スターリニズム とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋スターリニズム(英:Stalinism、スターリン主義)とは、20世紀なかごろのソビエト連邦(ロシア)の指導者ヨシフ・スターリンの発想と実践の総称。またはそれに通じる考え・実践形態・実践結果としての政治的 ・ 経済体制の総体を指す。それは、ロシア革命と内戦後に発生した特権的官僚と、その権益を防衛する秘密警察の支配を背景にして「絶対的な独裁者」を確立した社会体制である。それゆえ全体主義と同列に扱われる傾向が強い。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 スターリニズム 出典: 『はてなダイアリー』 関連商品
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スターリニズム(英:Stalinism、スターリン主義)とは、20世紀なかごろのソビエト連邦(ロシア)の指導者ヨシフ・スターリンの発想と実践の総称。またはそれに通じる考え・実践形態・実践結果としての政治的 ・ 経済体制の総体を指す。それは、ロシア革命と内戦後に発生した特権的官僚と、その権益を防衛する秘密警察の支配を背景にして「絶対的な独裁者」を確立した社会体制である。それゆえ全体主義と同列に扱われる傾向が強い。
スターリンは自ら「レーニンの最も忠実な使徒」を自称し、 その支配イデオロギーを「マルクス・レーニン主義」と命名した。また、レーニン死後、彼を神格化することで自らの個人崇拝をも推奨した。
「スターリニズム」(あるいはスターリニスト)は、非スターリン主義の左翼にとっては、「官僚主義」、「専制的な"自称社会主義国家"の崇拝者」、「独善的なセクト主義」、「個人崇拝」、「社会主義革命を実質的に放棄した日和見主義」、「世界革命を放棄した一国主義」などを指す蔑視語である。スターリン、歴代ソ連邦の政権およびコミンテルン系譜の世界各国の共産党は「スターリニズム(スターリン主義)」を標榜したことはなく、トロツキーおよびトロツキズムの支持者(トロツキスト)によってはじめて規定された呼称・用語および概念である(後のローザ・ルクセンブルクの信奉者を含む)。これらの批判はのちにトロツキズム運動、とりわけスターリン死後のスターリン批判の後のコミンテルン系譜の共産党運動の外における「ニュー・レフト」(新左翼)運動の新たな広がりを作り出し、日本においては反スターリン主義という傾向をも生み出す。
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スターリンは、ソビエト政権が干渉戦争と内戦の終了とともに開始した「新経済政策」(いわゆるNEP)から転換して1928年に第一次五ヶ年計画を開始する。それは西側帝国主義にハイペースで追いつこうとする産業化政策であり、軍事力を高めることを目標とし、また、産業化を後方で支援するための農業の集団化(コルホーズ)をセットとした。そこでは、労働者への極端なノルマを課した成果主義(スタハノフ運動)と「富農(クラーク)の撲滅」が叫ばれた。発電所やダム建設などの巨大プロジェクトによって労働者は動員され、強制収容所から「(作り出された)囚人」が無報酬で働き犠牲になった。また、農作物は強制的に徴発され、広範な飢餓地帯(とりわけウクライナ)と大量の死者を生み出すことになる。これらの政策によりソ連の国力は第二次世界大戦前までには西欧列強と肩を並べるまで成長し、アメリカ、ドイツ、イギリスと同等の大国としての地位を得た。
現在では、重工業重視による「生産力至上主義」に基づく「社会主義経済建設」の展望も、"スターリニズム"の系譜を引いている思考および志向と言うこともできるだろう。
以上のような、スターリンおよびソ連邦共産党、コミンテルン系譜の各国共産党の実践形態・実践結果を総称して、非スターリニズム左翼は「スターリニズム」と定義する。1930年代にスターリニズムに基いて成立した一国型社会主義(特にその国家体制)を指してソ連型社会主義とも呼ばれるこれらの国家が実現したものを社会主義と呼ぶべきかどうかについて長い間、非スターリニズムの党派・活動家の間では議論が戦わされた。ソ連邦およびスターリン、ソ連共産党、コミンテルン系譜の共産党を支持しない社会主義者からは社会主義の語から区別するために「官僚的に歪められ、堕落した労働者国家」(トロツキー)、「官僚的集産国家」(マックス・シャハトマン -トロツキー派から分裂したアメリカの活動家)、「国家資本主義」(トニー・クリフ -トロツキー派から分裂したイギリスの活動家)、「赤色帝国主義」(黒田寛一)、「スターリニスト官僚国家」(中核派など)などと規定された。
スターリンの指導下のコミンテルンの系譜に属する共産党は、スターリニズム政党であるか、すべてがそうであった時期を経験している。第二次世界大戦後、世界の3分の1の領域を支配した社会主義国家群は、ソ連型社会主義国家であり「スターリニズム」に支配された国家だったといえる。これらは東欧諸国や北朝鮮のように、ソ連から強制もしくは移植された外発型のスターリニズムと、中華人民共和国やユーゴスラビアのように、自ら革命を達成し社会主義を選択した内発型のスターリニズムに分類される。外からの革命によって建国された前者がソ連の影響下からなかなか脱することができなかったのに対して、内発的な革命を経験した後者は長い時間をおかずしてソ連と対立するという現象がみられた。
「ローザ主義者」およびアナキストはレーニン時代のボリシェヴィキ、あるいはトロツキズムもスターリニズムの先行として批判し、同質の強権的な「国家共産主義」として批判している。あるいは、新左翼などの「スターリニズムの批判者」も実はスターリニズムの体質を色濃く引き継いでいる、という指摘は少なくない。また、1991年のソ連邦崩壊以降、世界各国の共産党は党名の変更および社会民主主義への転向を大勢とし、影響力の低下は否めない。それとともに、かつて「モスクワの長女」(ソ連の指令なら何でも従う、の意)などと揶揄されたフランス共産党が、現在ではトロツキスト潮流と共闘するようになるなど、残存共産党の「スターリニズム」の体質の弱まりも指摘される。
中国や北朝鮮にも成立したソ連型スターリニズムについては、その歴史的体質に特徴を見出す立場からしばしば「アジア的専制」の系譜とも言うべきものに位置づけられて説明されることがある。カール・ウィットフォーゲルは中国における古代以来の王朝に実現した中央集権体制が水利事業によって可能になったと考えて「アジア的専制」概念を再定義し、これを適用してスターリニズムを説明しようとした。
実際に、東アジアではソ連や他のソ連衛星国には見られない現象がある。北朝鮮の金日成-金正日の世襲による権力移譲は、マルクス主義の教義からは完全にかけ離れたものとして他の「スターリニズム支配」と比しても際立っている。もっとも、北朝鮮政府自身が1990年には国家イデオロギーに関して「主体思想はマルクス・レーニン主義を基礎にしながらもすでにそれを超克しており、局面ごとには立場を異にする」と宣言している。
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