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ピンクレディー とは?

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ピンク・レディー(Pink Lady)は、1970年代後半に活躍したデュオアイドルミー(現:未唯、本名:根本美鶴代、1958年3月9日 - 、A型、静岡県静岡市葵区出身)とケイ(現:増田恵子、本名:桑木啓子(旧姓:増田)、1957年9月2日 - 、O型、静岡県静岡市葵区出身)の2人組。多くの楽曲を阿久悠(作詞)・都倉俊一(作曲)のコンビが手がけた。

出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』


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出典: 『はてなダイアリー』


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ピンクレディー 別ウィンドウで表示  …  (n) pink lady

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おすすめ度5.0(全レビューの平均)ピンクレディーがテレビを席巻していた頃を良く知っているのは、現在40歳以上になっていると思いますが、あの強烈なブームはリアル・タイムでテレビを見ていた者に共通する鮮烈な思い出となっていることでしょう。 阿久悠の挑戦的で挑発的な歌詞と、都倉俊一のスピード感溢れるメロディとリズム、そして土井甫による子供たちを虜にした強烈で印象的な振り付けという三位一体のサポートによってピンクレディー人気は急上昇し、日本中を虜にし、魅了していきました。 デビュー当初は際物扱いをされていましたが、圧倒的なレコードセールスを記録し、テレビの高視聴率を獲得するやいなや時代の兆児としてテレビからその歌声が流れない日はない、というくらいにお茶の間を占領したのは今の時代からは全く想像だに出来ない現象だったと思います。日本レコード大賞、日本歌謡大賞を始め、あらゆる賞レースを勝ちぬき、頂点にたったミーとケイの姿はショービジネスの過酷さが見え隠れし、どこか痛々しささえ感じていました。 あれから30年経って、CDで始めて彼女達の音楽をしっかりと聴きました。テレビで良く聴いて知っているつもりでしたが、サビ以外は結構ハーモニーも美しくよく練られた歌唱だったと思います。ヒットする要素は確かにありましたね。声にも張りがあり、透明感も持っていました。 ピンクレディーの音楽が流れると、その当時に少女時代を送った人は知らす知らずの内に踊り出すという現象をテレビで見せてもらったことがありますが、それほど一世風靡した歌手は後にも先にも出ていません。 時代の頂点に立ち、時代に君臨したピンクレディー、もうあのような超絶な現象は起きないでしょうね、多分。  (sasabon さんのレビュー)

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1977年の「チャレンジ・コンサート」をリアルタイムで聴いて、 ピンク・レディーが単なるアイドルではなく、 「この2人なら、きっとずっと遠くまで行ける!」と感じた。 もはや伝説の絶頂期から、アメリカ進出、そして解散・・・・ 当時のマスコミの2人の取り上げ方のあまりの酷さに無力感と怒りを感じながら、 子供ながらに心を痛め、そんな状況に目を背け、離れていった記憶がある。 解散から22年、半信半疑、そして大きな期待をこめて、コンサートに足を運んだ。 コンサートの進行とともに、そんな過ぎた日の「わだかまり」は、 まるで氷を溶かすように消えていった。 当時より確実に厚みを増したユニゾンのボイシング、スリリングでビートの効いた高音、 そして振り付けのキレはどうだ!圧巻である。 ピンク・レディーがかつて打ち立てた金字塔を凌ぐアーチストが出てこないのは、 単に「時代」が違うからではなく、格が違うからだと確信した。 ピンク・レディーはまだまだ新しい「何か」を創造できる。 そんな期待に胸躍らせている。  (a15ff11300g さんのレビュー)

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ウィキペディア(Wikipedia)記事


ピンク・レディー
基本情報
出身地 日本静岡県静岡市葵区
ジャンル アイドル
活動期間 1976年 - 1981年
レーベル ビクターレコード
共同作業者 阿久悠都倉俊一土居甫
メンバー
ミー(根本美鶴代
ケイ(増田恵子
  

ピンク・レディー(Pink Lady)は、1970年代後半に活躍したデュオアイドルミー(現:未唯、本名:根本美鶴代、1958年3月9日 - 、A型、静岡県静岡市葵区出身)とケイ(現:増田恵子、本名:桑木啓子(旧姓:増田)、1957年9月2日 - 、O型、静岡県静岡市葵区出身)の2人組。多くの楽曲を阿久悠(作詞)・都倉俊一(作曲)のコンビが手がけた。

