政令指定都市 とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋政令指定都市(せいれいしていとし)とは、地方自治法[1]第252条の19第1項で「政令で指定する人口50万以上の市」と規定される市である。政令市とも通称され、2007年(平成19年)4月1日現在、全国に17市ある。法令では「指定都市」(同法)や「指定市」(警察法)とも表記される。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 政令指定都市 出典: 『はてなダイアリー』 関連商品
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指定都市の制度は、日本の大都市等に関する3つの特例制度の一つであり、1956年(昭和31年)に運用が開始された[2]。地方自治法[1]第2編第12章第1節「大都市に関する特例」に、指定都市に関する、特例を中心とした規定がある。指定都市は「人口50万以上の市」とされている(第252条の19第1項)。特例制度の他の2つは、第2節に規定がある中核市の制度(人口30万以上、1995年開始)、第3節に規定がある特例市の制度(人口20万以上、2000年開始)である[1][2]。→#指定都市の権能、#人口要件も参照。
指定都市は、条例で区を設けるものとされている(第252条の20第1項[1])。この区は、東京都の特別区などと区別して、「行政区」と通称される。→#組織も参照。
指定都市の制度は、地方自治法の1956年(昭和31年)の一部改正(昭和31年法律第147号)に含まれる形で、同年9月1日から実施された。同日から、指定都市を指定する政令[3]が施行されて5市が指定都市に移行。以後、この政令の一部改正で新たに市が指定され、その施行日から指定都市に移行している[3][4]。
なお、指定都市の制度により、大都市に関する2つの旧制度が置き換えられた[2]。一つは、五大都市行政監督ニ関スル法律[5]を根拠とした制度で、対象は京都市、大阪市、横浜市、神戸市、名古屋市であった(この5市は最初の指定都市)。もう一つは、地方自治法を根拠に1947年(昭和22年)以降、法令上、存在していた特別市の制度で、人口50万以上の市を法律で指定するものだったが、実際には一市も指定されなかった。→#沿革も参照。
地方自治法[1]第2編「普通地方公共団体」第12章「大都市等に関する特例」では、指定都市、中核市、特例市それぞれに関する特例制度が規定されている。特例により持ちうる権能は、指定都市が最も広い。三者いずれに関しても、権能の範囲など特例の具体的な定めは、ほぼ政令に委ねられており、対応する規定が地方自治法施行令[6]第2編第8章にある。
指定都市が特例で処理できる事務は、第252条の19第1項(後に抜粋)で掲げる19の事務のうち、都道府県が法令に従って処理するとされているものから、政令で定められる(同条同項)[7]。
また、事務処理への都道府県の関与については、都道府県知事や都道府県の委員会の
ことになっている(同条第2項)[8]。
一般の市から移行する場合、指定都市には都道府県が有する権能の8割が、中核市については指定都市の7割、特例市については中核市の3割に相当する権能が移譲されるといわれている[9]。
なお、地方自治法以外の、個別法令(例えば道路法、河川法、地方教育行政法など)の規定や都道府県の条例によっても権限が移譲されうる。
第252条の19の第1項までを抜粋。出典条文リンク: 法令データ提供システム, 総務省. 2008年9月5日現在.
指定都市は、“市長の権限に属する事務を分掌させるため、条例で、その区域を分けて区を設け、区の事務所又は必要があると認めるときはその出張所を置く”ものとされている(第252条の20第1項)。この区は「行政区」と通称される。区の事務所、通称「区役所」の長は、当該指定都市の職員の中から市長が任命する(各市の行政組織によるが、一般的に局長クラスまたは部長クラスの役職)。指定都市は、必要と認めるときは、条例で、区ごとに区地域協議会を置くことができ、その場合、その区域内に地域自治区が設けられる区には、区地域協議会を設けないことができる(第252条の20第6項)。
区役所にどの程度の業務を担わせるかは、指定都市によって幅がある。戸籍、住民基本台帳、租税の賦課、国民健康保険、国民年金、福祉などの日常的・定型的な窓口業務のみを担当させる「小区役所制」(大阪市、名古屋市、京都市など)があれば、保健、土木、建築などの業務を幅広く行う「大区役所制」(川崎市、広島市、仙台市など)もある。
なお、東京都の区は特別区である。区(行政区)が普通地方公共団体たる指定都市の地域区分であるのに対し、都の特別区は独立した法人格を持つ「特別地方公共団体」で、ほぼ一般の市と同じ事務処理権限を有している。また、これ以外に「... 区」と名前が付く地域区分には、地域自治区、合併特例区、財産区がある。
地方教育行政の組織及び運営に関する法律には、指定都市に関する特例が定められている。指定都市の県費負担教職員の任免、給与の決定、休職及び懲戒に関する事務、並びに研修は、当該指定都市の教育委員会が行う。
指定都市は、基本的に都道府県が行う事務のほとんどを独自に扱えるが、先述のとおり一般的には「8割程度」と評価され、都道府県の影響力が完全に排除されるわけではない。
以下に、都道府県と指定都市の間の役割分担の一例を示す。
| 事務 | 都道府県の事務 | 指定都市の事務 |
|---|---|---|
| 民生行政に関する事務 |
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| 保健衛生に関する事務 | ||
| 都市計画に関する事務 | ||
| 文教行政に関する事務 |
