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尾崎将司 とは?

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尾崎 将司(おざき まさし、本名・正司、1947年1月24日 - )は、徳島県海部郡宍喰町(現・海陽町)出身のプロゴルファーである。「ジャンボ尾崎」の別名でもよく知られる。公式ゴルフランキングでも“Masashi Jumbo Ozaki”と表記された。[1] 世界ランキングの自己最高位は8位。

出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』


尾崎将司はてなダイアリーを別ウィンドウで表示  :  プロゴルファー。尾崎3兄弟?の長男。 本名「尾崎正司」。別名「ジャンボ尾崎」。 1969年、プロ野球・西鉄ライオンズを退団。 →「尾崎正司」参照 1970年、プロゴルファーに転向。翌1971年に初優勝を果たす。 「ジャンボ」の愛称で親しまれ、主に日本のゴルフツアーで活躍。 青木功、中島常幸と共に「AON」としてゴルフ界をリードした。 ツアー年間最多94勝、年間最多勝、72ホール最少スコア260、3週連続ツアー優勝、55歳7ヶ月での最年長優勝の記録を持つ。 通算で12度賞金王に輝く。 2005年6 ...

出典: 『はてなダイアリー』


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ウィキペディア(Wikipedia)記事


尾崎 将司
基本情報
国籍 日本
出身地 徳島県海陽町(旧:海部郡宍喰町
生年月日 1947年1月24日(61歳)
選手情報
投球・打席 右投右打
守備位置 投手 外野手
プロ入り 1965年
経歴
Template  ウィキプロジェクト 野球選手

尾崎 将司(おざき まさし、本名・正司、1947年1月24日 - )は、徳島県海部郡宍喰町(現・海陽町)出身のプロゴルファーである。「ジャンボ尾崎」の別名でもよく知られる。公式ゴルフランキングでも“Masashi Jumbo Ozaki”と表記された。[1] 世界ランキングの自己最高位は8位。

目次

経歴

野球

尾崎将司は、元は野球で世間にその名を知られた人物である。プロ野球選手の経歴を持ち、高校時代には徳島県立海南高等学校(現在の徳島県立海部高等学校)で投手として出場した1964年春のセンバツで決勝戦に進出し、小川邦和のいた広島県立尾道商業高等学校に勝利して初出場初優勝を成し遂げた。

1965年ドラフト制度前)、池永正明らと共に、西鉄ライオンズ投手として入団した。しかし、入団後に池永を見た際「こんなピッチャーがいたんじゃ、俺なんかピッチャーで飯が食える訳が無い」と打者に転向。二軍で4番を張るものの、一軍では目立った活躍もなく、1968年に西鉄を退団。プロ野球最後の年に当時の打撃コーチだった花井悠に、『ゴルフのプロになったらいいんじゃないか』と言われ、プロゴルファー転向を決意する。

1970年にプロテスト合格。正式にプロゴルファーに転向した。この時に名前も心機一転、本名の「正司」から「将司」に改名した。尚、2001年にはプロ野球マスターズリーグ・福岡ドンタクズに入団。再びバッターボックスに立っている。

ゴルフ

プロゴルフ転向後の尾崎は長年にわたり日本ゴルフ界をリードして来た。

1971年の日本プロゴルフ選手権で初優勝を飾ると、1973年のマスターズゴルフトーナメントで東洋人初となる8位入賞を果たし、1974年日本オープンゴルフ選手権も勝ち、破竹の勢いで日本プロゴルフ界のスーパーヒーローとして名を高め、同世代のライバルの青木功、そして中嶋常幸と並び称されて「AON」時代を築いて来た。

また弟の健夫(ジェット尾崎)、直道(ジョー尾崎)らと「ジャンボ軍団」を結成し、後輩プロゴルファーの指導にも熱心に携わっている。

尾崎はライバルの青木や中島に比べて、世界挑戦の意欲に乏しい選手と言われてきた。しかしマスターズには日本ツアー賞金王(賞金ランキング1位)招待で通算18回の出場を果たしている。マスターズでの自己最高成績は1973年の8位入賞(スコアは1オーバー、289)。全米オープンでも1989年に6位入賞がある。1995年のマスターズでは、第3ラウンドで当時19歳のアマチュア選手だったタイガー・ウッズと一緒に回ったこともあった。

