ルーマニア とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋ルーマニアは、東ヨーロッパに位置する国。南西にセルビア、西にハンガリー、北にウクライナ、北東にモルドヴァ、南にブルガリアと国境を接し、東は黒海に面している。首都はブカレスト。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 ルーマニア 出典: 『はてなダイアリー』 ウィキペディア(Wikipedia)記事
ルーマニアは、東ヨーロッパに位置する国。南西にセルビア、西にハンガリー、北にウクライナ、北東にモルドヴァ、南にブルガリアと国境を接し、東は黒海に面している。首都はブカレスト。 東欧では数少ないロマンス系の言語の内で、最大の話者数を擁するルーマニア語を公用語として採用している国家であり、宗教的には正教会の影響が強い。 国旗は公式の縦横比も含めてチャドの国旗と酷似しているが、ルーマニアの国旗のほうが、青色が若干薄い。1989年の民主化までは国旗の中央に共産党政権時代の国章があしらわれており、両国の国旗は容易に区別できた。
国名正式名称はルーマニア語で România [romɨˈnia]。近似発音「ロムニア」。 マジャル語(ハンガリー語)の表記は Románia (ロマーニア)。 公式の英語表記は Romania。 国名の由来は、「ローマ人の国」の意味。第二次世界大戦後、社会主義化してからの正式名称は以下のように変遷している。 歴史詳細は「ルーマニアの歴史」を参照 「モルダヴィア」も参照 古代にはガタエ人(ラテン語ではダキイ人)と呼ばれる民族が居住していた。ローマ帝国の領土となったことがあり、現在の国名もその時の状態である「ローマ人の土地(国)」を意味する。 紀元前513年、ドナウ川南でガタエ人の部族連合が、対スキュタイ人戦役中のペルシア王ダレイオス1世に敗れた(ヘロドトス『歴史』4巻93)。約600年後、ガタエ人(ダキイ人)は、ロ-マ帝国への侵攻に怒ったローマ皇帝トラヤヌスの2度の遠征(101年~106年)に敗れた。その王国の4分の1はローマ領となり、ローマ帝国の属州ダキアとなった。国歌の歌詞にトラヤヌスが登場するのは、こうした経緯からである。 238年から258年にかけて、ゴート人とカルピイ人がバルカン半島まで遠征した。ローマはドナウ川南まで後退し、以前の属領上モエシアの一部に新しく属領ダキアを再編した。 271年、かつてのダキアにゴート人の王国が建てられ、4世紀終わりまで続いた後、フン人の帝国に併呑された。中央アジア出身の遊牧民族が入れ替わりルーマニアを支配した。ゲピド人、アヴァール人がトランシルヴァニアを8世紀まで支配した。その後はブルガール人がルーマニアを領土に収め、その支配は1000年まで続いた。この頃の史料には、ペチェネグ人、クマ人、ウゼ人への言及も見られる。その後、13世紀から14世紀にはバサラブ1世によるワラキア公国、ドラゴシュによるモルダヴィア公国の成立が続いた。 中世にはワラキア、モルダヴィア、トランシルヴァニアの3公国があった。完全な独立ではなく、オスマン帝国やハプスブルク家の支配下にあった。ワラキアとモルダヴィアは15世紀から16世紀にかけてオスマン帝国の属国であった。モルダヴィアは1812年東部のベッサラビアをロシア帝国に割譲した(パリ条約により1920年再合併)。北東部は1775年、オーストリア帝国領土となり、南東部のブジャクはオスマン帝国領であった。 トランシルヴァニアは11世紀にハンガリー王国の一部となり、王位継承により1310年以降アンジュー家、後にハプスブルク家領となったが、1526年にオスマン帝国の属国となった(オスマン帝国領ハンガリー)。18世紀には再びハプスブルク家のハンガリー王国領となり、第一次世界大戦の終わる1918年までその状態が続いた。 ワラキアとモルダヴィアは合同し、1877年に独立宣言を行った。1878年ベルリン会議で国際的に承認され、ルーマニア王国が成立。第一次世界大戦でトランシルヴァニアを併合した。