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宇多田ヒカル とは?

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宇多田 ヒカル(うただ ひかる、1983年1月19日 - )は、日本の女性シンガーソングライターである。本名:宇多田 光(読みは同じ)。アメリカ合衆国ニューヨーク州出身[1]。レコード会社は主にEMIミュージック・ジャパン。所属事務所はU3MUSIC[2]。愛称はヒッキー(Hikki)[3]

出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』


宇多田ヒカルはてなダイアリーを別ウィンドウで表示  :  女性シンガーソングライター。 Biography 1983年1月19日ニューヨーク生まれ。血液型はA型。本名・宇多田光。愛称はHikki(ヒッキー)。 父は音楽プロデューサーの宇多田照實。母は歌手の藤圭子。 身長158cm B 85cm W 59cm H 84cm 1998年12月9日に1st Single”Automatic”/”time will tell”でデビュー。 翌年1999年3月10日にリリースした初のアルバム”First Love”は900万枚を売り上げ、日本における史上最高の ...

出典: 『はてなダイアリー』


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ウィキペディア(Wikipedia)記事


宇多田ヒカル
宇多田ヒカル, 2004年
宇多田ヒカル, 2004年
基本情報
出生名 宇多田光
別名 ヒッキー (Hikki)
出生日・地 1983年1月19日(25歳)
血液型 A型
学歴 コロンビア大学中退
出身地 アメリカ合衆国
ニューヨーク州
ジャンル J-POP
R&B
職業 シンガーソングライター
編曲家
活動期間 1998年 -
レーベル EMIミュージック・ジャパン
事務所 U3MUSIC
公式サイト Hikki's WEB SITE
  

宇多田 ヒカル(うただ ひかる、1983年1月19日 - )は、日本の女性シンガーソングライターである。本名:宇多田 光(読みは同じ)。アメリカ合衆国ニューヨーク州出身[1]。レコード会社は主にEMIミュージック・ジャパン。所属事務所はU3MUSIC[2]。愛称はヒッキー(Hikki)[3]

目次

来歴

1993年〜2000年

米国居住時代の1993年U3(父:宇多田照實と母:藤圭子とのファミリーユニット)名義で『STAR』を発表。また同じく米国で1997年Cubic U(宇多田家の3の意味)としてソロシングルClose To You』とアルバムPrecious』を発表。[4]

1997年秋、東京のスタジオでレコーディングをしていたところ、隣のスタジオにいたディレクターの三宅彰[5]の目にとまり、日本デビューを持ち掛けられるが、アメリカでCubic Uとしてソロデビューを控えていたため、当初は戸惑ったが三宅の熱心な説得により1998年1月28日に『Precious』を日本で発売し、12月に"宇多田ヒカル"としてデビューすることになった。

1998年12月、宇多田ヒカルとしてシングル『Automatic / time will tell』でデビュー。プロモーションはラジオ出演のみだったが、FMラジオや外資系CDショップのプッシュから一気に人気に火がつきデビュー曲はいきなりミリオンセールスを記録。その結果、宇多田が15歳の若さで作詞作曲を手がけていること、アメリカで生活していた帰国子女であることや、かつての演歌歌手・藤圭子の娘だということなど、メディアが騒ぎ立てた。

1999年3月、1stアルバム『First Love』を発売。日本で860万枚以上(オリコンの売り上げデータは765万枚)、国外を含めると990万枚以上を出荷し、国内アルバム売り上げ史上歴代1位の超メガヒットとなる。この年に帰国し、活動拠点を日本に移す。それまでラジオ以外メディア露出はほとんどなかったが、6月18日の『ミュージックステーション(26.5%)』を皮切りに、『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP(28.5%)』『SMAP×SMAP(33.5%)』などのテレビ番組にも出演。いずれも番組最高視聴率を記録(『SMAP×SMAP』は当時の最高視聴率)。

