リッケンバッカー とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋リッケンバッカー(リッケンバッカー・インターナショナル・コーポレーション、Rickenbacker International Corporation、RIC社)はアメリカ合衆国の楽器メーカー。主にエレクトリックギターを主力製品として、アコースティックギター、弦、ストラップなどを製造している。日本国内では新星堂が正規代理店である。日本ではユーザーやファンの一部ではリッケンバッカー社製のギターやベースを指してリッケンと略して呼ぶことがある。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 リッケンバッカー 出典: 『はてなダイアリー』 関連商品
最安値(新品): ¥ 3,632
|
||||||||||||||||||||
| 略称 | RIC社 |
|---|---|
| 本社所在地 | カリフォルニア州サンタ・アナ |
| 設立 | 1931年 |
| 業種 | 製造業:その他製品 |
| 事業内容 | ギターおよび関連製品の製造 |
| 代表者 | フランシス・C・ホール |
| 関係する人物 | アドルフ・リッケンバッカー(創業者) |
| 外部リンク | www.rickenbacker-jp.com |
リッケンバッカー(リッケンバッカー・インターナショナル・コーポレーション、Rickenbacker International Corporation、RIC社)はアメリカ合衆国の楽器メーカー。主にエレクトリックギターを主力製品として、アコースティックギター、弦、ストラップなどを製造している。日本国内では新星堂が正規代理店である。日本ではユーザーやファンの一部ではリッケンバッカー社製のギターやベースを指してリッケンと略して呼ぶことがある。
目次 |
同社のエレクトリックギターの特徴は、大きめのダブルカッタウェイに、ヘッド部にRickenbackerロゴ入りの大きなトラスロッドカバーを設け、ボディ部のピックガードにも大きな独特な形状のものが設けられている。また、ブリッジ付近にはシャープな切れ込みが入っている。ヘッドは3枚の板を接着した構造になっていて、薄い塗装のため判別しやすい。これらの特徴から、たとえ同社のロゴを見なくても一目で同社のギターだと判別できる。硬くて芯の太い音は、ネックのよじれ防止として内蔵されている2本のトラスロッドによるところが大きい。
逆にそれらの特徴をもった他社製品は、一般的にコピーモデルと見なされる。グレコなどがコピーモデルを商品化している。
創業当時から手作り(ハンドメイド)にこだわり、今でも材料の切り出しから全て手作業で行っている。そのため、一般のギターより割高となる。
世界初の商品が多いのも同社の特徴である。1932年に発表されたフライングパンは一般に発売された最初のエレクトリック・ギターである。(外注のボディにピックアップを組み込んだエレクトリック・スパニッシュ・ギターも同年発売。自社製のエレクトリック・スパニッシュ・ギターは1935年に発売。)エレクトリックベース、エレクトリック・バイオリンも世界初の発売。エレクトリック・12弦ギターも同社が世界初の市販である。
1931年、元ナショナル社のジョージ・ビーチャムらにより母体となるロー・パット・イン・コーポレーションがロサンゼルスに電気楽器とアンプの製造を目的に設立され、1934年にエレクトロ・ストリング・インストゥルメント・コーポレーションと社名を変更。
翌1932年、世界初の商品化されたエレクトリック・ハワイアン(ラップスティール)ギター「フライングパン」を発表し、世間に広く受け入れられた。但し発売年に売れた本数は、10数本のラップスティールと5本に満たないスパニッシュギターという記録があるのですぐに受け入れられたわけではないようである。
当時の製品群のボディーは木材ではなくアルミニウムのダイカストやベークライトで作られていた。これは創始者の一人アドルフ・リッケンバッカーが金物工場を既に経営しており、これらの設備を使って製作できた為である。逆を言えば、自社で木工をする設備は持っていなかった。
アドルフの従兄で撃墜王として有名であったエディー・リッケンバッカーの知名度を利用する為、ブランド名として「リッケンバッカー・エレクトロ」を使用した。
1953年、フェンダー・エレクトリック・インストゥルメンツ社の販売代理店だったラジオ&テレビジョン・イクイップメント社の経営者のF・C・ホールがリッケンバッカーを買収。
ラジオ&テレ社はフェンダー商品を全米に広げた原動力となったが、同年、同社のセールス・マネージャーだったドン・ランドールを社長として設立されたフェンダー・セールス社にフェンダー商品の販売は移行されることになる。両社の関係は1955年まで続くも、F・C・ホールによるリッケンバッカーの買収はフェンダーとの関係が切れた後の楽器ビジネスを考えてのことのように思える。実際、その後リッケンバッカーはラジオ&テレ社の販売網を使って全米に売り出された。
この頃、ドイツ出身のギター職人ロジャー・ロスマイズルが入社し、現在にも繋がる多くのエレクトリック・スパニッシュ・ギターのモデルが彼の手により生まれ、既に時代遅れとなっていたラップスティール・ギターに代わり主力商品となっていく(ロスマイズルは後にフェンダーに移り、コロナド等のアコースティックボディーのギターや、ビートルズの映画「レット・イット・ビー」でジョージ・ハリスンに使われたオールローズのテレキャスター等を製造する)。
1960年代はビートルズのジョン・レノンがモデル325(6弦、12弦)、ジョージ・ハリスンがモデル360/12(12弦ギター)モデル425(6弦ギター)、ポール・マッカートニーがモデル4001S(4弦ベース・ギター)等を使用した事もあり、ギブソンやフェンダー等の大手メーカーを凌ぐ人気を誇った。
1970年代に入るとモデル4001はさらに多くのベーシストに使われる。代表的なプレイヤーは、イエスのクリス・スクワイア、ディープ・パープルのロジャー・グローヴァーなどが挙げられる。
PageRank5以上の相互リンク
・相互リンクスクエア
(PageRank 5)
・相互リンク インプロス
(PageRank 5)
→便利!NINJA TOOLS
→FC2検索
用語
Wikipedia
YouTube
powered by Yahoo!
●GRECO(グレコ)のリッケンバッカー4001タイプ!!!●
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
![]() |
![]() |