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サンクトペテルブルグ とは?

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サンクトペテルブルクロシア語: Санкт-Петербург サンクトピチルブールク)は、ロシア都市レニングラード州の州都である。かつてのロシア帝国の首都。第一次世界大戦以降(1914–1924)はペトログラードПетроград)、ソ連時代(1924–1991)はレニングラードЛенинград リニングラート)であった。

出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』


サンクトペテルブルグはてなダイアリーを別ウィンドウで表示  :  帝政ロシアの首都。ピョートル大帝によって建造された。 ロシア革命後はレニングラードと改称したが、ソヴィエト崩壊後は元に戻っている。

出典: 『はてなダイアリー』


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ウィキペディア(Wikipedia)記事


サンクトペテルブルク
Санкт-Петербург

冬宮
市旗 市章
愛称: "Piter"
位置
の位置図
座標: 59°56′N, 30°20′E
歴史
建設 1703年5月27日
行政
ロシア ロシア
 連邦管区 北西連邦管区
 行政区画 サンクトペテルブルク連邦市
 市 サンクトペテルブルク
市長 ワレンチナ・マトヴィエンコ
地理
面積  
  市域 1431 km2
標高 3 ~ 175 m
人口動態
人口 (2008年現在)
  市域 4,568,047 人
その他
等時帯 モスクワ時間 (UTC+3)
  夏時間 モスクワ夏時間 (UTC+4)
郵便番号 190000 - 199406
市外局番 +7 812
ナンバープレート 78, 98
公式ウェブサイト: http://eng.gov.spb.ru/
サンクトペテルブルク周辺の人工衛星写真ラドガ湖から南西に流れ出したネヴァ川は北西に流路を変え、フィンランド湾最深部に流れ込む。サンクトペテルブルグの街はネヴァ川河口の三角州を中心に発達した。

サンクトペテルブルクロシア語: Санкт-Петербург サンクトピチルブールク)は、ロシア都市レニングラード州の州都である。かつてのロシア帝国の首都。第一次世界大戦以降(1914–1924)はペトログラードПетроград)、ソ連時代(1924–1991)はレニングラードЛенинград リニングラート)であった。

目次

地理

ロシア西部、バルト海フィンランド湾最東端、ネバ川河口デルタに位置する。ロシア有数の港湾都市であるとともに、鉄道・国際航路の要衝でもあり、モスクワに次ぐロシア第2の都市である。行政上はモスクワとともに連邦市を形成しており、ロシア連邦を構成する86連邦構成主体のひとつとなっている。 市街はネバ川河口デルタの島々と両岸に広がり運河網が発達し、バルト海において重要な港市の位置をしめる。ネバ川は運河や河川などにより、白海ドニエプル川ヴォルガ川と結ばれているため、この都市はカスピ海やウラル、ボルガからの船舶のバルト海への出口となっている。港は冬季である11~4月に凍結してしまうが、厳寒期を除いて常に砕氷船が航路を維持している。また、市中心部に運河が縦横に巡る美しい街並みを有することから、「北のヴェネツィア」と称されることもある。

歴史

名前の変遷

都市の名は「聖ペテロの街」を意味する。これは、建都を命じたピョートル大帝ラテン語でペテロ)が自分と同名の聖人ペテロの名にちなんで付けたもの。隣国フィンランドではサンクトペテルブルクを、ペテロのフィンランド語名そのままにピエタリ(Pietari)の名で呼んでいる。 当初はオランダ語風にサンクト・ピーテルブールフСанкт-Питер-Бурх)後にドイツ語風にサンクト・ペテルブルクСанкт-Петербург)と呼ばれるようになる。ちなみにドイツ語で正確には、ザンクト・ペーテルス(現在のドイツ語発音だとペータース)ブルク(Sankt Petersburg)と呼ばれる。ロシア帝国の首都として長く定着していた。

第一次世界大戦ロシアドイツと戦争状態に入ってからロシア語風にペトログラードПетроград1914年から)と改められ、さらにソビエト連邦時代にはレーニンにちなんでレニングラードЛенинградリニングラート1924年から)と改称され、この名称が半世紀続いた。

しかしソ連崩壊を受けて、1991年に住民投票によってロシア帝国時代の現在の名称に再び戻った。ロシア人の間ではピーテルПитерピーチェル)の愛称で呼ばれる。なお、州名は従来どおりレニングラード州となっている。

都市の歴史

1910年時点におけるサンクトペテルブルクの地図

ピョートル大帝によって1703年5月27日グレゴリオ暦。当時のロシアで使われていたユリウス暦では5月13日)に築かれた人工都市であり、モスクワとサンクトペテルブルクは母性と父性として対比されることもある。その背景としては、モスクワが「大地信仰」を根底とするロシア(「母なる大地、母なるロシア」という表現が用いられる)を象徴する土着の都であったのに対し、ペテルブルクは西欧に倣って「人工的」に建設された西欧的・キリスト教的な父性支配を象徴する都と考えられる、ということがある。

大北方戦争の過程で、スウェーデンから奪取したバルト海フィンランド湾沿岸のイングリアに新都として造営された。河口付近には、ペトロパヴロフスク要塞も同時並行で建設されるなど、建造作業は過酷なもので、多くの人命が失われた。その数は1万とも言われる。

スモーリヌイ修道院はソビエト政権独立宣言がここで行われ、首都がモスクワに移されるまでソビエト政府の中枢であった。

ロシア革命では二月革命十月革命の2つの革命の中心地となり、武装蜂起によるボリシェヴィキの政権奪取やレーニンによる憲法制定会議の解散が起こった。その後、ソヴィエト政権は首都をモスクワに移転し、1922年に正式に定められたことで、この町は政治の中心地から外れた。

