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慶大 とは?

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慶應義塾大学(けいおうぎじゅくだいがく、英語: Keio University)は、東京都港区三田二丁目15番45号に本部を置く日本私立大学である。1920年に設置された。大学の略称は慶應(けいおう)または慶大(けいだい)。

出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』


慶大はてなダイアリーを別ウィンドウで表示  :  慶應義塾大学の略。

出典: 『はてなダイアリー』


和英辞典

慶大 [けいだい] 別ウィンドウで表示  …  (n) (abbr) Keio University (P)

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ウィキペディア(Wikipedia)記事


慶應義塾大学
慶應義塾図書館旧館
慶應義塾図書館旧館
大学設置 1920年
創立 1858年
学校種別 私立
設置者 学校法人慶應義塾
本部所在地 東京都港区三田二丁目15番45号
キャンパス 三田(東京都港区)
日吉(神奈川県横浜市港北区)
信濃町(東京都新宿区)
矢上(横浜市港北区)
湘南藤沢(神奈川県藤沢市)
芝共立(東京都港区)
学部 文学部
経済学部
法学部
商学部
医学部
理工学部
総合政策学部
環境情報学部
看護医療学部
薬学部
研究科 文学研究科
経済学研究科
法学研究科
社会学研究科
商学研究科
医学研究科
理工学研究科
政策・メディア研究科
健康マネジメント研究科
経営管理研究科
法務研究科
薬学研究科
システムデザイン・マネジメント研究科
メディアデザイン研究科
ウェブサイト 慶應義塾大学公式サイト
  

慶應義塾大学(けいおうぎじゅくだいがく、英語: Keio University)は、東京都港区三田二丁目15番45号に本部を置く日本私立大学である。1920年に設置された。大学の略称は慶應(けいおう)または慶大(けいだい)。

目次

概観

大学全体

慶應義塾は、福澤諭吉江戸築地鉄砲洲(現在の東京都中央区明石町)に開いた蘭学塾に始まる。1868年、前年の1867年に購入しておいた新銭座(現在の港区浜松町)の有馬家控屋敷跡に移転、この年が慶應4年であったことから慶應義塾と改称する。なお「義塾」は英国の「public school」の訳語と言われている[要出所明記]

第二次世界大戦前には「三田の理財」とも称され、伝統的に経済学部が有名である。また、医学部も大学病院を特集した雑誌に取り上げられる事が多い。卒業生には経済人実業家が多いことで有名[要出典]で、卒業生には政治家(国会議員)も存在[要出典]している。

慶應義塾大学の関係者の間では、公式なものではないが、「慶」と「應」に独自の略字が用いられることがある。慶および應は他の漢字に比べて画数が多いため、「けい」「おう」という読みが英語アルファベットKOの発音に近いことに着目して、「广」の部分以外をKとOに置き換えた「广+K」「广+O」からなる造字で表記するもの。

2008年4月学校法人慶應義塾学校法人共立薬科大学が合併したことにより、薬学部と大学院薬学研究科が設置された。

塾訓・目的

学校法人慶應義塾を参照

慶應義塾には「慶應義塾の目的」という文章が伝わっている。これは1896年(明治29年)11月1日に、紅葉館で開催された懐旧会(慶應義塾出身者との懇親会)で行われた福澤諭吉の演説を元に、福澤自身が書き直したものである。内容は以下の通り。


慶應義塾は単に一所の学塾として自から甘んずるを得ず
其目的は我日本国中に於ける気品の泉源智徳の模範たらんことを期し
之を実際にしては居家処世立国の本旨を明にして
之を口に言ふのみにあらず躬行実践
以て全社会の先導者たらんことを欲するものなり 
以上は曾て人に語りし所の一節なり   福澤諭吉書


教育および研究

かつては体育大学ではないのにもかかわらず全学部学科において体育が必修科目であり、「塾生皆泳」なるスローガンのもと、水泳で50メートル泳法ができないと単位を取得できなかった[要出典]複数の卒業生が、自著や対談の中で単位を取るのに水泳の特訓をしたと回想している[要出典]

学風および特色

カリキュラム制定をはじめとする近代的教育システムのほとんどを日本で最初に導入した学校[要出典]として知られている[要出所明記]

慶應義塾大学では、日本の学校で最初に定額の授業料を納入させたのは慶應義塾でありこれは福澤諭吉の発案である、と主張している[1]