目次

来歴

出会いとデビュー秘話

常葉高校(現・常葉学園高校)卒業後の1976年8月25日に、シングルペッパー警部」で歌手デビュー。中学、高校時代に同級生だった二人は、“クッキー”というデュオを結成し歌手を目指していた。デビューのきっかけとなったテレビ番組『スター誕生!』出演時は、二人おそろいのオーバーオールを着、素朴な雰囲気で登場。歌も当時ほとんど無名に近かった、フォークグループの曲(ピーマンの「部屋を出て下さい」)を唄う事で逆に注目され、合格する。後に増田恵子(ケイ)は素朴な田舎っぽいイメージはオーディション番組に受かるための手段で、当初より歌って踊れる歌手を目指していたと語っている。当時のテレビ局関係者には素朴な田舎娘だったとの印象が強く、フォーク歌手指向と語られ、グループ名が「白い風船」になりかけたこともあった。

しかし歌手デビューに際し、全く異なるキャラクターにプロデュースされる。手足を露出したキラキラ光る生地のミニの衣装にリズムやビートを強調した曲調と、郊外の田園風景が似合う素朴な二人組がアメリカのショー歌手も顔負けの派手な歌謡デュオになった。大胆に太ももを開いたりする激しくセクシーなダンスを行うことから、デビュー当初は成人向け深夜番組の出演が多かった。ピンク・レディーとは都倉俊一の命名であり、カクテルピンクレディーに由来する。

同様の歌手としては1970年代前半に人気を博した山本リンダの前例もあるが、山本が“大人の女”の色気を売りにし夜のイメージを感じさせたのに対し、ピンク・レディーは夏の浜辺のような明るく健康的なムードなのが対照的だった(山本の曲も阿久悠都倉俊一コンビ作が多い)。デビュー直後にはキワモノ的な見方もされたが、まずは当時の子供たちが振り付け(すべて土居甫の手によるもの)を熱心に覚えて真似をし始めた。そのため山本リンダに代表されるかつてのセクシー歌手とは対照的に、老若男女に幅広く人気を獲得することに成功。レコードが大ヒットするだけではなく、人気が高まるにつれ衣料品文房具食器、果ては自転車食品まで多くの業種のさまざまな商品に彼女らの姿がプリントされたキャラクターグッズが販売され、ピンク・レディーという存在は想像を絶する巨額の経済効果を派生させることになった。

絶頂期

ピンク・レディーは1970年代前半のアイドル天地真理の人気を超え、さらに時代を象徴するスーパーアイドルになったと言える。1978年ブロマイドの年間売上成績でも人気No.1に輝いた。 また「サウスポー」のように、男女の恋愛を直接のテーマとしていない曲も、当時の歌謡曲には見られない特徴的なものだった。

2年ほど早くデビューしていたアイドルグループキャンディーズと比較されることが多いが、当時のレコード売り上げ枚数はピンク・レディーの方が圧倒的に上回っていた。

人気は爆発的に高まり、オリコンで連続9曲1位・10曲連続ミリオンセラー(出荷)は、当時の新記録。シングル首位獲得週数63の記録は現在はいまだ破られておらず、女性歌手の5曲連続ミリオンセラーおよび通算ミリオン記録5曲も安室奈美恵宇多田ヒカル浜崎あゆみと並ぶ最高記録である。また女性グループアーティストによる通算9曲首位も、2006年11月20日付にモーニング娘。が「歩いてる」で記録更新するまで最高記録であった。

ピンク・レディーの人気は1977年1978年が絶頂期だった。人気ロックグループサザンオールスターズのデビュー曲「勝手にシンドバッド」は、沢田研二の「勝手にしやがれ」とピンク・レディーの「渚のシンドバッド」のふたつの曲のもじりである(それ以前に『8時だヨ!全員集合』で志村けんが「勝手にシンドバッド」というギャグを披露している)。両曲とも1977年の大ヒット曲であり、この時期のピンク・レディー人気がいかに巨大な存在だったかを物語っている。「渚のシンドバッド」は歌詞に「セクシー」という言葉が登場するが、これは日本のメジャーな歌謡史上で初めて使用された例だとされている。それでいて歌全体に淫靡なムードが漂わない辺りが、ピンク・レディーという存在の独特な個性だったと言える。

