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午後は○○おもいッきりテレビ とは?

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午後は○○おもいッきりテレビ』(ごごはまるまるおもいっきりテレビ)とは、日本テレビ系列で1987年10月5日から2007年9月28日まで平日12:00 - 13:55(JST)に放送されていた生活情報番組で、通称「おもいッきりテレビ」、「おもいッきり」。生放送ハイビジョン制作地上デジタル放送のみ)。

出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』


午後は○○おもいッきりテレビはてなダイアリーを別ウィンドウで表示  :  「その日のみのの一言で食材市場の動向が変わる」と言われるほどのカリスマ番組。 日本テレビ系列で毎週月曜〜金曜の正午より放送。 主婦や高齢者をメインターゲットに据える事で、若者向けのフジテレビ「笑っていいとも!」と双璧をなしている。 1987年10月5日番組放送開始時の司会者は山本厚太郎(山本コウタロー)でアシスタントは歌手の泰葉(落語家の春風亭小朝夫人)だったが、1989年4月からそれまでゲストだったみのもんたが2代目司会者に抜擢された。それとともに、お昼の生活情報番組だったのが健康・生活情報番組に切 ...

出典: 『はてなダイアリー』


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ウィキペディア(Wikipedia)記事


午後は○○おもいッきりテレビ
ジャンル 健康生活情報番組
放送国 日本
制作局 日本テレビ
監督 渥美公三(総監督)
演出 齋藤太朗(総合演出)ほか
プロデューサー 岡田泰三(CP、末期)ほか
出演者 司会者
山本厚太郎(山本コウタロー)(初代)
みのもんた(2代目)
アシスタント
泰葉(初代)
高橋佳代子(2代目)
オープニング 作曲:宮川泰
エンディング イキイキふれんず「元気イキイキ!おもいッきり」(2003年 - 放送終了)
外部リンク 日本テレビ
放送開始から1988年9月まで
放送時間 平日12:00 - 15:45(225分)
放送期間 1987年10月5日 - 1988年9月30日
1988年10月から放送終了まで
放送時間 平日12:00 - 13:55(115分)
放送期間 1988年10月3日 - 2007年9月28日

午後は○○おもいッきりテレビ』(ごごはまるまるおもいっきりテレビ)とは、日本テレビ系列で1987年10月5日から2007年9月28日まで平日12:00 - 13:55(JST)に放送されていた生活情報番組で、通称「おもいッきりテレビ」、「おもいッきり」。生放送ハイビジョン制作地上デジタル放送のみ)。

この番組の放送開始20周年を機にリニューアルされ、2007年10月1日からは『おもいッきりイイ!!テレビ』として放送されている。

目次

概要

この項目ではを扱っています。
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番組はのちに迎える黄金期とコンセプトが異なり、ニュースを中心としてスタートした。初期は一部地域を除き正午から15時45分まで放送された超ワイド番組で、それまで分断されていた枠を思い切って一つにまとめ何かあった際も迅速に対応するという意味で名づけられた。従来の『お昼のワイドショー』、『2時のワイドショー』(読売テレビ製作)、『酒井広のうわさのスタジオ』を統合する形となった。また「午後は○○(まるまる)」というサブタイトルもその名残りだった。お手本はラジオのワイド番組だったといわれていた。初代司会者に山本コウタロー(本名の山本厚太郎名義で)、アシスタント司会に歌手泰葉落語家春風亭小朝の元夫人)を迎えた。12時台は事件・事故・芸能情報が中心であった。