沿革

福澤諭吉の胸像

年表

  • 1858年 - 福澤諭吉江戸築地鉄砲洲に蘭学塾を開く。
  • 1863年 - 英学塾へ改組。
  • 1868年 - 芝新銭座に移転、慶應義塾と改称。
  • 1871年 - 芝新銭座の校地を近藤真琴攻玉塾へ譲り、三田島原藩中屋敷跡地へ移転。
  • 1881年 - 明治十四年の政変。
  • 1889年 - 慶應義塾規約制定。
  • 1890年 - 大学部が発足し、文学・理財・法律の三科を設置。また大学部と区別するために従来の課程を普通部とした。
  • 1920年 - 大学令による旧制大学となり、文学部・経済学部・法学部・医学部を設置。三年制の予科を附設
  • 1934年 - 日吉地区(現在の日吉キャンパス)を設置、予科を移転。
  • 1944年 - 藤原工業大学1939年設立)が慶應義塾に寄付され、工学部を設置。
  • 1945年 - GHQによって日吉キャンパスが接収される。
  • 1948年 - 通信教育部を設置。
  • 1949年 - 学制改革により新制大学となる。日吉キャンパスの接収解除、変換される。
  • 1957年 - 慶應義塾の創立から100周年にあたり商学部を開設。
  • 1981年 - 工学部を理工学部に改組。
  • 1988年 - 女子厚生学院を改組して慶應義塾看護短期大学看護学科が開学(募集は平成12年度まで)。
  • 1990年 - 湘南藤沢キャンパスに総合政策学部と環境情報学部を新設。
  • 1991年 - 総合政策研究所・環境情報研究所・言語コミュニケーション研究所開設。
  • 1994年 - 大学院政策・メディア研究科修士課程開設。
  • 1996年 - 大学院政策・メディア研究科後期博士課程開設、総合政策研究所・環境情報研究所・言語コミュニケーション研究所をSFC研究所に改組。
  • 2001年 - 看護短期大学を看護医療学部に改組。看護短期大学の募集を停止。
  • 2002年 - 湘南藤沢キャンパスに教職課程設置。
  • 2004年 - 大学院法務研究科(法科大学院)を開設。
  • 2005年 - 大学院健康マネジメント研究科修士課程開設。
  • 2007年 - 大学院健康マネジメント研究科後期博士課程開設。
  • 2008年 - 学校法人慶應義塾と学校法人共立薬科大学が合併、薬学部と大学院薬学研究科を設置。同年大学院システムデザイン・マネジメント研究科と大学院メディアデザイン研究科を開設。イギリスチャールズ皇太子が三田キャンパスを訪問。

基礎データ

所在地

三田キャンパス、南校舎
三田通りより東館を望む、門の階段を登ったところが旧「幻門」


象徴

校歌

校歌は慶應義塾塾歌。作詞:富田正文、作曲:信時潔1940年に完成、翌年発表。慶應義塾関係者は「塾歌」と呼び、親しんでいる。大学本体のみならず、一貫教育校(高等学校、普通部、幼稚舎など)を含め、慶應義塾社中で広く歌われている。 塾内進学により大学に入学した塾生(慶應用語で言うところのいわゆる内部生)は殆ど全員が歌える[要出典]が、現在の慶應義塾大学では歌う機会が少ないため、入学試験によって慶應義塾大学へ入学した塾生(いわゆる外部生)は歌えないことも多い[要出典]

若き血

若き血(わかきち)は応援歌。作詞・作曲とも堀内敬三1927年に発表。

東京六大学野球連盟の応援では1得点挙げるごとに観客が肩を組み若き血を合唱するなど、スポーツの応援では定番の曲となっている[要出典]。「慶應義塾塾歌は歌えないが若き血は歌える」という学生も少なくない。

歌詞の最後にある「陸の王者」は藤山一郎が「りくのおうしゃ(清音)」と歌っていたことから濁らないのが正式であると慶應義塾大学の関係者の一部ではいわれている[要出典]。しかし、ほとんどの学生・教職員は「おうじゃ」と濁音で歌っている。携帯電話着信メロディーとしてダウンロードできる。

三色旗
創立150年・飛行船

ダッシュケイオウ

ダッシュケイオウ応援歌高校野球など慶應義塾大学とは関係ない場面でも使用される機会が多いため、メロディライン自体は一般にもよく知られている[要出典]