作詞の阿久の作風を反映して、若者の性の奔放さを題材にした「ペッパー警部」「渚のシンドバッド」、UFOブームを反映した「UFO」、王貞治本塁打記録ブームに乗じた「サウスポー」など、時代の流行が伺える楽曲が多い。また歌の内容に合わせた衣装も特徴的で、「UFO」の宇宙的コスチュームや「サウスポー」のピンクのユニフォームを着ていたり、「透明人間」「カメレオン・アーミー」 に至っては、テレビ番組で二人の姿が消えたり衣装の色が変わったりするなどの演出が施された。

当時女児の間ではピンク・レディーの振り付けの真似が大流行し、完璧に踊れるのが当たり前と言われた。『探偵!ナイトスクープ』2001年2月9日放送分の「30代の女性は皆ピンク・レディーの振り付けを踊れる?」の調査でも、街頭インタビューを行った一般の女性達が次々と完璧に「UFO」「サウスポー」などを踊りこなし、当時の人気振りを偲ばせた。

当時フィーバーアパッチキャッツ★アイなど、ピンク・レディー人気にあやかろうと亜流といえる歌謡グループが複数登場したのも人気を物語るエピソードである。

アメリカ進出、そしてユニットの終焉

しかし人気絶頂の時期だった1978年暮れの『第29回NHK紅白歌合戦』出場を辞退、日本テレビ系の裏番組(チャリティー番組)に出演したり、その後アメリカのショービジネスの世界に進出して日本のマーケットを留守にしていたことが、結果として人気に悪影響を与えてしまった。当時の『紅白歌合戦』は文字通りの国民的お化け番組であり、ピンク・レディーが出演した裏番組は惨敗する結果になった上、NHKとの関係にも遺恨が残ったと言われる。

アメリカ進出の経緯については一般に知られていないが、多くのファンを得て、短期間に準レギュラー出演の番組を獲得するなど当時の外国人デュオとしては非常に成功したケースであった。しかし、よりセックスアピールを前面に出したスタイルであったため、国内でのイメージを損なう恐れがあるとの判断から日本ではほとんど報道されなかった。アメリカのマーケットにおける長期的な見通しの欠如と国内マーケット重視の営業判断から、活動途中でアメリカから撤退を余儀なくされた。

アイドル歌手では一般的なことだが、活動方針やイメージ戦略などはピンク・レディー本人(ミーとケイ)が立案しているのではなく、所属事務所など周囲の関係者が行っていた。多忙がたたり、当時の仕事の現場はダブルブッキングなどは日常茶飯事な状態であった。ミーとケイは、デビュー当時から寝る間もないほどの仕事を課せられていたため、自分たちの実際の人気度が全く分からなかったと後述している(地方公演に行った際、驚異的な数の観衆が集まっているのを見て、初めて自分たちが爆発的な人気を得ていると実感したという)。爆発的な人気が出た後には、前述の紅白辞退やアメリカ進出で負の遺産を背負い込まされることになり、自らの意志とは別の次元で悲劇的な運命に翻弄されることになった。

1979年頃からその人気は急速に陰りを見せ、1980年頃のテレビ番組などでは数年前のようなスーパーアイドルという扱いではなくなっていた。そして1981年、雨の中、後楽園球場でピンク・レディーは解散コンサートを開催する。活動期間は4年半強。なお当時の所属事務所は解散直後に倒産し、社長であった貫泰夫も芸能界を離れているが、当時を振り返るブログを運営している。

再結成

解散後はそれぞれ女優タレントとして活動しており、数度の共演・再結成を行っている。二人でテレビ出演する際の衣装は、増田がピンク、未唯はブルーで登場することが多い。これは、現役の頃から今までも増田がピンクが大好きだということの表れである。

