山崎 邦正(やまさき ほうせい、本名同じ、1968年2月15日-)は、兵庫県西宮市出身のお笑いタレント。所属事務所は吉本興業。NSC6期生。血液型O型。身長166cm。既婚で娘が二人いる。兵庫県立西宮南高等学校卒業。現在は芸能活動の傍ら、立正大学心理学部在学中。現在は院生。
愛称は、「山ちゃん」「ほうせい」(主に先輩芸人が使用)、「ザキさん」(提案者とされる加藤浩次を始めとした後輩が主に使用)、「邦正さん」とも呼ばれる。
プロフィール
名前の読みは「やまさき」だが、「やまざき」と呼ばれることが多い。デビュー以来、本人は若干そのことを気にしていたらしく、以前は「やまざき」と呼ばれる度に「やまさきです」と訂正していた。「学級王ヤマザキ」の主題歌に歌手として起用された(後述)事をきっかけに、表面上はあまり気にしなくなった様子。 また本名の読み方は芸名と同じ「ほうせい」である。
芸風・性格として、虚勢を張った大きな叫び声など、テンションを急速に上げることができる。その割に些細なことで驚くことから先輩芸人達から「ヘタレ」と呼ばれ、劣等感からそれを返上しようとピアノなどを始めたといわれる。近年はヘタレのみならず、ウケるためには「ヨゴレ」も辞さない芸風になっている。それにより、多くのタレント・芸人・著名人から煙たがられる。ただし、これらはあくまで舞台上のみであり、プライベートでの関係が悪い訳ではないと思われる。そんな山崎の違う一面が見られるのは、吉本のお家元である関西での活動である。関西出演の番組においては、パーソナリティーや番組ナンバー2のポジションとして、的確な突込み・イジリ・コメント等、先輩芸人らしい姿勢で番組を構成している。後述の「他のTV番組」も参照の事。
デビュー当初はその可愛らしいルックスからアイドル的な人気を誇っていたが、年齢を重ねるごとに本来のヘタレキャラがクローズアップされていく事となる。元来フリートークも得意とは言えず、漫才出身でありながら近年ではどちらかというとリアクション芸人に近い、もしくはリアクション芸人そのものと思しき芸風を持つようになったとの見方も多い。
趣味は作曲、パソコンと多岐にわたり、番組でも音楽プロデュースをしている。 物真似にも果敢に挑戦しており、浜田省吾などのモノマネは評価は高い。新しい芸を産み出そうとする一方、後輩の成長をやっかむ事もある。
将来やきそばの店を出す事を目標としている。
スベリ芸
デビュー当時はアイドル芸人的な売り方だったが、後にその勝負弱さを生かしたスベリ芸を開拓。ギャグが不発に終わる際の痛々しさ、滑稽さを楽しむという特殊な芸風である。一歩間違えばただの嫌われ者になるため、演者にはある程度の愛嬌ないしバランス感覚が要求される。
こういった芸風は無様な状態でこそ真価を発揮するため、ネタとしてネガティブな扱いを受けることが多い。最初からつまらない芸人として扱われる、急に無理なアドリブを要求される、不必要な暴力を振るわれる、後輩や素人から蔑まれる、等々。
このような扱いにより、「山崎は本当に軽んじられている/才能がない」と見る者も多く、またスベリ芸自体も「スベっているだけのつまらない芸」と額面どおりに捉えられることがほとんどである。 さらに、その楽しみ方を知る者も、「つまらない」「ひどい」「寒い」などとあえて罵倒語を用いて評価することが多い。これは、スベリ芸はスベってこその芸であり、面白いと認められてしまえば成立しなくなるためである。このメタ構造的な要素を含む微妙な立ち位置が、山崎という芸人の評価を非常に難しい物にしている。
なお、村上ショージやたむらけんじなども同様の芸風であり、この芸風自体は珍しいものではないが、山崎はアイドルから転じたという点で特筆される。
略歴
1988年 軌保博光と「GSX(ガスペケ)」を結成し、デビューする。
1989年 コンビ名を「TEAM-0」に改名。 後に初のレギュラー出演番組となる『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』に出演。
1991年 第12回ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞を受賞。
