川口市 とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋川口市 出典: 『はてなダイアリー』 関連商品
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川口市(かわぐちし)は、埼玉県南東部の荒川北岸にある人口約50万人の市である。埼玉県内ではさいたま市に次いで2番目に、特例市としては日本で最も多い人口を擁する。
目次 |
荒川を隔てて東京都と接しており、東京に通勤・通学するいわゆる「埼玉都民」が多く、市内の広範に住宅地が広がる。
川口における市街の形成は、江戸時代に日光御成街道の宿場がおかれていた川口宿(現:本町一丁目周辺)に端を発する。近代以降は、中心部において既に地場産業として成立をみていた鋳物工業が、旧川口宿の東側・北東側を中心に集積・拡大をみせ、川口は工業都市としての発展をみた。その一方、東京の都市域の拡大に伴い、宅地化も急速に進展した。近年、鋳物工場は新郷地区等への移転や廃業に伴い、川口市中心部では往事に比べて大幅に減少しており、今ではほとんどその姿は見られない。このような鋳物工場の跡地の多くでは、その後集合住宅をはじめとする中高層の建築物が建てられており、街の風景は大きな変容を見せている。
2002年(平成14年)、隣接する鳩ヶ谷市・蕨市との間に市町村合併に関する任意協議会がおかれ、合併の構想が進められてきた(翌年には法定協議会を設置)。しかし、2004年(平成16年)に新市名を「武南市」とする決議が合併協議会で可決されると、事前に行った市名公募のアンケートにおいて1位となった「川口市」の名称が使用されないことなどを理由に、川口市が協議会の離脱を表明し、合併協議会も解散に至った。鳩ヶ谷市が合併協議会解散後に行った「合併に関する全世帯意向調査」で、「川口市との合併」が過半数に達し、編入合併についても3割以上の賛成があり、川口市に改めて合併協議を申し入れたが、川口市は時期尚早であるとした。
1995年に当時の浦和市(現・さいたま市)にその座を譲るまで、埼玉県内で最多の人口を擁していた。また2006年10月26日には、住民基本台帳と外国人登録に基づく登録人口が50万人を突破した。
埼玉県の「中央地域」と呼ばれる県南東部JR京浜東北線・高崎線沿線地域(旧北足立郡地域)のうち、南端に位置する市の1つ。
北をさいたま市、西を蕨市と戸田市、東を越谷市と草加市、南東を東京都足立区にそれぞれ接し、南西は荒川を隔てて東京都北区と接する。そして鳩ヶ谷市をほぼ取り囲んでいることから、川口市域は馬蹄形の形状になっている。
東部地区(戸塚、神根、安行、新郷など)は大宮台地鳩ヶ谷支台が南北に走る高台になっているが、それ以外のほとんどの地域は低地である。低地部分は住宅地などの都市的な機能、台地部分は畑・樹木畑など近郊型農地としての土地利用が多い。また、芝川が中央部を縦断するように流れる。
市役所や川口駅のある中心市街地は南西部に位置する。東京都心から10数kmの距離にあり、また東京特別区部に半ば食い込むような位置関係にある市南西部は、戦前の比較的早い時代から都市化が進んだ。このため中央・横曽根・南平柳の各地区及び北部を除く青木地区は、首都圏整備法上の既成市街地としての指定を受けている。
| 川口市と全国の年齢別人口分布図(比較) | 川口市の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
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■紫色は川口市
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
川口市は工業都市として名高い。中でも最も有名な産業は、映画「キューポラのある街」にも取り上げられたように鋳物工業であるといえよう。
