尾道市 とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋尾道市 出典: 『はてなダイアリー』 関連商品
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尾道市(おのみちし)は、広島県の南東部、山陽地方のほぼ中南部に位置する都市である。
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岡山市と広島市の丁度中間に位置しており、この付近は両地域文化などの「緩衝地帯」となっている。瀬戸内海(対岸の向島との間はその狭さから尾道水道と呼ばれる)に面し、古くから海運によって栄え、かつては海産物の集散地として繁栄し、昭和40年代初頭までは広島県東部・備後地方で商業的にもっとも栄えた都市であった。
しかし、この頃から工業都市化で急速に発展した東隣の福山市にトップの地位を譲ったものの、現在も備後地方の中心都市の一つである。
1999年5月のしまなみ海道の開通によって四国の今治市と結ばれ、「瀬戸内の十字路」として交通の要衝としての地位を上げつつある。現在建設中の高速道路中国横断自動車道(尾道松江線)も開通すると、一層拠点性の向上が見込まれる。
又、「坂の街」「文学の街」「映画の街」として全国的に有名である。文学面では林芙美子、志賀直哉などが居を構え、尾道を舞台とした作品を発表した。映画では小津安二郎監督の「東京物語」が尾道で撮影され、大林宣彦監督の尾道三部作「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」は、若い世代にこの町を有名にした。
平成の大合併では、2005年に御調郡御調町と向島町、2006年初めに、因島市と豊田郡瀬戸田町を編入した。
市内中心部は東西に国道2号、南北に国道184号及び長江通りと栗原本通りに沿って市街地が形成されている。尾道駅の東側には国道2号線に平行して、古くからの商店などが立ち並ぶが閉店しているものも多い。国道以外の道路は狭隘なものが多く、周辺は北側は山・南側は即海である為平地が少なく山肌に住宅や寺が密集している。このような地勢が「坂の街」と言われる所以であり、映画のロケ地として多く使われた。尾道駅から西も同じく山手まで住宅が密集しているものの、尾道的景観からは外れているので高層マンションも立つ。また山頂を切り崩したところにはバイパスに直結したニュータウンがあり整備されている。新尾道駅北方の峠を超えると徐々に山あいに田園風景の広がる農村地帯に入り、海に近い市内中心部とは一線を画す。
市内東部は干拓により造られた平地で、沿岸には卸売・工業団地、倉庫が立地している。東尾道駅周辺には分譲マンション、賃貸アパートや戸建住宅、そして郊外型量販店等や芝生の公園、堤防下の並木などがある。都市化が進んでおり、隣接する福山市松永地区とは連続的な街並みを形成しており、市内中心部の雰囲気とはまるで異なる。福山・三原へは等距離の位置にあることから交通のアクセスが良く、福山と三原を結ぶバイパスを通って山陽自動車道やしまなみ海道へと行きやすい。
向島地区は北岸に平地が多く、その為島の中心部は北岸、即ち尾道中心部と尾道水道を挟んだ対岸にある。一帯には造船所などの工場団地や港湾があり、クレーンなどが見える。また住宅も密集しているため本土・向島往復のフェリーがあり、中心部とともに尾道を演出している。一方の南岸は高見山など山の斜面が海にまで達してる為平地は少ない。尾道で海水浴場があるのも島の南岸である。
東側の松永湾を挟んだ対岸の沼隈半島とも古くから結びつきが強く尾道市の飛び地(浦崎町)が存在している。
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| 尾道市と全国の年齢別人口分布図(比較) | 尾道市の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
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■紫色は尾道市
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
江戸時代、現在の市域の北西部(旧御調郡)が安芸広島藩領、東部(旧沼隈郡)が備後福山藩領であった。領地の境に建てられた備後福山藩の「番所」や、方角を示す石碑等が現存している。(尾道ふくしむら付近・防地峠)
尾道地区は戦火を免れたため、西の小京都と呼ばれるほど多くの大小の寺が今もなお点在している。島嶼部は海や植物等の自然に関するレジャー施設が点在する。
旧来より北前船が寄港するなど港町・商都として栄え、戦前までは広島市に匹敵する程の経済力を持っていたと言われて、銀行の本店や企業の支店なども存在していた。また水運に恵まれている立地から古くから尾道・向島・因島に造船所が存在し商都のみならず工業都市の一面も持っており、特に因島は造船景気で栄えていた。しかし、近年は造船業の斜陽化により衰退の一途を辿りつつも新たに「瀬戸内の十字路」として交通条件の良さを利用し、工業団地の造成により他産業の誘致を進めている。
現在の主な産業としては下記のものが挙げられる。
尾道市内に事業所があるものを記載する。
その他
※1964年(昭和39年)までは、尾道駅より御調郡御調町(2005年に尾道市に編入)の市駅まで尾道鉄道(現在の中国バスの前身)と呼ばれる私鉄も運行されていた。
停留所は主なものを示す。
(観光の節も参照)
小学校以上を記載する。
(御調地区…3校)
(尾道地区…20校)
(向島地区…3校)
(因島地区…6校)