2000年7月、初めての全国ツアー「BOHEMIAN SUMMER 〜宇多田ヒカル Circuit Live 2000〜」を開催(ツアータイトルの由来はQueenの名曲ボヘミアン・ラプソディより)。7月1日の国立代々木競技場第一体育館を皮切りに、全国10か所で開催。徳島公演の際には腰痛でダウンするという緊急事態もあったが、名古屋レインボーホール(現:日本ガイシホール)での最終公演の後、千葉マリンスタジアムで3日間にわたって追加公演を行う。いずれの公演のチケットもプラチナチケットと呼ばれ、電話予約開始から瞬時に完売、ネットオークションなどで高値で出回る。千葉マリンスタジアム3日目の公演では、この日のためにJam and Lewisが初来日し、演奏に参加。“最初で最後の全国ツアー”などとうたわれたが、2006年夏に2度目のツアーを開催。

2001年〜2003年

2001年3月、2ndアルバム『Distance』を発売。発売日が浜崎あゆみのベストアルバム『A BEST』と重なり、「歌姫対決」と話題を集めた。結果『Distance』の発売1週間の売り上げ枚数はオリコンで300.3万枚(邦楽アルバム初動売上1位)、プラネットで262.9万枚、サウンドスキャンで244.3万枚を記録し、日本の3大チャートのすべてで宇多田が浜崎を上回った。最終的に双方とも売り上げ400万枚を超える大ヒットとなった。売り上げ約450万枚(オリコン)。オリコン年間アルバムチャート1位獲得。

2001年6月8日に起きた、附属池田小事件の被害者の1人が宇多田ヒカルのファンであったことを知り、本来リリースする予定であったシングルカット曲『DISTANCE』をバラード調の曲に作り直し、その被害者に捧げる曲『FINAL DISTANCE』としてリリース。2001年7月、Tezuka Osamu @ Cinema企画のインターネットアニメ「ブラック・ジャック」で、ピノコ役の声優に起用される。声優の仕事は本人初の試み。

2002年1月、米国のレコードレーベルグループであるアイランド・デフ・ジャム・ミュージック・グループと契約。アメリカでの芸名を「Utada」とする。

2002年4月、卵巣腫瘍(良性)と診断され、摘出手術を受ける。術後も薬の副作用で体調が回復せずしばらく休養。そのため、テレビ出演などプロモーション活動の中止も余儀なくされ、出演予定だった「笑っていいとも!」のテレフォンショッキングには、急遽父親宇多田照實が代理で出演。

2002年6月、3rdアルバム『DEEP RIVER』発売。テレビ出演はなかったが、雑誌・ラジオ番組でプロモーション活動を行った。発売1週間の売り上げ枚数はオリコンで235万枚、プラネットで189万枚を記録した。売上げ約360万枚(オリコン)。オリコン年間アルバムチャート1位獲得。

2002年9月6日、写真家で映画監督の紀里谷和明結婚。紀里谷はアルバム『Distance』のCDジャケットや『traveling』『』『SAKURAドロップス』3rdアルバムのタイトル曲となった『DEEP RIVER』などのプロモーションビデオを製作。

2003年1月19日、自身20歳の誕生日に、ライブストリーミング・イベント「20代はイケイケ!」を開催。トークの他ミニライブも行われ、井上陽水の「少年時代」のカバーなど全3曲を披露。約2130万件のアクセス数を記録。

2004年〜現在

2004年3月、コンピレーションアルバムUtada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.1』を発売。4週以上に渡ってオリコン1位を独走。250万枚以上のセールスを記録し、年間アルバムチャート1位となった。2004年2月、3日/4日/7日/8日/10日に、ライブ「ヒカルの5」開催。武道館での5日間限定ライブ。定員5万人に対して100万件以上の応募があり、プラチナチケットとなった。2004年4月、元夫・紀里谷和明の初監督映画『CASSHERN』のテーマソングであるシングル『誰かの願いが叶うころ』を発売。

2004年10月、幾多の延期を経てアルバム『EXODUS』で米国メジャーデビュー。収録曲「Devil Inside」シングルがHot Singles Salesチャートで57位、ダンスチャートでは1位を記録。アルバムはビルボード総合アルバムチャートで最高160位。また新人や若手アーティストが対象のTop Heatseekersチャートでは5位。2005年10月には同アルバムで全英デビュー。日本では全米発売から4週間早い2004年9月8日に先行発売され、全英語詞にもかかわらずミリオンセラーを記録するヒットとなった。オリコンチャートで1位獲得。

2005年9月にシングル「Be My Last」を発売し、その後も立て続けにシングルを発売。再び日本での活動が盛んになった。2月リリースの「Keep Tryin'」は200万ダウンロード突破。その後NHKみんなのうたで、「ぼくはくま」が起用された。