ロシア・フィンランドの国境に近い為、スターリンはフィンランドに対して「大砲の射程内の地域」の割譲を要求したが、フィンランドはこれを拒み、1939年冬戦争が勃発。フィンランドは善戦したが、結局翌1940年、当該地域の割譲で講和がなされ、この戦争が中立的であったフィンランドの枢軸陣営参加を招いた。第二次世界大戦中は、フィンランド、ドイツ両軍を基幹とする枢軸軍によって約400日にわたる包囲を受けた(レニングラード包囲戦)が、凍結した湖から細々と物資輸送を行うなどして耐え抜いた。

戦後もレニングラードはソ連第2の都市として存在したが、その歴史的経緯からモスクワとは違った文化や風土を維持した。また、レニングラードの共産党第一書記になることは、ソビエト体制の中で重要な位置を占めることと同義であり、クレムリンでの権力ゲームでも影響力を持つことになった。とはいえ、革命以降サンクトペテルブルク出身の人物がロシアのトップまで登り詰めたのはウラジーミル・プーチンが初めてである。

1998年に周辺の8市17町(ツァールスコエ・セローがあるプーシキン市やクロンシュタット等)を編入し、市域が拡大した。

2008年5月に首都モスクワから憲法裁判所が移転することが決定している。この措置により、サンクトペテルブルクはロシアの首都機能の一部を担うこととなる。

行政

行政区

サンクトペテルブルク市行政区

サンクト・ペテルブルクには、18の行政区が設置されている。

  1. アドミラルチェイスキー区(Admiralteysky
  2. ワーシリエオストロフスキー区(Vasileostrovsky
  3. ヴィボルグスキー区(Vyborgsky
  4. カリーニンスキー区(Kalininsky
  5. キーロフスキー区(Kirovsky
  6. コルピンスキー区(Kolpinsky
  7. クラスノグヴァールジェイスキー区(Krasnogvardeysky
  8. クラスノセルスキー区(Krasnoselsky
  9. クロンシュタットスキー区(Kronshtadtsky

    クロンシュタットを参照

  10. クロートヌィ区(Kurortny
  11. モスコフスキー区(Moskovsky
  12. ネフスキー区(Nevsky
  13. ペトログラードスキー区(Petrogradsky
  14. ペトロドヴォレツォヴヌイ区(Petrodvortsovy
  15. プリモルスキー区(沿海区)(Primorsky
  16. プーシキンスキー区(Pushkinsky
  17. フルンゼンスキー区(Frunzensky
  18. ツェントラーリヌイ区(中央区)(Tsentralny

経済

サンクトペテルブルクはロシアを代表する港湾工業都市である。造船業を初めとして、電気機器、工作機械・工具類、農業機械、化学工業、製紙、家具、繊維・衣類、食品加工、タバコ、皮革などの工業が発達している。

文化

文学

サンクトペテルブルクは、ピョートル大帝による建都以来ロシア最大の文化都市として発展してきた。そのため、特に帝政時代にはこの都市を舞台に多くの文化人が活動し、詩や小説などの題材としても扱われてきた。『青銅の騎士』を物した詩人で作家のアレクサンドル・プーシキン、いわゆる「ペテルブルクもの」を物したウクライナ出身の作家ニコライ・ゴーゴリ、『罪と罰』を物したフョードル・ドストエフスキーなどがその代表である。また、イワン・ツルゲーネフの作品にも描かれるように帝政時代のモスクワはひどい「田舎」扱いされており、ペテルブルクで活躍することこそがエリートの絶対条件であると看做されていた。音楽家や画家もペテルブルクで活動するのが基本であり、特に帝政末期ペテルブルク以外で活動するようになった芸術家の一派は「移動派」と呼ばれた(ペテルブルク以外を巡業する派ということ)。こうしたことから、ペテルブルク人は文化意識・水準が高いという誇りを持っているとされている。

音楽

エフゲニー・ムラヴィンスキーが指揮していた時代には、世界有数の実力を誇るオーケストラと言われた。
20年間に渡り音楽監督を務めているヴァレリー・ゲルギエフのもと、現在のロシアで最も評価の高いオペラハウスに成長。オペラ・バレエだけでなくコンサート(同劇場管弦楽団として)においてもレベルの高い演奏を続けている。

スポーツ

観光

サンクトペテルブルクの観光名所の多くがユネスコの世界遺産に登録されている。サンクトペテルブルク歴史地区と関連建造物群を参照のこと。

美術館

教会・寺院・修道院

その他の建造物

交通

空港

プルコヴォ空港

鉄道

サンクトペテルブルクには5つのターミナル駅があり、列車の発着地が駅名となっている。

モスクワ駅
ヴィチェプスク駅
バルチック駅
ラドジスキー駅
フィンランド駅

鉄道でフィンランドからモスクワへ向かう場合、サンクトペテルブルクのフィンランド駅に到着し、市内を移動してモスクワ駅からモスクワへ向けて出発、モスクワのレニングラード駅に到着することになる。

市内ではサンクトペテルブルク地下鉄が運行されており、2008年現在4路線60駅が存在する。この他に路面電車トロリーバスの運行も行われている。

近郊の都市

姉妹都市

双子都市

英語での名称が同一のため、「姉妹都市」でなく「双子都市」(Twin city)提携をしている。なお、セントピーターズバーグの市名はサンクトペテルブルク出身のロシア人移民が故郷にちなんでつけたものである。

標準時

この地域は、モスクワ時間帯標準時を使用している。
時差は通常はUTC+3時間で、夏時間UTC+4時間である。

ギャラリー

関連項目

外部リンク

ウィキメディア・コモンズ
政府
日本政府
観光
その他