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平成教育委員会 とは?

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平成教育委員会』(へいせいきょういくいいんかい)は、1991年10月19日から1997年9月27日まではレギュラー番組として、2000年1月3日からは年数回の特別番組としてフジテレビ系列で放送されている、トークショークイズ番組を兼ねた爆笑“教育バラエティ番組”である。略称は一定しないが「平成教育」とする場合が多い。一部では「平教委(へいきょうい)」とも呼ばれている。

出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』


平成教育委員会はてなダイアリーを別ウィンドウで表示  :  →たけし・逸見の平成教育委員会

出典: 『はてなダイアリー』


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昔のテレビ番組を観ており、懐かしくて購入しました。買ってみての感想は、自動的にセーブされるので安心ですが、いちいち起立・礼を授業する度にするのはちょっとな、と思いました。あれは端折っても良かったのでは・・。それと、問題を解いて行って、正解を言うまでの待ち時間が早送りできるともっと良かったと思います。 全体的には、学習をし直す、と言う意味では、とても良いソフトだと思います。 貴方はどのくらいのレベル、とかランク付けされる訳じゃないし。 純粋に勉強し直したい、と言う人にはもってこいだと思います。 ただ、開発の余地はありますね。 脳を鍛える大人のDSトレーニングも持っていますが、こちらの方が面白かったです。 ネットで体験版を配布して欲しかったな、とは思いますが。  (ayako2home さんのレビュー)

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ウィキペディア(Wikipedia)記事


平成教育委員会
ジャンル バラエティ番組
放送国 日本
制作局 フジテレビ
イースト
企画 ビートたけし(レギュラー番組時代は『北野武』名義)
演出 上川伸廣(総合演出)
(レギュラー末期)
出演者 ビートたけし(『北野武』名義)
逸見政孝(学級委員長)
中井美穂(学級委員)
小島奈津子(初代助手)
高島彩(2代目助手)
ほか
字幕 文字多重放送
(特番時代から)
外部リンク フジテレビ
たけし・逸見の平成教育委員会
放送時間 毎週土曜 19:00 - 19:54(54分)
放送期間 1991年10月19日 - 1994年9月
平成教育委員会(レギュラー)
放送時間 同上
放送期間 1994年10月 - 1997年9月27日
平成教育委員会(特番)
放送時間 下記参照
放送期間 2000年1月3日の特番から

特記事項 :
番組名の変更は学級委員長の逸見の死去に伴う。

平成教育委員会』(へいせいきょういくいいんかい)は、1991年10月19日から1997年9月27日まではレギュラー番組として、2000年1月3日からは年数回の特別番組としてフジテレビ系列で放送されている、トークショークイズ番組を兼ねた爆笑“教育バラエティ番組”である。略称は一定しないが「平成教育」とする場合が多い。一部では「平教委(へいきょうい)」とも呼ばれている。

スタートから1994年9月までは、『たけし・逸見の平成教育委員会』がタイトルであったが、1994年10月より、『平成教育委員会』と改題された。のちに兄弟番組として『平成教育予備校』および『熱血!平成教育学院』がレギュラー化する(後述)。

目次

番組概要

小中学生の勉強する内容を大人達が悪戦苦闘しながら解き、マルチビジョンを用いて答え合わせを行う。理科の授業では直前に実験を行うことも多い。その日の番組終了時には最優秀生徒を決定し、表彰する、というのが番組開始時から続く基本的なスタイル。レギュラーとしては全220回放送され、平均視聴率は16.2%を記録。

予備校日能研が問題作成の協力も行っていた。レギュラー放送では、当初は冒頭30分程度に限りツムラの一社提供で、後半はツムラと森永製菓サンスターなど複数社[1]が、1994年4月からレギュラー回での最終回まではセールス上によりスポンサーが大幅増大したため、ツムラを含め複数社の提供となっていた。

この企画には、番組で先生役を務める北野武の“スランプ期”にも1つの原点があった。不祥事でしばらくメディアに出られなかった北野はようやく復帰したが、やや精彩に欠ける時期があった。北野はここで「基礎から勉強し直そう」と思い立ち、小・中学生が解くようなドリルを使って一所懸命勉強したという。そこで、北野は大人・芸人としての知識や常識と、義務教育で習得し、その後もどこかで役立っているはずの「一般常識の基礎」とのギャップに気づいた。これを事務所やテレビ局に番組原案として出したところ、面白がられて番組が誕生した、というのである[2]

日本PTA全国協議会による、2006年度「子供メディアに関する意識調査」によると、「親が子どもに見せたい番組」第9位。

出演者

司会

  • 先生:北野武
  • 学級委員長:逸見政孝(〜1993年9月。「学級委員長」の名目は永久欠番となる)
  • 学級委員:中井美穂(1993年10月〜1996年10月(ただし、1993年12月までは学級委員長代理、1997年10月は生徒)
  • 臨時学級委員長:須田哲夫
  • 教育実習生:川端健嗣(1994年10月〜1996年10月)
  • 教育実習生:福井謙二(1994年10月〜1996年10月)
  • 初代助手:小島奈津子(1997年1月〜2003年1月)
  • 2代目助手:高島彩(2003年8月〜)
  • 北野先生不在時の代理講師