スクールカラー

スクールカラーは塾旗から紺赤紺の並びの組み合わせとされている。塾旗は二種三色の色使いであることから、三色旗とも呼ばれている[要出所明記]

シンボルマーク

シンボルマーク
慶應病院新棟より

シンボルマークは、「ペンマーク」と呼ばれ、二つのペンを右を上にして交差させた「CALAMVS GLADIO FORTIOR (ペンは剣よりも強し)」をモチーフとしたマークである。大学内にあるマンホールまでこのシンボルマークが使われている。

マスコット

マスコットはユニコーン。三色旗の上に描かれたものが応援の際などに使われる。慶應義塾のアメリカンフットボールチームの名称はユニコーンズである。

教育および研究

組織

学部

  • 文学部
    人文社会学科の下に17の専攻があり、学生は二年次から各専攻に分かれることになる。
    反自然主義の牙城となった三田文学という雑誌を発行している。廃刊・復刊を繰り返し、現在は刊行されている。
    • 人文社会学科
      • 哲学系
        • 哲学専攻
        • 倫理学専攻
        • 美学美術史学専攻
      • 史学系
        • 日本史学専攻
        • 東洋史学専攻
        • 西洋史学専攻
        • 民族学考古学専攻
      • 文学系
        • 国文学専攻
        • 中国文学専攻
        • 英米文学専攻
        • 独文学専攻
        • 仏文学専攻
      • 図書館・情報学系
        • 図書館・情報学専攻
      • 人間関係学系
        • 社会学専攻
        • 心理学専攻
        • 教育学専攻
        • 人間科学専攻
  • 経済学部
    • 経済学科
  • 法学部
    • 法律学科
    • 政治学科
      慶應義塾大学では、日本国内の政治学科としては教員数と科目数が最多と主張している[2]
  • 商学部
    • 商学科
  • 医学部
    • 医学科
  • 理工学部
    慶應義塾大学理工学部では、学科ではなくまず学門別に入学する。学門は5つあり、それぞれの特色により進学できる学科が異なる。もちろん講義の必修科目にも多少違いがある。一年次に進路を考え、二年次にそれぞれの特色に沿った学科に進学することで、進路の幅にやや余裕が持てるメリットがある。
    • 学門1,2,3,4,5(一年次)
    • 機械工学科
    • 電子工学科
    • 応用化学科
    • 物理情報工学科
    • 管理工学科
    • 数理科学科
    • 物理学科
    • 化学科
    • システムデザイン工学科
    • 情報工学科
    • 生命情報学科
  • 総合政策学部
    • 総合政策学科
  • 環境情報学部
    • 環境情報学科
  • 看護医療学部
    • 看護学科
  • 薬学部
    • 薬学科
    • 薬科学科
  • 通信教育部

経済学部

旧制大学時代に設置されていた理財科を新制大学時に改組して設置した学部。環境経済学などの他の大学では余り開講されていない学問分野もそろえている。

Professional Career Programmeという、経済学教育を英語で行うということを特色としたプログラムが用意されている。授業はもとより、教員TAとの連絡や会話も英語で行われている。これによって、英語力の強化と経済学を強みにしたキャリア構築の可能性を学生に提供している。PCPとしては、国内外の専門大学院進学の基礎となる力を身につけることを目標に掲げているが、実際は就職する学生も少なくない。

商学部

学部設立は1957年、慶應義塾創立100周年を機に行われた。しかし、商学研究自体は、1873年に福澤諭吉がアメリカの商業学校で使用されていた『ブックキーピング』という教科書を『帳合之法』という翻訳書として発行した[3]時点まで遡る。また、1935年には経済学部内に経済学科(甲科)とは別に商業学科(乙科)が開設されている[4]福澤諭吉の建学の精神の一つである「実学」を最も体現すると言われている学部[要追加記述]であり、経営会計商業、経済・産業の4つの領域からなる。

医学部
慶應義塾大学医学部・病院(信濃町キャンパス)

概要

医学部は、1917年福澤諭吉の遺志をくみ、北里柴三郎を初代学部長として設立された。

慶應義塾大学では看護学系が看護医療学部として分かれているため、医学科のみが置かれている。6年教育であり、日吉キャンパスで主に一般教養を、信濃町キャンパスで医学を学ぶ。以前は信濃町キャンパスが2年の秋学期からだったため、旧制大学時代に倣って1,2年を予科1,2と呼び、3,4,5,6年を学1,2,3,4と呼ぶ。