  • 13時55分から『2時のワイドショー』(元は独立番組)が大阪の読売テレビから放送された。なお、北海道STVでは同時間帯にローカル番組の『ちょっと和久井の2時ですよ』(1987年4月 - 1993年9月)が放送されていた。また、ネット局(クロスネット局)の中にはテレビ朝日の正午の番組を遅れ放送するため、この時間以降ネットしなかった局もある一方で、現在と同様に13時20分で飛び降りる局(後述)が14時から再び飛び乗る局(福井放送など)も存在していた。また、マストバイ局でも広島テレビが生放送のローカル情報番組『ほっとひろしま』を放送するため、13時40分(その後13時20分に前倒し)で飛び降り、14時から再び飛び乗っていた。このため、13時55分からの5分間は東京と大阪とのスタジオをつないで引き継ぎをする様なスタイルをとっていた。
  • 14時50分からは東京に戻り、芸能情報「うわさのうわさ」が放送された。当初は12時代1時代に続いて山本がメインだったが、視聴率は伸びず南美希子に司会を変え、山本はオープニングのみの挨拶だけだった。このコーナーは『酒井広のうわさのスタジオ』を引き継いだものである。一部ネット局は『3時のあなた』(フジテレビ)やテレビ朝日の正午の番組を放送するためなどの理由でこの時間は放送していなかった。
  • 番組の最後に「おもいッきりプレゼント」という視聴者プレゼントコーナーがあり、ハガキで応募する様になっていた。このコーナー直後がエンディングで、長大なエンディングロールが流れていた。
  • また、ゴールデンウィーク7月に行われた巨人のデーゲームの主催試合(札幌シリーズ)開催時及び年末年始の特別編成時には13時20分又は13時55分までの放送となっていた。但し、札幌シリーズでのデーゲーム中継は2時間放送になってからも13:20飛び降りで継続されていたが、ナイター設備のある札幌ドーム完成後はナイターに切り替わったのを受けて行われなくなった。最後のデーゲーム中継に伴う短縮は2002年で、この時には札幌ドームになっていたのだが、日韓共催FIFAワールドカップサッカーの関係でデーゲームになっていたためだった。
  • 番組開始から1年後の1988年10月3日から放送時間を12:00 - 13:55の2時間に短縮した。

しかし、視聴率で苦戦し、1988年の3月で泰葉は降板。1988年4月から元テレビ岩手アナウンサー高橋佳代子が起用された。それでも視聴率は低迷状態のままだった。1年後、山本が参院選出馬によりそれまでコーナー進行として出演していたみのもんた1989年4月から2代目司会者に起用されると共に健康·生活情報番組に切り替わる様になった。なお、番組内で情報やニュースを織り交ぜているが、ビデオリサーチ社ではバラエティ番組での扱いとされている。こうした事や新しいコーナーが新設された事や、みのの軽妙洒脱な司会が受けて功を奏した結果、次第に視聴率が上昇した。

その結果、同年8月にはタモリ司会の若年層をターゲットにした番組『森田一義アワー 笑っていいとも!』(フジテレビ系)に次いで民放の同時間帯視聴率2位だった山城新伍司会でTBS系の『新伍のお待ちどおさま』を抜いた。そして1991年4月に平均10%を突破し、曜日によっては『いいとも!』を抜く様にもなり、年間平均視聴率でも同番組を抑え、視聴率で時間帯トップを取った事もある(そのため、1990年代は『いいとも!』と『おもいッきり』の時代だったという声もある)。TBSの昼番組を相次いで打ち切りに追い込み、2000年4月の『ベストタイム』開始まで苦しめた。地域によっては既に当番組と『ワイド!スクランブル』(テレビ朝日系)の2強状態のところもある(『いいとも!』が夕方に放送される青森県や放送終了後の1時間55分遅れの山口県など)。

番組末期には、中学生高校生修学旅行その他学習の一環で度々スタジオを見学する事があった。

番組ロゴは開始当初から終了まで変わらなかった(カラーリング:午後はテレビ 但し、放送上の番組ロゴと番組ムック本のロゴでは多少色の濃淡が違う)。

昼の人気長寿番組としてギネスブックにも登録されている『笑っていいとも!』(12:00 - 13:00)の裏番組だが、男女問わず50代後半以降の年輩世代はこの番組、同じく主に10代後半から30代前半の若者世代は『いいとも!』『ライオンのごきげんよう』『東海テレビ制作昼ドラマ』、女性の30代後半から50代前半頃の主婦世代は『TBS情報番組』『愛の劇場』『ドラマ30』『ワイド!スクランブル』『上沼恵美子のおしゃべりクッキング』『徹子の部屋』を主に視聴すると言われている[1]