生徒

ここで記述する『生徒』はスペシャル版以降も出演しており、後述の卒業生はレギュラー版終了時の最終回に出席した生徒及び以降の出演の無い生徒を示す。生徒は、学級委員を含め、男女を問わず全て「○○君」と呼ばれる。SPではその時期に放送されるフジテレビの連続ドラマの出演者が、番組の宣伝を兼ねて出演している。磯野貴理に対し番組中でカンニング疑惑が浮上した為に、全席にカンニング防止のフィルターが貼られることになった。

卒業生

ラサール・辰巳・田中は正解率が高く、とくに辰巳はパーフェクトを達成することもあった。逆に渡嘉敷と岡本夏生は珍解答を続出していた。レギュラー時代中期では寿美・ラサール・田代の3人が班長を務めるグループ戦にもなった。

ナレーション

レギュラー番組期の内容

『たけし・逸見』時代

初期の『たけし・逸見』時代には、「学級委員長」役の逸見政孝も問題に解答者として参加していた。つまり、各教科の例題などでは、北野先生と共に例題問題解説などの進行を務め、本問に移ると自席に戻り、自席にある「ただいま考え中」の札を上げて他の生徒と共に解答に専念するという、他のクイズ番組では例のない役割を担っていた。出題内容は、実際に使用された国・公・私立中学校入試問題から一般企業入社試験、公務員試験、番組オリジナルの問題まで多岐にわたった。

各時間の授業で優秀生徒になると「たけしおとし」という、天神様(菅原道真)を模した北野先生の人形(おそらく、天神様→北野天満宮→北野→北野武の連想)を、ダルマおとしのように横に輪切りしたパーツを下部より獲得。このパーツを下より重ね、10個すべて集めて人形を完成させると(最終的には扇子に「あんたはえらい!」と先生から書かれる)、世界一周留学旅行を獲得することができた。しかし、完成間近の生徒が現れると少しずつパーツを増やす(ホクロを書き加えるなど)といった、北野流のギャグの一環として、海外留学贈呈を引き伸ばすことも行われた。最初に「たけしおとし」を獲得した生徒は藤原弘達である。なお、逸見が「たけしおとし」を完成させ世界一周留学旅行を獲得したものの、先生の強引な番組進行の結果、視聴者へ旅行がプレゼントされると言う事があった。

先生は生真面目な半面、ひょうきんな面も持ち合わせている逸見に「ちょっかい」もどきの言動をし、出席者や視聴者逸見の笑いを誘っていた。自信満々に答えを書いた逸見が誤答の際、先生はわざと「さぁ、ここは逸見君にビシッと決めてもらいましょう!」と振ってから解答をオープンし、勉強小僧の「違う!」とのアナウンスを流させる。先生は「逸見君はすっかり正解と思って、身構えていましたね」「一度、生徒の方を向いて頷いていましたね」とギャグにしてしまう。逸見も「てっきり勉強小僧の『正解者に拍手!』って言うのを、待ってたんですよ」「先生もからかうのは止めて下さいよ」と、苦笑いしていた。1992年初夏に、逸見が着用している学ランが、それまでの黒色から鮮やかなブルーの色に変わった[3]際には、先生から「舟木一夫さんだってこんな(色の)制服を着ませんよ」と茶化される。
この類いの件は、寡黙ながらやはりユーモアなセンスを持ち得ている天本英世糸川英夫にも、あれこれ「ちょっかい」として出している。

例題・本問共に、事前に先生は問題を実際に解いていた。生徒が解けなかった問題では「私もこの問題は出来ませんでしたからね。さ、次の問題にいってしまいましょう」との発言もしている。

漢字の部首名を答える問題で、ジュディ・オングが「私の国では、こう言いますよ」と反論。先生や逸見が「アグネス君みたいな理由を言わないで下さい。ここは日本ですから、日本語で答えて下さい。お願いしますよ」といったケースが見られ、これらも番組を盛り上げる一要因につながった。

全教科の解答を終え、その日の成績がトップの生徒もしくは先生の裁量で「最優秀生徒」として認められた場合、番組オリジナルブレザーが授与された。初の優等生も藤原弘達であった(先生曰く「早めにあげておかないと、あげられなくなっちゃうかもしれないから」)。

後に放送されることになる特別番組や兄弟番組『教育学院』よりも、「国語算数数学ではない)・理科社会[4]といった、「国・公・私立中学校入試問題」「小学校の実力テスト」レベルの問題、すなわち義務教育で当然教わっているような問題(それも、小学校で修得しているはずのレベル)が重点的に出題されていた。また解答できないことによるジレンマ、先生・学級委員長と生徒とのギャグの応酬も特徴だった。時折、本問の前に過去の珍解答が引き合いに出されることもあった。

番組開始からしばらくは前述のような科目だったがやがて、オープニングにおいて私立幼稚園の入試問題や○×問題が5問連続で出題される「○×テスト」や、終盤のコーナーにおいて正解者の人数によって得点が変動する(正解者が少ないほど高得点)「3択テスト」も実施されるようになった(後述のリニューアルまで)。

