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姫路市(ひめじし)は、近畿地方の西部、兵庫県南西部(播磨地方)に位置する市。旧飾磨郡・揖保郡・神崎郡・印南郡・宍粟郡(1889年の市制当時の区域は旧飾磨郡)。神戸市に次ぐ兵庫県第二の都市であり、中核市に指定されている。
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神戸市に次ぐ県内第二位の商工業と人口を擁する都市であり、中核市に指定されている。観光事業では、国宝であり世界遺産でもある姫路城や、西の比叡山と呼ばれる書写山圓教寺、三大荒神興の一つ灘のけんか祭りなどの播州の秋祭りが有名で、国内は勿論、海外からの観光客も多い。
中播磨県民局のエリアにあり、播磨地方の中心都市としての性格も持つ。 人口では長らく神戸市・尼崎市に次いでいたが、平成に入って尼崎市を上回った (上回ったのは2006年の合併前である。)
兵庫県西部、播磨地方(旧飾磨県)の中心都市である。播磨平野の中西部に位置し、市域の中東部を市川が、中部を船場川や野田川(外堀川、三左衛門堀)が、中西部を夢前川や大津茂川が、西端を揖保川が、それぞれ南流して播磨灘へ注ぐ。播磨灘沖には家島諸島がある。
市の中心部に姫路城が建つ姫山、中心部北部に広峰山と増位山、北西部に書写山(書寫山)、北部に明神山・雪彦山がある。市域を東西に貫通する形で山陽新幹線・山陽本線・国道2号が通り、姫路駅は姫路城の真南1kmに位置する。市街地は姫路城の城下町が原型となっている。近年は姫路駅南側への発展も見られる。
気候は典型的な瀬戸内海式気候であり、降水量は比較的少なく、冬季は早朝の冷え込みが激しい。
奈良時代、播磨国の国府が置かれた。本町遺跡が国衙跡であると推定されている。
江戸時代には、「西国将軍」「姫路宰相」と呼ばれた池田輝政が城下町を形成し、姫路藩の城下町となった。現在の市街地にも城下町の町割りが残る。
明治維新における廃藩置県の時期には、飾磨県の県庁所在地となった。しかし、1876年8月に飾磨県が兵庫県に編入されて以降は、兵庫県に属している。
(これ以前の歴史は、播磨国、姫路藩、姫路城#歴史 の各項目も参照のこと。)
姫路城の位置する姫山の古名「日女路(ひめじ)の丘」に由来するといわれる。この地名は古くはカイコの事をヒメコ(蚕子)と呼んでいたことから、かつてこの地が養蚕業の盛んな地域であった事に因んで付けられたと思われる。播磨国風土記にも、「日女道丘(ひめじおか)」の地名が登場する(大汝命と火明命の親子喧嘩の神話から)。
衆議院小選挙区は、旧姫路市全域が兵庫県11区、旧家島、夢前、香寺、安富町が兵庫県12区となる。
各選挙の投票率はおおむね50~60%。
2003年(平成15年)市長選の最大の争点は、姫路駅貨物用地跡の再開発における多目的ドーム施設の建設の是非であった。当時現職の堀川和洋は建設推進を掲げる一方、新人で石見元秀元市長の三男・石見利勝がこの計画の中止を掲げて立候補。結局、石見約12万票に対し堀川約8万3千票(ほか無所属候補約8千票)であった。
戦前は陸軍の歩兵第十連隊が姫路城内およびその周辺に置かれ、後に野砲兵第十連隊が姫路城の北方に置かれた。現在は野砲兵連隊の跡地に陸上自衛隊第三特科隊・第三高射特科大隊の姫路駐屯地がおかれている。
| 姫路市と全国の年齢別人口分布図(比較) | 姫路市の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
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■紫色は姫路市
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
姫路市の市制施行当初の範囲は、姫路城の周囲に限られていた。戦前にその周囲の村を合併し、戦後はGHQ指揮下の合併(ラモート中佐が関与したことから「ラモート合併」と称される)をはじめ、6度の市町村合併を経て、昭和時代としてはかなりの面積を誇る市となった。
政令指定都市への移行を目指して、姫路市と周囲の市や町との合併が模索されている。2004年3月までは姫路市・家島町・夢前町・香寺町・安富町の間で姫路地域任意合併協議会が設置されていたが、翌月の4月より姫路市・香寺町・安富町との姫路地域法定合併協議会が、7月より姫路市・家島町合併協議会および姫路市・夢前町合併協議会が設置され、最終的に2005年2月8日にこの4町と姫路市の合併協定書が調印された。これにより2006年3月27日に家島町・夢前町・香寺町・安富町が姫路市へ編入された。