末期に放送された頃の特集では、問題の答えに入る前にみのが箱の上の蓋を開ける様になっていた。

2005年4月以降、みのもんたの健康不安説が一部でささやかれ『ザ!情報ツウ』の司会を担当していた峰竜太を筆頭に、福澤朗久米宏関口宏らが後任候補とみのからの司会者交代や番組自体の打ち切りが噂されていた(これはみのが同じく平日5:30 - 8:30にTBS系にて生放送される『みのもんたの朝ズバッ!』にも出演していたことが原因と言われている。)が、結局みの続投の上で継続される事になった。その後もみの自身がさらに出演番組を増やす意欲があるという事が報じられている。その一方で、2007年に入ってからもみのが番組を降板するとの観測が週刊誌などの報道に散見される。こうした報道の背景には、2006年頃から視聴率が伸び悩み始めて健康情報などの番組企画がマンネリ気味になったり、ここ最近は『ワイド!スクランブル』『いいとも!』『ピンポン!』にも負けた事も何度かあった事などが挙げられている。また、関西のローカル番組では『NEWS ZERO』について語っている時にゲストタレントが「日本テレビは今ターゲット層を若者向けにしようとしているから『おもいッきり』はお荷物番組になりつつある」とコメントしていた。

2005年10月10日放送分から12時台の構成を若干変え、オープニングに「みのカメラが行く」という中継コーナーを設けた。

スポンサーは「情報特急便」のみローカル[2]で、他は全国共通だった。

2007年1月22日放送分からテロップなどのCGが新しくなり、番組開始から使われていた手書き風書体のテロップを完全に廃止した(但し、みのが出すフリップに書いている言葉などは番組終了まで手書きだった。また番宣ゲストの場合CGが新しくなった後も白字に普通のテロップだった事があった。)と共に冒頭に「●月○日(曜日)」という日付も表示された。また、ゲストコメンテーター陣も冒頭でみの・高橋と共に立って挨拶・オープニングコーナー・トークを行い、特集に入る前の提供に切り替わってから座るというパターンになっていた。

番組の終焉

20年間にわたって放送され、日テレ黄金期の一翼を担った番組でもあったが2006年以降裏番組に視聴率を食われ続けていた。2007年8月9日に今春の視聴率が平均7%台と裏番組の『いいとも!』の平均9%台や『ワイド!スクランブル』の平均5%台、さらには『ピンポン!』にも負けている事や、以前からのマンネリ化や、日テレのライバル局であるフジテレビ(関西テレビ制作)の『発掘!あるある大事典II』の捏造事件が発覚し、視聴者の目が厳しくなった事で番組得意の健康情報コーナーが制作しにくくなった事などから、日本テレビの2006年秋~2008年春の番組改革に従い、2007年改編、即ち9月28日で後枠の『ザ・ワイド』と共に終了した。その次番組として10月1日から『おもいッきりイイ!!テレビ』(8月16日放送にて発表。仮題は「みのもんたの昼も頑張れ!!お祭りワイド」だった。)が放送開始され、従来番組の視聴者を掴みつつ、尚且つ若者にもターゲットを広げた番組となり、ワイドショー番組に衣替えすると共に放送時間を5分(11:55 - )早めた。なお、司会者のみのは引き続き担当するが、アシスタント司会の高橋は降板した。

9月28日の最終回は、12時台に20年間の総決算として、健康をテーマにしたクイズ(おもいッきりテレビ検定)を、13時台に過去の総集編VTRを放送した(視聴率は7.8%)。また番組途中にサプライズとしてみのとも交友がある和田アキ子からの生電話もあった(実はみのは和田が司会を務めている番組『アッコにおまかせ!』〈TBS系〉にサプライズとして生電話をした事があり、その事からだと思われる)。そして、最後にみのが高橋に花束を渡して終了した。また、初代司会者の山本や初代アシスタントの泰葉は過去VTRには登場したものの、スタジオゲストやVTRコメントなどの出演はなかった(因みに「情報特急便」の歴代キャスターだった久能靖真山勇一もスタジオゲストやVTRコメントなどの出演は一切なし)。最後はみの・高橋及び出演者・スタッフ全員が出演し、視聴者に別れを告げながらこの番組は終了した。

生活情報番組としての影響力と批判

番組のホームドクターは医学博士松原英多

特集で取り上げるテーマは健康や料理に関するものが中心だったが、時々「便利グッズ」や「お金を賢く貯める生活法」といったものも紹介していた。特に健康に関するテーマには、制作スタッフが日本で行われる学会のほとんどに出席し、その資料の中からテーマを選び、学会の了承を得た上で放送するなど慎重を期しているとされていた[3]。番組の影響力は絶大で、番組内で紹介された食品が放送日当日から翌日にかけてのスーパーの売り上げを大きく上げる程だった。