当時のフジテレビの看板番組となり、1992年と1993年のFNSの日平成教育委員会メインとして『平成教育テレビ』が放送され、1996年まで平成教育委員会の雰囲気を残し制作された。当時のフジテレビの番組対抗特番だった『FNS番組対抗!なるほど!ザ・春秋の祭典スペシャル』のBブロックの全問題の出題を、1992年春1994年春まで担当した。1996年春・秋に放送された『FNS超テレビの祭典』もこの番組をメインとして放送された。

『たけし・逸見』時代にあった特番では、授業の合い間の「給食」は、立食パーティー風の軽食をとりつつ、リラックスしながら授業に参加出来る雰囲気であった。

この番組によって、長く続いたフジテレビ系列土曜夜7時枠の低迷期に終止符が打たれた。裏番組にも大きな影響を与え、既に人気が下火状態であったTBSの「まんが日本昔ばなし」「クイズダービー」の終焉(「まんが日本昔ばなし」は非ゴールデンの時間帯に移動、経緯は番組の頁参照)を決定付けさせ、テレビ朝日の「きんぎょ注意報!」→「セーラームーンシリーズ」(19時台前半)、「おぼっちゃまくん」→「南国少年パプワくん」→「SLAM DUNK」(19時台後半)の子供に支持されるテレビアニメと人気を二分する形となった。

『たけし・逸見』時代のエピソード

  • 国語が得意な逸見が国語の問題で不正解であると、生徒である高田文夫渡嘉敷勝男太平サブローなどに突っ込まれると言う「図式」で、笑いを誘い番組を盛り上げていた。逸見は国語と社会が得意で、算数を相当苦手としていた。
  • 逆に北野先生は国語が苦手で、ついうっかり大ヒントを口走ってしまったり、正解ではないと思ってオープンした解答が、実は正解であったと言うケースが多々あった。
  • 国語の成績は抜群であった天本英世も理数系、特に算数の問題になると時に問題文を読むことを放棄し、解答する気がないような雰囲気を醸し出すことが度々ある程、算数が大の苦手であった。
  • 国語の授業で「真っ最中と言う意味を表す平仮名4文字の言葉を答えなさい」との問いで、岸田今日子は「ただなか」と解答。先生の勘違いで不正解と思ってオープンしたら、実は正解であった。予めスタッフが用意していた答えは「たけなわ」。先生は「私はてっきり『たけなわ』としか聞いていませんでしたからね。私の責任じゃあありません。さっさと次の問題へ行っちゃいましょう」と、冷や汗モノの進行をしている。
  • 国語の授業で、「『くさい』の反対語を答えなさい」(正解:かぐわしい、など)に対して、ラサール石井が「くさくない」と解答。以降、この類いの問題では先生が予め「言っておきますけど、『○○らしくない』『○○ない』とか言う答えは駄目ですよ。早めに青少年の非行の芽を摘み取っておかないと」などと、ギャグにすることが恒例化した。
  • 「『水』を使った慣用句を答えなさい」との設問で、うっかり逸見が次の問題の解答を言ってしまったことがある。
  • 先生曰く「理科や算数の問題は、答えが1つしかないんですから。あれこれ後から言われても、駄目なものは駄目です!」と、生徒達が答えの導き方や正解を説明されても合点がいかずに駄々をこねる場合に言っている。設問では「理由も併せて答えなさい」と言う例はほとんどないと言ってもよく、先生もその点を考慮して「答えがあっていればいい」とも発言している。これはその当時の入試問題などで、実際に「答えを出した理由も説明しなさい」とまでは求めていなかった事、番組の編集上の理由が影響されていたと思われる。
  • 上記の様な例を逆手にとり、国語や社会であれこれ言ってくる生徒が多い時には「もうこれからは1時間目から算数の授業にしましょうか」「算数の授業4連発なんかいいですね。ああだこうだ言っていたのが、急におとなしくなりますからね」と、先生が冗談半分で生徒に釘をさす場面もみられた。
  • 毎週2〜3人の新人生徒が冒頭で紹介されるが、先生は時に「遅れてきた総会屋かと思いました」(渡辺文雄)、「思わず圧力団体の方だと思って、マネージャー通して出演を断ろうかと…」(ブラザートム)、「楽屋で見かけたとき、殺し屋かと…」(小林完吾)「若いとき金がなくて、店先からヴァンヂャケットを盗もうかと…」(石津謙介)などと冗談交じりで紹介をする。又、解答に詰まる徳大寺有恒を見て「大人しい勝新太郎みたいですね」と言ったり、解答が思い浮かばず照れ笑いをする金原二郎を見て「金原君は、何かお客さんの利子を勘定している人みたいですね」と言うケースもあった。
