スカイマークスタジアム とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋(内野:1F 14,000席 2F 13,000席、外野:8,000席) 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 スカイマークスタジアム 出典: 『はてなダイアリー』 ウィキペディア(Wikipedia)記事
神戸総合運動公園野球場(こうべそうごううんどうこうえん・やきゅうじょう)は、日本の兵庫県神戸市須磨区の神戸総合運動公園内にある野球場。施設は神戸市が所有し、この野球場を準本拠地とするオリックス・バファローズの運営法人・オリックス野球クラブが都市公園法に基づく管理許可制度により運営管理を行っている。
概要1985年のユニバーシアード神戸大会の開催会場として、須磨区北部の丘陵地を切り開いて開発された神戸総合運動公園の敷地内(グリーンエキスポ'85の跡地)に1988年完成した。完成当初の愛称はグリーンスタジアム神戸。内野が土、外野が天然芝のフィールド(ファールグラウンドの大部分は人工芝)を有し、当時は「日本最大級の野球場」[1]と謳われた。 1991年からは日本プロ野球・パシフィック・リーグのオリックス・ブルーウェーブの本拠地となり、現在はオリックス・バファローズの準本拠地となっている。 ネーミングライツ制度を導入しており、航空会社のスカイマークエアラインズ(現スカイマーク)が命名権を保持。現在の名称は「スカイマークスタジアム」となっている(詳細は後述)。開放的な設計でグラウンド全体が見渡しやすい客席、美しい総天然芝のグラウンドを備え、好きな球場ランキングで何回も1位になっている日本屈指のスタジアムである。また、球場の管理等も充実しており、ファンの間では日本一綺麗な球場といわれている。 また山林を切り開いた場所にあるため多数の駐車場を備えているが、その分鉄道などのアクセスが良くないため、球場の人気の割に観客動員に恵まれない球場である。 歴史グリーンスタジアム神戸時代
Yahoo!BBスタジアム時代
スカイマークスタジアム時代
使用実績プロ野球阪急・オリックス当時阪急ブレーブスだった1988年は数試合のみ開催した。オリックスに買収された1989年から2年間は準本拠地[2]として使用した。1989年シーズンは福岡ダイエーホークス戦の全試合(13試合。ただし2試合が雨天中止。追加日程は阪急西宮球場で実施。)と他3試合の日程を当球場で組んだ。1990年はダイエー戦を主に、13試合を開催した。主な対戦相手がダイエーになったのは、1988年秋に南海ホークスがダイエーに買収された際、ダイエー側が一部の主催試合を開催する構想を持っていたためである。ダイエー本社が神戸にあるためだったが、元々兵庫県を保護地域とする阪神とオリックスの2球団から承諾を得ることができず、断念した経緯にオリックス側が配慮したためである。 1991年から、オリックスは既に老朽化が進んでいた阪急西宮球場から完全移転し、球団名もブレーブスからブルーウェーブに改称した。1994年にイチローが日本プロ野球史上初のシーズン200安打を達成。続く1995年からは、阪神・淡路大震災からの復興を願い「がんばろうKOBE」をスローガンに掲げたオリックスがパ・リーグ2連覇を成し遂げ、1996年には日本一に輝いた。これらのことから、本拠地である当球場も知名度を上げ、観客動員数も球団新記録を記録した。 しかしその後は観客動員数がチームの順位とともに低迷し、経営立て直しのため2005年にオリックスは大阪近鉄バファローズと球団合併することになった。2005年から2007年まで3シーズンの間は、暫定措置として阪神とともに兵庫県と大阪府の2府県を保護地域とするダブルフランチャイズ制が執られた。ただし主催試合の半分以上と日本シリーズを行う専用球場は一ヶ所にすることになり、大阪ドーム(現・京セラドーム大阪)をオリックスは選択した。2005年にオリックスは当球場を準本拠地として、主催全68試合のうち32試合開催した。(大阪ドーム・34試合、東京ドーム・2試合)オリックスの当初の方針ではダブルフランチャイズ制の3年間のうちに徐々に当球場の試合開催を減らし、2008年には10試合以下の開催にする予定であった。だが2005年10月に大阪ドームを運営する第三セクター「大阪シティドーム」が会社更生法を申請して事実上経営破綻したため、2006年は当球場を専用球場に変更、野球協約ぎりぎりの数である主催試合の半分、34試合(大阪ドームでも34試合)を当球場で開催した。これはシリーズ期間中に大阪ドームを確保できない可能性があることを考慮しての措置である。その後、大阪ドームの施設はオリックスグループ傘下のオリックスリアルエステート(現オリックス不動産)が買収することになり、2007年は当球場での開催が22試合にまで削減された。 