1992年 「TEAM-0」解散。ピン芸人として活動を開始する。
1998年 『天才てれびくん』にてリサ・ステッグマイヤーとともにの司会を務める。 テレビ東京系で放送されていたアニメーション『学級王ヤマザキ』の主題歌『ヤマザキ一番!』を歌い、CD化され5万枚[1]の売上を記録。
2001年 11歳年下の一般女性との結婚を発表。結婚式の模様は『ガキの使い』内で放送された。
2002年 ヨシモトファンダンゴTVで放送された番組『邦正音楽工房』から女性アイドルデュオ「AiAi」をデビューさせる。
2004年 バイクの盗難事件に遭う。
2005年 TOKYO FMで芸能生活17周年を記念して、3時間の生特番が放送された。 『M-1グランプリ2005』にカンニングの竹山隆範と漫才コンビ「竹山崎」を結成し参戦。予選三回戦で敗退。作家の中村うさぎとの共著『うさぎ・邦正の人生バラ色相談所―苦悩の泥沼にハマッてしまった人へ』を出版。
2006年 『M-1グランプリ2006』にカンニングの竹山隆範との漫才コンビ「竹山崎」にたむらけんじをメンバーに加え「たむらけんじと竹山崎」として参戦。予選三回戦で敗退。 生殖器の海綿体が硬質化する「ペロニー病」を患う。現在は完治の方向へとむかっている。
2007年 村田あゆみのセカンドアルバム「Happy Candy」の中の「Birthday」と「伝説の狼」の作詞と作曲を行う。胃腸炎を患い約三週間の入院後、復帰。
2008年 正月特番として初の冠番組『祝 山崎邦正20周年 ホンマは正月よりもめでたいでぇ!』が関西テレビにて放送される。自身初の写真集&エッセー「奇跡」を出版。
意外な才能と向学心の噂
- 大学進学を志した大きな動機として、自身が後輩芸人雨上がり決死隊や声優の堀江由衣、福井裕佳梨、グラビアアイドルの小池栄子等と共に2000年度第7期からパーソナリティーを務めたMBSラジオ『オレたちやってまーす』木曜日内のクイズコーナーを挙げており、この時「学校の勉強もクイズと一緒だ」と思った事から。実際に番組内において受験するも結果は不合格で、その様子は録音されラジオ内でも流された。
- 『ヤマザキ一番!』を歌った時はわざと勢いだけで歌っており、実は歌は上手い。『天才てれびくん』でカルチャー・クラブの『カーマは気まぐれ』をカバーした時や、ものまね番組など、歌唱力について高評価を受けている場面は多くある。
- ピアノが弾ける。腕前は決して良いとは言えないが、ショパンの「別れの曲」(弾きやすいハ長調に直されていたが)など、難易度の高い曲も弾きこなしている。
- 英会話教室に一年ほど通っていた。
- 山崎卓球部を設立。公民館を中心に、純粋に単純に卓球を楽しむというクラブ。部員は主に後輩芸人。
エピソード
- 幼少時は、親から怒られると泣き喚めきひきつけを起こす子供だった。そのため、裕福でもないのに欲しいものは全て買ってもらっていた。場合によっては、ひきつけを起こしたフリをして親を困らせ強請る事もあった。
- 中学時代のあだ名は「ジャガイモ」だった。その理由は頭蓋骨の形がデコボコしてたからという理由と、ポテトチップスばっかり食べていたからというものがある(いずれも本人談)。現在もポテトチップスは間食として欠かせず、特に「うすしお味」を好む。
- 中学時代は剣道部で、本人曰く主将で大会では常に優勝候補だった。ただし、勝負弱く優勝経験はない。
- 高校時代女性にモテていたらしく、高校のミスターに3年連続選ばれた。
- 大学受験に失敗し浪人することになるが、入ろうとした予備校に全て落ちる。その後の大学受験も失敗。
- 吉本の東京本社所属タレント第1号である。(「TEAM-0」時代)
- デビュー当時は可愛らしい童顔をしており、バレンタインデーにはチョコレートがダンボールで十五箱分届き、吉本関係者を驚かせた。しかし、その一年後にはヘタレキャラが露呈したためチョコレートは巾着二個分に激減した。ショックを受けかなり落ち込んだが、最終的には「あの子達はみんな事故で亡くなったんだ」と自分に言い聞かせることで心を落ち着かせた。
