フランス とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋フランス共和国(フランスきょうわこく、République française)、通称フランスは、西ヨーロッパ西部に位置する共和制国家。北東にベルギー、ルクセンブルク、東にドイツ、スイス、南東にイタリア、モナコ、南西にアンドラ、スペインと陸上国境を接し、ドーバー海峡を挟んで北西にイギリスが存在する。海外領土でもサン・マルタン島でオランダとも陸上国境を接し、南米植民地の仏領ギアナではスリナム、ブラジルと陸上国境を接する。西は大西洋に、南は地中海に面する。首都はパリ。欧州連合加盟国。国連安保理常任理事国。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 フランス 出典: 『はてなダイアリー』 関連商品
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| (国旗) | 国章(準) |

| 公用語 | フランス語 |
|---|---|
| 首都 | パリ |
| 最大の都市 | パリ |
| 形成 | 843年 |
| 通貨 | ユーロ(EUR, €) ※フランスのユーロ硬貨(EUR) |
| 時間帯 | UTC +1(DST: +2 UTC) |
| ccTLD | FR |
| 国際電話番号 | 33 |
フランス共和国(フランスきょうわこく、République française)、通称フランスは、西ヨーロッパ西部に位置する共和制国家。北東にベルギー、ルクセンブルク、東にドイツ、スイス、南東にイタリア、モナコ、南西にアンドラ、スペインと陸上国境を接し、ドーバー海峡を挟んで北西にイギリスが存在する。海外領土でもサン・マルタン島でオランダとも陸上国境を接し、南米植民地の仏領ギアナではスリナム、ブラジルと陸上国境を接する。西は大西洋に、南は地中海に面する。首都はパリ。欧州連合加盟国。国連安保理常任理事国。
目次 |
正式名称は、République française (フランス語: レピュブリック フランセーズ)。通称、France [frãs]。 略称、RF。
公式の英語表記は、French Republic。通称、France。
日本語の表記は、フランス共和国。通称、フランス。また、漢字による当て字で、仏蘭西、法蘭西などと表記することもあり、仏と略されることが多い。ちなみに、中国では簡体字で法兰西、繁体字で法蘭西と表記し、法と略される。日本でも一部の有識者は仏の字を忌避して法国と書く。
国名のFranceは、11世紀の『ロランの歌』においてまでは遡って存在が資料的に確認できるが、そこで意味されているFranceはフランク王国のことである。一方で987年に始まるフランス王国le Royaume de Franceに、Franceという名前が用いられているが、これは後代がそのように名付けているのであってその時代にFranceという国名の存在を認定できるわけではない。Franceは中世ヨーロッパに存在したフランク王国から名付けられたとされる。ドイツ語では直訳すればフランク王国となるFrankreich(フランクライヒ)を未だにフランスの呼称として用いている。これと区別するためにドイツ語でフランク王国はFrankenreichである。ギリシャ語では古代のこの地域の名称であったガリア(Γαλλία)が使われている。
フランスの国土は西ヨーロッパに位置する本土のほか、地中海に浮かぶコルシカ島やグアドループ、フランス領ギアナ、マルティニーク、レユニオンといった4海外県をも含む。その面積は西ヨーロッパ最大であり、可住地の広さは日本のおよそ3.5倍にも達する。本土の形状はだいたい六角形の形を成しており、これはフランスの母語であるフランス語にも影響し、六角形を意味する"l'Hexagone"が「フランス本土」を意味するほどである。