暫定措置が終了した2008年からはオリックスが大阪府、阪神が兵庫県を保護地域としたため、当球場は専用球場として選ばれることは無くなったが、オリックスは大阪ドームでの観客動員数の伸び悩みなどから、2008年以降も神戸での試合開催数を20試合程度確保する方針である。また阪神も大阪ドームで主催公式戦を開催していることからこれに協力する姿勢を執っており、両球団は2008年以降、試合日程や開催数などについて折衝を行った上で、書面による同意を交わしている。 なお大阪ドームより当球場を評価するファンからは神戸での開催数減少に異を唱える意見も出ており、実際に観客動員数でも上回ることが多い。ただし合併前の観客動員数は惨憺たるものであり、近年の神戸での観客動員数の増加は単に主催試合が激減したために希少価値が増加しただけ、と見ることもできる。 阪神開場から数年間は本拠地の阪神甲子園球場で8月に全国高等学校野球選手権大会が行われる関係から、毎年同月に1~3試合を開催していた。1994年まで行われたがその後は阪急西宮スタジアムで、さらに大阪ドームで開催されるようになり、2007年まで主催試合は開催されなかった。 しかしオリックスの大阪ドームへの本拠地一本化の方針を受け、兵庫県と神戸市は「バファローズ一辺倒というわけにはいかない」として他球団の主催試合誘致を検討し、その一環として阪神に対し「スカイマークスタジアムで年間数試合の公式戦を開催してほしい」とする要望書を2006年に提出した。阪神・牧田球団社長もこれに協力する意向を明らかにした。折りしも甲子園球場は2007年オフから3期に渡って改修工事が予定されており、各年(2007年~2009年)の10月1日から翌年3月中旬まで甲子園が使用できなくなることから、阪神は同月以降の主催試合を当球場で代替開催すべく市と交渉を行い、その結果第1期工事が開始される2007年10月以降に行われる公式戦の雨天順延分とクライマックスシリーズ(CS)、さらに翌2008年シーズン前の春季非公式試合(オープン戦)の一部が当球場で行われることが決まった。 これに先立ち2007年にもオープン戦の対日本ハム戦が行われた。(阪神が神戸で主催オープン戦を開催するのは1990年以来17年ぶり)ただ同年シーズン終盤にオリックスの3位以下が早々に確定したため、雨天順延を避けるためにセ・リーグと阪神はCS第1ステージの主催球場を京セラドーム大阪に変更した。(第2ステージは変更なし)結局阪神はリーグ3位となり、主催公式戦も9月29日に全日程を終了したため、結局公式戦では使用されなかった。オープン戦は2008年にも予定通り開催された。第2期工事期間中に関しては雨天順延分とオープン戦での使用は決まったものの、CSは京セラドーム大阪を優先することになった。2008年9月30日に甲子園で行われる予定だった阪神主催最終戦の対中日戦が雨天中止となり、同年10月12日に代替試合が当球場で行われた。 第3期工事期間中に関しては工事予定の変更で甲子園での開催が可能になったため、2009年の公式戦の開催は無いことが決定している。 他球団2007年に読売ジャイアンツ主催公式戦(対広島戦)が行われた。巨人が兵庫県内で主催公式戦を行うのは、1952年にプロ野球にフランチャイズ制度が制定されてからは初めてのことであった。 アマチュア高校野球の予選や関西六大学野球連盟、関西学生野球連盟などの一部の試合が行われる。1990年から1996年までは社会人野球日本選手権大会も開催されていた。2006年には世界身体障害者野球大会が開催された。 名称完成当初からグリーンスタジアム神戸の愛称がつけられたが、当時はこういった名称は他にスタルヒン球場[3]があるくらいでまだ珍しかった。略記には「GS神戸」がよく使われていた。 2003年に、所有者である神戸市が財政難を補うため、日本の野球場として初めてネーミングライツを導入した。インターネットプロバイダYahoo! BBを運営するソフトバンクBB、インターネットポータルサイトYahoo! JAPANを運営するヤフーと2年間2億円の売却契約を締結し、Yahoo!BBスタジアムを名称とした。但し「Yahoo!BB」は商標名であるため、NHKのニュース・野球中継等では社名のみを冠した「ヤフースタジアム」という表現が用いられた。 ヤフーとソフトバンクBBの親会社であるソフトバンクが福岡ダイエーホークスを買収したため、2004年12月に命名権の契約更新を行わず、2005年3月31日の期間満了をもって契約終了とすることが発表された。売却先が決まるまでは、暫定名として「神戸球場」とした。 これに伴い行われた公募により航空会社・スカイマークエアラインズ(現スカイマーク)が契約料3年間2億円で命名権を獲得し、2005年2月10日からスカイマークスタジアムを新名称とした。2008年にはダブルフランチャイズ制が終了するため、契約延長が危ぶまれたものの、同条件の3年間2億円で2008年2月に契約延長されている。