- 「ヤマザキ一番!」をカラオケで歌うと、持ち歌なのに喉が枯れるらしい。
- 一時期、唐突にパーマをあて、髪型をアフロ状にしイメージチェンジを図ったが事があるが、程なくして元に戻した。
- オナニーのスタイルが、世の一般的な男性のそれとは異なり、亀頭の部分を上からダイアル式に廻し撫でるといった個性的な物であると公言している。独特なオナニーのしすぎで中指にオナニーダコができてしまっているらしく、そのおかげで余計快感が増した。
- 2000年9月から2003年8月にかけてテレビCMやドラマにもなった「明日があるさ」シリーズには、ガキの使いメンバーでは唯一山崎邦正だけが連続で出演をしていない。当初山崎には出演者達が勤める会社の『清掃員』という役柄が設定されていたが、後輩のココリコが「社員」役なのに対し自分が「清掃員」というキャスティングが気に入らず、当時レコーディングしていた「学級王ヤマザキ」の主題歌作りを理由に出演を断った。後にこのシリーズがドラマ化すると『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』内において上記エピソードの告白とともに、出演拒否を後悔したと吐露した。
しかし、そのドラマの中で『ガキの使い』のロケを浜田が道端で遭遇するシーンでは実際の山崎役として出演している(浜田役は全くの別人。浜田が話しかけるとタバコを投げられる)。
- 2006年に生殖器の海綿体が硬質化する「ペロニー病」なる奇病にかかる。数万人に1人の確率で発症し、確かな原因や治療方法もわかっていない難病であるため、医者からは性行為を自粛するように命じられていたが、山崎がオナニーを控える事は無かった。一方で深刻に悩んでいたのも事実で、生殖器を除去しようと本気で考え、除去後は『美輪明宏さんのようにカチューシャを付けてシャンソンを歌いたい』と語っていた。現在は完治の方向へとむかっている。
- 2006年頃「僕は将来落語家になろうと思う」と松本人志に持ちかけていた。また2007年には「後15年でセミリタイアするんですよ。それで沖縄に住む」と松本に話している。(ラジオより)
- 腹部がぽっちゃりしており、松本人志から「キユーピーマヨネーズか」、高須光聖からは「カマキリのような腹」、「芸人として理想的な体型」と言われた。「この腹を見ろ!」というギャグでそれを売りにするような素振りも見せた。ダイエットを試みた時期もあったが、ほどなくして断念している。だが、2007年末に胃腸炎を患い入院した際に体重が9kg減り、図らずもややスマートな体型となった。が、最近また戻り始めている。
- 2007年11月、胃腸炎を患い入院。検査の過程で腹膜炎の疑いもあるとの事で、入院期間は延長された。その間のレギュラーやゲスト出演が決まっていた番組は欠席し、ほっしゃん。などの代役が立てられた。約三週間の入院後、12月上旬頃より復帰。見舞いに訪れたのは、後輩芸人のペナルティのヒデ・ワッキー、ほっしゃん。の三人だった。
- 山崎の大ファンであり、親交の深いポルノグラフィティの岡野昭仁からは「ダウンタウンに次ぐ天才芸人」と称されている。
- 口腔内の唾液腺(耳下腺)から唾液を前方または左右に勢いよく自在に飛ばせるという特技を持つ。これを『水芸』と称し度々披露している。
- 吉本興業が開催した、史上最大のお笑いフェスタLIVE STAND 07で今田耕司と雨上がり決死隊に芸歴20周年を祝ってもらい、観客に「芸能界に入って分かったことは、ゴボウはただの木でした!!」と、涙して語る。
- 浜田省吾、尾崎豊の歌真似のレベルは高く、ものまね番組に出演した際に笑いの要素を一切無しで尾崎豊を歌い上げ、喝采を浴びた。尾崎豊の物真似は似ていなかったり、笑いを交えたネタでは尾崎豊のファンからの批判が大きい為、テレビ番組で尾崎豊の真似を披露するタレントは非常に少ない。その意味でも、物真似の評価が高いと言える。ちなみに、福山雅治の物真似をした際も高評価を得た。しかし、歌以外のフリートークではやはりいじられてばかりいた。
