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畠山 重篤 /
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目次 |
地名の語源は諸説があり、
などが主なものであるが、1.の国分氏由来の説が一般的に信じられている。
古代においては、仙台という地名はまだ存在しなかった。仙台、または千代という地名が現れるのは、中世以降のことである。しかし、この地域は、古代の東北地方における「政治的中心地」であった。
まず、7世紀に現在の仙台市南部に、郡山遺跡が造られた。これは、724年に現在の多賀城市に造られた、多賀城の前身である。鎮守府兼国府である郡山遺跡の東西には、東多賀神社と西多賀神社が建立された。鎮守府と国府が多賀城に移ると、多賀城には政庁に隣接して、東北地方で最高位にある神社、陸奥総社宮が建立された。同じく多賀城政庁に隣接して、多賀城神社とアラハバキ神社も建立された。アラハバキ神社は「蝦夷」の神である「アラハバキ神」を祭るものである。アラハバキ神社には、大和政権が東北地方の蝦夷を大量殺戮したため、「蝦夷の怨霊を封じる」という意味が込められている。多賀城創建と同じ頃、多賀城市の隣に位置する現在の塩竈市に、「国の港」である国府津と、奥州一ノ宮である鹽竈神社(しおがまじんじゃ)が造られた。同じく、塩竈市の隣に位置する現在の七ヶ浜町には、「国の厨房」である国府厨が置かれた。同じく、多賀城市の隣に位置する利府町には勿来の関が置かれた。
これら、現在の仙台市、多賀城市、塩竈市、利府町、七ヶ浜町を中心とする地域が、「古代、東北地方の政治的中心地」である。この地域がそのような「特別な地域」に成り得た理由として考えられるのは、東北地方最大の仙台平野、名取川、東街道、仙台湾(塩釜港)、などの存在である。
多賀城の建設よりやや遅れて、仙台には「日本最北の国分寺」である陸奥国分寺と陸奥国分尼寺も建立された。
このように、古代の仙台地方は大いに栄えたため、奈良や京都の都人たちは、仙台地方を「宮城野」と呼んで、歌枕に詠まれる「憧れの地」となった。
中世、現仙台市域は国分氏の支配下にあった。国分氏が青葉山に城を築いた時、隣にお堂があり、千体の観音像がまつられていたという。千体仏から千代と呼ばれるようになり、国分氏の城も「千代城」と呼ばれていたという。仙台藩祖伊達政宗が岩出山城から千代城に拠点を移すと、「千代」を「仙臺」と改め、地名ゆかりのお堂は向山に移され、現在の大満寺になったという。
伊達政宗が「仙臺」としたのは、中国唐代の詩人・韓翃(かんこう)による七言律詩『同題仙遊観』の冒頭句、「仙臺初見五城楼」からとったと言われる。もともと中国で「仙臺」は、「仙人の住む尊い場所」という意味があり、紀元前2世紀に漢の文帝が建てた仙遊観という宮殿は、その壮大さから「仙臺」と呼ばれた。この詩はその宮殿の素晴らしさを讃えたものである。韓翃は、中国で伝説上の存在として知られる仙境崑崙山(こんろんさん)の五城十二楼(ごじょうじゅうにろう)の宮殿に、仙遊観をなぞらえて詩を詠んだようである。戦後は新字体の「台」が使われるようになった。
仙台の開祖は事実上伊達政宗であり、仙台市のシンボルとして多くの市民に親しまれている。また、彼の生涯をドラマ化した、NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」は最高視聴率47.8%、平均視聴率39.7%を得て、平均視聴率ではNHK大河ドラマとしては最高の記録となった。このドラマ放送によって、仙台と伊達政宗の知名度は高まった。伊達政宗の騎馬像は、仙台城址と大崎市岩出山のJR陸羽東線有備館駅にある。仙台城址の物は伊達政宗が仙台市街地を一望する配置となっている。有備館駅のものは、仙台駅に地元地銀が広告として設置していたものを2008年3月に移設したものである。
「仙台」(仙臺)の範囲。小から大に列挙
「仙台」の玄関口となっている所の略称