「誰かの願いが叶うころ」「Be My Last」「Passion」「Keep Tryin'」など、2004年以降のシングルは作詞作曲に加え編曲も宇多田自身が担当しており、活動の範囲を確実に広げている。NHK「トップランナー」では“シンガーソングライター”ではなく“音楽家”として紹介された。

2006年6月14日、4年ぶりとなる4枚目のオリジナルアルバム『ULTRA BLUE』リリース。この発売に先駆け、収録曲「This Is Love」を配信限定シングルとして販売した。このアルバムは初動50万枚を突破し、1stアルバムからの初動50万枚突破記録を更新し、歴代1位となった。オリコン2週連続1位獲得。

2006年、6年振り2度目となる全国ツアー「UTADA UNITED 2006」を開催。7月1日の宮城県総合体育館からスタートし、9月10日の代々木体育館まで全国11箇所全22公演行われた。国内でリリースされた曲の他にUtada名義でリリースした曲も披露し、まさに“集大成”となった。演出にはアリーナクラス最大規模のLEDを使い、元夫・紀里谷和明もこれに演出監督として参加している。7月28日には、ZEPP大阪で限定シークレットライブ「One Night Magic」を開催。12時間の応募期間にもかかわらず1万通を超える応募があり、プラチナチケットとなった。

2007年3月3日、仕事などお互いの生活のすれ違いを理由に元夫・紀里谷和明と3月2日に離婚したことを、U3MUSIC公式サイトの日記「Message from Utada Hikaru/Utada」にて報告した。

2007年7月18日2月28日にCDリリースした「Flavor Of Life」の音楽配信が総計700万ダウンロード(内、PC向け配信:プラチナ(25万DL)、着うたフル:トリプル・プラチナ認定(75万DL))を突破し、デジタルシングル世界1位となったことを英EMIが発表した[6]。同月、オリコンが実施した「音楽ファン2万人が選ぶ好きなアーティストランキング」で2004年以来3年ぶりに1位を獲得した。そして2007年10月4日宇多田ヒカルの楽曲のダウンロード数が1000万ダウンロードを突破した(1アーティストの年間配信数で1000万件突破は世界初。2007年1月から9月末までの9ヶ月間のみの集計)。

2007年11月には、Ne-Yoからの要望で、Utadaとコラボレーションした「Do You feat. Utada」が配信限定でリリースされた。2007年12月9日宇多田ヒカルデビュー10周年目に突入。それを記念してデビュー曲「Automatic」の着うたが12月7日から10日まで無料で配信され、4日間で50万ダウンロードを記録した。

2008年2月20日には記念すべき20枚目のシングル「HEART STATION/Stay Gold」をリリース。5thアルバムのタイトル楽曲ともなっている「HEART STATION」は、2月の月間FMオンエアチャートで1位となる1064回を記録、「traveling」の1037回を上回り、自身の最高オンエア記録を更新(またこの月にオンエア回数が1000回を超えたのは「HEART STATION」のみ)。

2008年3月10日から14日まで、デビュー10周年企画第2弾として「First Love」の着うたを無料配信。前回の「Automatic」着うた無料配信の50万ダウンロードを大きく上回る70万ダウンロードを記録。

2008年3月19日、1年9か月ぶりとなる5枚目のアルバム「HEART STATION」をリリース。オリコン初登場1位で1stアルバム以来6作連続首位獲得となった。

2008年5月13日、これまでのアルバム全6作のトータルセールスが2000万枚の大台を突破したことが発表された。売り上げ金額は600億円以上にのぼり、さらにアルバム「HEART STATION」も100万枚出荷を果たしこれで6作連続でミリオンという快挙に。「HEART STATION」の収録曲が音楽配信で1500万ダウンロードを突破、CDと配信の合算で62億円を売り上げたことも併せて発表された。

2008年5月21日、21枚目のシングル「Prisoner Of Love」をリリース。5thアルバム収録曲で、とても人気が高く、またドラマ「ラスト・フレンズ」の主題歌となっていることからシングルカットが決定。原曲がアレンジなどされずそのままシングルカットされるのは「First Love」以来。 また同日からは、携帯電話とPCにおいて自身初となるビデオクリップ配信がスタート(5月21日現在「Flavor Of Life -Ballad Version-」、「HEART STATION」、「Prisoner Of Love」の3曲のみ配信中)。