- デビューから数年は『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』のネット放送を読売テレビが暫く行っていなかった事もあり、いわゆるダウンタウンファミリーの芸人でありながら関西方面での一般層の認知度が比較的低かったが、昨今は関西ローカルのレギュラーも増え、地元でも確実にそのキャラクターが定着している。
- 非常に家庭思いのアットホームパパであり、松本人志や後輩芸人と共に行った旅行先でも一日に何度もテレビ電話(ウェブ電話と思われる)で家族と話をする。嫁が実家の石川県に子供を連れて帰省すると、一人で眠るのが怖くてテレビをつけたまま寝ている。(放送室 (ラジオ番組)より)
- 愛妻家であり、嫁の天然ぶりはダウンタウンを始め様々な人物に語られている。『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』内の企画に一度だけ出演経験がある。
- ハリセンボンが知名度を上げだした頃、嫁が山崎に「あの太ってるほうの人が(近藤春菜)うちの幼稚園にいた」と話し、最初は山崎も懐疑的だったが結局その話を信じ、当初後輩の近藤に対して敬語で話しかけていた。(「放送室」より)
『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』
- 第2回から出演。
- 「山崎vsモリマン」「さよなら山崎邦正」などの人気企画を持つ。毎回“これが最終決戦”という触れ込みである「山崎vsモリマン」には「絶対に続編を」という視聴者からの要望が、毎年放送される「さよなら山崎邦正」には「本当にやめろ」という悪乗りした視聴者からの声が挙がる。
- 「黒人にレイプされる」と言うドッキリ企画が行われたが、笑えない映像となってしまった事や、人種差別に取られかねないなどの問題で、現在では総集編などでもこの映像が使われる事は無い(『松本紳助』より)
- 1997年、『ガキの使い』内で“自分が1人でトークをすれば視聴率20%を取れる”と豪語したが、収録ではトークが続かずスタジオから逃走する。番組冒頭(ダウンタウン出演部)で20%超だった視聴率も山崎のトークが始まるとなだらかに下降し、20%を超える事は無かった。(最高19.9%、平均19.2%)。罰ゲームとして「スカイダイビング丸坊主」が執行された。坊主頭になりトーク収録時の観客一人一人の家を訪ねて菓子折りを手渡しして謝罪した。
『ボキャブラ天国』
- タモリのSuperボキャブラ天国内のコーナー「ボキャブラ発表会 ザ・ヒットパレード」に1回目から出演。
- キャッチフレーズは当初『1000のあいさつを持つ男』だったが、中期から『リトルパンチドランカー』に変更された。
- オチだけでなく冒頭の挨拶でもボキャブラを披露するというスタイルを最初から最後まで貫いた。
- 第3回目(3回連続出演)のヒットパレードでは「前回のイチバン」だったフォークダンスDE成子坂や初登場の爆笑問題、×-GUN(現・丁半コロコロ)を抑えて第1位に輝くも、その後は「カス」もしくは下位になる事が多くなり、2度と1位に輝く事は無かった。
- ヒットパレード後期からはルール変更に伴い過去の成績が乏しくなかったり出演が滞っていた芸人は「めざせ君」という扱いになったが、それまで登場した全68組から選ばれた13組の「レギュラー」の地位に留まる事が出来た。なお、この後のシリーズ「タモリの超ボキャブラ天国」には出演していない。
- 収録中のスタジオに乱入した事もある。そこで「挨拶ボキャブラ10連発」を披露して、そのまま客席に陣取る。その後「夜のボキャ天」では、ついにヒロミの横に陣取りネタの面白さに関わらず、ヒロミの大玉ボタンを勝手に押しまくってヒロミに怒られている。
『天才てれびくん』
- それまで同番組では大人の司会者は子供達をサポートし指揮していく立場にあったのだが、山崎だけは例外であり、ほぼ一貫してへたれキャラで通し、子供達からもイジられたりオチ的役割にされる事も多く、その分子供達がしっかりしていく反面教師的な面が見られた。加えてその親しみやすい雰囲気や子供達と距離を置かない接し方は、子供達が萎縮し構える事無く個性を存分に発揮できる環境を提供し、番組の雰囲気を非常に良いものとした。
