スピードワゴン とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋スピードワゴンは、井戸田潤と小沢一敬からなるお笑いコンビ。所属事務所は名古屋吉本に4年間在籍の後、現在はホリプロコム。略称は「SPW」「スピワ」「スピワゴ」「ワゴン」。事務所の社長からは「スピード」と呼ばれている。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 スピードワゴン スピードワゴン 出典: 『はてなダイアリー』 関連商品
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| スピードワゴン | |||
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| メンバー: | 井戸田潤 小沢一敬 |
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| 別名: | SPW、スピワ、スピワゴ、ワゴン | ||
| 結成年: | 1998年 | ||
| 事務所: | ホリプロコム | ||
| 活動時期: | 1998年-活動中 | ||
| 公式サイト: | 公式プロフィール | ||
| 受賞歴 | |||
| 2002年 M-1グランプリ7位 2003年 M-1グランプリ6位 |
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スピードワゴンは、井戸田潤と小沢一敬からなるお笑いコンビ。所属事務所は名古屋吉本に4年間在籍の後、現在はホリプロコム。略称は「SPW」「スピワ」「スピワゴ」「ワゴン」。事務所の社長からは「スピード」と呼ばれている。
目次 |
両者とも名古屋吉本の養成所に通っており、共に吉本興業名古屋事務所の2期生。吉本での同期デビューの芸人はロンドンブーツ1号2号やペナルティ、山口智充などである。小沢は幼馴染とオーディションを受け、井戸田は高校時代の同級生とコンビを組む予定であったが、オーディションにその同級生が現れず、結局1人で受ける。受験番号が前後であった事、小沢のコンビのネタの完成度が高かった事、井戸田は声も出ており陽気で騒いでいた事などから、互いに印象に残っていた。養成所では常にライバル関係で、名古屋に所属している芸人のオーディションがリーグ戦形式で行われ、小沢のコンビ「バツイチ」は毎回優勝、井戸田のコンビ「マグニチュード」(このときは井戸田は「イトリ」という芸名だった)は、毎回2位(バツイチが出場しなかったら1位)であった。バツイチは名古屋吉本在籍時に「オールザッツ漫才」に出演した事がある。また、吉本時代は、育ての親である吉本興業の新田敦生(大阪制作チーフプロデューサー、当時は名古屋吉本の所長)に非常に世話になり、ホリプロに所属してからもラジオで共演を果たし、プライベートでも親しくしている[1]。
その後、井戸田はマグニチュードを解散し上京、アルバイトをしながら活動。この頃、バツイチが解散したと聞き、以前より小沢とコンビを組みたいと考えていた井戸田は、小沢に声をかけた。しかし、腰の重い小沢は名古屋からなかなか出ようとせずコンビ結成に意欲を見せない為、井戸田がトラックをレンタルして名古屋まで小沢を迎えに行き、小沢は身ひとつで上京した。小沢は住まいが見つかるまで井戸田の家に居候し、井戸田は小沢の昼食を作る為にアルバイトの昼休みに帰って来ていた。そして、1998年12月11日にスピードワゴンを結成。当時のM2カンパニー(現・ホリプロコム)社長の宮原匡彦に誘われ、同社所属タレントとなる[2]。
仕事が無い日が続いていた時に転機となったのは2002年『M-1グランプリ』へのワイルドカード(敗者復活)での出場である。これを機に名前が知られるようになり、注目度も高まった。本人たち曰く、M-1決勝出場前の給料は3000円だったが、出場後はテレビ出演が増えた為、給料は100倍になったという。この頃の打合せの際、井戸田は「来年から忙しくなるよ」と小沢に言ったというエピソードがある。その言葉通り、テレビ出演も増え、知名度も上がった。同年の大会では立川談志に「俺、下ネタ嫌いなんだよ。」とネタを酷評されたが、2003年の『M-1グランプリ』では、敗者復活でない決勝進出を果たした(そのため、キャッチフレーズが「正門突破」だった)。同年に『爆笑オンエアバトル』(NHK)でファイナル2位。勝率0.750、オンエア率15/20でゴールドバトラーの称号を与えられ、同番組の黄金時代を支えた芸人の1組でもある[3]。
