奥田民生 とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋奥田 民生(おくだ たみお、1965年5月12日 - )は、広島県広島市東区尾長出身のシンガーソングライター及びユニコーンのメンバー。音楽プロデューサーとしても活動している。血液型B型。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 奥田民生 出典: 『はてなダイアリー』 ウィキペディア(Wikipedia)記事
奥田 民生(おくだ たみお、1965年5月12日 - )は、広島県広島市東区尾長出身のシンガーソングライター及びユニコーンのメンバー。音楽プロデューサーとしても活動している。血液型B型。
概要1987年、ロックバンド「ユニコーン」のボーカリストとしてデビュー。「大迷惑」「働く男」「すばらしい日々」など、数々のヒット曲を世に送り出し、バンドブームの寵児ともいわれた。バンドは1993年に解散。その後、約1年間の充電期間を経て、1994年からソロ活動を開始。以降、ソロ活動の傍ら、女性デュオ「PUFFY」のプロデュースや、井上陽水とのユニット「井上陽水奥田民生」をはじめとした様々なミュージシャンとのコラボレーションなど、多方面で活動している。代表曲は、「愛のために」「イージュー★ライダー」「さすらい」「マシマロ」など。 来歴広島市立尾長小学校、広島市立二葉中学校、広島皆実高校卒業。中学生の頃に、初めてバンドを結成している。高校時代には、アーチェリー部に所属し、県大会で優勝した経験がある。広島電子専門学校に進学後も、音楽活動を継続(後に専門学校は中退)。当初は、端でギターを弾いてたが、女の子のファンから注目され始めたため、引っぱり出されてフロントマンになり、曲作りも始める。1986年、「ユニコーン」にボーカルとして加入。同年ソニーミュージックのオーディションに合格。 1987年、ユニコーンは広島から上京、アルバム『BOOM』でメジャーデビューを果たす。1989年に発表したシングル「大迷惑」の大ヒットをきっかけにブレイク。以降、サラリーマンの悲哀を歌った「働く男」や「ヒゲとボイン」、今や年末の定番曲となった冬のバラード「雪が降る町」、そして「すばらしい日々」などのヒット曲を生み出す。ユニコーンは、THE BLUE HEARTSやジュンスカイウォーカーズと並ぶ、バンドブーム時代を代表するロックバンドとして活躍した。
1993年9月21日、「オールナイトニッポン」(ニッポン放送)内で、ユニコーンは解散を発表、7年間の活動に終止符を打つ。およそ1年間の充電期間の後、1994年にシングル「愛のために」でソロ活動を開始。同曲は、ソロデビューシングルにして、自身初のミリオンセラーを達成する。 1996年には、音楽プロデューサーとして、女性デュオ「PUFFY」をデビューさせる。彼女たちの特異な脱力感、無気力感、気だるそうな立ち振る舞いが話題になり、大ヒット。プロデューサーとしても各方面から注目を集める。 1997年、井上陽水とのコラボレーションユニット「井上陽水奥田民生」を結成。アルバム1枚を発表し、年末まで活動。またこの年は、浜田雅功のソロシングル「春はまだか」のプロデュースも行っている。浜田雅功の番組「人気者でいこう!」にも出演していた。 1998年、ギター一本の弾き語りライブ「ひとり股旅」ツアーを行い話題となる。 2000年、北海道のローカル番組「鈴井の巣」(HTB)に出演、大泉洋率いる「大泉バンド」のデビュー曲「負け戦」を作曲した。 2001年「Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ2001」に出演。 2002年、東京スカパラダイスオーケストラのシングル「美しく燃える森」に、ゲストボーカルとして参加する。艶のある唱法で新たな魅力を引き出した。 2003年、真心ブラザーズのYO-KINGらと4人組バンド「O.P.KING」を結成し、ミニアルバム『O.P.KING』を発表。「Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ2003」に2回目の出演。 2004年、ソロ10周年を記念して、広島市民球場にてコンサート「ひとり股旅スペシャル@広島市民球場」を敢行、初めて広島市民球場でのコンサートを実現させた歌手となった。また、自身がパーソナリティーを務めるラジオ番組「OH! MY RADIO」(J-WAVE、奥田は月曜日担当)も12月に復帰。惜しまれつつ3月で卒業。 2005年、広島球場でのドキュメンタリーにドラマを加えた映画『カスタムメイド10.30』が公開。また、「SPARKS GO GO」のメンバーとのバンド「THE BAND HAS NO NAME」が15年ぶりの活動を再開。なお、このバンド名は「名前のないバンド」の意味のため、新バンド名を募集中。同年10月7日、「Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ2005」3回目の出演。 2006年、Charと山崎まさよしとの3人によるユニット「三人の侍」の全国ツアーを、4月から神戸を皮切りに敢行。また、前年に引き続き、広島市民球場でカープ球団とタイアップした奥田民生観戦セット「OT Rock Seat」(入場券+奥田民生オリジナルキャラクター人形+弁当)を7月と8月の計14試合で販売。年末には、ユニコーン時代の盟友阿部義晴の40歳記念ツアーに、ジェット機らとともに参加。また、9年振りに井上陽水奥田民生を再結成し、12月にシングル「パラレル・ラブ」をリリース。2007年にかけてユニットとしては初のツアーを行う。 2007年デビュー20周年を迎える。井上陽水奥田民生名義のセカンドアルバムを発表。10月24日にトリビュートアルバム『ユニコーン・トリビュート』、『奥田民生・カバーズ』が発売。12月8日には、「Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ2007」に4回目の出演。