フランスの地形のおもな特色は、東から南にかけて山地や山脈という自然の国境がある他は、ところどころに高原や丘陵がみられるものの、国土の大半は概して緩やかな丘陵地や平野で可住地に恵まれていることにある。北部、西部に広がる、フランスでも最も広い領域を占める比較的平らな地域は、東ヨーロッパから続くヨーロッパ中央平原の西端部にあたる。緩やかな起伏の平野で、高所でも標高200m程度の土地が広がっており、温暖な気候と併せて西欧最大の農業国フランスの基礎となっている。東部ドイツ国境にはヴォージュ山脈、スイス国境にはジュラ山脈が延びる。ヴォージュ山脈はライン川の西岸に沿って流れ、ライン川がフランスとドイツとの国境となっている。南東部はサントラル高地が広がり、北から南へ流れ下るローヌ川を越えると、アルプス山脈につながっていく。南部イタリアとの国境を成すアルプスの山々は、多くが標高4000m以上で、その最高峰がモンブランである。アルプス越えには古代ローマの時代からいくつかの道があるが、なかでも有名なのがサンベルナール峠である。南西部のスペイン国境にはピレネー山脈が延びる。峠がほとんど無いピレネー山脈は、フランスとスペインとの交易を困難なものにした。サントラル高地の最高峰はドール山 (1,866m)。ピレネー山脈の最高峰アネト山 (3,404m) はスペイン側にそびえる。フランス全土の最高峰はイタリア国境に位置するモンブラン (4,810m)。
主な河川は北から反時計回りに、セーヌ川 (776km)、ロワール川 (1012km)、ガロンヌ川 (647km)、ローヌ川 (812km)。
フランスの気候は大陸性、海洋性、地中海性の気候区に分割される。海洋性気候は国土の西部で見られる。気温の年較差、日較差とも小さい。気候は冷涼であるが、寒くなることはない。国土を東に移動するにつれて気候は大陸性となっていき、気温の年較差、日較差が拡大していくと同時に降水量が上昇していく。本来の大陸性気候は東ヨーロッパ、つまりポーランドやルーマニアが西の限界であるが、フランス東部の高地、特にアルプス山脈の影響によって、大陸性気候が生じている。地中海性気候は国土の南岸で際立つ。気温の年間における変動は3種類の気候区のうち最も大きい。降水量は年間を通じて少ない。
フランスはパリへの人口の一極集中が目立ち、同市に次ぐ都市は規模が小さい。つまりジップの法則からのずれが目立つ分布となっている。
| 都市 | 行政区分 | 人口 | 都市 | 行政区分 | 人口 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | パリ | イル=ド=フランス | 2,166,200 | 11 | レンヌ | ブルターニュ | 210,500 | |||
| 2 | マルセイユ | プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール | 826,700 | 12 | ランス | シャンパーニュ=アルデンヌ | 184,800 | |||
| 3 | リヨン | ローヌ=アルプ | 467,400 | 13 | ル・アーヴル | オート・ノルマンディ | 183,600 | |||
| 4 | トゥールーズ | ミディ=ピレネー | 437,100 | 14 | サン=テティエンヌ | ローヌ=アルプ | 175,500 | |||
| 5 | ニース | プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール | 346,900 | 15 | トゥーロン | プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール | 167,400 | |||
| 6 | ナント | ペイ・ド・ラ・ロワール | 281,800 | 16 | グルノーブル | ローヌ=アルプ | 155,100 | |||
| 7 | ストラスブール | アルザス | 272,500 | 17 | アンジェ | ペイ・ド・ラ・ロワール | 153,000 | |||
| 8 | モンペリエ | ラングドック=ルシヨン | 248,000 | 18 | ディジョン | ブルゴーニュ | 150,800 | |||
| 9 | ボルドー | アキテーヌ | 229,500 | 19 | ブレスト | ブルターニュ | 145,100 | |||
| 10 | リール | ノール=パ・ド・カレー | 224,900 | 20 | ニーム | ラングドック=ルシヨン | 144,000 | |||
