シーランド公国 とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋シーランド公国(シーランドこうこく、Principality of Sealand)は、北海の南端、イギリス南東岸から10km沖合いに浮かぶ「自称」国家である。全国連加盟国及びバチカン市国よりも面積が小さいため、世界最小の国家を自称しているが、2008年現在、国連に加盟する192か国及びバチカン市国の計193か国の中でシーランド公国を国家承認している国は1か国も存在しない。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 シーランド公国 出典: 『はてなダイアリー』 ウィキペディア(Wikipedia)記事シーランド公国(シーランドこうこく、Principality of Sealand)は、北海の南端、イギリス南東岸から10km沖合いに浮かぶ「自称」国家である。全国連加盟国及びバチカン市国よりも面積が小さいため、世界最小の国家を自称しているが、2008年現在、国連に加盟する192か国及びバチカン市国の計193か国の中でシーランド公国を国家承認している国は1か国も存在しない。
地理シーランド公国は北海上に建設された海上施設を領土とする自称国家である。海底に設置したアンカー部分、2本の円柱、甲板という3つの部分から構成されている。円柱部分は7階層のデッキ(AからG)となっている。発電機の置かれたAデッキとその直下のBデッキが海面上に、CからGデッキが海面下に位置する。BデッキからEデッキは戦時中、食糧貯蔵庫、および要員の居室に、Fデッキは弾薬庫、Gデッキは資材置き場となっていた。360度のオーシャンビューが売りだが、Aデッキの発電機の振動がすさまじく、住環境はあまりよくないようである。 左の地図では、両国の位置とそれぞれの領海との関係を示すためにシーランド公国から3海里(青点線)と12海里(青実線)、イギリスから3海里(黒点線)と12海里(黒実線)の範囲を示した。 イギリスは1987年10月1日、領海を従来の3海里(約5.5km)から12海里(約22km)へと拡大する旨を宣言した。これによりシーランド公国はイギリス領海に含まれるはずであったが、その前日(9月30日)にシーランド公国も自国の領海を12海里へ拡大すると宣言し、シーランドがイギリス領海に取り囲まれる(公海と途絶する)事態は回避された。 行政区分領土全体が首都である。 交通港かヘリポートで海外へ渡航可能。国内の公共交通機関はなく、自家用の乗り物又は徒歩で移動する。 放送元々が海賊放送局である、事実上の「シーランド国営放送局」がある。 国家として成立するかどうかシーランド公国を独立国家として承認する国・政府が現れることはなかったため、事実上は国際的には国家として扱われていない。国際法上の国家成立要件には争いがあり(モンテビデオ条約 (1933年)参照)、宣言的効果説に立てば成立の余地もあるが、創設的効果説では成立の余地はない。 国際法上では国家成立の大きな要件のひとつとして領土をあげており、この領土とは島または大陸の全部または一部であると解されている。そして、海の憲法と呼ばれる海洋法に関する国際連合条約では「島とは、自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、高潮時においても水面上にあるものをいう」としている。そうなると、自然に形成された陸地ではないシーランドは「島」ではなく、もちろん大陸の一部でもないため、シーランド公国は国際法上でいう領土を持たないこととなり、国家成立の要件の大きな点を欠いているということになる。 歴史イギリスは第二次世界大戦中、沿岸防衛の拠点として4つの海上要塞と多数の海上トーチカを建設した。シーランド公国が領土としている Roughs Tower は、最も北に位置していた海上要塞であり、1944年に建設された。イギリス沖10kmの北海洋上にある。 戦時中は150から300人もの兵員が常時駐留していたが、大戦終了後に要塞は放棄された。ところが、1967年9月2日に元英国陸軍少佐で海賊放送の運営者だったパディ・ロイ・ベーツが、英国放送法違反で訴えられたため、当時イギリスの領海外に存在したこの要塞に目をつけ「独立宣言」を発表、要塞を「シーランド」と名付け、自ら「ロイ・ベーツ公」と名乗った。 イギリスは強制的に立ち退かせようと裁判に訴えたが、1968年11月25日に出された判決では、シーランドがイギリスの領海外に存在し且つイギリスを含めて周辺諸国が領有を主張していなかったことから、イギリス司法の管轄外とされた。イギリス司法の及ばない空白地帯となり、シーランドは独立を達成したとも言える。 シーランド「戦争」1978年に、ベーツはカジノの運営を計画し、西ドイツの投資家アレクサンダー・アッヘンバッハ(Alexander G. Achenbach)を首相に任命した。ところが、アッヘンバッハらはクーデターを画策し、マイケル王子(現・摂政王子)を人質に取ると、ベーツを国外へと追放した。英国へと渡ったベーツは、20名程の同志を募ると、ヘリコプターを使用しての奪還作戦を行い、これを成功させた。 アッヘンバッハらには、シーランド公国側から7万5千マルクの罰金が命じられた。この為西ドイツ政府はイギリス政府に仲裁を依頼したが断られてしまい、止む無くシーランド公国へ外交官を派遣して交渉を行うこととなった。一国から正式に外交官が派遣されるという事態に、ベーツは自国の正当性が認められたものと喜び、罰金の問題は立ち消える事になった。
火災発生とその後2006年6月23日、老朽化した発電機から火災が発生したが、同6月25日にはベーツ夫妻が国土に戻り、7月末には発電機や焼失した配線系統の復旧が完了した。 2007年1月8日付のイギリス「デイリー・テレグラフ」紙で、6500万ポンドで国全体が売りに出されていることが報じられた。なお、あくまでも国家の主権は売る物ではないため、シーランド側では売却(Sale)ではなく、譲渡(Transfer)という言葉が用いられた。 これを受けて、スウェーデンにてBitTorrent のトラッカーを扱うウェブサイトThe Pirate Bay が買収に名乗りを上げたが、公国側に拒絶され断念した模様である[1]。 軍事と警察通常、1名の「兵士」が1丁のライフルでシーランド領内を巡回している。しかし、有事の際にはベーツ公が独自に集めた戦力が加わった事例があるため、必ずしもこの治安力が全てとはいえない。 経済シーランド公国では、インターネット上でロード(Lord)、レディ(Lady)、男爵(Baron)、男爵夫人(Baroness)の爵位を19.99ポンドまたは29.99ポンドで販売しており、購入すれば誰でも卿や男爵等を名乗る事ができる。2006年11月22日放送のフジテレビ「ザ・ベストハウス123」の番組内で西川きよしがロードの称号を購入し、現在西川はシーランド公国の貴族、西川卿である。漫画家の後藤寿庵も男爵位を有する者の一人である[2]。他にも切手やコインを販売している。 また、インターネット上の「データヘイヴン」(避難地)とする計画もあり、運営会社としてヘイブンコー(HavenCo)社が設立されている。 スポーツサッカーシーランド代表というものが存在する。監督はクリスティアン・オルセン(FIFAやUEFAに加盟していないので、公式戦は行えない)。 参考文献
脚注
関連項目外部リンク
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