2008年6月2日付のオリコン週間アルバムチャートにて7位に登場し、1stアルバム「First Love」以来となる10週連続トップ10入りを達成。

2008年10月20日スタートのフジテレビ系月9ドラマ「イノセント・ラヴ」の主題歌に、2001年にリリースされた2ndアルバム『Distance』の収録楽曲「Eternally」に再編集を施したリミックスバージョン「Eternally -Drama Mix-」が起用されることが決定した。リミックス作業はロンドンで行われ、新たにボーカルを再編集。ドラマのイメージに沿った美しいバラードとなっている。ちなみに自身にとってフジ月9ドラマ主題歌起用は2001年の「HERO」以来、約7年半ぶり2度目である。

使用機材

エレキギターはテレビ出演時等、ギブソン・レスポール・スタジオの黒を使用しているのが確認出来る。宇多田本人のギターの使用はテレビ等では『Devil Inside』が最初[要出典]。『Be My Last』はエレキギターで唄いながら創ったとも。作曲に使用するのはマッキントッシュで、使用ソフトはLogicとの発言あり。スタジオのエンジニアリングではプロツールズを、昨今では活用しているらしい。 キーボードであるがマッキントッシュ(主にノート型(恐らくMacBook))につなぐのは単なるMIDIキーボード(PC-300)で、シンセサイザーとしてはKORGのTRITONを使っているという。(最初のMIDIキーボードは、「Prisoner Of Love」のジャケット撮影時に偶然にも寿命を終えた(壊れた)。それは5年間愛用したものでチェコにも持っていったものらしい。TRITONは現在ニューヨークの自宅のトイレに置いてあるという。(壊れても捨てられないほどの愛着がある機材は最終的にトイレに行き着くとか。))

人物・プロフィール

身長158cm(本人はひょっとしたら158ないかもと言っていた事が有る)。血液型A型。清泉インターナショナルスクールに通っていたが、活動を始めた途端に退学となり、アメリカン・スクール・イン・ジャパン(ASIJ)に転校した。ASIJでは成績優秀で、1年飛び級して、名門コロンビア大学に進学する。

本名は宇多田光だが、デビューする際に周りから名前が堅い感じがするといわれ、本名と画数の変わらない「宇多田ヒカル」とした。画数については、姓名判断において、たびたび彼女の名前は非常に素晴らしい画数であると評価されている。それを本人が知っての決定となった。[7]中性的な名前のため、子供の頃はよく男の子に間違えられたという。また、彼女が産まれたときに、本名を「宇多田苺」と名づけるという案もあったという(ライブ談)しかし、当時は人名漢字として認められていなかった。また、名字の「宇多田」は日本でも非常に珍しく、山口県などに数件ある程度である。また、家系について宇多田の父である宇多田照實が子供の頃、長い巻物に描かれた家系図を見せられ、由緒ある家系であることを伝えられたというエピソードがある。[8]

フレディ・マーキュリーを尊敬している。自身のサイトにおいて、好きなアーティストにナイン・インチ・ネイルズモーツァルトジミ・ヘンドリックスバルトーク・ベーラレニー・クラヴィッツプリンスエディット・ピアフコクトー・ツインズチック・コリアザ・ブルー・ナイルビョーク美空ひばり尾崎豊を挙げている。また、歌唱の面では元グルーヴ・セオリーアメール・ラリューに強く影響を受けており、(自分の中で)師匠であると発言した[9]

ゲーム・アニメ好きで知られておりタイアップをよく行っている。気に入った作品にはPVを見たその場で快諾することもある。特にテトリスに関しては驚異的な腕前を持つ筋金入りのテトリスマニア。本人曰く「5歳の頃から毎日プレイしている」ためか、ニンテンドーDS版ではいわゆるカンスト[10]を達成している[11]2006年8月任天堂が主催したイベント「宇多田ヒカルテトリス対決!!」に参加。抽選で選ばれた一般者とテトリス対決を行い、26勝4敗という好成績を残した。さらにテトリス開発者2名とも対決を行い、1勝1敗と善戦。また、「テトリスはスポーツ」と発言している。テトリスのような幾何学的ゲームに惹かれるのは、RPGなどの対話型ゲームが嫌いだからだそう。対話型のゲームが嫌いなのは、「人と喋りたくないからゲームをしているのに、なんでゲームの中で人と喋らなければならないのか」と思うからだという[12]