同じ1918年ベッサラビアを回復したが、これは1940年再びソ連に占領され、最終的に割譲することとなる(現在はモルドバ共和国)。 1940年第二次世界大戦が始まると、ソビエト連邦はベッサラビアなど、ルーマニアの一部を占領した。国民は列強の領土割譲に対して無為無策であった国王カロル2世を批判し、退位させた。ルーマニアはドイツにつき枢軸国側として参戦した。この参戦により、ソ連が占領した地域を回復した。しかしドイツ敗退により、再度ソ連に侵攻され、1944年8月の政変で独裁体制を敷いていたイオン・アントネスク元帥ら親ドイツ派を逮捕して連合国側につき、王国内のドイツ軍を壊滅させた後にチェコスロバキアまで戦線を拡大し、対ドイツ戦を続けた。 戦後はベッサラビアとブコヴィナをソ連に割譲させられ、ソ連軍の圧力により共産化した。王制を廃止し、1947年にルーマニア人民共和国が成立した(1965年にルーマニア社会主義共和国に改称)。しかし、ニコラエ・チャウシェスクの独裁政権の元、次第にソ連とは一線を画す一国共産主義を唱え始め西側との結びつきも強めた。1989年、ニコラエ・チャウシェスクの独裁政権がルーマニア革命によって打倒され、民主化された。 2007年1月1日に欧州連合 (EU) に加盟した。加盟に際しては、改革が不十分であるとして欧州理事会によって再審査されたが、加盟後も改革を続行するとして承認された。 政治詳細は「ルーマニアの政治」を参照 政体は大統領を国家元首とする共和制国家であり、国民から直接選挙で選ばれる大統領と議会から選出される首相が行政を行う半大統領制を採用している。大統領は任期が5年である(2004年までは任期4年)。立法権は二院制の議会に属し、下院(代議院)は定数332人、上院(元老院)は定数137人で両院とも任期は4年。司法権は最高裁判所に属している。 2004年には北大西洋条約機構 (NATO) に参加。2007年1月に欧州連合に加盟した。 2006年6月30日、ルーマニア最高国防評議会議長を兼任するバセスク大統領は、タリチェアヌ首相が29日イラク駐留部隊の年内撤退計画を発表したが、同評議会が同計画を拒否したことを明らかにした。同大統領は、熱烈な親米政治家として知られ、外交政策がある日突然変わってはならない、とタリチェアヌ首相を批判した。 2007年2月、選挙制度改革を進めようとする大統領と野党が対立。4月19日権力乱用を理由に大統領の職務停止案の投票が議会で行われ、賛成多数で可決された。4月20日ルーマニア憲法裁判所はバセスク大統領の職務停止を決定。バカロイウ上院議長が大統領代行に就任した。1か月後の5月20日にバセスクの弾劾の可否を問う国民投票が行われ、投票の結果は弾劾の否決。バセスクは大統領職に復帰した。これは、ルーマニア史上で大統領が議会に弾劾された最初のケースであり、大統領が国民投票で弾劾の可否を問われた最初のケースでもあり、さらに弾劾の否決の結果大統領が留任された最初のケースでもあった。 軍事ルーマニア軍-ルーマニア空軍、ルーマニア陸軍、ルーマニア海軍
地方行政区分詳細は「ルーマニアの県」を参照 ルーマニアの地方行政は、41の県と首都ブカレストとに区分されて行われている。
主要都市
地理詳細は「ルーマニアの地図」を参照 西のセルビア、南のブルガリアとの間におけるルーマニアの国境は、基本的にドナウ川を境界としている。モルドバとの国境線であるプルト川もドナウ川と合流し、東に位置する黒海に注ぐ。ドナウ川の河口は三角州(ドナウ・デルタ)となっており、生物保護区となっている。 これらの自然国境はそれぞれの川の流路変更によって変化する。また、ドナウ・デルタは、年に2~5 km²ずつ面積を増やすため、ルーマニアの領土面積はここ数十年、増加の傾向にある。1969年に237,500 km²だった総面積は2005年には238,319 km²となっている。 ルーマニアの地形は34%が山地、33%が丘陵地、33%が平地である。国の中央をカルパチア山脈が占め、トランシルヴァニア平原を取り囲んでいる。カルパチア山脈のうち14の山は2000m級であり、最高峰モルドヴェヤヌ峰は 2,544 mである。カルパチア山脈は南の丘陵地帯に続き、さらにバラガン平野に至る。 主要都市には、首都ブカレストのほか、ヤシ、ティミショアラ、クルージュ=ナポカ、コンスタンツァ、クライヨヴァ、ブラショフ、ガラツィなどがある。 経済詳細は「ルーマニアの経済」を参照 国民詳細は「ルーマニアの国民」を参照