1996年11月17日ダンロップ・フェニックス選手権3連覇でプロ通算「100勝」を達成。2005年マンダム・ルシード よみうりオープントーナメントで「生涯1000試合出場」の偉業を達成した。(但し腰痛を理由に2日目のラウンドを前に棄権した。)

2005年11月1日、東京地裁民事再生法適用の手続きを申し立てて、破綻していたことが発覚した。ゴルフ場開発の失敗などが理由に挙げられている。50数億円の負債があり、民事再生法適用によって債務は16億円となった。 2006年オフに、ここ数年間悩まされている坐骨神経痛 腰椎分離症の手術を2006年12月14日に受けた。手術後の経過は順調。独特の口調や表情、グランドマナーに対しては賛否両論あり、財界などにアンチも多いが、かつて丸山茂樹が盛んにテレビで物真似をした事もあってゴルフファン以外にも広く知られる事となった。

クラブ

尾崎はクラブに対しても常に今よりも良いものをと求めた。この点では同じクラブを調整しながら長く使った青木とは正反対とも言える。

ドライバー

  • パワービルト : 1971年から1978年
  • ホンマ コレクト :1970年代後半から1980年代前半
  • マグレガー・ターニーM85  : 1983年
  • テーラーメイド ツアープリファード : 1987年
  • ブリヂストン Jumbo
  • ブリヂストン J's Professional Weapon
  • ブリヂストン J's Professional Secret Weapon JB model R
  • ブリヂストン J's World Stage Metal
  • ブリヂストン J's World Stage Titanium
  • ワールドワン O'ja
  • TMJ JO-33A
  • TMJ ミサイラー
  • PRGR TR-X
  • PRGR TR-X DUO
  • キャスコ

アイアン

  • パワービルト サイテーション
  • ベンホーガン パーソナル
  • ブリヂストン Jumbo MTNⅢ :1983年
  • ブリヂストン Jumbo MTNⅢ Limited Edition : 1984年
  • ブリヂストン Jumbo MTNⅢ PRO MODEL : 1988年
  • ブリヂストン J's Classical Edition : 1992年
  • ブリヂストン J's Professional Weapon : 1992年
  • ブリヂストン J's Professional Secret Weapon : 1994年
  • ブリヂストン J's Titanium Muscle Back : 1996年
  • ブリヂストン J's King's Spirit : 1997年
  • ワールドワン O'ja 2001
  • TMJ ミレニアム
  • TMJ ミサイラー
  • PRGR
  • GMA ロイヤルスター

アイアンの型番として長く使われたMTNⅢであるが、これは「M:将司 T:健夫 N:直道 Ⅲ:三兄弟」から取られたのは有名である。この頃のマークもJマークを3つ重ねた(Jumbo、Jet、Joeの頭文字)ものとなっている。次に使われたJ'sのマークは、中心のJ'sを囲む三角形が三兄弟を現したものとされている。

尾崎はクラブに対する造詣も深く、P/S、ウェッジのフェース面ノンメッキ、アイアンでのカーボンシャフトパター上部の白いサイトラインなどを積極的に取り入れた。特にJumbo MTNⅢ PRO MODELと共にスランプからの復活を遂げたために発売と共にプロアマ問わず人気となり、この頃の他社製アイアンにも最低1機種はMTNⅢに似た製品が見受けられたものである。ブリヂストン時代はグラファイトデザイン社製のカーボンシャフトを愛用した。HM-70及びHM-80 9002、HM-80 9003などである。

ジャンボ軍団

尾崎はプロデビュー後、自身や兄弟、飯合肇など同志の後輩らとジャンボ軍団を結成。合同自主トレを開催し、多くのプロゴルファーがジャンボ軍団の門を叩いた。非常に体格が良いので、一時期格闘家になろうと思ったこともあった。

また、プロ野球選手にも門戸を開放しており、鈴木健らはジャンボ軍団と一緒に自主トレを行っている。

現在のメンバー

  • 尾崎将司(ジャンボ)
  • 尾崎健夫(ジェット)
  • 尾崎直道(ジョー)
  • 飯合肇
  • 川岸良兼
  • 小山内護
  • 尾崎智春(ジャンボの実息)
  •  石川 遼

過去のメンバー

その他

歌が上手なことでも知られ、歌手としてのアルバムも『On The Green』や『Summer Love』(1987年)がある。

関連項目

外部リンク

先代:
イチロー
日本プロスポーツ大賞受賞者
1996年
次代:
中田英寿

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