基礎医学臨床医学の連携のもと、患者側の視点に立った臨床のための医学の発展を目的として設立されている。医学部六年生の夏休みにアメリカのメディカルスクールに短期留学できるほか、ラテンアメリカなどの医学部での交流プログラムがある。また、低学年の間にも海外の他大学[5]との交流会などが用意されている。

沿革
  • 1916年大正5年)12月27日 - 慶應義塾に医学部の創設が許可される。
  • 1917年大正6年)3月 - 医学部予科1年生の募集開始。初代の医学部長として北里柴三郎が就任する。
  • 1920年大正9年) - 医学部が大学医学部に昇格。医学部校舎と附属病院が信濃町に新築される。
  • 1937年昭和12年) - 北里記念医学図書館が創立される。

使用キャンパス

医学部一年生はここにて、法学部、経済学部などの学生と共に、教養科目を受講。

二年生より六年生までは、ここで臨床医学を身につける。

総合政策学部・環境情報学部

総合政策学部と環境情報学部は湘南藤沢キャンパスにおいて、他の学部とは大きく違った独自の教育が実施されている。この節では両者に共通する特徴などをまとめた。

基本理念

「創造性の重視」「問題発見・解決型」。今の世の中に存在する雑多な諸問題を発見・解決していく人材を創出することを目的としている。その為、従来のリベラルアーツと専門知識の詰め込みだけではなく、研究プロジェクトを中心に置き、その中で見えてくる学生自身が足りない必要な知識 (カリキュラム) を見つけ、取得し、補いながら研究を進めていくという、従来とは全く違う独創的なスタイルが構築されていると関係者は考えている[要出所明記]

特徴

大学では「学問の再編成」をキーワードとして自由度の高い履修システムを使用している。基本的に各授業には学年による履修制限を課さず、学部1年生から専門的な授業を履修できる。また、学部と大学院で共有する授業を多く設置している。

また、「半学半教」の理念から学生、特に学部生の雇用に積極的である。具体的には図書館スタッフ、コンピュータやマルチメディアの相談員、キャンパス内の設備利用ガイドの編集員、教育補助員 (学部生はSA、院生はTAと称する) などである。

湘南藤沢キャンパス内にある湘南藤沢中・高等部と大学の連携として、湘南藤沢中・高等部の「ゆとりの時間」という選択授業の中で一部大学授業を履修できる。

通信教育部

財団法人私立大学通信教育協会に加盟している。慶應義塾大学本部のある三田キャンパスに事務局がある。

学部構成
入学の種類及び入学資格
入学選考は基本的には書類選考だが、学問領域関連書籍の論評などを含む志望理由書を提出する必要がある。
  • 普通課程
  • 特別課程
    • 短期大学高等専門学校卒業者又は見込み者。あるいは日本の大学に2年以上在籍し、卒業所要単位として62単位以上修得している者。出身学科に関係なく、一般教育科目の人文・自然・社会の領域から18単位を一律に認定される。外国の短期大学卒業者も入学できる。なお、専修学校専門課程修了者は特別課程に入学できない。
  • 学士入学
    • 大学卒業者または見込み者。学位授与機構にて学士学位を取得した人、外国の大学卒業者。英語を除く一般教育科目40単位が認定される。
入学式
  • 慶大本部のみならず、大阪では関西大学で入学式が行われることがある。
スクーリング
  • 夏期スクーリング
  • 夜間スクーリング(毎年概ね9月下旬から12月中旬まで毎週月曜日から金曜日までの18時~20時まで東京の三田校舎で実施されている。)
  • 実験スクーリング(夏期において日吉キャンパスで行われる。希望者のみ受講できる。学士入学者は受講不可)
  • 体育実技スクーリング(選択制で4単位まで卒業所要単位として加算される。日吉キャンパスにて夏期に行われる。冬期にはスキースクーリングもある)
  • 通年スクーリング(通学課程の授業を受けられる特別なスクーリングで、受講には一定の条件が必要。)
  • 地方スクーリングはないので、東京の三田キャンパスと横浜の日吉キャンパスまで通学する必要がある。
単位修得試験
  • 年に4回行われる。三田キャンパス以外でも行われている。
  • 卒論が必修で8単位ある。