略歴

シングル

  1. ペッパー警部(1976/8/25)
    作詞の阿久悠の書籍『夢を食った男たち―「スター誕生」と黄金の70年代』によると、阿久悠がこの曲名をつけた際の由来についてはドクターペッパーからの引用か、またはサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドからか、『ピンク・パンサー』の登場人物クルーゾー警部からか、落語のくしゃみ講釈の落ちに登場する胡椒(故障)からペッパーを連想したのか、あるいは曽根史朗の往年のヒット曲「若いお巡りさん」(公園のベンチにいるカップルに「早く帰りなさい」と諭す巡査が主人公の歌。「ペッパー警部」と同じビクターより発売)からの連想なのかもしれないが、どれも(阿久悠自身による)後付けの解釈であり、本当のところは分からないとしている。なお、映画『007 死ぬのは奴らだ』と『007 黄金銃を持つ男』に出てくるペッパー保安官(後に警部)については同書では言及されていない。ダンスで大胆に股を開く振り付けは当初は下品とマスコミ関係者に不評であった。B面の「乾杯お嬢さん」も人気で、B面はキャンディーズを意識した楽曲でもあった。前述書『夢を食った男たち-』によると、阿久悠は最初からA面を「ペッパー警部」、B面を「乾杯お嬢さん」にするつもりで作詞したが、当初ビクターは「乾杯お嬢さん」をA面で売り出そうとしたという。初回出荷枚数は8,000枚だった。オリコン枚数60万枚、出荷枚数105万枚。2006年には、中国人デュエット「西遊妹妹」が中国語バージョンでカバーした。
  2. S・O・S(1976/11/25)
    イントロにモールス信号が入っており、ラジオでは一時期放送を自粛した局もあった。テレビ出演時は発売直後のみモールス信号からはじまるイントロを使用していたが、ただちにそれを抜いた演奏に切り替えられた。初のオリコン1位。B面の「ピンクの林檎」も人気であった。再結成ツアーでもB面のリクエストNo.1である。
    アリスSOS(1998年4月6日)のOP、ガン×ソード17話(2005年10月24日)のEDとしてカヴァーされている。
  3. カルメン'77(1977/3/10)
    この曲あたりから激しい振り付けが増えてゆき、さらなるインパクトがつけられた。
  4. 渚のシンドバッド(1977/6/10)
    初のオリコン上におけるミリオンヒット。オリコンチャートにおいて計8週に渡り1位を獲得。
  5. ウォンテッド (指名手配)(1977/9/5)
    簡単な振り付けが子供たちの間に広まり、振り付けの真似がはやるきっかけとなる。イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)が結成初期のライヴで演奏したこともある。オリコンチャートでは「渚のシンドバッド」から連続して1位を獲得し続け、この曲だけで12週連続1位を獲得。
  6. UFO(1977/12/5)
    オリコン枚数155万枚、出荷枚数195万枚。ピンク・レディー最大のヒット曲(オリコン枚数、出荷枚数共に)。「ウォンテッド(指名手配)」から中島みゆきの「わかれうた」(1週のみ)を挟んでオリコンチャートでは10週連続1位を獲得。日清焼そばU.F.O.のCMソングと思われがちであるが、実はUFOのCMソングは、歌詞はもちろん、メロディーも原曲の雰囲気に似せて作られた別のものであった。
  7. サウスポー(1978/3/25)
    当時まだ珍しかった「オリコン初登場1位」を達成。歌詞中には同時代のスターであった王貞治をイメージした打者が登場する(→参照)。また、高校野球の応援歌では、現在も山本リンダの「狙いうち」等と共に定番の曲である。
    同曲にはお蔵入りになったバージョンが存在する。こちらは歌詞も曲調も異なり、王貞治をイメージした打者も登場しない。こちらはレコーディングまでされたものの日の目を見ることはなかった。没バージョンの「サウスポー」は、1998年1月12日日本テレビ系列で放送された『スーパーテレビ情報最前線 特別版 今夜公開! 山口百恵・ピンク・レディー伝説』でごく一部が流れた。
    信州一味噌汁のCMではこの曲のパロディが歌われた。
  8. モンスター(1978/6/25)
    出だしから「ワハハハ…」という不気味な悪魔の声に、二人が「キャー!」と叫ぶイントロが話題に。タモリがこの曲を元ネタにした「サンスター」という曲をアルバム『タモリ2』の中で歌っている。
