ユースケ・サンタマリア とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋ユースケ・サンタマリア(1971年3月12日 - )は、日本の俳優、タレント、司会者、歌手。本名は中山裕介(なかやまゆうすけ)。テイクイット・エージェンシー所属。身長173.7cm(『「ぷっ」すま』で測定)、血液型はB型。愛称はユースケ。ラテンロックバンドのヴォーカル&MCでデビューし、現在は俳優、タレント、司会者をメインに活躍している。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 ユースケ・サンタマリア 出典: 『はてなダイアリー』 関連商品
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| ユースケ・サンタマリア | |||||||||||
| 本名 | 中山 裕介 (なかやま ゆうすけ) |
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| 生年月日 | 1971年3月12日(37歳) | ||||||||||
| 出生地 | |||||||||||
| 血液型 | B | ||||||||||
| ジャンル | 俳優、タレント、司会者、歌手 | ||||||||||
| 主な作品 | |||||||||||
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映画 『踊る大捜査線 THE MOVIE』 『交渉人 真下正義』 『UDON』 ドラマ 『踊る大捜査線』 『花村大介』 『アルジャーノンに花束を』 『ホームドラマ!』 『今週、妻が浮気します』 バラエティ番組 『「ぷっ」すま』 『熱血!平成教育学院』 『夕陽のドラゴン』 『桑田佳祐の音楽寅さん』 |
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| 備考 | |||||||||||
| 元『BINGO BONGO』ヴォーカル&司会 | |||||||||||
ユースケ・サンタマリア(1971年3月12日 - )は、日本の俳優、タレント、司会者、歌手。本名は中山裕介(なかやまゆうすけ)。テイクイット・エージェンシー所属。身長173.7cm(『「ぷっ」すま』で測定)、血液型はB型。愛称はユースケ。ラテンロックバンドのヴォーカル&MCでデビューし、現在は俳優、タレント、司会者をメインに活躍している。
目次 |
大分県大分市出身。大分市立王子中学校、大分東明高等学校卒業。地元大分でバンド「XYZマーダーズ」結成。コンテスト等にて人気急上昇も高校卒業と同時に解散。その後すぐGSサウンド炸裂のロックバンド「NUTTIES」結成。クラウンレコードよりCD1枚、自主制作アルバム2作発表、ソロ活動としてもFM88にて「88ロックファクトリー」司会等で活躍。その後、九州時代の仲間「Z-BACK」のVo:時正を頼って上京し、ラテンロックバンド「ビンゴボンゴ」のヴォーカル・司会として加入。音楽はCMにも起用された。当時から人を惹きつけるパフォーマンスや司会の仕切りは上手かった。
B'zの熱狂的大ファンで地元にいた頃にB'zのライヴ会場でグッズ売り場のアルバイトもしていた。BINGO BONGO時代にライブのチケットをB'zの稲葉浩志にアポ無しの体当たりで手渡ししたことがある。稲葉はちゃんとライブを見に来た。
NUTTIES時代、Mr.Childrenと同じライヴハウスで対バンしたこともある。
BINGO BONGOでデビューを果たしたそんな中『アジアNビート』にソロで出演。番組開始前にマネージャーからアジア・バグースの司会だと聞かされていたが、制作会社に行ってみたら、番組名も違い、そこはオーディション会場でマネージャーの勘違いが発覚。制作会社の人に「『アジアNビート』という新番組が始まりました。君が映りました。どうする!?」と言われ、すかさず「アジア~ン ビ~ト~!」と叫んだところ、オーディションに合格。2年間出演する。最終回においては、「これでもうテレビに出るなんてことはないんじゃないか」と言いながら涙を流すという一幕もあった。