小沢がプライベートで使用していた「甘い言葉」をネタに使用、一気にブレイクした。『爆笑オンエアバトル』では本分である漫才でそれなりの定評があり(甘い言葉自体も元々漫才のネタであった)、古株のファンからは安易なネタに走りすぎだとの指摘もあったが、良くも悪くも、更に知名度、人気を上げるきっかけとなった。また若手芸人の登龍門的存在の『エンタの神様』(日本テレビ系列)に出演した事も知名度向上に大きな影響を与えた。同ネタを番組内で使ってもらおうと始まった(後に趣旨はずれるが)『激あま〜い』(TBS)に出演、キー局での初メインレギュラー番組となった。
2005年9月14日、井戸田が安達祐実と入籍。ちなみにこの日は安達の誕生日だった(安達はこの時点で妊娠2ヶ月で、2人はできちゃった結婚となった)。また安達の母親で井戸田の義母である安達有里がヘアヌード写真集を発売した事や写真集発売とほぼ同時期に井戸田の不倫疑惑が写真週刊誌に報じられた事で、何かと話題を集め、メディア露出が格段に増えた。
2004年の「M-1グランプリ」に出場するも、準決勝止まりで敗者復活戦も辞退(福岡でイベントがあった為辞退したという説が有力)。2005年も期待されていたが、不出場。ファンの間では「井戸田が結婚したおかげで決勝まで行けたと言われるのを嫌ったから」だとの憶測が飛んだが真相は不明である。2006年も出場はしなかったが、2007年は3年ぶりに参加したが準決勝で敗退、ラストイヤーとなった翌2008年も準決勝敗退。因みに第1回大会に出場していない理由は、公にはコントしかやっていなかったからだ(実際は結成当初から漫才を本分としている)と語っているが、本音は小沢曰く「単純に怖かったから出場しなかった」そうである。[4]
コント「甘い言葉」がよく知られているが、本分は漫才である。漫才には定評があり、M-1覇者であるますだおかだが自身のラジオで「スピワはM-1十分狙えるコンビ」と評価している[5]。割りと正統派なしゃべくり漫才をするが、ベタなボケと大声で特殊なツッコミから、「新感覚のポップ漫才」と称されることがある[3]。ネタは青臭いものが多く、空想に入り込んだ小沢を井戸田が「小沢さーん!」と名前を呼んで現実世界に戻すのが特徴的。本人達曰く「グダグダ」である。また、非常にマイナス思考でブラックなぼやき漫才も多い。
| 日程 | タイトル | 会場 |
|---|---|---|
| 2004年8月7日、8日(東京) 2004年8月31日(名古屋) |
スピードワゴンライブ 1998-2004 | 恵比寿エコー劇場 東別院ホール |
| 2005年7月26日 | 超スピードワゴン | 原宿アストロホール |
| 2007年1月22日、23日 | 弩スピードワゴン | 恵比寿エコー劇場 |
| 2007年5月26日 | 弩スピードワゴン VOl.2 | 新宿明治安田生命ホール |
| 2008年8月23日、24日 | 弩スピードワゴン Vol.3 | 北沢タウンホール |
| トークライブ | ||
| 2007年6月9日 | 喋スピードワゴン | 新宿ロフトプラスワン |
| 2007年9月24日 | スピードワゴントークライブ | 恵比寿ザ・ガーデンルーム |
| 2007年11月17日 | 喋スピードワゴン2 | 新宿ロフトプラスワン |
| 2008年4月19日 | 喋スピードワゴン3 | 新宿ロフトプラスワン |
| 2008年5月29日 | 喋スピードワゴン4 | 新宿ロフトプラスワン |
| 2008年6月17日 | 喋スピードワゴン5 | 新宿ロフトプラスワン |
| 2008年9月25日 | 喋スピードワゴンVol.6 | 新宿ロフトプラスワン |
| 2008年11月4日 | 喋スピードワゴンVol.7 | 新宿ロフトプラスワン |
| 2009年2月5日 | 喋スピードワゴンVol.8 | 新宿ロフトプラスワン |
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