  9. 透明人間(1978/9/5)
    三角ブラとホットパンツを基調としたシースルーの衣装が話題に。B面は『飛べ!孫悟空』の主題歌「スーパーモンキー孫悟空」。
  10. カメレオン・アーミー(1978/12/5)
    オリコンにおいて、初登場88位→翌週1位という珍記録達成。正式な発売日以前にフライング発売された分がオリコンに集計されたため。
    ルパン三世 (TV第2シリーズ)』 第74話「恐怖のカメレオン人間」では挿入歌としてこの曲が使用されていた。
  11. ジパング(1979/3/9)
    デビュー曲以来続いた出荷枚数の連続100万枚突破記録、「S・O・S」以来続いたオリコン連続1位記録が途切れるが、総シングルレコードの売上合計枚数が1000万枚を突破した。これもオリコン史上初となる快挙であった。
  12. ピンク・タイフーン (In The Navy)(1979/5/1)
    ヴィレッジ・ピープルの「In The Navy」をカヴァー。同じカヴァー曲の渋谷哲平「ヤング・セーラーマン(In The Navy)」と競作となる。
  13. 波乗りパイレーツ(1979/7/5)
    B面の「USA吹き込み版」は、ビーチ・ボーイズがコーラスに参加。
  14. KISS IN THE DARK(1979/9/5)
    全米デビューシングル。ビルボード誌の「HOT 100」で37位にランクインした。総合チャートにおいては坂本九に次ぐ記録。2007年現在40位以内に入った最後の日本人歌手となる(American Top 40の影響で40位以内のみが重視される傾向にある)。
  15. マンデー・モナリザ・クラブ(1979/9/9)
    阿久悠都倉俊一のコンビが「そろそろ、子どものお客を無視した、ミーとケイ、ふたりのための曲を作ろう」と話し合った上で作りあげた、アダルトな魅力にあふれた楽曲。ミーとケイにとっても「こういう曲を、私たちはずっと歌いたかった」という感慨があり、とりわけ思い入れの深い1曲となった。売り上げこそいまいちだったが、曲の完成度の高さはファンの間で定評がある。
  16. DO YOUR BEST(1979/12/5)
    1980年のモスクワオリンピックに出場予定だった日本選手を応援するため、「がんばれ! ニッポン募金 Do your best!」というキャッチフレーズでピンク・レディーが選手強化募金を呼びかけた曲。その後政治的理由により、アメリカに続き日本もモスクワオリンピックをボイコットし、強化募金呼びかけは消滅。2005年から期間限定で行われたメモリアルコンサートで大胆な振付で再披露。
  17. 愛・GIRI GIRI(1980/3/5)
    発売当時、ピンク・レディーはアメリカで活動中だったため、テレビでほとんど歌われなかった曲。当時は、振付なしの直立不動状態で歌っていた。「DO YOUR BEST」と同じく、メモリアルコンサートで完全新振付が披露された。
  18. 世界英雄史(1980/5/21)
  19. うたかた(1980/9/21)
    アメリカで発売したアルバム『ピンク・レディー・インUSA』収録曲「Strangers When We Kiss」の日本語バージョン。歌詞もサウンドもセクシーな雰囲気で、後期ナンバーの中でも人気が高い。
  20. リメンバー (フェーム)(1980/12/5)
    後に映画『フラッシュダンス』の主題歌を大ヒットさせるアイリーン・キャラが歌った、映画『フェーム』の主題歌を日本語でカバーしたもの。
  21. Last Pretender(1981/1/21)
    発表当時からテレビで歌われたことが一度も無く、2005年5月27日に行われた『PINK LADY MEMORIAL CONCERT SPECIAL』の最中に、コンサートの中で歌っていないシングル曲があるが、歌うことを封印したことが告げられ、実際に最後まで歌われることは無かった。よって振り付けなどは不明。
    1980年に発売されたラジの「偽りの瞳」(作詞: 高橋幸宏大村憲司、作曲・編曲・プロデュース: 高橋幸宏)と異歌詞同曲で、作詞は糸井重里、編曲とプロデュースは高橋幸宏自身が手がけたテクノ歌謡。
  22. OH!(1981/3/5)
    ラストシングル。