江戸時代に農閑期の副業としてはじまった鋳物工業は、荒川の砂や粘土、消費地江戸への舟運に恵まれて発達した。鍋、釜などの日用品のほか、幕府や諸藩の大砲や砲弾の鋳造が行なわれていた。幕末の動乱期には、勝海舟の指示により川口の鋳物で大砲が製造されている。明治維新後は永瀬庄吉ら先覚者の技術改良や日清、日露戦争、第一次世界大戦による好況に支えられ、(旧)川口町(現川口駅南東側一帯)は県下最大の工業都市に発展した。その後昭和恐慌によって打撃を受けたが、第二次世界大戦後いち早く民需に切り換えて復活、全国有数の鋳物の街となった。この川口の鋳物の工場街は、女優の吉永小百合をヒットさせた映画『キューポラのある街』(1962年公開)の舞台ともなった。
しかし大半が従業員30人未満の中小企業である鋳物業者は、京浜工業地帯の大企業の下請生産が多いため不況の影響を受けやすいという弱みがあった。また東京に近いことから1960年代以降は急激に都市化が進み、地盤沈下や騒音などの公害がひどくなったため、1965年以後、市街地からの工場の計画的移転が実施されるに至った。1971年までに川口駅近くに点在していた鋳物工場の多くは新郷地区などの郊外工業団地へ移った。駅西口にあった旧工業技術院公害資源研究所は茨城県つくば市に移転し、現在は産業技術総合研究所の一部門を形成している。
さらに1970年代以降、鋳物工場の跡地にマンションが建設される傾向が続いている。このような工場街一帯は一般に都市計画の用途地域上工業地域や準工業地域といった形態規制の緩い地区に指定されており、より高いマンションが密集して建ちやすいという傾向がある。このため川口駅東口周辺の人口密度は非常に高い。
ほかに芝川近辺では、釣竿にも長い伝統技術が伝えられている。
市東部、安行の植木が有名。低地は殆ど市街地で占められるため、水田は少ない。
首都東京と政令市さいたま市に挟まれている川口市は、ほかに隣接する戸田、蕨、鳩ヶ谷、越谷、草加の各市に依存する面も強く、川口市の形から見る分割された地域の構成が成されているため、人口ほどの商業基盤はみられない。しかし川口駅を中心とする駅前などに商業地域が形成されているほか、主要道路沿いにロードサイド店舗の立地が見られる。大型店舗としては、以下のようなものが挙げられる。なお、川口市街地以外での店では「川口店」などと表記することは珍しく、「川口」の名称と住所名をあわせた表記や、単に住所名か後述の地区名、他市に近い地域ではその他市の地名の名称での表記する場合もあるが、いずれも川口市内に存在する。
2008年現在、姉妹都市・友好都市などの提携はない。
川口駅・川口元郷駅および中心市街地を擁する市南部は、荒川を隔てて東京都に面し、鉄道やバス交通で結ばれていることから、東京都と相互に通勤・通学の人の行き来が多い。駅周辺は超高層マンションが多く、1998年に完成した当時日本一の高層マンションエルザタワー55(55F)を有し、川口駅~川口元郷駅を中心に高層マンションが林立する。
芝地区は蕨駅の最寄りの機能を生かし、蕨駅と直結したような街並みを携える。坂などの地形はなく、平坦であるためほとんどは住宅地で形成されている。 多くの店は産業道路沿いに存在するが、地区内の産業道路以外の主要道路でも住宅地と商店街を混合して形成しているため、蕨駅から離れた位置でも中心市街地並みの街並みを携える。それを象徴するかのように県下最大級のショッピングモールのイオンモール川口キャラ(旧ダイヤモンドシティ・キャラ)はこの地域にある(所在地住所は「前川」)。 蕨駅周辺は川口市と蕨市の境界に近接していることもあり、違法駐輪の自転車が大宮駅に次いで埼玉県内でも特に多い駅とされている。駅周辺に自治体の駐輪スペースはあるが利用率は決して高くない。これは川口市民には川口市内のスペース、蕨市民には蕨市内のスペースしか利用できないことと、蕨駅西口側にあるマンモス団地、都市再生機構(旧住宅都市整備公団川口芝園団地などの影響が大きい。