(ただし金額はプロ野球の試合数に連動) ボールパーク構想1999年から球場長をはじめオリックス球団職員が何度も米国の球場を視察。メジャーリーグの球場を手本にした「ボールパーク構想」を打ち出す。この取り組みは後に高く評価され、日本の球場設計や野球ファンの意識にも大きな影響を与えることになる。まず2000年に第一弾の改装が行なわれ、米国の球場のように内野にも天然芝が張られた。またスタンドの分煙化と「ホームランイリュージョン」と称した演出を開始。これはブルーウェーブの選手がホームランを放つとバックスクリーンから炎が立ち上る演出である。さらに2001年、スコアボード左側をフリーボードに変更し、内野1階席の椅子を外野席と同じ深緑色に統一。内野の金網フェンスの高さを1m80cmから80cmに変更し、ファンにグラブ持参を呼びかけるキャンペーンを実施した。 2002年には球場の管理運営権が神戸市からオリックスに委譲された。球場内の売店をリニューアルし、アメリカ直輸入のホットドッグ、イタリアや中国料理の専門店などがオープン。また、5人まで座れる日本の現存球場では唯一のテーブル席を「ファミリーゾーン」として1塁側に19基設置した。 2003年には最大規模となる総工費約3億3000万円をかけた改装が行われ、内野の黒土部分とファールゾーンの人工芝部分が全てアンツーカーをベースにした赤土で統一された。内野2階席の椅子を外野席・内野1階席と同じ深緑色に統一。外野スタンドの金網フェンスも2m15cmから1m40cmに引き下げた。また、日本の野球場としては初めての試みとして、約600席のフィールドシートを元々ブルペンがあったダッグアウトの隣に設置した。危険防止のため、可動式の透明アクリルカバーが全席に設けられている。このカバーは、当初取り付け予定にはなかったが、球場内で起きた事故は球団の責任となるため急遽設置された。フィールドシート設置にあたって、球団職員の田中浩一が設計・施工に参加した。『フィールドシート』の命名も田中により考えられ、現在は他球場でも使用されている。この改修によりファウルグラウンドは縮小され、ブルペンはファウルポール際に移設された。 球場データ
内野天然芝2000年には内野にも天然芝が張られた。これは現存する日本のプロ野球開催の野球場では3つだけである(残り2つは宮崎県宮崎市のサンマリンスタジアム宮崎と山形県鶴岡市の鶴岡ドリームスタジアム。プロ球団の本拠地に関していえば当球場のみである。ただかつては兵庫県西宮市の阪急西宮球場や東京都文京区の後楽園球場、同荒川区の東京スタジアムなどにも内外野天然芝が張られていた。なお、2009年に開場予定のMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島も内外野とも天然芝である)。これとは逆に、一時期ドーム化が計画されていたこともあったが、当時ブルーウェーブに在籍していたイチローが「グリーンスタジアムは日本一の球場」と猛反対したこともあり、断念した。 イチローシートイチローは1996年度以降、毎年神戸市の少年野球チームを一塁側カジュアルシート(20席分・140万円相当)に招待するイチローシートを実施してきたが、2005年度からそれが廃止された。 1996年の設置当初は「阪神・淡路大震災の被災者に自分のプレーを間近で感じ取ってもらうことによって、勇気と希望を提供したい」という気持ちから設置してきたが、その後は地元神戸の少年野球選手たちに応援してもらった感謝の気持ち、そして野球を心の底から存分に楽しんでもらいたいということで神戸市の少年野球チームを招待してきた[1]。 しかし、2004年シーズン中に発覚した大阪近鉄バファローズとの合併計画で「自らの原点であるブルーウェーブが合併すること、そしてその名称が消滅することに自らが帰る球団がなくなった」とショックを覚えたこと、また本拠地も大阪ドームとのダブルフランチャイズになることから試合数が大幅に減ってしまうことなどを考慮して、イチローシートを解消することになった。 サブ球場1991年にオリックスが神戸に移転した際に建設され、1999年までオリックスの二軍の本拠地として使用された。(2000年にあじさいスタジアム北神戸に移転)現在は一・二軍とも公式戦には使用しておらず(二軍のオープン戦で使用することがある)、練習やアマ野球、一般利用などでの使用が多い。グラウンドはメイン球場を模しており、ダッグアウトやブルペンも1991年当時のものと同じように作られている。グラウンドは内野が土、外野が人工芝である。 旧称は「グリーンスタジアム神戸サブ球場」。ヤフー、並びにスカイマークが本球場の命名権を取得していた2003年以後は正式名称のまま神戸総合運動公園サブ球場を名乗っているが、これはサブ球場が命名権売却の対象となっていなかったためである。 交通アクセス
脚注関連項目外部リンク
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