FAOによる1961年から2003年までの人口グラフ
住民は、ルーマニア人が89%、マジャル人(ハンガリー人)が6%、ロマ人が2%などである。その他にはセルビア人、ウクライナ人、ドイツ人、トルコ人、タタール人、スロヴァキア人、ブルガリア人、ロシア人、ユダヤ人、等が居住している。ルーマニア人は古代のダキア人と植民したローマ人の混血だとされているが、異論もある。マジャル人の多くはハンガリーとの領有権問題を抱えるトランシルヴァニアに居住している。 チャウシェスク政権時代の人口大増進政策によってルーマニアの人口はバルカン半島一となっている。しかしそのために子供を育てきれなくなった親が子供を捨てるといった事例が続出し、大量の孤児を出してしまい、孤児院は常時満員状態となった。 言語公用語はルーマニア語であり、東欧ではモルドヴァと共に数少ないロマンス系言語を公用語とする国家である。その他、ハンガリー語、ドイツ語、フランス語等も使われている。 宗教宗教は、正教会の一派ルーマニア正教会が87%、プロテスタントが6%、カトリックが5%などである。 教育7歳から14歳までの8年間の初等教育と前期中等教育が義務教育であり、無償となっている。 主な高等教育機関としては、ブカレスト大学(1864年)などが挙げられる。 文化詳細は「ルーマニアの文化」を参照 有名な吸血鬼ドラキュラは、15世紀のワラキア公であったヴラド・ツェペシュがモデルになったとされている。 食文化詳細は「ルーマニア料理」を参照 ルーマニアの代表的な料理については、ルーマニア料理を参照。 文学詳細は「ルーマニア文学」を参照 19世紀に活躍した詩人として、ミハイ・エミネスクは特筆される。 音楽詳細は「ルーマニア音楽」を参照 地域ごとに様々な伝統音楽の形式が存在する。また、ロマ(ジプシー)の音楽も盛んである。 世界遺産ルーマニア国内には、ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産が6件、自然遺産が1件ある。詳細は、ルーマニアの世界遺産を参照。
祝祭日
この他、伝統的祭日として3月1日の三月祭 (Mărţişorul) がある。これはバレンタインデーに似た祭日である。花のほかに、ペンダント・ヘッドやブローチなどを、男性から女性に贈る。紅白の細い糸を縒って作った小さなリボンを、プレゼントに結び付けるのが慣わしとなっている。 スポーツ詳細は「ルーマニアのスポーツ」を参照 他のヨーロッパ各国同様、サッカーが盛んである。サッカールーマニア代表は強豪とは言えないが、ゲオルゲ・ハジ、ゲオルゲ・ポペスク、クリスティアン・キヴ、アドリアン・ムトゥ、チプリアン・マリカなど名の知れた選手は多い。Category:ルーマニアのサッカー選手も参照。また女子体操競技においては、ナディア・コマネチ、シモナ・アマナール、アンドレーア・ラドゥカンなどの五輪金メダリストを多数輩出し、中国、ロシアに並ぶ世界屈指の強豪国である。また、K-1で活躍中のダニエル・ギタもルーマニアの選手である。 その他情報現在ルーマニアは深刻な野犬の問題に直面している。全国で推定200万匹が野放しになっている。2005年において同国内で2万人以上が犬に襲われる被害を受けている。当局は駆除に乗り出そうとしているが、動物保護団体の激しい反対に合い対策は進んでいない。 2006年1月7日、動物愛護活動家でもあるフランスの女優ブリジット・バルドーは声明を出して駆除計画に抗議、ルーマニア当局を非難した。 同年1月29日、日本人男性がブカレストで野犬に噛まれ、失血死する事件が起きた。 脚注参考文献関連項目外部リンク
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