  • ごくまれに渡嘉敷1人が難問を正解という事があると、逸見からは「ウケ狙いですか?」と言われ、先生からは「ボケようとして、当たってしまったんですね」と評される。
  • 辰巳琢郎が出席すると、先生は嬉しそうに「今日は『たつみぶたろう君』も来てますからね」と、わざと茶々を入れていた。
  • 逸見は問題ができないと「解答できない自分に腹が立ってくるんですね」と発言していたが、その怒りの矛先が細川隆一郎に向けられたことがあった[5]。細川の誤答に対して厳しい突っ込みを入れ、先生が「何も自分が解答できないからって、細川君を脅してどうするんですか?」と、しょげる細川をフォローした。
  • 渡嘉敷の伝説的ボケ解答の1つに、「日本三景を書きなさい」(正解:宮島天橋立松島)との問いに「オグラ景(小椋佳)、谷景(谷啓)、マリムラ景(真梨邑ケイ)」との解答がある。先生が予め「横山ノックとか、そう言う“け”じゃないですよ。あれは髪の毛ですから」と釘を刺したにも関わらずの解答に、場内大爆笑。「だって、3つとも『けい』がつきますよ」とは渡嘉敷の弁。先生はなおも「この『オグラ景』って言うのは、思いつくのに難しいですよ」などと茶化す[6]
  • 不正解の解答のレベルや解答した生徒によっては、「ここは笑点お笑いマンガ道場じゃあないんですから。ウケりゃあいいっていうものじゃないから」と、先生が他テレビ局の番組タイトルを引き合いに出し、嘆くフリをする事があった。
  • 視聴者から「シンキングタイムは実際にはオンエアより長いのでは?」と、局に問い合わせがくると言う事があった。特に算数の授業中についての指摘・問い合わせが多かったらしい。それに対して逸見が「実際にオンエアとほぼ同じ時間です。ただし、スタジオ内が一瞬静まりかえる事があります」との裏話をしていた。実際、算数の問題ではCMを挟んでの時間とほぼ一致していた様子である。先生曰く「算数の解答時間は、逸見君の解答時間が標準です」との事で、逸見が問題を解き終えるかサジを投げた時点で解答時間終了となっていた。
  • あまりにもお笑い的要素ばかりが誇張されるのを避けてかそれもネタなのか、先生と逸見はよく「この番組はバラエティ番組ではないですよ」「そうです、文化・教養番組ですから」と言っていた。
  • 何かとイロモノ生徒として活躍? した渡嘉敷だが、河合美智子はじめ若手のレギュラー生徒に限らず、ゲストの生徒にも老若男女問わずフォローしたり突っ込みを入れると言った、さり気ない気配りを見せている。
  • 問題の原典は入試問題であったり公務員試験がメインであったが、時に企業や自治体の入社・採用試験の問題を参考に出題される事もある。「太陽のエネルギー源は、プルトニウム核反応である」(市川市役所)の○×問題では「市川市はこういう問題を解答させて、どうしようって言うんですかね」と逸見から問われた先生が「市役所はこういう問題を出して、正解した人を採用しないんですね」と、ギャグにしてしまう。
  • 北野先生の実兄である北野大が生徒として出席した際、散々な成績であった為に先生は「あれで明治大学出て教授をやっているんですから」と、冗談らしくも厳しいコメントを述べた。
  • 東京都職員採用試験が特別授業で出題されたが、問題・求める解答の意図が曖昧であったため、舛添要一が「こんな問題が出来た職員を採用して都の教育は良くなるのだろうか?」と言い、先生が「せいぜい(校庭の)砂場の砂をひっくり返す位のものでしょうね」と答えている[7]
  • 1993年冬には「入試予想問題集」を原典にした問題が登場。先生は「凄いですよここのスタッフも。とうとう『予想問題集』にまで手を出してしまいましたからね」とギャグにしつつ、“先生流”のスタッフへのねぎらいの言葉を口にした。
  • 出典の学校名に難読なものが多く、先生が「実際にこの学校の名前を読めた生徒を合格とすればいいですね」と、何度かネタにした。
  • 1993年3月末にて、「第1期」卒業生を先生と逸見が送り出すことになる。卒業証書授与にて、久々に藤原弘達も登場。卒業生が退席した後、先生と逸見はたそがれる教室でそれまでの労を互いにねぎらい、4月からも頑張りましょうと語り合った。