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| 農林水産行政に関する事務 | 農林水産行政に関する授権は特にない。 | |
| 警察の設置に関する事務 |
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自ら警察を設置することはない。 ただし指定都市は、都道府県警察を管理する公安委員会の委員を、都道府県知事に推薦できる。指定都市が委員2名を推薦し、これに基づいて都道府県知事が委員を任命する。詳細は公安委員会#委員会の構成を参照 また、指定都市の区域には、都道府県警察が「市警察部」を置く。詳細は当該項目を参照。 |
このほか、後期高齢者医療制度においては、都道府県が直接事務に携わるわけではないが、指定都市も他の市町村とともに都道府県単位で広域事務組合を作り、そこで事務を取り扱う。指定都市の区役所は窓口代理業務を行うのみである。
指定都市移行にあたっては、移譲にあたっての行財政上の問題として、概ね次のような留意事項の指摘がなされている。
移行に起因する事務移譲により、指定都市に新たに発生する財政需要額は、概ね5,600億円程度とされる[10]。これに対し、税制上の措置として指定都市に図られる増収対策の半分以上は、道路の管理に関する予算(道路特定財源の一部を増額交付するもの)[11]で、それ以外の特例事務との純計で、おおむね3,000億円程度、税制上の措置が不十分であるとされる[12]。指定都市制度には、都道府県側から指定都市側に対して交付金を交付する制度があるものの、行政上の負担割合の変更に伴い、逆に減収となる項目も存在する。このため、負担事務の増加に見合った増収を十分担保する措置が、必ずしも確保されるわけではない。
こうした経緯から、新規に指定都市へ移行する市の場合、移行と行政改革がセットで語られることがある。とくに平成の大合併期に、スケールメリットを期待した合併を経て誕生した指定都市では、移行に併せて地方債の繰上償還、これまで一般市町村として担当した行政分野での職員定員削減などが行われる[13]。
上述のとおり、指定都市は各分野につき、完全に独立した行政を担当できるまでの事務移譲を受けるわけではなく、農林行政、防災行政については、ほとんど授権がない。一方で、都道府県と指定都市との間では、一部につき共通する行政を担当することから、両者の間での二重規制、二重行政に陥る可能性が指摘されることがある[14]。法令上、指定都市は、一部の特例措置を除いては、一般の市町村と同列の制度の適用を受けるため、都道府県が市町村の行政を審査する行政不服審査制度に関する事項など、両者の関係について法令上あいまいな部分もある[14]。新たな法令を制定することを通じ、都道府県に指定都市に対する勧告権を付与し、指定都市内の行政に関する関与権限を弱める案などが提唱される。
以下に大都市制度の沿革を記す。以下とは別に、首都圏整備法(昭和31年法律第83号)、近畿圏整備法(昭和38年法律第129号)などが大都市圏制度として制定されている(→三大都市圏)。
指定都市になるための人口[20]要件は、50万人以上である(人口要件を決めた当時、特別区最大だった世田谷区の法定人口[20]は40.8万人→参照)。しかし、実際の運用基準として、以下のものが並立して存在するとされる。
以下に記載する人口は、指定日直近の法定人口[20](合併市町村を含む国勢調査人口)。なお、比較のため、指定前年に国勢調査がなかった場合に限り、指定前年10月1日の推計人口(緑字)も付記する。
1956年(昭和31年)において、地方自治法上の有資格市(法定人口50万人以上の市)には旧五大都市および福岡市(54.4万人)の計6市が存在した(参照)。しかし、制度創設経緯から、旧五大都市のみが指定都市に移行した。なお、このとき特別区最大の人口を擁したのは大田区で、法定人口56.8万人。
神戸市は、1939年(昭和14年)に既に100万人(神戸市発表)に達していたが、戦争の影響で30万人台にまで落ち込んだ。戦後、周辺自治体と合併したが、1955年(昭和30年)の国勢調査時には100万人を回復していなかった。ただし、指定都市となった翌月の1956年(昭和31年)10月1日に、再び100万人(推計人口)に達した[21]。
神戸市を先例として、旧五大都市以外では、「人口100万人以上、または、近い将来人口100万人を超える見込み」が運用基準とみなされた。
これ以降、福岡市を先例として、「人口100万以上、または、近い将来人口100万人を超える見込みの80万人以上の人口」が運用基準とみなされた[22][23]。
実際に、千葉市以外は見込み通りに人口100万人以上となった。ただし、北九州市はここ数年100万人を割っている(参照)。
平成の大合併に際して市町村合併を行った自治体には、期間限定で運用基準の緩和がなされることになった(沿革参照)。すなわち、「近い将来100万人を超える見込み」がない市[24]への指定が可能になった。静岡市を先例として、「70万程度の人口」があれば指定都市になれると言われている[25]。
なお、以上の4市は、指定都市史上初めて、特別区最大の人口を擁する世田谷区を下回る人口で指定された。
都市機能や行財政能力については特に法令で規定されていないが、これまで指定都市に指定された都市では主に次のような要件を満たしており、これに遜色ない条件を満たす必要があるとされる。
指定都市移行の手続きは特に法令で規定されていないが、これまで指定都市に指定された都市では主に次のような手続きを経た上で、指定がなされている。
指定都市は権限の移譲等により都道府県の影響力が少なくなることから、実質的に都道府県と同格に扱われ、県の中に県ができると見られることもある。都道府県に準じた権限を手にする事で、自由に様々な事に取り組めるようになる一方、何かあった場合の責任は重くなると言われている。