とはいえ、その影響力はみのの巧みな話術と出演している医学博士を利用した権威付けによるものが大きく、特集の内容そのものには週刊朝日などから『発掘!あるある大事典』と同様の疑問が投げかけられていた。また、度々食品や食材を紹介し、特定の栄養素を「健康成分」と称してその含有量と効果を謳っていたが、その栄養素は別の食品などで摂取してもよく効率の多寡はあるものの、わざわざ番組で紹介された食材そのものを摂取する必要はなかった。人によっては食物アレルギーなどの個別の事情があるため、紹介されたものを摂取する事で逆に健康を損なう可能性があるものも存在していた。こうした現象をみのもんた症候群と呼ぶ医療関係者もいる[4]

いずれにせよ、視聴者の個別の事情があるため、番組で紹介された事をすべて実行する事は現実的ではない。視聴者が自身の健康や生活の質を向上させるために、番組で紹介された事を実行するに当たっては、番組は教養や医療情報を提供する番組ではなく、あくまでも「このような情報がある」という視点を提供する番組である事を踏まえた上で実行する事が求められていた(メディア・リテラシー)。

番組テーマ曲

テーマ曲宮川泰作曲による番組オリジナル。オープニング・エンディング曲の他にCM前後に入れる短い曲(ジングルサウンドステッカーアタックなどと呼ばれる)や「ちょっと聞いてョ!おもいッきり生電話」「情報特急便」などのコーナーテーマ曲があった。また、2003年からはエンディング曲として「元気イキイキ!おもいッきり」という番組テーマソングも流れていた。

出演者

歴代司会・アシスタント

  • 1987年10月 - 1988年9月:南美希子(うわさのうわさコーナー司会)

情報特急便歴代キャスター

  • 1989年4月 - 1990年3月:久能靖(第1期)
  • 1990年4月 - 1992年9月:真山勇一(同) ※久能の週末夕方ニュースへの異動に伴い交代
  • 1992年10月 - 2004年5月:久能靖(第2期) ※真山の『NNNニュースプラス1』への異動に伴い復帰
  • 2004年6月 - 2006年3月:真山勇一(同)
  • 2006年4月 - 2007年9月:金子茂

ゲストコメンテーター

1回の放送につき当初は6名(男女3名ずつ)、後に4名(男女2名ずつ)が出演。

◆男性

◆女性

補足
  • 上記記載のゲストコメンテーターの中には、たまに「笑っていいとも!」「ごきげんよう」(共にフジテレビ系)や「徹子の部屋」(テレビ朝日系)にゲストとして出演する者も居た他、末期の金曜13時台のコーナー「出会いふれあい 路線バスの旅」にリポーターとして登場する場合もあった。また、上記以外に番組宣伝を兼ねて出演するゲストも居た(かつては火曜日夜の「火曜サスペンス劇場」→「ドラマ・コンプレックス」→「火曜ドラマゴールド」に出演する俳優〈船越英一郎賀来千香子など〉が登場していたが、2007年4月から木曜日夜の「モクスペ」に出演するゲストが登場していた。)。
  • 主婦や中高年女性を主な視聴者層と想定していた関係から、これまで年齢が30歳代後半以上のタレントが多く出演していたが、末期には年代が若い女性の観客も多くなって来たため、2007年4月の番組リニューアルから女性を中心として20歳代のタレントが出演する機会が多くなった(不定期出演では熊田曜子、番宣を兼ねての出演では大沢あかね綾瀬はるかなど。これまで年代の若いタレントはエンディングの番組宣伝ぐらいにしか登場しなかった。)。

リポーター

タイムテーブル

過去のタイムテーブル

主なコーナー

シノハラ教授 お昼の脳トレ

2007年4月2日から始まった番組のオープニングコーナーだった。

諏訪東京理科大学教授の篠原菊紀が監修し、健康インストラクターの松田明典又は太田翔を迎えて放送した(1か月毎に交代)。毎日レベルアップしている事が特徴だった。1週経つと脳トレ内容が変わり、またそれが毎日レベルアップしていく。と、これを毎週繰り返した。なお、最終回には松田・太田が共に2人で出演した。

みのカメラが行く

2005年10月10日から始まった番組の冒頭コーナー。主に首都圏エリアのとある場所(主に商店街や町工場、職人、イベント会場など)からのカメラ中継で、リポーターはおらず、スタジオの声は中継先に届いているので取材先の人との絡みも可能だった。たまに首都圏以外の地域にも中継したが、こちらは系列局の技術協力があった。スタジオモニターの関係から、ハイビジョンではなく頭角4:3にアップコンバートした映像で放送された。