| 2005年国勢調査 | ||||||||||
詳細はフランスの歴史を参照
紀元前1世紀までは地中海沿岸のギリシャ人都市を除くとケルト人が住む土地であり、古代ローマ人はこの地をガリアと呼んでいた。カエサルは紀元前1世紀にガリアを占領し共和政ローマの属州とした。5世紀になるとゲルマン系諸集団がガリアを占領・移住してきた。
西ローマ帝国が滅びるとゲルマン人の一部族であるフランク族がつくったフランク王国が勢力を伸ばし始めた。カール大帝(シャルルマーニュ)の時代には現在のフランスのみならず、イベリア半島北部からイタリア北部・ハンガリーのあたりまでを勢力範囲とした。カール大帝はローマ帝国皇帝の称号をローマ教皇から与えられた。
詳細はフランス第五共和政を参照
現在のフランスは、直接選挙で選ばれる大統領(任期5年、2002年以前は7年)に首相の任免権や議会の解散権など強力な権限が与えられ、立法府である議会より行政権の方が強い体制が敷かれている。このため、先進国の中でも日本などと並んで官僚機構が強いと言われることが多い。
また、大統領が任命する首相は、大統領にも議会にも責任を負っており、共に行政権を持つ(半大統領制)。このため、大統領の所属政党と議会の多数派勢力が異なる場合、大統領自身が所属していない議会多数派の人物を首相に任命することがある。この状態をコアビタシオンと呼ぶ。こうした場合、大統領が外交を、首相が内政を担当するのが慣例となっているが両者が対立し政権が不安定になることもある。
議会は両院制を採用し、上院に当たる元老院と、下院にあたるフランス国民議会がある。元老院は間接選挙で選出され、任期は6年で3年ごとに半数を改選される。国民議会は直接選挙で選出され、投票に際して小選挙区制と二回投票制度が定められている。優先権は国民議会にあり、元老院は諮問機関としての色彩が強い。
21世紀に入り、日米を除くG7各国や欧州連合加盟各国が北朝鮮と国交を結んでいる中、2007年1月現在もフランスは国交を締結していない。駐日フランス大使館によれば「今後も、(現在の北朝鮮とは)国交を結ぶ予定はない」との事。[要出典]2007年5月6日(CEST)に行われた大統領選挙ではニコラ・サルコジが当選し、同16日に第6代大統領に就任した。
詳細はフランスの地方行政区画、フランスの地域圏をそれぞれ参照
フランス本土は、22の地域圏(レジオン région)に区分され、その下に96の県(デパルトマン département)がある(各レジオンが2~8のデパルトマンに区分されている)。さらに海外には、4つの海外県と、複数の海外領土がある。
フランスとイギリスは歴史上錯綜した関係を持ってきた。イングランドは、ノルマン・コンクエストを通じてフランス語を母語とし、フランス王国の公爵を兼ねる王に統治されることとなった。こうして、中世のイングランド王は同時にフランス王国の大貴族であり、その立場においてはフランス王の臣下であるという関係が長く続いた。なおかつアンジュー帝国とも称されたプランタジネット朝のイングランド王は、王権の確立が遅れていたカペー朝のフランス王をしのぐ巨大な所領をフランス王国内に所持し、フランス王の勢力を圧倒した。またイングランド王家とフランス王家の姻戚関係もまた深かった。
こうした経緯から、中世のイングランド王家とフランス王家は、フランス王国における覇権をめぐって幾度となく抗争を繰り返すこととなった。ジャンヌ・ダルクが活躍したことで有名な百年戦争は特に長引いた抗争であり、イングランド王家が最終的にフランス王国内の基盤を喪失するにまで至った。この長期の戦争を通じてフランス人とイギリス人の間に、後の国民国家の創生につながる近代的な国民意識の母体となるものが胚胎したともいわれる。
こうした歴史的経緯から、フランス人とイギリス人の間には根深い対抗意識が根付くこととなった。英単語でフランスを意味する「フレンチ」がつく単語はあまり良くない意味であることが多く、フランス語でイギリスを意味する「アングレーズ」がつく料理は簡単かまずいかのどちらかであるとされている。この為、アメリカ英語では「フレンチフライ」と呼ばれるフライドポテトをイギリス人は絶対に「フレンチフライ」とは呼ばない。