逸見の癌治療による降板

1993年10月に、逸見政孝が治療のために降板し、当時同局アナウンサーだった中井美穂が学級委員長代理として出演する。しかし、早期復帰の願いもむなしく、逸見は同年12月25日に逝去。このことを受けて、中井は正式に学級委員(「学級委員」は逸見のみの永久欠番となった)に就くこととなる。また、逸見の没後の放送日に彼の追悼番組を行った。(この番組には生徒役の1人である天本英世が出演し「テレビ業界は狂っている。先日もスタッフが1人自殺した。逸見さんは2人目の犠牲者だ」と発言し、天本は以降『平成教育委員会』には出演しなかった)ただ、しばらくの間は番組名が『たけし・逸見の平成教育委員会』のままであった。ただし、CM入りの際のタイトルテロップからは『たけし・逸見の』という文字は外されていた。

逸見の死去後も『たけし・逸見の』との番組名が続行されていたのは、 一説によると先生が番組名をそのままにしたかったとの強い思いがあった事、逸見とその家族への配慮があったから事、何より先生が逸見の回復・復帰を願っていたからであると週刊誌などで伝えられている。

たけし不在時の対応

1994年8月にたけしが交通事故で入院して一時降板したことにより、同年10月よりついに番組名が『平成教育委員会』となる。この時(1994年10月から1995年2月まで)は『平成教育委員会・毎回がスペシャル』と題し、杉本高文(明石家さんま、たけし同様本名名義)、所ジョージ大橋巨泉などが週替わりで特別講師と称し、代理の先生を担当し、教育実習生として福井謙二などがサポートするスタイルになった。また授業も国語や算数といったものではなく、ゼミやコースなど大学のような授業タイトルとなった。

この頃は、統計の上位数項目を当てる「統計テスト」、幾つかの項目を指定された順番に並べ替える「選択テスト」、表に並べられた文字を拾って指定された言葉を作る「単語テスト」、国語の問題で一部分だけ表示されている状態から四文字熟語を当てる形式の問題等、徐々にクイズ形式の問題が増加していった。また教科ごとの成績優秀者などに与えられるものが番組特製の懐中時計に代わり、これを10個集めれば海外留学ということになっていたが、この間は出なかった。また、問題ごとの点数は1点から最大10点になった。

特別講師が趣味・得意としてる分野を題材にしたクイズコーナー『○○ゼミ』(○の部分に講師の苗字が入る)が設けられ、いわゆる雑学をベースにした問題が出題された。

この間には『平成教育委員会』としては、1994年12月17日に番組史上1回だけの生放送も行われた『全国○×王決定戦』(「FNSの日」と「平成教育テレビ」で定期的に行われていた企画、司会は所が担当)も行われた。また翌年の1995年1月7日には杉本が担当した『平成教育委員会・今回が本当のスペシャル』と称したスペシャル版(これまでのスペシャル版同様の2時間編成であるため)、その翌週の1月13日には大橋が担当した中学受験を間近に控えた小学生向けの2時間スペシャルがそれぞれ放送された。また大橋が担当したこの回は2部構成になっており、1部は大橋が担当、2部がラサール石井の進行担当となった。

その後、「平成教育委員会」としてタイトルを改めた1995年3月4日の放送からたけしが復帰した。この回の視聴率35.6%ビデオリサーチ 関東地区調べ)で、ビデオリサーチ「クイズ・ゲーム」部門の史上高視聴率番組・第6位に記録し、1990年代以降のクイズ番組では最高視聴率である[8]。 北野が復帰したこの回は番組開始からすぐにの登場ではなく、所が進行の下で進められ番組後半部分に差し掛かった頃に北野が笑いを取るための扮装した姿で登場するという形であった、その翌週も所が進行で北野は解答者として参加する形式で同年3月18日に晴れて先生へ復帰を果たした。その翌週放送の春のスペシャルからは、後の特番でも恒例の「給食」の時間が始まった。

また特別講師をしていたさんまは同年の「FNSの日」で『平成(教育委員会)は俺のもんや!と密かに思ってたのに』と冗談交じりではあったがたけしの目の前でレギュラー獲得を狙っていたような発言をしていた。

たけし復帰後、大リニューアル

たけしが復帰した直後は空席期間の特別講師以前のスタイルに戻すと思いきや、たけしを含めた製作スタッフが味をしめ、北野先生復帰後も1994年秋以降の構成が継続された。

1995年秋頃から97年1月までは独創力テスト、ひらめきパズル等、クイズ形式のコーナーがメインになっていた。

主なコーナーは、早抜け形式の頭の体操「IQ早押し(後に回転力テストに変更)」、従来通り授業形式で行われる「北野ゼミ」、答えが複数ある問題が出題されて他の人(北野先生も含む)と被らない答えを書いていく「独創力テスト」、提示されたテーマに当てはまらない言葉が読み上げられたら目の前のえんぴつのオブジェを素早く奪取する「瞬間判断力テスト」(このコーナーは後に『ロンQ!ハイランド』でリメイクされた)、チームメイトがカズーで吹いた曲を当てる「音楽リレーテスト」、二つの値を3秒以内に比較する「等号・不等号テスト」、漢字のブロックを並べ替えて二文字熟語のしりとりを完成させる「漢字しりとり」、早書きクイズの「ひらめきパズル」などがある。

また最大10点から400点までに変更された(また逆に200点減点の大目玉を食らう生徒もいた。この体制はレギュラー終了まで続いた)。ラサール石井はオープニングに登場せず、10点の問題に正解したものの200点減点の大目玉を食らった。本人によると本番前に「トイレの大きい方」に行っていてラサール不在のままオープニングが始まった。

クイズ形式のリニューアル

一時期、ハンデ制が導入され(この時期は得点制だったため)、過去の成績などを元にハンデを設定していた。そのため渡嘉敷は常に500点からのスタートだったが、優勝できなかった。

この頃は、本編とは別にエンディングで早抜け方式の問題が1問出題されて、時間内に抜けられなかった生徒は放課後残されるという演出があった。

まれに北野先生も解答に参加することがあり、「瞬間判断力テスト」で優勝したために、最終的に優勝してしまったことも一度あった。

このリニューアルの理由は、1995年10月から裏番組として始まった『筋肉番付』(TBS系)が躍進したことへの対抗と、これまでの授業形式がマンネリ化しつつあったこと、また同様にクイズを一新して当時高視聴率をマークしていた『マジカル頭脳パワー!!』(日テレ系)にならったためといわれる。