2006年9月15日から2007年3月30日の間は、金曜日のみ13時台の「きょうは何の日」の後にもパート2という事で流れていた。

きょうは何の日

1989年から始まった。主に19世紀末〜20世紀(番組末期は21世紀2000年代〉も)の今日(つまり放送日)起こった事件・事故・話題・訃報を再現映像を交えて振り返っていき、後日談を含めて紹介していた。主に戦後を扱った場合、当日の読売新聞(朝刊・夕刊)の1面を紹介してからVTRに入る事が多かった。かつては「ごちそうさま」の後に放送されていたが、放送終了後は現在の12:53頃(2007年4月以降は12:58頃)に始まっていた。当初はスタジオでその日の起こった出来事を再現するという形式だった。

かつてはCMを挟んだ2部構成だったが、下記コーナーの開始に合わせてCM抜きで一気にVTRを流す方法に変わった。また、最近では開始前のアイキャッチ時に当時の流行曲を流す事があった。

ナレーション(松井良他)は基本的に「です・ます」調であるが、窪田等などが稀に事件・訃報などを扱う場合は「だ・である」調になる事があった。

なお、リニューアル後の『おもいッきりイイ!!テレビ』でもこのコーナーは継続放送されている。

ちょっと聞いてョ!おもいッきり生電話

1989年7月3日から開始された13時台の核ともいえるコーナーだった。当初のスタートBGMは『アンパンマン』の「勇気りんりん」の出だしの部分が使われていたが、1991年頃に宮川泰作曲のテーマ曲に変わった。13時20分丁度から概ね15分前後の時間に充てられた。事前に電話やFAXで募集されて選ばれた人(コーナー内で募集テロップを表示)が電話でみのやゲストに相談する。相談者は主婦が多く、男性相談者が登場する事は稀である。一番多い相談は嫁姑問題、続いてそれ以外の家族問題や浮気などの夫婦間問題、ご近所同士の揉め事といった事が続いていた。原則として相談者の名前は仮名でも付けておらず(これは最初の相談者が「匿名で」と発言した事からである)、相談者の住所も大まかな地域(関東・関西・東日本・西日本)ですら出さない(せいぜい「車で30分」といった抽象的なもの)。みのは余程特別な事情がない限り相談者に同情する事は少なかった。しかし、余程大きな落ち度のある相談者に対しては本気で激怒するあるいは怒鳴りつけることもあった。これはみの自身も出演していたフジテレビ愛する二人別れる二人』(後にやらせ問題が発覚したため打ち切り)、テレビ東京愛の貧乏脱出大作戦』でもこのパターンが見られた。ゲストコメンテーターの中でも特に内海好江崔洋一は相談者に厳しいコメントをする事が多かった。これには新聞の投書欄などで「厳しすぎる」「言いすぎだ」などの批判もあり、賛否両論になることすらあった。この時に芳村真理アグネス・チャンなどが出演する際は、みのの厳しいコメント及びみのが本気で激怒する場面を何とか中和させる事も多かった。 また、相談者が放送禁止用語を発言したこともあり、その時はコーナー終了後に書記担当である高橋がお詫び・謝罪を行ったことがあった。

2007年4月2日以降は多少タイムテーブルが変わったため、13時24分頃から10分前後の時間に短縮され、金曜日の放送が廃止となり、代替コーナーとして「どう思います?お嬢さん」を放送していた。但し、地方での公開放送の時は原則として放送されなかった。番組末期の相談の締めは「人生は60歳から」(相談者が60歳の場合)や「お化粧して旦那を驚かしちゃいな」など、みのの言葉は半ばマンネリ化していた。

当番組終了前日の2007年9月27日に終了し、翌28日の最終回で総集編が組まれた。リニューアル後の『おもいッきりイイ!!テレビ』では火曜日に続編企画として、女性視聴者から寄せられたトラブルを元に構成したドラマが流され、その後みのらに相談するコーナー「火曜おんなの劇場 幸せになりたい」が放送されている。

開始当初にフジテレビ系の『とんねるずのみなさんのおかげです』で、とんねるず木梨憲武ものまねで扮するみのりもんたの司会で「ちょっと聞いてョ!おもいッきりノリ電話」というタイトルでパロディされた事もあり、みの本人及びおもいッきりゲストが出演した事があった(但しゲストは4人ではなく3人)。また、栗田貫一もものまねでパロディを披露した。