[要出典]またフランスはイギリスに対して大ブリテン・北アイルランド連合王国への加盟を打診したことがあり、フランス側は「イギリス連邦のフランス州でもいい」とまでイギリスに対して譲歩した提案をしたが、イギリスはこれを却下した。逆にイギリスが加盟を懇願したこともあったが、フランスはこれを却下した。
ちなみに、英語での生きている牛(cow)もしくはいきている豚(pig)と死んだあとの食肉としての牛(beef)と豚(pork)の呼び方が異なる理由は、ノルマン・コンクエストによってイギリスを支配したノルマン系のイングランド貴族の母語がフランス語であり、被支配者であるアングロ・サクソン系の農民の育てた家畜は生きている間はアングロ・サクソン系の語彙で呼ばれ、肉となって調理され、貴族の食卓に上るとフランス語系の語彙で呼ばれるようになったのが由来である。即ち、ビーフとポークは本来フランス語である(ただし英語とフランス語のビーフ・ポークの綴りは異なる。
日仏関係も参照
イギリス・オランダとは異なり第二次世界大戦において直接の戦闘を経験しなかったため(ヴィシー政府との関係)日本との親交が深かった。首都パリと日本の首都東京都は姉妹友好都市関係にある。
ヨーロッパ諸国の中でも、フランスは日本への文化的関心が高い方とされている。フランスの辞書には「サムライ」や「カラオケ」などの日本語が載っており、中には畳や布団を使い、食べ物では納豆やそばを食べる日本通のフランス人も見かけられる。パリのカフェにはメニューにカマボコが載っているところもあり、スーパーマーケットでも販売されている(その元となるすり身も「スリミ」とローマ字で表示されて売っている)。宗教では日本の寺が建てられ、日本で修行をして勉強したフランス人の僧侶がいる。また、フランスは日本を凌ぐほど柔道が普及しており、その実力もかなりのものである。
近年では、現地のテレビ局により流される子供用アニメの多くが日本製であることから、若者の中では特にマンガ・アニメが流行しており、アニソンを歌い、マンガとアニメキャラクターのコスプレ大会が行われるなど、日本のマンガとアニメに対するファンも少なくない。
有名なフランス人の親日家としては、フランス第五共和政の第5代大統領ジャック・シラクがあげられる。シラクは親日家であることを公言しており、公私あわせて40回以上もの来日経験を誇る。一方で、第6代大統領ニコラ・サルコジは日本を侮辱する発言で知られており、今後の日仏関係が注目される。
他に、1910年(明治43年)には徳川好敏がフランスの飛行機の操縦技術を学び、フランスのある飛行機を持ち帰り、初飛行した。彼は、日本人としてはじめてのパイロットである。1918年(大正8年)1月の第一次世界大戦中にフォールフランス陸軍砲兵大佐を団長にした、63名のフランス航空教育団を日本に派遣した。日本での初飛行や航空教育は、所沢陸軍飛行場(現航空公園)で行われた。
日本では、フランスはファッションや美術、料理の国として有名であり、毎年多数の日本人観光客が高級ブランドや美術館巡り、グルメツアーなどを目的にフランスを訪れている。また、音楽、美術、料理を学ぶためにフランスに渡る日本人も多く、在留日本人は3万5千人に及ぶ[1]。特に首都パリは文化、流行の発信地、『芸術の都』『花の都』としてのイメージが日本人の間に過剰に強く、イメージと現実とのギャップによる『パリ症候群』という適応障害にかかる日本人もいる。
経済面では、1992年から2000年にかけフランス側が対日輸出促進キャンペーンとして「ル・ジャポン・セ・ポシーブル」を展開したものの、2000年代の現在まで貿易額は漸増傾向を示すに留まり2004年時点で貿易額は相互に60億ドル台から80億ドル台で推移している[2][3]。日本から見た場合、対仏輸出の構成比は1.5%(各国中15位)であり、一方でフランスからの輸入も1.8%(同13位)と貿易における重要度、依存度は他の先進国中進国と比較してさほど高くない[[4]。これをフランスから見た場合、対日輸出が輸出全体に占める割合は1.6%であり、これはドイツ(14.5%)、スペイン(10.2%)、イタリア(9.2%)、イギリス(8.8%)、ベルギー(7.6%)といったEU諸国、アメリカ合衆国(7.2%)、中国(1.7%)に次ぐものとなっている[5]。
