーニャに築いた。フェニキア人はレバノンの出身で、地中海で交易を行っていた。彼らは島のあらゆるエリアに定住した。サルデーニャカルタゴ(現在のチュニジア)、スペインローヌ川フランス)、エトルリアイタリア半島)の間にあったため、西地中海の中心として特別な地位を獲得していた。イグレージアス周辺の鉱物地帯は、亜鉛の産地として重要であった。都市は防御しやすく天然の港になる、多くは河口に近い半島部や島のような、戦略上の重要な地点に造られた。フェニキア人ののちに、紀元前500年ごろカルタゴ人(Punic、ポエニ)がサルデーニャ周辺の地中海の覇権を確立した。カルタゴの影響はサルデーニャのほぼ全域に及んでいる。 紀元前238年ローマ人が島を獲得した。ローマはカルタゴと第一次ポエニ戦争を戦ったが、戦後にカルタゴの傭兵が反乱を起こしたため、ローマはこの年サルデーニャに上陸し占領する機会を得た。ローマ人がサルデーニャを獲得した時点で、既に社会基盤と(少なくとも平野部では)都市化された文化があった。サルデーニャシチリアとともに、エジプト征服までのあいだローマの穀倉地帯のひとつでありつづけた。フェニキア・カルタゴ文化は、ローマ人の支配下にあっても紀元後数世紀まで根強く残った。Tharros(ターロス)、Nora(ノーラ)、Bithia(ビティア)、Antas(アンタス)、Monte Sirai(モンテ・シライ)らは、建築と都市計画の調査に非常に重要な考古学遺跡となっている。

中世

ローマ帝国の滅亡後、サルデーニャは何度と征服の対象とされている。東ローマ帝国による帝国の一部としての奪還に先立ち、456年北アフリカのヴァンダル人に占領された。 711年からは、サラセン人による沿岸部の都市への攻撃が始まった。これが原因となり9世紀には1800年の歴史を持つターロスが放棄され、内陸のオリスターノが取って代わった。アラブ人に対抗するために、海洋共和国であったピサジェノヴァによる支援が求められた。1063年から、この地域のビザンティンの政治行政組織を踏襲する形で、審判による統治を意味するジュディカーティ(Giudicati)という制度が形成された。中世後期において最も特筆すべき、今に至るまで島のヒロインと慕われる人物は、ジュディカーティであったアルボレア国のエレオノーラ妃(Eleonora d'Arborea)である。彼女は法制の整備に尽力し、1395年に発効した先進的な民法典Carta de Logu(カルタ・デ・ログ)は1827年まで使われた。同じ時代、スペインのアラゴン王国の影響が大きくなり、これはアラゴンによるサルデーニャ占領まで続いた。アラゴンの塔と呼ばれた見張り台が沿岸部全域に渡って作られ、アラブ人の侵入を防ぐことに役立った。これらの見張り台のいくつかは、ちょうど戦略上の重要地点にあったフェニキア都市の石を使って作られた。教会建築への再利用としての好例は、古い都市Othoca(オトカ)の跡に建てられたSanta Giusta(サンタ・ジュスタ)教会にみられる。当時のスペインの影響の強さは、今でもアルゲーロ周辺でカタルーニャ語の方言が使われていることからも伺える。

サルデーニャ王国の誕生から現代

1718年からイタリア統一1861年まで、サルデーニャピエモンテサルデーニャ王国を形成していた。社会基盤の開発は遅れていたが、19世紀初期にカルロ・フェリーチェによる統治のもと、南のカリャリから北のサッサリに至る島の大動脈が建設され、いまでも彼の名がこの道につけられている。1861年にサルデーニャ王国がイタリア統一を果たして国名を「イタリア王国」と改めた。1883年にはカリャリからサッサリまでの鉄道が開通。ムッソリーニ政権下では、オリスターノ周辺の沼沢地が干拓され、最も成功した農村コミュニティとなったアルボレアの基盤が作られた。またムッソリーニは鉱業の中心地としてカルボーニアを建設した。第二次世界大戦後、石炭の重要性は低下し、観光業が盛んとなった。雇用を創出するための様々な施策は、安価な労働力をもっても埋め合わせることの出来ない高い運送費のために、これまでのところうまくいってはいない。

今日サルデーニャは自治州であり、その歴史は言語と文化の中にいまだ息づいている。また注目すべきは沿岸部と内陸部の差異である。沿岸部は常に外部からの影響に対してよりオープンであった。今日サルデーニャは、船や飛行機の便がよい北部の海岸や島々(ラ・マッダレーナコスタ・ズメラルダ)と南部カリャリ周辺の海岸によって、最もよく知られている。

関連項目

ウィキメディア・コモンズ

執筆の途中です この「サルデーニャ」は、イタリアの地理関連の書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています。(PJイタリア/P:イタリア


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