しかし、このリニューアルによって番組初期のコンセプトが失われたため視聴者には不評で、結果的に視聴率を落とすこととなった。後の特別番組でもこの時代の形式は1度も出題されていない。

レギュラー版の晩年(末期)

1996年10月に3チームの対抗戦(田代班・席は青、ラサール班・席は緑、寿美班・席は赤)になり、10月 - 12月は生徒が12人から9人に減らされた。これに伴い、中井は司会兼業から解答者専任となった。

この頃は、レギュラー放送でも「給食」が実施されるようになったが、パズルを解くのではなく、制限時間以内に指定されたテーマの言葉やしりとりを5つ答えていくクイズ形式になっていた(正解したらダッシュして、ベルトコンベアで流されていくプレートを取る。取ったプレートに書かれている人前分の料理が食べられる)。

1997年1月に、新たに助手が登場。初代小島奈津子の後、高島彩。なお、小島は中井同様制服風の衣装で登場したが、高島から助手風の衣装で出演になった。授業も国語や算数といったものに戻され、初期に近い形となる。

1997年9月27日の最終回では、ラサール石井や清水圭などの優秀な生徒32人が総出演(この時の解答席は青・緑・赤に橙の4色だった)。これまで出題した難問を総復習し、優等生と成績最不良の生徒を決定した。最後に生徒の田代まさしとラサール石井が謝辞を読み上げた。北野もこの番組に対して想いが深かったこともあって、感極まり涙を見せた。
エンディングでは第1回放送の放課後の映像が流れ、北野と逸見が語り合い、お互いに肩を組んで教室を去っていくシーンで番組を締めくくった。

こうして1997年9月にレギュラー放送は終了し、一旦幕を下ろすこととなる。なおこの当時は番組をスペシャル版で継続することまで視野に入れていなかった。

備考

  • レギュラー最終回時点での歴代優等生ベスト5
    • 1位 ラサール石井 25回
    • 2位 辰巳琢郎
    • 2位 田代まさし 11回
    • 4位 清水圭 8回
    • 5位 田中康夫 6回
    北野先生も「優等先生」として一度だけ(無理矢理に)優勝している[9]
  • レギュラー最終回時点での出席回数ベスト5
    • 1位 渡嘉敷勝男 149回
    • 2位 ラサール石井
    • 2位 中井美穂 127回
    • 4位 田代まさし 126回
    • 5位 奥山佳恵 100回
  • レギュラー時優等生の賞品
    初期:ブレザー、中期:不明、後期:懐中時計

特別番組として復活

2000年1月3日、2000年を記念して『平成教育委員会』が特別番組として復活した。これが20%近い視聴率だったことから、以降毎年1月3日前後には特別番組が放送されることとなる。復活当初の何回かは考え中の音楽、CMアイキャッチ音、エンディング曲などは各時間ごとに「初期→中期→後期」と順番に再現する趣向が行われていたが、やがて全時間、初期のものに統一された。唯一オープニングのみ別のものとなっている。
2003年からは夏休み期間中にあたる8月最終日曜日にも、2004年からは5月のゴールデンウィーク11月3日前後にも放送されるようになった。レギュラー番組の『予備校』『学院』とも連動する形での季節ごとの特番として放送されている。

特別番組版での授業

基本的には入試問題から出題するものの、番組オリジナル問題も多い。改編期特別番組では、国語→理科→給食→社会の順に行われることが多い。

1時間目は国語であることが恒例となっている。問題は漢字慣用句に関するものが多い。理科の授業は、物理学の分野から問題が出題されることが多く、化学生物学の分野が問題になることは少ない。地学の問題は化学・生物学に比べ多い。科学的論拠がなくても結果的に正解であればよいので、偶然当たるということも多い。中学程度の物理知識がないと解けない問題もある。
5時間目に算数が行われることがあるが、1問しか出題されないため、北野の独断で優等生を決定することが多い。その際、問題に正解しなければならないのは当然だが、論拠の正確さはあまり考慮されていない。

2005年からは通常の書き問題の他にも、国語で早押し形式の問題、社会で3つのヒントから連想される人物や場所を当てる問題といった特殊な問題が出題されることが多くなった(『予備校』『学院』の方でも同様の問題が出題がある)。お正月スペシャルの社会の時間は去年を振り返る「○○年重大ニュース」がお決まり。

以前には実力テストという筆記試験が行われていた。生徒の実力を示すテストであり、本授業の成績には影響しないが、後述の「給食・団体戦」でのスタッフによるチーム編成の資料となる。この結果を基に各チームの力が公平になるように編成された。なお、このテストは問題作成者以外のスタッフも受験しており、最後のエンドロールで点数が発表された。ここで北野先生の点数がさほどよくないこともあった。

夏休みスペシャルは、北野先生と高島が課外授業を行うコーナーが毎年恒例となっている。北野扮するおじさんの家に小学生役の高島が遊びに行くというコント仕立てだが、必ず北野が高島に「風呂入ろう」と誘うものの逃げられてしまうというオチがついている。

復活以降は各授業の優秀生徒[10]になると豪華商品(授業にちなんだものであることが多い)が与えられるようになった。また温泉などの旅行がどれか一つの授業に入っている。