その後、スペースシャワーTVで、ウルフルズのトータス松本とコンビで生放送の2時間番組、『夕陽のドラゴン』の司会を務める(1995年4月~1997年3月)。放送開始当時、全くの無名だった二人(当時はユースケの方がまだトータスより知名度はあった、とはユースケ本人の弁)は「捨てる物なし、怖いものなし」精神で、渋谷のオープンスタジオを気軽に抜けて街中をアポなし中継する等、現在の二人の知名度を思えば考えられない大らかな番組だったが、ウルフルズのシングル『ガッツだぜ!』がブレイクするや否やトータスの人気が急上昇し、番組も徐々に知られるようになると、渋谷から六本木のスペースシャワー局内へ中継場所を変更し、加えてウルフルズのライヴツアーの都合上、生放送出来ず収録となる週も増えて行く。トータスが多忙、ユースケが暇という状態が続きユースケがクサることも。トータスはそんなユースケを気遣いつつ見守る。ドラゴン収録も兼ねて、ユースケがウルフルズのライヴツアーに同行し、舞台に飛び入り参加したこともあって、当時メンバーから「ウルフルズ第五のメンバー」と冗談交じりに呼ばれていた。番組終了間近はちょうど『踊る大捜査線』の収録が佳境であり、刑事ものの『踊る~』に因んで、二人で警官コスプレ姿のまま放送した週もあった(BINGO BONGOは、この時期に解散している)。
この番組での共演がきっかけでウルフルズのアルバム『バンザイ』に収録されている『ダメなものはダメ』に間奏の語りで参加している。
またこの番組をたまたま見ていた明石家さんまが二人を吉本の若手コンビだと思い「この荒いトークする奴ら誰や」と吉本関係者に聞いたということを『明石家マンション物語』にトータス、『さんまのまんま』にウルフルズがゲストの時に語った。
後に全国区の民放テレビ局にも出演。またトヨタCMでの篠原ともえとの音楽ユニット「カロゴンズ」や、日本テレビ系『新橋ミュージックホール』で共演したビートたけし・トータス松本との音楽ユニット「ぢ・大黒堂」でも知名度を上げ始める。
テレビ朝日の深夜番組『VIDEO JAM』に出演しコントをやっていたところを、『踊る大捜査線』のキャスティングで頭を悩ませていた亀山千広プロデューサーが観ていて、「一度会ってみたい」ということになり、結果同作に出演。役者・タレントとして確固たる地位を築いた。同番組ではBINGO BONGOファン以外にも人気が出始めていた頃で、ユースケ個人のコーナーがありBINGO BONGOのライブ映像が流されていたが映っているのはユースケのみという構成だったところからも人気の程がはかられる。主にユースケの女好きっぷりといい加減、ハイテンション一人喋りをフィーチャーしたコーナーだった。一人っきりでコーナーをやらせてくれと言い続けていたが、実現したところ「正直俺も辛いんだよ」と懲りていた。後にこのコーナーで自身が参加していた劇団のパフォーマンスもスタジオ脇ロケで何度か披露された。
1998年に、SMAPの草彅剛と共に、テレビ朝日の深夜帯で『「ぷっ」すま』がスタート。やる気のなさを前面に出したバラエティー番組で、2008年08月現在まで400回以上放送されている。またこの番組においては、芸能界きってのエロ親父又は理不尽大王ぶりを発揮。コンビを組んでいる草彅も影響を受けたのか、似たような行動に出る事もある。尚、江頭2:50が出演する時は、江頭の暴走を抑えたり、江頭のネタ(下ネタ)の被害に遭ったゲストのフォローをしたりする。
2000年、フジテレビ系で放送されたドラマ『花村大介』で連続ドラマ初主演を果たす。同年にはサザンオールスターズの桑田佳祐とともに、同じくフジテレビにて音楽バラエティー番組『桑田佳祐の音楽寅さん~MUSIC TIGER~』がスタート。同番組のオープニングサウンドステッカー『MUSIC TIGER』に合いの手で参加した。翌2001年に完結し、その後は『27時間テレビ』等スペシャル番組で復活している。また、この番組の共演から、桑田佳祐のソロシングル『白い恋人達』のPVにも友情出演している。また桑田から誕生日祝いにサーフボードをもらったが、ユースケはサーフィンをやらない為、自宅ベランダに置いてあるという。
2002年、ゆずのシングル曲『恋の歌謡日』に最初の語りで参加。しかし、これはボツとなり一度だけ『ラジアンリミテッド』内でオンエアーされただけである。
2003年には初の主演ミュージカル『Don't trust over 30』が公演された。
2004年2月~3月、体調不良により仕事を休業。番組にはワンショットのみ映る、といった不自然な出演が続く。顔はガリガリにこけ、不調の理由も明らかにされなかったことから、一時重病説が横行した(結局原因は過労だったようである)。その後TBSドラマ『ホームドラマ!』にて本格的に仕事復帰。5月18日には13年間付き合った一般人女性と結婚。 同年年末放送のスペースシャワー開局15周年番組『スペシャ15祭! 夢の青白歌合戦』に司会で登場、トータス松本と警官コスプレ姿で、ユニットの唯一のオリジナル曲『テクノロジーオヴラヴ ~名古屋まで2km~』を披露。