運転免許を取得しようと教習所に通ったことがあるが、自分には合わないと思い断念した。免許取得前にポルシェを購入していた[13]。また、自転車に乗るのが不得手。アメリカ時代たまたま乗った自転車で車にひかれたことがある。また、車にひかれたことは数度あり、自分でも運の強さにあきれている。

デビュー当時から「メッセ」と呼ばれる日記を続けており、連作のイラストをアップしている。

ディスコグラフィ

シングル

  • 作詞・作曲は全曲・宇多田ヒカル(ただし、「タイム・リミット」は本人とGLAYTAKUROとの共作)。
発売日 シングル 編曲 ゴールド等認定 アルバム
1st 1998年12月9日 Automatic/time will tell - 8cm 西平彰 ミリオン First Love
Automatic/time will tell - 12cm
2nd 1999年2月17日 Movin' on without you - 8cm 村山晋一郎 ミリオン
Movin' on without you - 12cm
3rd 1999年4月26日 First Love - 8cm 河野圭 トリプル・プラチナ
First Love - 12cm
4th 1999年11月10日 Addicted To You Jam and Lewis ミリオン Distance
5th 2000年4月19日 Wait&See 〜リスク〜 Jam and Lewis ミリオン
6th 2000年6月30日 For You/タイム・リミット 河野圭/Rodney Jerkins
7th 2001年2月16日 Can You Keep A Secret? 西平彰/本田優一郎 ミリオン
8th 2001年7月25日 FINAL DISTANCE 宇多田ヒカル/河野圭 DEEP RIVER
9th 2001年11月28日 traveling 宇多田ヒカル/河野圭
10th 2002年3月20日 宇多田ヒカル/河野圭
11th 2002年5月9日 SAKURAドロップス/Letters 宇多田ヒカル/河野圭
12th 2003年1月29日 COLORS 宇多田ヒカル/河野圭 ミリオン ULTRA BLUE
13th 2004年4月21日 誰かの願いが叶うころ 宇多田ヒカル ダブル・プラチナ
14th 2005年9月28日 Be My Last 宇多田ヒカル ダブル・プラチナ
15th 2005年12月14日 Passion 宇多田ヒカル ゴールド
16th 2006年2月22日 Keep Tryin' 宇多田ヒカル ゴールド
17th 2006年11月22日 ぼくはくま 冨田謙/宇多田ヒカル ゴールド HEART STATION
18th 2007年2月28日 Flavor Of Life 宇多田ヒカル ダブル・プラチナ
19th 2007年8月29日 Beautiful World/Kiss & Cry 宇多田ヒカル プラチナ
20th 2008年2月20日 HEART STATION/Stay Gold 宇多田ヒカル ゴールド
21st 2008年5月21日 Prisoner Of Love 宇多田ヒカル ゴールド

その他

  • Rainy Day
    • U3名義。
  • New Life
    • U3名義。
  • 冷たい月 〜泣かないで〜 (1996年9月26日)
    • 藤圭子 with Cubic-U名義。宇多田はバックコーラスを担当。
    • 白鶴酒造」CMソング
    • カップリング曲の『ゴールデン・エラ』は宇多田がメインボーカルを担当した。
  • Close to You (1998年1月16日)
    • Cubic U名義。
  • I'll Be Stronger
    • Cubic U名義。
  • THANK YOU/子供たちの歌が聞こえる (1999年5月1日)
    • U3名義。アルバム『U・STAR』から宇多田がメインボーカルを担当した2曲をシングルカット。
  • ゴールデン・エラ (1999年5月5日)
    • 藤圭子 with Cubic-U名義。シングル『冷たい月 〜泣かないで〜』カップリング曲を単独で再発。
  • REMIX: Fly Me To The Moon (2000年5月10日)
    • 宇多田史上唯一のアナログシングル。
  • Devil Inside(2004年9月14日(全米))
    • Utada名義。ビルボードのダンスチャート全米1位。日本では輸入盤としてリリース。
  • Exodus '04(2005年6月21日(全米))
    • Utada名義。ビルボードのダンスチャートで全米24位。日本では輸入盤としてリリース。
  • You Make Me Want to Be a Man (2005年10月17日)
    • Utada名義、全英デビューシングル。
  • This Is Love (2006年5月31日)
    • 4thアルバム『ULTRA BLUE』からの先行配信シングル。
  • Kiss & Cry (2007年5月31日)
    • 19thシングルからの先行配信曲。
  • Fly Me To The Moon (In Other Words) -2007 Mix- (2007年6月29日)
    • 19thシングルからの先行配信曲。
  • Do You feat. Utada (2007年11月21日)
    • ニーヨとコラボレーションした配信限定曲。
  • Eternally -Drama Mix- (2008年10月31日)