さらに最優秀生徒、すなわち総合成績でトップになった生徒には旅行が与えられる。複数いる場合は優等生の場合に準じる。

給食

正解しないと高級料理が食べられない「給食」も恒例企画となっている。個人戦と4人1班で4班に分かれての判別対抗戦の2種類が行われ、どちらも早抜け制となっている。個人戦は正解した生徒が過半数の8人正解で終了となる。判別対抗戦は3班が正解した時点で終了となる。正解できないと“おあずけ”になる。知識を問う問題は少なく、パズル的な問題が多い。

2005年正月スペシャル以降は、4班による判別対抗が中心となり、パズル問題だけでなく、「リレーおみくじ」(各班の代表者1名が問題カードを1つ選んで、カードに書かれた問題に答える。正解なら襷を次の代表者に渡し、4人全員が正解すれば勝ち抜けで求職獲得。最後まで残った1班は給食おあずけ。なお、2〜3枚だけ「大吉」があり、それを引けば問題免除で襷を渡すことができる。)、「花火大会・問題駅伝」(「リレーおみくじ」の夏バージョン。「大吉」のくじは無く、3番目に抜けた班は給食が1品しか貰えない。)、「初夢すごろく」(代表1人が双六の駒になり、残り3人が○×クイズに答え、正解した人数だけ駒を進めることができる。途中で“おみくじチャンス”のマスがあり、おみくじによって出題された問題に正解してすればさらに1マス進むことが出来るが、おみくじの中には「凶」が入っているため、それを引いてしまうと「ふりだしに戻される」「最下位のチームと入れ替え」など一気に不利になるペナルティが課された。双六を上がった先着3班が、給食獲得)、「みんなでドリルスペシャル」(『学院』で行われている「みんなでドリル」の拡大版)等、様々な企画が行われている。

給食に登場する店について、番組内で先生が、「美川憲一うつみ宮土理らと、『おいしいものを食べよう会』という会を作って、そのメンバーで行ったお店だ」と語ったことがある。店の選定に北野武自身が深く関わっていることがうかがえる。

特番での歴代最優秀生徒

兄弟番組の誕生

2005年1月3日のスペシャルの放送の際、北野先生が「あまりに生徒(解答者)の成績の出来が悪いので、いっそのこと予備校を設立して、そこで優秀な生徒に委員会に出席してもらいたい」ということから、2005年1月16日から『平成教育2005予備校』をスタートさせ、専任講師(司会)としてユースケ・サンタマリア先生を招くこととなった。

2006年10月から『熱血!平成教育学院』に改題、1時間番組に拡大された。

両者は「『予備校』もしくは『学院』での成績優秀者は『教育委員会』の出演を果たし、逆に『教育委員会』で成績の芳しくないものは『予備校』『学院』に送られる」という、Jリーグを思わせる関係となっている。

北野と逸見の親交

この番組をきっかけに、司会を務めた北野武と逸見政孝は唯一無二の親友として交友を深め、家族ぐるみでの交流をもっていた。逸見に癌が見つかった際には、北野は全快を祈って酒断ちをし[11]、お祓いを受けたパジャマを逸見にプレゼントしていた。ワイドショーインタビューにも北野は「気持ちは直接伝えてある。テレビを通じて気持ちを伝えるほど離れた仲じゃない」とだけ答え、これを聞いた逸見は感激していたという。また逸見が亡くなる直前に家族以外で面会を許された数少ない人物の1人が北野であったという。面会の際の逸見の変わり果てた姿にショックを受けた北野は、それ以降逸見の告別式の日まで仕事をすべてキャンセルした。

番組最終回の直後の記者会見で北野は、逸見の名を出し「最後まで逸見さんと一緒にやりたかったなぁ・・・それが心残りです」という言葉で締めくくっている。
なお、逸見が生前に出演していた番組で2008年現在も放映中のものはこの『平成教育委員会』だけとなる。

BGM

パロディウスだ!』や『スーパーマリオブラザーズ』、『熱血硬派くにおくん』などレトロゲームのBGM効果音の使用が多い。2006、2007年に発売されたニンテンドーDSのゲームソフトでも『スーパーマリオブラザーズ3ファミコン版)』の効果音をほぼそのまま使用している。

マスコットキャラクター

勉強小僧

番組開始時から登場している、番組のマスコットは勉強小僧(べんきょうこぞう)と呼ばれる学生服にメガネ姿の少年を模したキャラクターである。勉強小僧は様々な語彙をもって番組の進行をフォローする。セリフにはいろいろなパターンがあるため、独立項目として列挙する。

