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ジェフ・ハーディー とは?

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ジェフ・ハーディーJeff Hardy1977年8月31日 - )はアメリカのプロレス団体WWESmackDown!に所属するプロレスラー。アメリカノースカロライナ州キャメロン出身。本名ジェフリー・ネロ・ハーディー(Jeffrey "Nero" Hardy)。兄のマット・ハーディーもプロレスラーである。体の至る所にタトゥーがある。

出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』


ジェフ・ハーディーはてなダイアリーを別ウィンドウで表示  :  TNAのレスラー。 リスト::プロレスラー

出典: 『はてなダイアリー』


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ウィキペディア(Wikipedia)記事


ジェフ・ハーディー
プロフィール
リングネーム ジェフ・ハーディー
本名 ジェフリー・ネロ・ハーディー
ニックネーム カリスマティック・エニグマ
レインボー・ヘアー・ウォリアー(虹色の髪の戦士)
身長 183cm
体重 102kg
誕生日 1977年8月31日(31歳)
出身地 アメリカ合衆国
ノースカロライナ州キャメロン
所属 WWE
トレーナー ドリー・ファンク・ジュニア
デビュー 1992年10月15日
  

ジェフ・ハーディーJeff Hardy1977年8月31日 - )はアメリカのプロレス団体WWESmackDown!に所属するプロレスラー。アメリカノースカロライナ州キャメロン出身。本名ジェフリー・ネロ・ハーディー(Jeffrey "Nero" Hardy)。兄のマット・ハーディーもプロレスラーである。体の至る所にタトゥーがある。

目次

経歴

レスラーとしてのキャリア初期は兄と共に歩んでいる。ドリー・ファンク・ジュニアの元でプロレスラーとしての基礎トレーニングを積んだ後、1993年ECWFにて兄との兄弟対決で共にプロレスデビュー。兄弟はタッグとして歩み、WWF(後のWWE)とは、1994年1996年に契約のチャンスがあったものの契約に至らなかった。その間、兄マットがプロデュースする、オメガ・レスリングなどのインディー系プロレス団体で活動を行っていた。オメガ・レスリングには、後のリタシャノン・ムーアグレゴリー・ヘルムズクリストファー・ダニエルズ(後に日本で「カレーマン」というマスクマンに扮する)なども所属していた。

小柄ながらヘビー級戦線で活躍。端正なルックスと捨て身のレスリングで高い人気を得ているが、遅刻や薬物など問題行動が多く、団体からのプッシュ中に謹慎を受けるなどチャンスを自ら棒に振る事が少なくない。

WWF/WWE

1999年に兄弟ともにWWFと契約。初期はジンクス・ブラザーズというマスクマンのタッグチームで出場していたが全く成功せずフェードアウト。以降ハーディー・ボーイズとしてタッグ戦線で活躍する。2001年4月10日SmackDown!にて、トリプルHを破り、当時の最年少記録でIC王座を獲得している。しかし、翌週トリプルHに敗れ、わずか一週間で王座から陥落してしまった。最年少での王座獲得や、相手がトップヒールのトリプルHだったこともあり、本人もこの勝利には思い入れが強い。ちなみに、この王座はハーディーズ初のシングル王座である。兄弟でのタッグチーム活動は2002年まで続くことになる。

2002年、 ハーディー・ボーイズはRAWデビュー直後のブロック・レスナーの最初の抗争相手を務めたが、レスナーをプッシュするためのジョバーとも言うような役回りであった。ジェフは4月21日に行われたBacklash 2002でレスナーのTVマッチデビュー戦の相手をし、敗退した。レスナーとの抗争が終わると、ハーディー・ボーイズは前年からの遺恨が残るジ・アンダーテイカーに絡むようになる。7月1日のRAWで行なわれたジ・アンダーテイカーとのラダー・マッチ形式のWWE王座戦は、ジェフのキャリアにおいて、自他共に認めるベストバウトと言う程の高評価を得た。この試合をきっかけにジェフはシングルでの試合が多くなり、2002年7月8日ウィリアム・リーガルからWWE欧州王座を奪うなど活躍した。ジェフが活躍が増えるにつれマットの活躍が少なくなり、それに嫉妬したマットがジェフを裏切りSmackDown!へ移籍、ハーディー・ボーイズは解散した。

2003年、シングルでトリッシュ・ストラタスとのストーリーが展開中であったが、4月22日にWWEを解雇された。解雇の原因は、表向きはバンド活動に専念したいとWWEに訴えが、却下され対立したとの発表があったが、実際は、精神的に追い詰められ、ドラッグに手を出し、リハビリも断ったために解雇されたのが真相である。