アルバム

発売日 タイトル
Cubic U 1998年1月28日 Precious
1st 1999年3月10日 First Love
2nd 2001年3月28日 Distance
3rd 2002年6月19日 DEEP RIVER
Utada 2004年9月8日 EXODUS
4th 2006年6月14日 ULTRA BLUE
5th 2008年3月19日 HEART STATION

コンピレーション・アルバム

発売日 タイトル
Vol.1 2004年3月31日 Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.1
備考
  • First Love:アルバム売上歴代1位。
  • Distance:アルバム初動売上歴代1位。
  • First Love ~ ULTRA BLUE:史上初デビューアルバムから5作連続アルバム初動売上50万枚突破。
  • Precious:Cubic U名義。1999年3月31日に再発。
  • Exodus:Utada名義。2004年10月5日全米、10月24日全英発売。ビルボード全米チャート160位。

その他

  • STAR (1993年9月17日、1999年2月に再プレス)
    • U3名義。

VHS/DVD

DVDシングル

参加作品

コンサート

  • LUV LIVE
1999年4月1日 梅田HEAT BEAT、4月2日 Zepp TOKYO
  • ハガキの応募制による完全招待制にて行われた、ファーストライブ。東京公演には、スチャダラパーが、ゲスト出演。
  • 宇多田ヒカル LUV LIVE REMIX 〜hello from new york
1999年7月29日(1部:13:30/2部:16:30/3部:19:30 開演)
Zepp Sapporo仙台電力ホール東京国際フォーラム ホールA愛知県勤労会館大阪厚生年金会館大ホール、広島郵便貯金ホールZepp Fukuoka
  • マクドナルドのタイアップによる完全(懸賞)応募制の、リハーサル風景などのオフショット映像を加えた、4/2 Zepp TOKYO公演の模様を放映したビデオコンサート。会場により、1日1回〜3回行われた。ビデオ放映前には、衛星生中継にて会場をつなぎ、ニューヨークより本人が会場の観客に挨拶をした。
  • 爽健美茶 Natural Breeze Concert
1999年8月24日 日本武道館 (共演:TLCモニカ
  • コカコーラのタイアップによる完全(懸賞)応募制による、WWFの活動を支援するために開催されたチャリティコンサート。TLC初来日公演としても話題となり、最終的には111万1943口の応募(倍率278倍)、というプラチナチケットとなった。
  • BOHEMIAN SUMMER extra 〜宇多田ヒカル SECRET LIVE〜 in SHIBUYA
2000年6月26日 渋谷on air east
  • 7月1日より始まる初の全国ツアーを前に行われた、シークレットライブ。また、このコンサートが初の有料コンサートとなった。前日の深夜のラジオ番組にていきなり告知され、チケットが販売されるも即完売となった。また、このライブは厳戒態勢の中で行われ、観客が入場待ちで並んでいるときも、スタッフより「何で並んでいるのか?と訪ねられても、絶対にライブのことは言わないでください。」とまで言われた。
  • BOHEMIAN SUMMER 〜宇多田ヒカル Circuit Live 2000〜
2000年7月1日・2日 国立代々木競技場 第一体育館、7月7日・8日 広島グリーンアリーナ、7月15日・16日 グランディ21宮城県総合体育館、7月20日・21日 真駒内アイスアリーナ、7月26日・27日 石川県産業展示館4号館、8月2日 アスティ徳島、8月5日・6日 大阪城ホール、8月11日・12日 マリンメッセ福岡、8月16日・17日 名古屋レインボーホール、8月21日〜23日 千葉マリンスタジアム(追加公演)、8月29日 アスティ徳島(8月1日の振替公演)
  • 自身初の全国ツアー。過労で徳島公演の1公演は、振替公演が行われた。また、振替により払い戻されたチケットは、わずか3枚だけだった。
  • MTV UNPLUGGED LIVE
2001年7月21日 天王洲スタジオ
  • Utada Hikaru in BudoKan 2004 「ヒカルの5」
2004年2月3日・4日・7日・8日・10日 日本武道館
  • 漫画「ヒカルの碁」のタイトルをモチーフに開催された、5日間のみのスペシャルライブ。この公演より、今までの全席指定の統一料金ではなく、ステージの距離により料金設定を変えて座席が販売された。
  • UTADA UNITED 2006
2006年7月1日・2日 グランディ21・宮城県総合体育館、7月8日・9日 静岡エコパアリーナ、7月15日・16日 マリンメッセ福岡、7月25日・26日 大阪城ホール、8月4日・5日 朱鷺メッセ・新潟コンベンションセンター、8月8日・9日 名古屋レインボーホール、8月17日・18日 さいたまスーパーアリーナ、8月24日・25日 真駒内アイスアリーナ、8月29日・30日 愛媛県武道館、9月2日・3日 広島グリーンアリーナ、9月9日・10日 国立代々木競技場第一体育館