江戸時代を通じて宮城県の領域は仙台藩領内であり、明治時代の廃藩置県で仙台県が成立した。後に、仙台城下町が属している宮城郡の名をとってを宮城県と改称された。そのため、宮城県内の広域地名や広域的な名産品には、先行して広域地名となった「仙台」の名が付くのがほとんどで、後発の「宮城」の名が付くのは県営のものに限られている(宮城スタジアム、宮城米など)。
このように「仙台」が広域地名として定着しているため、仙台市出身でなくとも宮城県出身ならば仙台出身と言うこともあるし、宮城県の名物であれば、仙台市のものでなくとも仙台名物ということもある。すなわち、「仙台藩」由来の「仙台」と、「仙台市」由来の「仙台」との間で、定義が曖昧に「仙台」という言葉が使われている。
このような背景のため、仙台市民に限らず、宮城県一帯では「仙台」という地名の方に親近感があると言われる。プロ野球球団の新規参入の時、球団名に入れる地名として「仙台」や「東北」という名称は挙がっていたが、「宮城」を推す人は少なかった。
しかし、支店経済都市として転勤族を多く受け入れてきた仙台市では、「仙台」という言葉の広域的な意味や歴史を知らない人も多くなり、宮城県内でも「仙台」が「仙台市」のみを示すと考える人が増えている。また、全国的にも同様な傾向が見られる。そのため、近年の食品の原産地表記の流れの中、仙台市内で作っていない物は、広域地名としての「仙台」が使いづらくなってきている。特に、笹かまぼこ業界がこの煽りを受け、現在、仙台市内に本社や工場を持つ企業以外は、土産用笹かまぼこのパッケージに「仙台名物」と書いていないことが多い。また、宮城県出身の芸能人などがプロフィールを書くとき、仙台市出身なら「仙台出身」、仙台市以外の宮城県出身なら市町村名まで書かずに「宮城県出身」と書く場合が多いが、口頭ではどちらの場合も「仙台出身」と言ってしまう傾向がある。
現在、「仙台」と名がつくものは、「仙台藩」由来と「仙台市」由来の2つの系統がある。また、「仙台名物」「仙台名産」と言った場合は、「仙台藩名物」と「仙台市名物」に分かれる。
千代(または千体)(せんだい)は、城下町・仙台が開かれる前の当地の地名。伊達政宗が当地に城および城下町を建設する際に、「千代(千体)」から「仙臺」となった(1946年以降、当用漢字が適用されて「仙台」となる)。
「千代」(せんだい)という表記は、現在も仙台を示す表記として、国道4号・仙台バイパスの名取川に架かる橋「千代大橋」(せんだいおおはし)や、仙台名産の商品名などに使われている。「千代」が城下町・仙台の地域の旧名であるため、「千代」は仙台市に関係するものに限られており、「仙台」と比べて示す範囲や曖昧さが少ない。ただし、漢字表記が同じである「千代」(ちよ)と音訓異音異議の掛詞として用いられることもある(→荒城の月)。
以前は、九州にも川内市(せんだい)があったため、単に「せんだい」と言うと、「仙台」なのか「川内」なのかが曖昧だった。ただし、「仙台」の方が「川内」に比べて知名度が高かったため、九州以外で「せんだい」と言えば「仙台」を指す傾向が大きかった。2004年10月12日、川内市は、周辺町村と合併する際に、令制国名を付けて薩摩川内市となった。なお、九州の川内は、江戸時代中期頃に表記が定着したと考えられており、それ以前は「仙台」「千代」とも書かれていた。
信用金庫にも、仙台信用金庫と川内信用金庫とがかつて存在し、振込みの際には「センダイシンヨウキンコ(ミヤギ)」と「センダイシンヨウキンコ(カゴシマ)」としなければならなかった。川内信用金庫が合併によって鹿児島相互信用金庫となり、それに伴って仙台信用金庫は「センダイシンヨウキンコ」と(ミヤギ)をはずすことになったが、旧塩竈信用金庫との合併で杜の都信用金庫となったため、いずれも消滅する結果になった。
2004年3月13日に九州新幹線が開通したときに鹿児島本線・川内駅も新幹線駅となったため、同じ呼び名の新幹線駅が2つ存在することになった。
なお、仙台市青葉区内には「川内」と書いて「かわうち」と読む地区がある。東北大学・宮城県仙台第二高等学校・宮城県美術館等が立地し、仙台市内の文教地区として地元では有名な地区である。
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