解散後、未唯(当時はMIE)は「NEVER」(TBSテレビ系「不良少女と呼ばれて」主題歌)を、増田は「すずめ」を、それぞれソロでヒットさせた。

再結成時にピンク・レディーとして「不思議LOVE」(レーベルはVAP)、再々結成時に「2年目のジンクス/ポロロッカ」を発表。シングル発売される予定だったが、ミーとケイの契約上の問題など諸事情から見送られた。後年ビクターから発売されたベスト盤CDに両曲とも収録された。

再々々結成後

  • PINK EYED SOUL(1996/11/21) - シングルとしては「不思議LOVE」以降12年ぶりの新曲(レーベルはビクター

再々々々結成後

アルバム

  1. ペッパー警部(1977/1/25)
  2. チャレンジ・コンサート(1977/6/5) オリコン1位獲得
  3. サマー・ファイア'77(1977/9/10)
  4. ベスト・ヒット・アルバム(1977/12/5) オリコン1位獲得
  5. バイ・バイ・カーニバル(1978/3.5)
  6. アメリカ!アメリカ!アメリカ!(1978.6.25)
  7. '78ジャンピング・サマー・カーニバル(1978.9.5)
  8. 星から来た二人(1978.11.5)
  9. ベスト・ヒット・アルバム(1978.12.5)
  10. 活動大写真(1978.12.25)
  11. LIVE IN 武道館(1979.2.5)
  12. ピンク・レディー(1979.6.1)
  13. 不思議な旅(1979.8.5)
  14. ピンク・レディー・インUSA(1979.9.5)
  15. ウィ・アー・セクシー(1979.12.1)
  16. ピンク・レディー(1981.3.21)

テレビ作品

ザ・ドリフターズに似せた人形が演じる人形劇。ピンク・レディーは主題歌と劇中歌を担当し、顔出しでレギュラー出演していた。劇中歌は持ち歌の替え歌が多かった。
1978年10月24日-1979年6月26日に東京12チャンネル(現: テレビ東京)で放映されたアニメ作品。全34話および前夜祭1回と総集編2本からなる。「本人達にあまりにも似ていない」と不評であったため、シリーズ途中でキャラクターデザインをやり直したという逸話がある。
『飛べ!孫悟空』の後番組として、放送開始からしばらくの間はピンク・レディーが司会だったが、アメリカ進出の間の代役だったはずの伊東四朗(なお、伊東の前の司会役は湯原昌幸だった)が結局そのまま司会の定位置におさまることとなった。おなじみのフレーズ"Now Get the Chance!"も、ピンク・レディー司会の時代から引き続き使われていたものである。

CM

他多数

映画

関連項目

未唯がアニメタルレディーとして活動していた。
未唯とデュエットした。
未唯が栗原家のママとして出演した。
ユニットの名の由来になっているカクテル

外部リンク

先代:
沢田研二
日本レコード大賞
大賞受賞歌手
第20回
1978年
次代:
ジュディ・オング

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●それから音楽ディレクターになって、「スター誕生!」出身の岩崎宏美さんやピンク・レディーを担当しました。 ... ピンク・レディーがデビューする前年、ザ・ピーナッツが引退した寂しさもあって、歌って踊れる女性のデュエットを自分でも育てたいと思っていました。 ...別ウィンドウで表示   (2008年10月28日)

●ピンク・レディーの誕生をはじめ、華やかな昭和歌謡史とともに、彼の半生を描く。 田辺誠一主演、高橋愛、新垣里沙ほか。 土 8月2日 恋空(新番組) TBS系 夜7:56. ケータイ小説から始まり、書籍化、映画化してヒットした同名作品が、今度はドラマに。 ...別ウィンドウで表示   (2008年7月27日)

●その後もピンクレディー、小泉今日子(42)中森明菜(42)松本明子(42)らスーパースターを輩出。 12年間で88組91人が歌手デビューした。 ほかに作曲家都倉俊一役に内田朝陽(26)、日本テレビのディレクター役で池内博之(31)、黄川田将也(28)が出演する。 ...別ウィンドウで表示   (2008年6月13日)

●ピンク・レディー待望のライブDVDが遂に発売! ピンク・レディーが「ペッパー警部」 ... 日本中を熱狂と興奮の渦に巻き込んだピンク・レディーのコンサート・ツアーの模様を収録した、ピンク・レディーとしては初のライブDVD(2枚組) ...別ウィンドウで表示   (2005年8月26日)

●「上海冷茶」のテレビCM「Gold Dance編」は大地真央がゴールド一色のミュージカル仕立てで、1970年代に流行したピンクレディー「カルメン77」のカバーソングに乗って踊っている。 どう考えても別れた元夫、松平健の「マツ ...別ウィンドウで表示   (2005年4月4日)

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