2005年公開の映画『交渉人 真下正義』では映画初主演を果たし、興行成績43億と同年実写映画No.1となった。第29回日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞した(授賞式は翌年2006年3月に行われた)。同年夏には、主演を務める舞台『姫が愛したダニ小僧~Princess and Danny Boy~』が上演された。
2006年春に、ドラマ『愛と死をみつめて』にて、『「ぷっ」すま』でコンビを組んでいる草彅とドラマでの初共演を果たした。因みにこの出演は友情出演である。夏には主演2作目の映画『UDON』が上映され、冬には出演映画『酒井家のしあわせ』が上映された。
2007年1月クールに、3年ぶりにドラマ主演(『今週、妻が浮気します』)を務めた。6月には、ワンシチュエーション・サスペンス映画『キサラギ』に出演。年末には新設される劇場シアタークリエでのこけら落とし公演「恐れを知らぬ川上音二郎一座」の主演を務めた。
2008年1月クールに、小栗旬初主演ドラマ『貧乏男子ボンビーメン』に出演し、今まで多かった良い人役とは違うキャラクターを見事に演じた。ちなみに、ドラマのオファーを受けた時は、約2ヶ月に渡る長丁場の舞台に出演しており、スケジュールの関係でドラマ出演を決め兼ねずにいたところへ、小栗本人から直接メールをもらったため最終的に出演オファーを受けたというエピソードが後に、2人の雑誌対談で語られた。8月下旬には、自身が初監督を務めたショートフィルム『R246 STORY-弁当夫婦-』の公開が控えている。
熱く物事を語る芸風である割に、大ボラ吹きで心のない発言が目立つことから「ポスト高田純次」、「ポストルー大柴」の呼び声もある。このようなキャラクターではありがちだが、普段はおとなしい、黙っていると共演者に突っ込まれる場面もあった。また、2005年に放送された真下正義チャンネル内の亀山千広との対談で自分のことを「シャイガイなんですよ」と語っていることから普段のユースケはどちらかといえばおとなしいようだ。ただ、同対談内で『いかりや長介に初対面したとき「おいっす!」と発言して周りのスタッフらを唖然とさせた』というエピソードも亀山から明かされている。
「ぷっ」すまで共演中の草彅剛と仲がいいと思われることがあるが実際には良くも悪くもない。草彅の口からお互い携帯電話の番号を知らないと暴露した。しかし、過去に1度だけ草彅が自宅に来たことがある。
お酒がまったく飲めない。「ぷっ」すまのロケなどで共演者がビールなどで乾杯するときは、オレンジジュースなどで乾杯している。寿司ネタはイカが好み。「ぷっ」すまのロケ中に何度か発言している。
週刊少年ジャンプの購読者でもある。小学生のころから買い始めてやめるタイミングがわからずいまだに買い続けていると「ぷっ」すまで語っている。
芸名の由来は、ラテンミュージシャンのモンゴ・サンタマリアに肖ったもの。地味なルックスだった為、名前は派手で目立つものを、と考えたという。当時所属していたバンド「BINGO BONGO」のリーダーであったオルケスタ・デ・ラ・ルスのゲンタが考案したとの説あり。ナインティナインの岡村隆史をはじめ数々の共演者に「(ユースケはともかく)サンタマリアってなんやねん!」とツッコまれることもしばしば。また『笑っていいとも!』でタモリと共演すると「カタカナで無駄に長い人」などと言われるのは恒例となっている。また、他ゲストに贈られるユースケの花を紹介する時は、「カタカナの多い人」と言われたり、名前をまともに読まれなかったりする。
当初は「ユースケ サンタマリア」という表記だった芸名を、姓名判断師の安斎勝洋に「・」を付記するようアドバイスされた為、それ以降芸名は「ユースケサンタマリア」でも間違いと主張。しかし新聞ラジオ・テレビ欄のテレビ欄は基本的に1行につき10文字表記なので「ユースケサンタマリア」と表記せざるを得ない。一部紙では単に「ユースケ」と表記されることも。中居正広のドラマ開始直前ボウリングの短冊の願いに沢村一樹は本名の中山裕介にもどしてほしいという願いをかいていた。(これはラテ欄の幅をユースケが使いすぎて自分の名前が載らないないため)
「裕介」が本名としているが、BINGO BONGO所属時には「桑田佳祐さんの"祐"って書いて"祐介"、だから"スケスケ"とも読める」と発言しており、また、自らのラジオ番組『THE おとばん』内で「これからは石原裕次郎さんの"裕"の"裕介"にする」とも発言している。
一時、「本名は玉利谷裕介(たまりや ゆうすけ)で、それを文字入れ替えしたもの」という噂が流れた。
レギュラー
過去
連続
単発
BINGO BONGOとしての活躍はあまりテレビ等で目立ったものは無かったが『VAMONOS』等後期のものにクオリティの高いものが多い。現在の活動と違った側面がみられる。
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