大学院

ビジネススクール(旧キャンパス)
  • 文学研究科
  • 経済学研究科
  • 法学研究科
  • 社会学研究科
  • 商学研究科
  • 医学研究科
  • 理工学研究科
  • 政策・メディア研究科
  • 健康マネジメント研究科
  • 経営管理研究科(ビジネススクール、経営大学院に改組予定)
    • 経営管理研究科は、1978年に大学院経営管理研究科経営管理専攻として設立認可を受け、日本初の2年制MBAコース(大学院修士課程)として設立された。米国のハーバード・ビジネス・スクールに倣ったケースメソッドを主として採用した教育を行い、2000年4月、日本で最初にAACSBからの認証を取得している[6]。米国のビジネス・スクールと同様、大学の学部を卒業したばかりの者の入学は前提としておらず、数年以上の実務経験を有する社会人の教育を対象としたカリキュラムが組まれている。MBA取得のためには、社会人が2年間休職して(あるいは企業派遣で)フルタイムカリキュラムに参加する必要がある。修士課程修了者にはMBA(経営学の修士号)が授与される。通称は慶應ビジネス・スクール。略称はKBS。教室は2008年9月より協生館へ移転している。さらにESSECと協定を結び、2009年度から双方の学生が転籍することなく、両校で1年ずつ学ぶことで両校の学位を同時に取得可能とするプログラムを開設予定である[7][8]
  • 法務研究科(法科大学院
  • メディアデザイン研究科
  • システムデザイン・マネジメント研究科
  • 薬学研究科


附属機関

  • 総合医科学研究センター
  • 先端科学技術研究センター(KLL)
  • グローバルセキュリティ・リサーチセンター(G-SEC)
  • 総合研究推進機構
  • 国際連携推進機構(OGI)
  • デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構(DMC)
  • 日本語・日本文化教育センター
  • 法学研究所
  • 言語文化研究所
  • メディア・コミュニケーション研究所(旧新聞研究所)
  • SFC研究所
  • 産業研究所
  • 東アジア研究所
  • 先端生命科学研究所
  • 体育研究所
  • 附属研究所斯道文庫
  • 福澤研究センター
  • 国際センター
  • アート・センター
  • 教職課程センター
  • 外国語教育研究センター
  • 教養研究センター
  • スポーツ医学研究センター
  • 保健管理センター
  • 研究推進センター
  • 知的資産センター
  • インキュベーションセンター
  • 研究支援センター本部
    • 三田研究支援センター
    • 日吉研究支援センター
    • 矢上研究支援センター
    • 信濃町研究支援センター
    • 湘南藤沢研究支援センター
  • 先端研究教育連携スクエア事務室
  • 慶應義塾大学病院


出版会

慶應義塾大学の出版部門として慶應義塾大学出版会がある。慶應義塾大学出版会は組織的に独立した株式会社であり、大学の附属機関ではない。しかしながら慶應義塾大学関係の書籍を出版するなど、大学本体との関わりが深いので、本節においてまとめた。詳細は該当記事を参照のこと。

研究

21世紀COEプログラム

  • 採択12件
  • 2002年
生命科学
システム生物学による生命機能の理解と制御
化学材料科学
機能創造ライフコンジュゲートケミストリー
情報電気電子
アクセス網高度化光・電子デバイス技術
人文科学
心の解明に向けての統合的方法論構築
学際複合新領域
次世代メディア・知的社会基盤
  • 2003年
医学系
低侵襲・新治療開発による個別化癌医療確立
幹細胞医学と免疫学の基礎・臨床一体型拠点 -ヒト細胞とin vivo 実験医学を基盤とした新しい展開-
数学物理学地球科学
統合数理科学、現象解明を通した数学の発展
機械土木建築その他工学
知能化から生命化へのシステムデザイン
社会科学
市場の質に関する理論形成とパネル実証分析
多文化多世代交差世界の政治社会秩序形成 ?多文化世界における市民意識の動態
日本・アジアにおける総合政策学先導拠点

グローバルCOEプログラム

  • 採択7件
  • 2007年
生命科学
In vivo ヒト代謝システム生物学拠点
情報電気電子
アクセス空間支援基盤技術の高度国際連携
人文科学
論理と感性の先端的教育研究拠点形成
  • 2008年
医学系
幹細胞医学のための教育研究拠点
機械土木建築その他工学
環境共生・安全システムデザインの先導拠点
社会科学
市場の高質化と市場インフラの総合的設計
市民社会におけるガバナンスの教育研究拠点