12月14日に過去のアルバム(ユニコーン時代のコンピレーションは除く)を紙ジャケ仕様で再発。 2008年12月8日には、「Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ2008」に5度目となる出演を果たす。 2009年、ユニコーン活動再開。ユニコーンの活動と並行して、夏フェスでは「ひとり股旅」を行い、また同年11月公開の映画『僕らのワンダフルデイズ』の音楽アドバイザーおよび劇中歌の楽曲提供、主題歌を担当するなどソロ活動も精力的に行っている。7月1日に所属事務所のソニー・ミュージックアーティスツ(Sony Music Artists、略称SMA)顧問に就任する。また、「Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ2009」に6度目の出演を予定している。 人物音楽性「ROCKIN'ON JAPAN」誌からは、「日本一のロック大将」[1]と称えられ、「朝日新聞」からは「J-POPの大立者」ともいわれている[2]。ユニコーン時代からこれまで、ソロのいくつかの楽曲やPUFFYに提供した楽曲などにおいて、数々のアーティストのパロディ(引用されるのは、ビートルズやELOの曲が多い)を行っている[要出典]。 音質に関してCDの音質に満足出来ず、カーオーディオにDAT搭載モデルがない事[3]を嘆いていた。雑誌での奥田のCDを評して、「相変わらず音が良い」「洋楽のようだ」などと書かれる事が多々ある[要出典]。アルバム『FAILBOX』以降はほぼ全ての作品をアナログ盤でもリリースしている。2002年以降に、レコード会社各社が導入したコピーコントロールCDについても、ミュージシャン側で導入前から音質面に大きな問題がある事を把握していた、数少ない人物の1人であった(詳細は後述)。 ギターコレクターであり、かなりの数のギターを所有している。中でも、ギブソン社製のギターが多く、名器・1959年製レスポール・スタンダードを長年に渡りメインで使用してきた。なお、40歳の誕生日に、ギブソン社からカスタムショップ製作のレスポール・スタンダード(キャンディレッド)を贈呈され、2008年8月には、近年メインで使用しているレスポール・スペシャル(P-90ピックアップ、ビグスビー、TVホワイト・フィニッシュ)を忠実に再現した、カスタムショップ製作の「Gibson Custom Shop The INSPIRED BY Series Okuda Tamio Les Paul OT Special」が100本限定で製造・販売された(2008年8月1日現在。奥田民生公式ホームページにて発表)。 趣味趣味は、釣りと車。バスプロの今江克隆、河辺裕和とは、兼ねてから親交がある。車に関しては、4歳の頃に車のエンジン音を聞いただけで「ありゃルーチェじゃろ。ありゃぁシルビアじゃろ。」と言い当てた、という逸話を持つ車好きである[要出典]。歌詞の中にも、度々車やバイクに関するネタが登場し、それらの曲を集めたコンピレーション・アルバム『CAR SONGS OF THE YEARS』を発表している。愛車は、ダッジ・マグナム 、初代カマロなどの外車のほか、最近は黒のスバル・R1に乗っており、タイヤとホイールとマフラーの交換や、パドルシフト仕様への改造など、車へのこだわりが垣間見られる(カーライフスタイル誌デイトナや、BSフジの番組「所さんの世田谷ベース」でも、奥田のR1が取り上げられた)。 ファッションにも独自のこだわりがあり、過去に男性ファッション誌「BOON」の企画において、リーのジーンズやコンバースのスニーカーなどの奥田仕様の別注モデルを制作したことがある。 出身地にまつわるエピソード広島東洋カープの大ファンである。タワーレコードのポスターで、元カープの達川光男と共演した事がある。カープのロゴにある「カープ坊や」のイラストを変えて、「民生坊や」にした事もあった。2004年に広島市民球場において、同球場史上初のコンサートを行ったことでも大きな話題になった。 同じ広島出身の吉川晃司(寺田堂(後述)で「モニカ」と「Y.M.C.A.」のパロディーを披露)、元T-BOLANの森友嵐士は同級生、広島皆実高校の先輩には吉田拓郎(「唇をかみしめて」をカバー)、後輩に磯部正文(元HUSKING BEE)、MEG、為末大らがいる。 エピソード
ライブライブ・バンドGOZ 第1期 1995年~2002年、2004年
TOUR "29-30"~TOUR 0102「奥田STANDARD民生CUSTOM」、TOUR OT10 GOZ 第2期 2002年~2003年
+
Live E 0203 MTR&Y 2005年~2008年TOUR "MTR&Y 05"~FANTASTIC TOUR 08 ひとり股旅奥田のライブ形態の一種。作務衣(松本人志から「一人ごっつ」用のものを譲り受けた)にタオルを頭に巻いた出で立ちで、バックバンドは一切設けずアコースティックギター1本で事務用の椅子に座って演奏する。MCでは酒を挟み、演奏曲もその時の気分で決められる。通常のライブでは披露することの無いカバー(ブラックビスケッツ「タイミング」、エキセントリック少年ボウイオールスターズ「ああエキセントリック少年ボウイ」等)が披露されるのも特徴のひとつ。1998年の「ひとり股旅ツアー」終了後も単独ライブやロックフェスティバルで時折開催されるようになり、2004年の広島市民球場ライブは、当初は球場の周辺に住宅地が多く存在するため騒音問題を懸念した球場側が難色を示していたが、ひとり股旅形式で行う事を条件に開催が実現した。 ディスコグラフィソロ名義の作品を記載。井上陽水奥田民生、O.P.KING、THE BAND HAS NO NAMEのリリース作品は各記事を参照。 シングル
アルバム
企画盤
映像作品LIVE
PV集
その他参加作品
楽曲提供
書籍
ゲーム
脚注
関連項目
外部リンク
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