出演

テレビ

食わず嫌い王決定戦で、ベッカムと対戦した。

ラジオ

  • InterFM「Hikki's Sweet&Sour」(1998年10月8日〜1999年3月)
  • FM NORTH WAVE/CROSS FM「WARNING HIKKI ATTACK!!」(1998年10月8日〜1999年3月)
  • FM NORTH WAVE/J-WAVE/ZIP-FM/FM802/CROSS FM「宇多田ヒカルのトレビアン・ボヘミアン」(1999年10月1日〜2000年9月22日)
  • FM NORTH WAVE/J-WAVE/ZIP-FM/FM802/CROSS FM「宇多田ヒカルのトレビアン・ボヘミアンスペシャル〜FROM NY〜」(2001年3月20日)
  • FM NORTH WAVE/J-WAVE/ZIP-FM/FM802/CROSS FM「宇多田ヒカルのTres Bien! Bohemian Summer Special From Tokyo」(2001年7月20日)

テレビCM

アニメ

ブラックジャック(インターネット版)

書籍

タイアップ一覧

※印は、宇多田本人による出演のオリジナルCM。

脚注

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  1. ^ 出生地がアメリカだったため、歌手デビュー後まで日本とアメリカの二重国籍であったと本人が発言している。ただし、その後については公式の発表がない。
  2. ^ U3MUSICは、代表取締役が父親、役員として母親の藤圭子も入っている。宇多田一家の音楽活動の管理およびサポート業務を行っている。
  3. ^ ニューヨーク時代に友人からつけられた愛称。
  4. ^ なお、日本では1996年に「藤圭子 with cubic U」としてシングル『冷たい月 〜泣かないで〜』を発表、1998年5月28日に「Cubic U」としてNHK-BS2の『真夜中の王国』にテレビ初出演をしている。
  5. ^ 三宅は、現在も宇多田のプロデュースを担当している。
  6. ^ EMI (2007-07-18). "Multi-product approach makes 'Flavor Of Life' by Japan's Utada Hikaru a contender for best-selling digital single in the world" (英語). 2007年8月30日 閲覧。
  7. ^ "Message from Utada Hikaru / Utada" (2007-07-12). 2008年7月13日 閲覧。
  8. ^ "Message from Utada Hikaru / Utada" (2007-08-12). 2008年7月13日 閲覧。
  9. ^ [1]
  10. ^ ニンテンドーDS版テトリス(テトリスDS)では99999999点。
  11. ^ "Message from Utada Hikaru / Utada" (2006-07-03). 2007年7月18日 閲覧。
  12. ^ 2008年5月号「ROCKN’ON JAPAN」
  13. ^音楽戦士 MUSIC FIGHTER」(日本テレビ)出演時に発言

関連項目

ウィキメディア・コモンズ

外部リンク