学生生活

部活動・クラブ活動・サークル活動

  • 慶應義塾大学硬式庭球同好会連盟(けいおうぎじゅくだいがく こうしきにわきゅうどうこうかいれんめい)というテニスサークル連盟がある。現在、31サークルから成り立ち、公称会員数4000人、「日本最大規模のテニスサークル連盟」を自称している[要出典]

学園祭

各キャンパスごとに、「三田祭」(三田キャンパス)、「四谷祭」(信濃町キャンパス)、「矢上祭」(矢上キャンパス)、「七夕祭」、「秋祭」(湘南藤沢キャンパス)が開催されている。

このうち、三田祭が最大規模であり、他キャンパスの学生も多く参加する。慶應義塾大学が公式に「学園祭」としているのは三田祭のみである。その他のキャンパスごとのイベントは有志によるものに過ぎないとされているが、実質的には「学園祭」として認知されており、慶應義塾大学の受験生向けパンフレットなどにも紹介されている。

なお、日吉キャンパスで行われる日吉祭は慶應義塾高等学校の文化祭である。

三田祭

三田祭は、毎年11月23日前後に例年4日間行われる。運営しているのは三田祭実行委員会。学校法人慶應義塾では三田祭の規模は日本国内最大であると考えており、大学案内などの広報資料でもそのように謳っている[要出典]。三田祭のイベントとして行われるミスコンテストの優勝者『ミス慶應』は、その後女子アナタレントになることが多く、芸能関係者の間では注目されている。

歴代ミス慶応(芸能活動への進出が確認された受賞者のみ)

名前 その後の活動
1995 與芝由三栄 NHKアナウンサー
1996 末吉里花 タレント
1997 山田玲奈 タレント
1998 籠島範子 歌手(ソニーミュージック所属)
1999 中野美奈子 フジテレビアナウンサー
2000 鈴江奈々 日本テレビアナウンサー
2001 青木裕子 TBSアナウンサー
2006 竹内由恵 テレビ朝日アナウンサー

このように華やかさ[要出典]ばかりに目が向けられる三田祭であるが、三田祭発表として経済学部商学部法学部文学部・メディア・コミュニケーション研究所のゼミナール論文発表なども行われており、3年生の活動の中心に置くゼミも多い。

三田祭開催の1~2週間前には、前夜祭がほぼ毎年行われており(前夜祭のみ日吉キャンパスで行われる)、有名人のコンサートが開催される[要出典]。 

歴代前夜祭出演アーティスト

名前
1981 松任谷由実
1982 佐野元春山下久美子
1983 沢田研二
1984 時任三郎
1985 稲垣潤一
1986 渡辺美里
1987 杉山清貴
1988 久保田利伸&Mother Earth バブルガムブラザーズ
1989 米米CLUB
1990 安全地帯
1991 スターダスト・レビュー
1992 森高千里
1993 佐野元春
1994 谷村有美
1995 今井美樹
1996 井上陽水 with RISKS
1997 中止
1998 小田和正
1999 知念里奈篠原ともえ
2000 中止
2001 中島みゆき
2002 中止・三田祭本祭初日にシークレットライブとして相川七瀬
2003 松浦亜弥
2004 CHAGE and ASKA
2005 MISIA
2006 trf
2007 ORANGERANGE
2008 倖田來未


卒業OBの多くが母校の文化祭を訪れるのが慶應の特徴であり、三田祭の開催時には日吉の駅前や三田通りに、慶應の校章が描かれている紙バックを持ったOBで賑わう[要出典]

スポーツ

協生館&グランド

体育会の正式名称は「慶應義塾體育會」(けいおうぎじゅくたいいくかい)である。「慶應義塾大学体育会」としている文献が存在するが、正式名称では「大学」の語は使用しない。2006年現在、39部52部門が所属している。体育会各部間の意見交換や、体育会全体に関わる会議・行事の企画・進行や広報活動を行う組織として、體育會本部を置く。体育会部員から選出された常任委員がこうした業務に携わっている。また、体育会事務室という慶應義塾大学の部署が設置され、専任の大学職員が常駐している。体育会事務室は学生主体の體育會本部と連絡を取りながら体育会の運営をサポートしている。