TNA

WWE解雇後はROHへ所属した後、2004年7月から自身のバンドPure Oxygenの宣伝の一貫としてTNAに所属する。TNAでは、Xディヴィジョン戦線のレスラーとして活動していたが、ヘビー級のレスラーとの抗争が多かった。画鋲の上に落とされたりとかなり激しいハードコアマッチもこなした。TNA内でのジェフの人気は高く、彼のグッズの売上はTNA所属レスラーの中でも常に上位にあった。

ちなみに、ROH参戦当初は相変わらず治らない遅刻癖と、レスリングよりバンドを選ぼうとしてWWEを解雇されたことから非常に嫌われており、「We want Matt!(マットをだせ!)」と激しいブーイングを受けていた。一方でマットはWWE在籍時ジェフを妨害する形でヒールターンしていたため、「We want Jeff!(ジェフを出せ!)」とヤジられていた。

WWE

2006年

入場時のパフォーマンス(2007年)

2006年8月にWWEと再契約し、SummerSlam 2006翌日のRAWに登場している。RAW登場後は、ジョニー・ナイトロとのICを巡る抗争を展開する。そして10月2日のRAWで自身2度目となるIC王座を獲得した。その後11月5日に行われたCyber Sunday 2006では、カリート(他の候補者はシェルトン・ベンジャミン、ジョニー・ナイトロ)の挑戦を受け、王座を防衛している。 そしてその後、ジョニー・ナイトロとの抗争が再び本格化し、11月6日に行われたIC王座戦で一度はDQで勝利するものの、エリック・ビショフが登場しNO DQで試合を強制再開させた。メリーナの介入などもあり、最後はジョニー・ナイトロにベルトで殴られ3カウントを獲られ王座から転落してしまう。 その翌週11月13日のRAWでもIC王座戦が行われ、ジョニー・ナイトロの一瞬の隙をつきジェフが勝利し3度目の王座に返り咲いた。

2007年

その後、2007年1月29日にはザ・グレート・カリとのIC王座戦に臨んだが、さすがのジェフもカリの長身と怪力には全く歯が立たず、カリの凄まじいチョップを浴びたジェフはそのままリング外に転落、10カウントで敗れてしまった。ジェフはカウントアウトでは王座が移動しないというタイトル戦ルールに助けられ、辛うじて王座を防衛することとなった。

2月19日のRAWで、WWE会長のビンス・マクマホンウマガにIC王座に挑むチャンスを与えた。これは、ビンスが当時抗争していたドナルド・トランプへの見せしめに組まれた試合であり、実際に試合が始まるとウマガはサモアンスパイクでジェフを圧倒、IC王座はウマガの物となってしまった。

その後、WrestleMania 23マネー・イン・ザ・バンク・ラダー・マッチに出場。その試合には破れたが、大会翌日のRAWで行われた10チームバトルロイヤル戦で兄マット・ハーディーと世界タッグ王座を獲得。4月29日Backlash 2007では、ランス・ケイド&トレバー・マードック組の挑戦を受け、見事に勝利し防衛する。6月3日WWE One Night Stand 2007では、ワールド・グレイテスト・タッグチーム(WGTT)とラダー・マッチによる王座戦を行い王座を防衛するが、翌日のRAWでビンス・マクマホンにより王座戦を組まれ、前日の試合でのダメージも影響し、ランス・ケイド&トレバー・マードックに奪取される。

その後再びIC王座戦線に復帰し、7月22日The Great American Bash 2007ウマガの持つIC王座に挑戦するも敗れる。この試合を皮切りに、ウマガとのIC王座抗争が繰り広げられる予定であったが、7月23日のRAWで行われたMr.ケネディとの試合で首と背中を痛め、それが原因でジェフが試合を無断で休んでしまったため(本人は許可を得たと主張している)、WWEから1ヶ月の謹慎処分を言い渡され実現には至らなかった。その後、8月27日のRAWでMr.ケネディとの試合で復帰した。ジェフの復帰に伴い本格的にウマガとの抗争が始まると思われたが、今度はウマガが薬物違反での謹慎処分を受けたために、完全に頓挫してしまった。それに伴い、9月2日に収録が行われたRAWでウマガからIC王座を奪う。

12月16日に行われたArmageddon 2007トリプルHとの勝者WWE王座挑戦権獲得マッチに勝利し、ロイヤルランブルランディ・オートンの持つWWE王座に挑戦する権利を得る。これは、ジェフにとって2度目の王座挑戦となる。

2008年

1月27日Royal Rumble 2008にてWWE王座戦に臨んだが、あと少しのところでランディ・オートンに敗れ、王座獲得とはならなかった。

しかし、1月28日のRAWでGMウイリアム・リーガルNo Way Out 2008にて、WWE王座挑戦権争奪エリミネーション・チェンバー・マッチを行うと発表。ジェフもその出場者に名を連ねることになる そして、2月17日のNO WAY OUT 2008のエリミネーション・チェンバー・マッチでは、最後の二人まで残るなど善戦するも、トリプルHのペディグリーを受け破れてしまい、WWE王座挑戦権獲得とはならなかった。