情報特急便

1989年4月から開始されたニュースコーナー。番組が開始されるまで13:55から5分間放送されていた「NNNニューススポット」(〜1993年4月2日)が形を変えて復活したものといえよう。最新情報がない限りは11:30の『NNNニュースD』(←『NNN昼のニュース』)の内容と映像がそのまま流用された。ただ、番組が録画放送・公開生放送だったり、重大事件などの場合は報道フロアから放送された。

コーナー開始から2006年夏まではみのは一旦休憩のためスタジオを離れてCM明けの後半から登場していたが、同年7月頃からコーナーを通して登場し、気になったニュースについてはコメントをする様になった。詳しくは備考参照。

リニューアル後の『おもいッきりイイ!!テレビ』は「NEWSエスプレッソ」として受け継がれる。なお、キャスター金子茂10月より首相官邸担当記者に異動となったため(本番組では明かされなかったが、次の『ザ・ワイド』最終回にて初めて明かされた)、後任は『NNNニュースD』の後番組『NNNストレイトニュース』の平日キャスターである丸岡いずみが担当している(因みに、『おもいッきりイイ!!テレビ』の第1回放送分である10月1日には、金子が国会議事堂から中継出演している。これ以降も政治関連ニュースの場合、金子が中継で出演することがある)。

13時台の日替わりコーナー

月曜日はスタジオからの生放送、火曜日以降はVTRでの放送だった。

爆笑!S-3ライブ 笑いは健康の源(月曜日)

漫才コーナー。毎週1組のお笑い芸人を呼んで漫才を行った。視聴者の年齢層に受け入れられ易い芸人が出演していた。後に若者に受け入れられ易い芸人も出演するようになった。番組収録のスタジオが「S-3スタジオ」である事がコーナー名の由来だった。紹介VTRのナレーターは佐藤賢治だった。

バンザイ!日本の大家族(火曜日)

多数の家族を抱え、人情に密着するコーナーだった。ナレーターは屋良有作だった。2007年3月までは月曜日に放送されていた。

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。

ふるさと味自慢 こだわりの逸品(水曜日)

全国各地の特産物を紹介するコーナーだった。ナレーターは大山尚雄、真地勇志他だった。

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。

ドキドキ 今ドキッ新婚さん(木曜日)

最近結婚したばかりの夫婦に密着するコーナーだった。このコーナーのみ当初はVTRを一気に流す方法だったが、後にCMを挟んだ2部構成となった。ナレーターは林田尚親だった。

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。

出会いふれあい 路線バスの旅(金曜日)

路線バスに乗りながら人情探しをするコーナーだった。ナレーターは永井一郎だった。

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。

どう思います?お嬢さん

金曜日に放送されていたコーナーで、2007年3月まで前コーナーは『ちょっと聞いてョ!おもいッきり生電話』だった。同月最終週までは木曜日に放送された。

過去に放送されたコーナー

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。

※「ごちそうさま」と「昼下がりのカルチャー」はほぼ全国完全ネットだった。

  • 味の素のごちそうさま(こちらを参照)
  • 今日のおもいッきり赤ちゃん
  • 昼下がりのカルチャー
  • なるほどなっとく!→知れば知るほどそれよさそう!
  • 日本全国 噂のあの人!この技!!

過去に放送された特別企画

怪奇特集・あなたの知らない世界

詳しくは「あなたの知らない世界」を参照。

年忘れ健康クイズスペシャル

  • 1995年は生放送、1996年は録画(情報特急便のみ生放送)で放送された。
  • 2006年12月28日に10年ぶりに復活したが、この時は生放送だった。

生中継

番組と連動してCM前後(アイキャッチ)に各地のお天気カメラからの生中継も行った。通常は麹町→汐留本社、江の島築地などから行っている(いずれも日本テレビが設置)。以前は関東地方の行楽地(としまえんマザー牧場など)や全国のNNN系列局からの天カメ中継も行っていた(週1日ずつ実施)。2005年10月からは提供クレジット表示時に「みのカメラが行く」での中継先が時々映る様になった(なお、2006年第1回目の放送では同コーナーにみの自ら出演した〈正月に手術したため入院した病院からの出演〉。また、地上デジタル放送では以前まで汐留・渋谷羽田空港などに設置してあるハイビジョンのお天気カメラ映像がこの番組では副調整室の都合により4:3の標準画質に