直接投資においては、1999年のルノーによる日産自動車の事実上の買収に伴い、日産の最高経営責任者となったカルロス・ゴーンは一般の日本人にも知名度があり、これにプジョーを加えフランス車も、ドイツ車などと並んで日本では人気のある海外車種の一つである。他方、日本側もトヨタ自動車がほぼ同時期に北部ノール県ヴァランシエンヌに工場を建設しているほか、NTNなど自動車部品メーカーの工場進出も行われており、近年では1990年代後半にかけて自動車業界を中心に相互に大きな投資が行われている。
詳細はフランス軍を参照
フランスの国防政策は1959年にシャルル・ド・ゴール政権が制定した「国防組織法」によって運営されている。大統領が最高司令官であり、その指導のもとに内閣委員会が国防政策、将官の任免、総動員令や戒厳令の宣布などの意思決定機関として機能する。核兵器を有しており、海軍の弾道ミサイル搭載原子力潜水艦により運用される。フランス革命からの徴兵制を廃止して志願制にした。
フランス軍は陸軍、空軍、海軍及び憲兵からなり、2002年の総兵力は44万人うち、陸軍17万人、空軍7万人、海軍5.6万人、憲兵9.8万人、その他機関4万人であった。陸軍は地上作戦司令部、補給司令部、9個作戦旅団、2個補給旅団からなる。主要装備は戦車834輌、装甲車4,950輌、各種火砲802門、ヘリコプター498機である。
海軍は戦略作戦司令部と海上、対潜、掃海、潜水艦などの専門作戦司令部からなる。主要装備は弾道ミサイル搭載原子力潜水艦4隻、攻撃型原子力潜水艦6隻、原子力空母1隻、ヘリ空母1隻、ミサイル駆逐艦3隻、駆逐艦9隻、フリゲート20隻などである。
空軍は6個攻撃戦闘機中隊、7個戦闘機中隊、2個偵察中隊、14個輸送機中隊、5個ヘリコプター中隊、2個電子戦中隊からなり、主要装備は作戦機433機、早期警戒管制機4機、偵察機4機、空中給油機45機、輸送機131機などである。
憲兵は以前は国防部に属していたが、現在は内務省に属し、警察業務を担当する。
国外駐在兵力は約3万人で、うち太平洋地区の海外県(植民地)に約2万人、アフリカに6,500人、国際連合など国際組織の指揮下に9千人がいる。
現在もフランス外人部隊8個連隊を保有する。南仏オーバニュに司令部を置き、南仏各地も駐屯、コルシカやポリネシアにも一部が駐屯する。2002年12月からコートジボワールに外人部隊2,500人が派遣され、戦闘状態にある。
フランスはGDPではアメリカ、日本、ドイツ、中華人民共和国、イギリスに続く世界第6位(2007年現在)の経済大国である。また観光客入国数では世界一、農産物輸出額では世界第2位を占める。農業は生産額世界第6位と依然としてフランスにおける重要な産業であり、EU諸国中最大の規模を誇っている。
第二次世界大戦後はモネ・プランとして知られる戦後の復興計画によって、鉄道や航空、銀行、炭田の国有化がなされ、自動車・電子・航空機産業についても国が主要株主となり、政府は石油と天然ガスにも投資した。1981年のミッテラン大統領の社会党政権時代には産業国有化がさらに進められ、フランスでは政府が経済全体で果たす役割は大きい。1986年に保守派シラクが首相になって国家の役割が縮小されたものの、アメリカやイギリスなどと比べても金融・保険・電力・運輸・国防産業などの分野で依然として政府は大きな影響力を有し、国家資本主義の色彩が濃い。
1990年代後半は、ヨーロッパ通貨統合に参加するために強硬な財政赤字削減策が実施されたが、国民の強い反発を招き、消費拡大による景気刺激策に方針が転換された。しかし、2000年を境にGDPの実質経済成長率は大きく低下して、財政赤字は2002年以降、連続して対GDP比3%以内というEUの財政協定の基準を大きく超えていた。1990年代の大きな問題だった12%をこえる失業率も、90年代末から改善されて2001年には8%台になったが、その後は再び悪化して2005年初めには10%を突破した。しかし、05年以降、世界経済の好調に助けられる形で経済は持ち直し、財政赤字は3%を切り、失業率も8%台にまで改善された。
2008年度版フォーチュン・グローバル500社によると、総収入を指標とした全世界の企業ランキングリストのうち上位100位に含まれるフランス企業は、国際石油資本のトタル(本社パリ、8位)、保険のアクサ(パリ、15位)、金融のBNPパリバ(パリ、21位)、金融のクレディ・アグリコル(パリ、23位)、小売のカルフール(ルヴァロワ・ペレ、33位)、金融の