- 当時子役として共演していたウエンツ瑛士と隅田川の花火大会へ行った時、芸能界を辞めようとしていたウエンツ瑛士は、山崎の「結婚することになってん。嫁のお腹に子供がおるんやけど、ウエンツは俺の息子みたいなもんやから、子供が生まれたらお前の妹ができるな」という言葉を聞いて感動し、再び芸能界で頑張る気になったという。
『なるトモ』
- 番組内で日清食品と番組のコラボレーションとしてオリジナルの即席カップめんを作るという企画があり、その中の一種『なるトモ!焼きそば』の内容考案に携わった。商品ラベルには陣内やなるみの隅に小さく山崎の姿も描かれている。
- 月曜レギュラーメンバーからチーム邦正というグループを結成した。メンバーはメッセンジャー黒田、陣内智則の3人である。
- チーム邦正のロケ中におみくじを引いた際、共演した陣内智則が「小吉」をメッセンジャー黒田が「大吉」を引いた後に「大凶」が期待されたが、「平(へい)」と言うよくわからない結果となった。
他のテレビ番組
- 包茎手術の療養の為にレギュラー出演していた『なりたぁ~い!』を一回休んだ事がある。
- 「ガキの使い」以外のレギュラー番組にはネクタイなしのスーツ姿のファッションで出演する事が多い。
- 『お笑いワイドショー マルコポロリ!』では、芸人リポーターとして隔週レギュラー出演。司会の東野幸治を除き、他の出演者は吉本興業の後輩芸人達が多数を占める為、ここではヘタレキャラというよりも、東野に次ぐ番組ナンバー2のポジション(芸人リポーターキャプテン)で、積極的にツッコミやいじり役に廻るという珍しい姿を観る事が出来る。
- 名古屋の神社で番組収録をした際、一緒にロケをしていた雨上がり決死隊が「大吉」「中吉」のおみくじを引き、流れとして「大凶」のおみくじを引くことが期待されたが、実際に引いたのは印刷ミスが原因と思われる何も書かれていない白紙だったことがある。
- テレビ東京の「ド短期ツメコミ教育!豪腕!コーチング!!」内の「芸能人こそ東大へ行け!」プロジェクトで東京大学を目指したが、センター試験の受験科目を間違えて、無資格で終わる。
- めちゃ×2イケてるッ!の企画で、2004年に放送された27時間テレビ内の「ザ・ココイチテン!」に山崎が出演した際、自信満々に披露した浜田省吾のモノマネを周りの後輩芸人やめちゃイケメンバーらに批判され、山崎が画面ドアップで逆ギレしたところが、同番組での27時間中の最低視聴率をマークしたシーンだったことを告げられ、翌日の産経新聞に謝罪文を掲載した。
- 2005年9月21日『笑っていいとも』のテレフォンショッキングのゲストとして出演した際、作家の中村うさぎとの共著で人生悩み相談本を出版したことから、タモリに「何か悩みタモリさん言うてください」と言ったところ、突然観客の男が「タモリさん、いいともが年内終了するって本当なんですか?」と話し掛け出した。山崎はすかさず立ち上がって「ちょっと待ってください!ものすごいびっくりしてんけど!何?いいとも年内終了!?」と突然の出来事に慌てふためいた。タモリは冷静に「いや聞いてないですよ。違うんじゃないですか?」と返答。しかし男は同じ質問を繰り返し、客席は異様なムードに包まれた。客席の男性がスタッフに退席させられると、タモリは山崎に「お前が連れてきたんだろう!」と言い放ち、山崎が「連れてきてないですよ!」と言うと、タモリに「連れてこなくてもお前が来るから変なやつが一緒に来るんだよ!」、「お前が(変な人を)呼び寄せるオーラがあるんだよ!」などと突っ込まれた。さらにタモリが「CMがあけたらあそこ(客席)にクマのぬいぐるみが座ってます。」と冗談まじりに言い、さらに「(コーナーがむちゃくちゃになって)どうしてくれんだよ!」と山崎を責め立てると、山崎が「どうしてくれんだよって、僕が言いたいですよ!(テレフォンショッキング)初登場で楽しみにしてたのに。」と言うと、このタイミングでCMへいくことになり「えーっ!なんやねん!」と絶叫。そしてCM明け、本当に客席に置かれたクマのぬいぐるみが映し出されると「クマが…クマが座ってた!(笑)」と山崎とタモリは爆笑した。(番組側の説明によると、実際の所はこのままでは番組の進行にも支障をきたすと思われた為、男に理解してもらったうえ退席という処置をとったとの事)