その翌日の2月18日のRAWで、ジーン・スニツキーとのマネー・イン・ザ・バンク・ラダー・マッチ予選試合に勝利し、出場権を獲得する。

3月10日のRAWでクリス・ジェリコにIC王座を奪われる。 これは、その直前に薬物違反が発覚し、60日間の謹慎処分(謹慎期間は3月11日から5月11日まで)を受けた為の処置であり、WrestleMania24のマネー・イン・ザ・バンク・ラダー・マッチの出場権も剥奪され、欠場することになった。 今回のジェフの薬物違反は通算で二度目。WWEは三回の薬物違反で解雇するという規定があるため、再度薬物違反が発覚した場合、WWEから強制解雇になる可能性がある。 (7月のインタビューで、薬物違反について「自分はファンを裏切ってしまったことを、本当に申し訳ないと思っている」とコメントした。また、週に2、3回ほど採尿検査を受けているとの事。)

更に3月15日、自宅のトレーラーハウスが全焼し、愛犬ジャックが死んでしまうという不幸にも見舞われた。ちなみに、ジェフは愛犬がいなくなった時は、WWEの番組収録をサボってまで探しに行く(この事が原因で、アンダーテイカーにこっ酷く叱られている)ほど溺愛していたため、心労で体調を崩した。

5月12日のRAWで無事に復帰を果たし、ファンから大声援を受ける。ファンに復帰の報告している最中、マイクのスイッチが切れGMでキングのウィリアム・リーガルが登場。そこで突如、ウマガとの対戦を命じられる。試合序盤こそ苦戦したもののウィスパー・イン・ザ・ウィンドで勝利し、自らの復帰を祝った。

6月23日、RAW3時間特番のドラフトにてSmackDown!へ移籍。WWE王座を巡ってUnforgiven、No Mercy、Cyber Sundayにて同じくドラフトでSmackdown!へと移籍したトリプルHに挑むもいずれも惜敗。

12月14日、PPVアルマゲドンのメインで行われたエッジ、トリプルHとのトリプルスレッドマッチに勝利。念願のWWE王座を奪取した。

得意技

ポエトリー・イン・モーション
スワントーンボム
セントーン・ボム。仰向けの状態の相手の胴体に空中で体を回転させて背中から落ちる飛び技。飛んだ本人にも危険が及ぶラダーの上やバルコニーからスワントーンボムを行うこともある。技名はその美しさからジム・ロスがジェフのセントーンボムを白鳥に形容したことによる。
ツイスト・オブ・フェイト
2006年のWWE復帰時から頻繁に使うようになった。フィニッシュムーブとしての使用も多い。
エクストリーム・ツイスト・オブ・フェイト
 タッグ解消後、シングル転向した際にマットよりTOFを使用禁止されたために編み出した技。リバースDDTの体制からマットのTOFのモーションでネックブリーカーのように落とす技。フィニッシュムーブだが、フォール率はスワントーンボムに劣る。現在は使用しない。
ウィスパー・イン・ザ・ウィンド
カウンターの飛び技。相手にコーナーに振られて追いかけられた場合に使う。振られた勢いで素早くコーナーに駆け上がり、反転しつつ伸身式のローリングセントーンを、追いかけてきた相手に当てる。
ポエトリー・イン・モーション
マットとのコンビネーション技。マットが踏み台になり、ジェフがその背中を踏んで相手にダイブしていく。場外に向かってトップロープを越えつつ放つ時も。
イベント・オメガ
マットとのコンビネーション技。ジェフ、マットがそれぞれコーナーのトップロープへ上り、(もしくはラダー上)そして同時に、リング中央に倒れている相手に対してジェフはボディ・スプラッシュをマットはレッグ・ドロップを浴びせる技である。ハーディーズ最大の魅せ技であり、めったに見ることはない。
スパイン・ライン
TNAに在籍時にジェフ・ジャレットと抗争中に使用していた関節技。相手の両足を交差させて片方の手でロックする逆エビ固め。使用したのはタイトルマッチ一試合のみ。それ以後やWWE復帰後は一切使用していない。
コンプリートショット
TNAに在籍時によく使用していた。ジェフの場合、タイガーネックチャンスリーのようなモーションで技を決める。WWEに復帰後は、同系等の業をアンダーテイカーが使う為か一度も使用していない。

入場曲

元々はハーディーボーイズのテーマ曲。それぞれシングルプレイヤーに移行後はジェフのテーマ曲となる。
  • Modest
TNA所属時に使用。

タイトル履歴

WWF/WWE
WCW
  • WCWタッグ王座 : 1回(&マット・ハーディー)
OMEGA Pro Wrestling
  • OMEGA Pro Wrestlingタッグ王座 : 1回(&マット・ハーディー)
その他
  • NWA 2000タッグ王座 : 1回(&マット・ハーディー)


外部リンク


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