なお、勉強小僧は発音がはっきりしており、たとえば「必要」の「う」は、通常では「0(オ)」に近い音になるが、「U(ウ)」と発音する。

  • 始まりだよ」(番組オープニング時、CGからスタジオ放映へ画面が移る時に言う)
  • 今日の生徒」(オープニングで先生と逸見のトークを終え「起立、礼」の号令の後、出席生徒を紹介する際に言う。生徒名も「○○○君」と、君づけで勉強小僧が紹介する)
  • 1時間目、国語」(当然、2時間目算数、3時間目社会…と言った時間割に準じたセリフもある)
  • 問題」(問題提示時に)
  • ビックリしたなぁ〜もう」(先生が問題の答えを思わず口走りそうになったり、すぐに解ってしまうような大ヒントを思わず口にしてしまった時。又、生徒が気付かずに、すぐ正解とわかる様な質問を先生にした時など。元々は三波伸介の持ちギャグのひとつで、たけし扮する「鬼瓦権造」の持ちネタでもある)
  • 考え中」(シンキングタイムのジングルとともに)
  • 中学校入試だよ」(上記「考え中」と共に、シンキングタイムのジングルと一緒に)
  • 小学生に負けるな」(上記「考え中」と共に、シンキングタイムのジングルと一緒に)
  • 終わり」(シンキングタイムの終了と同時に)
  • 早く〜」(シンキングタイムが終了しても尚考えている生徒がいるとき)
  • CM、だよ」(シンキングタイム終了時にCMに入る場合にかつて使われていた)
  • 正解は、CMの後で」(上と同じくかつて使われていた。代わって問題のヒントを言ってCMに入ることが多くなった)
  • まだ○○」(初期に教科名)
  • ○○君の答え」(個別の生徒の解答を画面に出す場合)
  • ちがうよ」(生徒の解答が間違っている時)
  • ちがう!」(例題問題の解説時、逸見君が打ち合わせにないトンチンカンな説明をした時。算数の際に多かった)
  • 全員の答え」(全員の答えをオープンする時)
  • 変なの」(生徒がポイントのずれた解答をした場合に言う)
  • 正解者に拍手。よくできました。よくできました。」(オープンした生徒の解答が正解だった場合、または全員の解答をオープンして正解者がいた場合。このときの「よくできました」は必ず二回繰り返す)
  • (○○君、)お見事〜」(正解者が1人~2人である場合)
  • 全員はずれ」(全員不正解だった場合)
  • よくわかる、解説!」(理科・算数などの解答の解説VTRを流す際に使われる)
  • おめでとう、おめでとう」(各時間の授業での最多正解者または優等生になった場合)
  • 諦めてください」(不正解を書いた生徒が先生に食い下がっているときに使われることがある)
  • 何を言ってもダメ! 諦めなさい」(不正解を書いた生徒が先生に食い下がっているときに使われることがある)
  • 諦めなさい!」(上記と同じだが、こと浜田マキ子などに連呼される)
  • 豪華な賞品、あた〜り〜」(生徒が賞品を獲得したときに使われる)
  • 美味しい料理を、召し上がれ」(給食で正解者が出たときに使われる)
  • (間違い、間違い)席に戻って、やり直し!」(個別に解答を提示する場面で誤答となった場合に使われる)
  • もう一度考えてみてください」(上に同じ)
  • 惜しいっ!」(生徒の解答が惜しいときに使われる・繰り返す場合あり)
  • そろそろ終わりましょう」(算数など時間がかかる問題の解答中に使われる)
  • おまけかな」(おまけで正解にする場合に使われる)
  • 先生、お願い!!」(北野・逸見が行うスタジオ実験が上手くいかないとき)
  • 実験失敗!!実験失敗!!」(北野・逸見が行うスタジオ実験が失敗、スタジオが水浸しになった時。)
  • ○○君、分かったかな?」(生徒が解説を見・聞いて、理解したか確認するために使われる)
  • ○○君、すごい!」または「おみごと〜!」(2回連続で「おみごと〜! おみごと〜!」の場合もある)(生徒の解答が見事である時)
  • さすが、学級委員長!」(視聴者向けに出される「宿題」の解説を、逸見が難儀をしながらも見事説明し切った際に、勉強小僧が逸見を賞賛する)
  • 宿題のヒント」「月曜日までにポストに入れてね」(番組ラストに視聴者向けの宿題が出題される際の、勉強小僧の『愛の言葉』。「たけし・逸見」時代は、土曜日の夜に放映されていたので、宿題の答えを書いた葉書を投函する日の期限が月曜日とされていた)

北野先生は、多忙のためか編集後のビデオや放送をあまり見ていなかったため、番組開始からしばらくの間、勉強小僧の存在を知らなかった。放映開始から半年以上経過したある回で「こないだビデオを観ていて、『こいつが勉強小僧か』と知りましたよ」と発言。それまでは「勉強小僧が…」と出席生徒たちが話しているのを聞き、先生が「勉強小僧って何ですか?」と問い返す場面があった。

レギュラー終了後の特番「2000年正月スペシャル」の際、実際に勉強小僧の姿をした少年が登場、時間ごとの優等生及び最優秀優等生に目録を手渡す役目を担った。

解説政孝君

視聴者プレゼント用の問題が番組ラストで「宿題」として出題され、また最初期の内容は主に理数系の問題や公務員試験に出されるような問題が多かった。はじめは逸見が前回の宿題の解説及びその回の宿題の出題をしていたが、その解説は「おぼろげながら」と先生が指摘するように、いつもの逸見らしかぬ言動で一所懸命暗記したと思われる解説文を、時に大汗をかきながら行うものだった。“プロのアナウンサー”で“平成教育委員会の学級委員長”を務め、“模範的”キャラクターとされた逸見が、違った一面をのぞかせるエピソードであった。

このためか、1992年学