神根地区は市内の中では最も緑が多く、坂が多い。都市計画上の市街化調整区域はこの地区に集中する。そのため宅地化できず、現在でも多くの畑や植木苗の畑が見られ農業が盛んである。西側の平地の部分は地元向けの商店が立地する。 地区内には川口市立グリーンセンターと川口市立医療センターと新井宿駅、川口ジャンクションが立地する。この地区は面積が広いため、場所によっては東浦和駅・鳩ヶ谷駅の他市の駅を利用する場合が多い。川口市内ではあるが、限られた地域の特性としてはこれら両者(さいたま市・鳩ヶ谷市)の地域に依存している。
安行地区は植木でその名を知らしめている。植木が盛んであり、川口緑化センターなどの植物に関係する施設が多い。また、草加市に接しているため関わりが深く松原団地駅と新田駅を最寄り駅とする地域がある。さらに戸塚安行駅が開業したことにより安行地区に鉄道が通ることとなった。
東川口駅のある戸塚地区は川口市最北端に位置し、南端部に位置する川口駅・川口元郷駅より最も遠い位置にある。昭和50年代に区画整理され、市街地を形成するようになった。市の端部という地理的条件よりさいたま市緑区(旧美園村)・越谷市との関わりが深い。 東川口駅周辺はおおむね坂が多く、坂がないけやき通り沿いに市街地を持つ。けやき通りから離れると住宅街が広がる。 武蔵野線・埼玉高速鉄道線の乗換駅であるため、川口市内では中心市街地に次ぐ交通の便のよさを持つ。
新郷地区は中心部から移住してきた工場の関係で工場などの施設が多い。隣接する草加市との関わりが深い。中心街へ行くには鳩ヶ谷市を越える形になる。 この地区はほかの地区と比べ鉄道が通らないため、バス路線が非常に発達しており、交通は川口駅か草加駅などを利用する。2008年3月開業の東京都交通局日暮里・舎人ライナーにより、隣接地域の足立区舎人の見沼代親水公園駅も利用可能となった。関東広域AMラジオ局の文化放送の送信所がある。
川口駅周辺には準工業地域の用途指定にあたる地区が広がっており建築制限が緩く、工場の跡地など広い土地も容易に確保できたため、多くの高層マンションが建設された。
etc...
概ね旧町村域ごとに、町名・大字名とは別の地区名称が存在する。主にこれは「○○地区」という呼ばれ方をするが、第3次川口市総合計画等、「○○地区」ではなく「○○地域」と表記された文書も存在する。
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(2006年9月1日現在)
:北消防署 :南消防署
市西部を京浜東北線が縦断、北部を武蔵野線が横断する。JRの鉄道路線が共に市域の外周部近くに位置するため、これを補完する路線バス網が発達している。埼玉高速鉄道線の開業によって市域中央部を貫く鉄道路線ができたが、この最寄り地域でも引き続きバスでJR駅を利用する住民は多い。その理由は、JR京浜東北線が大宮駅や赤羽駅での乗り換えに便利であり、山手線と一部同じ区間を通る路線であるために使い勝手がよいこと、埼玉高速鉄道の運賃は高めに設定されていること、また地域によっては隣接する他市の駅が最寄駅になることなどである。蕨駅、南浦和駅、東浦和駅、鳩ヶ谷駅、南鳩ヶ谷駅、松原団地駅、新田駅、草加駅が最寄り駅となる地域がある。日暮里・舎人ライナーの開業により、見沼代親水公園駅なども利用可能となる。
主要道路は中央部を国道122号、東部を首都高速道路川口線がそれぞれ縦断、北部を東京外環自動車道(高架下は国道298号)が横断し、川口ジャンクションでそれら全てと東北自動車道が交わる。荒川を隔てた東京都北区へは、国道122号のみが通じているため、終日渋滞しており、また付近で交通取締を行うことも多い。