持ちギャグ
- 『マー!』(最初期のギャグ。最初に『マーやります』と断ってから披露するため、鉄板でスベる)
- 『きぇ~』(娘が考案。たむらけんじのギャグ『ちゃ~』に対抗して使用)
- 『イエィ・イエィ・イエィ~!』(松本人志が使用した事で一時期ブームになり、当時は松本のギャグとして認知されてしまっていた)
- 『おしりおしりー!』(元は雨上がり決死隊宮迫博之のギャグ。ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!のコーナー「山崎邦正スケールが小さい裁判」によると、ウンナンの炎のチャレンジャーのコーナー「コミカルヒャックマン」において、宮迫が「小学生に受けるギャグ」としてこれを即興で行い、見事に爆笑を受けていたシーンを見た山崎が、天才てれびくんでこのギャグを宮迫に無断で使用、さらにその放送を宮迫に見せながら「このギャグよこせ」と迫り、仕方なく宮迫はこのギャグを封印。事後承諾の形で山崎のギャグとなったという経緯があったとされる)
- 『やーーーン!!』
- 『この腹を見ろ!!』
- 『よっしゃ、こー! オッケ、カーム!』
- 『関~係~ないから~ 関係ないから~』(小島よしおの「そんなの関係ねぇ!」から台詞を、永井佑一郎のギャグ[1]からリズムを使用するというダブルパクリである。両腕を上に振り上げる振りは一応オリジナルだが、まだ自分の中でも固まっていないらしく、披露される度に微妙にアクションの違いがある。後に上記の『おしりおしりー!』と同じくガキの使いでの「山崎コソ泥裁判!!」において小島らによりパクリであることが暴露された。結果、有罪となった山崎は罰(蝶野正洋からのビンタ)を受け、この『関~係~ないから~』を含む多くのネタを封印させられた。ただ、封印された後も2008年3月31日のHEY!HEY!HEY!生放送3時間スペシャルにゲスト出演した際、大トリの郷ひろみの『GOLDFINGER '99』演奏中に番組に登場したアーティストがバックでダンスをしたり手拍子でリズムをしているのに交じって山崎がこのギャクをしていた。また番組の最後には共演者や観客と一緒に声を出して『関~係~ないから~ 関係ないから~』っとギャグをしていた。
- 『山ちゃん、やったじゃああ~~ん』(雨上がり決死隊の「アメトーク」で初披露)
- 『ぼくは、ハネムーンベイビーやね~ん!!』
- MBSラジオ『オレたちやってまーす』木曜日内において募集したリスナー発信のギャグ
- 『タレントオーラ出まくり、山崎邦正です!』(様々な番組にて登場時)
- 『みゅう?』(テレビ東京系列スキヤキ!!ロンドンブーツ大作戦内)
- 『怒った! 怒った! 怒った、ゾーウの鼻でチョン!』(フジテレビ系列めちゃイケてるッ!内)
- (囁くように)『まいまい、ままーい、まーい、まい。まいまい、ままーい、まーい、まい。山崎ぷーにゃん、山崎ぷーにゃん、明日朝早いから早くジャージに着替えて寝んとあかんわ。 まいまい…(以下繰り返し)』(フジテレビ系列めちゃ²イケてるッ! 内)
- 『いーとー巻き巻きいーとー巻き巻き、巻いて巻いてー…チキンラーメンどーんぶり!!』(2008年現在もしばしば使われている。しかし本来前半と後半は『いーとー巻き巻きいーとー巻き巻き、巻いて巻いてー…ウルトラソウルッ!!』と『のこったのこった!のこったのこった!はっけよ~い…チキンラーメンどーんぶり!!』という全く別のギャグであった。本人の考えで融合させたのか記憶が曖昧だったのか定かではないが、もとの2つよりもウケなくなっている。なお笑いこそしないが嫁が最も好きなギャグである。)
レギュラー出演番組
映画
CM
過去の出演番組
テレビ
ラジオ
ドラマ
オリジナルビデオ
出版物
関連の項目・人物
脚注
- ^ 2003年4月25日にテレビ東京系列で放送された『最高!ブギウギナイト』での本人発言。
外部リンク

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