政令指定都市の指定要件は、合併する新市を対象に人口70万人に緩和されたが、合併後の姫路市の人口は約53万人であるため、第2次、第3次の合併や指定要件の更なる緩和を働きかける等、中長期的に政令指定都市の実現を目指している。
政令指定都市でも合併特例法で成立した市でもないが、市の一部に広域地名としての「区」が存在する。市の南部から西南部にかけて、飾磨区・広畑区・大津区・勝原区・網干区・余部区の6区がある。1946年(昭和21年)3月1日に飾磨市、飾磨郡広畑町、白浜町、揖保郡網干町、大津村、勝原村、余部村を編入した際に、既にあった町名と区別するために旧市町村名をつけたものである(旧・白浜町域のみは、短期間で「区」でなくなってしまった)。町名の一部であり、例えば「飾磨区○○」で一つの町名である。当然、区役所はなく、法人格もない。(地域自治区でもない。)かつて福井県小浜市の一部でも同じ手法が取り入れられていた。
市北部を中心に野菜・果物の露地栽培が盛んである。水田も多く残っているが、近年その宅地化が著しい。
市川・夢前川から流れ込む栄養分によって播磨灘の魚介類は豊富で美味であり、漁業も盛んである。
戦前から、臨海部に新日本製鐵、山陽特殊製鋼、合同製鐵、大和工業の工場が設置され、製鉄業が発展したが、近年は高炉の操業停止などにより、縮小傾向にある。他に東芝、三菱電機姫路製作所(千代田町・広畑区富士町など、合計約15.2万平方メートル。主な事業は自動車電装品事業で、オルタネーター、スターターは世界シェア15%超。)、ダイセル化学工業、日本化薬、日本触媒、ウシオ電機、吉川工業などの大規模工場、関西電力姫路第一発電所、姫路第二発電所が立地しており、工業都市を形成している。また、2009年の稼働を目指し、飾磨区妻鹿日田町の出光興産兵庫製油所跡地(2003年閉鎖)に松下電器が液晶パネル工場を建設、周辺部材工場を集積させる予定。敷地面積は約48万平方メートルで、総投資額は約3000億円。[2]また、大日本印刷の、第8世代液晶用カラーフィルター工場が併設される予定である。
また、上述の山陽特殊製鋼、大和工業の他、餡菓子・餃子等製造の御座候、蒲鉾・竹輪製造のヤマサ蒲鉾、手袋の製造・販売大手のショーワグローブ、プロジェクター用ランプ大手のフェニックス電機、モーター・ポンプ製造・販売大手の三相電機、船舶用電機最大手の西芝電機、自動販売機等製造最大手のグローリーなどが姫路市に本社を置いている。
地場産業としては、皮革、ゼラチン(膠)、マッチ製造、製鎖などがある。ちなみに姫路仏壇、姫路白なめし革細工、明珍火箸、しらさぎ染、和蝋燭、姫路独楽、姫路張り子玩具は、県の伝統工芸品に指定されている。
西松屋チェーン(ベビー・子供向け衣料販売)、マックスバリュ西日本(イオングループの食品スーパーマーケット)、ムラチク(食肉加工卸)、神姫バスなどが本社を置くほか、神戸に次ぐ県内二位の商工業都市ということで、多数の企業が支社・支店や出張所を置く。
幹線道路沿いに多数の郊外型店鋪が出店しており、大型店鋪と合わせて既存の商店街を圧迫している。姫路駅前から北へ向かうみゆき通り、それと交差する二階町通りも例外ではなく、更に大手前通りによって東と分断される西二階町商店街の冷え込みは深刻である。駐車場や駐輪場の整備も進み、他都市と比較すれば環境は整えらている。
姫路は「信金王国」として有名である。現在では、姫路信用金庫、播州信用金庫、兵庫信用金庫の3社が、姫路に本店を置いている。
第二次大戦前には、三十八銀行の本店が姫路に置かれていた。しかし、近衛文麿政権が戦時体制作りを進めると、銀行や新聞社は「一県一社」に合併され、県庁所在地のみの立地となった。この中で、三十八銀行は、当時の神戸銀行(後のさくら銀行、現在は三井住友銀行)と合併させられた。
全国的に、県庁所在地に銀行が多く、県庁所在地以外の都市に信用金庫が多いのは、この名残となっている。
独立した都市圏を形成しており、中心市街地及び海岸部の工業地域を核とした居住形態だが、近年の交通インフラの整備や鉄道輸送の大幅な改善(姫路駅・網干駅はJR神戸線新快速・快速の始発駅である)から、神戸・大阪のベッドタウンとしての開発傾向が見られる。
なお現在、ウシオ電機、シンキ、長谷工コーポレーション、三城、WDBは東京に、イオンは千葉に本社を置いている。
大学院法学研究科・言語教育研究科・経済情報研究科・法科大学院)
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