文京区 とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋文京区 出典: 『はてなダイアリー』 関連商品
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文京区(ぶんきょうく)は、東京都の特別区のひとつ。郵便番号上3桁は、112、および113。
23区の中央北寄りに位置する「文の京」と住宅の街。 明治より夏目漱石や森鴎外、宮沢賢治等の著名な文人・学者・政治家が多く集まった。出版・印刷、先端医療が盛ん。大規模病院が多い。東京ドーム、講道館(柔道)、東京大学がある。
区の南部には商業地域が幾らかみられるものの、全体としては住宅地が多く、また公園、教育機関、医療機関も多い。千代田区と隣接していながら文京区には大和郷(本駒込六丁目)、本郷、小石川、小日向、本駒込、目白台などの閑静な住宅地が残されている。また音羽の森や六義園、後楽園、小石川植物園など歴史ある広大な日本庭園がいくつも残されている。
区内にはJRの駅が一つも無く、繁華街が無いこともあり、山手線内にありながら、23区内のなかでは一番犯罪が少なく、ダイヤモンド社の週刊ダイヤモンド2007年8月11.18日合併号によると、「安心して住める街」一位である。
目次 |
文京区は、東京都の東部、皇居の北側に位置する。文京区役所の正確な位置は、東経139度45分40秒・北緯35度42分20秒。 武蔵野台地の坂、神田川などにつくられた低地部、5つの台地(関口台、小日向台、小石川台、白山台、本郷台)や谷から成り立ち、坂の多い地域である。 高度は、後楽一丁目の海抜3.1メートルを最低に、大塚五丁目付近で海抜34メートルである。面積は、11.31km²であり、特別区では4番目に面積の小さい区である。
現在の文京区に人が住み始めたのはおよそ18,000年前頃の旧石器時代と考えられている。区内28カ所に縄文遺跡が確認され、本郷台地周辺で貝塚と縄文土器が多数発見されている。1884年(明治17年)に向ヶ丘弥生町(現在の弥生一丁目)で発見された土器は、その発見地から弥生式土器と命名され、弥生時代の名の由来となっている。
明治29年に六義園(本駒込6丁目)から本郷通りの東側(現在の本駒込5丁目)で弥生後期の遺跡が発見されている。豊島区と文京区の区界にまたがって広がる遺跡。中世に至り上杉氏の支配下に入り太田氏・豊島氏などの豪族の影響を受け、後北条氏の支配地となり徐々に発展していったようである。
1590年(天正18年)、徳川家康の江戸幕府により、数多の武家屋敷や寺社が建った。徳川光圀(水戸黄門)で有名な徳川御三家の一つ、水戸徳川家屋敷をはじめ、徳川家康の生母である於大の方が埋葬された伝通院、五代将軍徳川綱吉の生母桂昌院の願いにより創建された護国寺などの寺社。
三代将軍徳川家光の乳母である春日局、大奥の奥女中であった音羽が土地を拝領した事から「春日」「音羽」など現在でも地名として使われる。 大政奉還後は十五代将軍徳川慶喜が旧小日向(春日)居住。 江戸時代は、区内の大半が武家地によって占められていたため、町人町の拡大は広大な武家地によって妨げられていたが、中期には区域の多くが市街化し、後期には中山道の街道筋に商店が建ち並ぶなど商業が活発化した。明治時代に入り広大な武家屋敷の跡地は、大学などの教育機関の敷地や軍用に転用された。
区内には、幕府の官学の府ともいうべき湯島聖堂、昌平坂学問所があった。 昌平坂学問所跡に師範学校、女子師範学校が設立され、東京大学が現在地に移転を完了し、文教地区文京の特色が鮮明になった。 一方、水戸徳川家の上屋敷内の庭園が現在の小石川後楽園となり、五代将軍徳川綱吉の大老柳沢吉保の六義園が返還され、国の名勝になるなど、都心の貴重な緑地を今に残している。
1878年(明治11年)、郡区町村編制法により小石川区と本郷区成立。広大な加賀前田家の屋敷跡に帝国大学(現東京大学)設置、大学周辺に出版社が集まり、それに伴って多くの文人達が集まり、坪内逍遥、森鴎外、夏目漱石、樋口一葉などが居を構えた。その後都市化が進むが、本郷通りなどの大通りから一歩住宅街へ入ると江戸や明治の名残ある場所が多数残されている。
1937年(昭和12年)、東京砲兵工廠の跡地に後楽園スタジアム(現在の東京ドーム)が誕生し、戦後のプロ野球復活と共に娯楽地として発展する。 1947年(昭和22年)、市街地編成として小石川区と本郷区が合併し文京区誕生(1947年(昭和22年)3月5日公布、同年3月15日施行)。区の名称は『文京』の名が書きやすく、“文教の府”のイメージと一致しているとして、両区の区議会で採用された。
1999年(平成11年)、35年ぶりに人口増加へ転じている。
| 文京区と全国の年齢別人口分布図(比較) | 文京区の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
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■紫色は文京区
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
出版・印刷業が盛んであり区内製造業出荷額の9割を占めるほか、医療機関が多いことから、医療機器関連、秋葉原に近いことから、情報通信関連の産業も盛んである。 区内の産業を活性化するために産業情報ネットワーク「BUN-NET」を区が運営している。
東京都:東を台東区、南を千代田区と接し、南西に新宿区、北西に豊島区があり、北に北区と荒川区が一部接している。
各地域
区内を地下鉄6路線が走る。JRの駅はないが、山手線及び湘南新宿ラインの線路が本駒込六丁目をわずかな距離ながら通っている。 また、御茶ノ水駅、水道橋駅、飯田橋駅、大塚駅、巣鴨駅、駒込駅などは区界から至近であり、利用は十分に可能である。
文京区は、区が自らを「文の京」と位置づけているように、国内の最高学府といえる東京大学が所在し、また区の規模に比して教育機関が多い。
小学校・中学校におけるこの書体の区立学校は、文部科学省が推進する「学力向上フロンティア」指定校(フロンティアスクール)である。
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警視庁
区内に警察署が4箇所、交番が21箇所、派出所が1箇所ある。
| 文京ふるさと歴史館 | 開館時間 午前10時~午後5時/ 休館日 毎週月曜日、第4火曜日(祝日にあたるときは開館し翌日休館)定期燻蒸期間、年末年始/ 入館料 100円、団体(20人以上)70円 幼児・小・中学生・65歳以上、「身体障害者手帳」「愛の手帳」などをお持ちの方とその介添の方、「友の会」会員の方は無料。TEL 03-3818-7221/交通 電車:丸ノ内線・大江戸線 本郷三丁目駅または三田線・大江戸線 春日駅から徒歩5分 バス:「都02」「上69」真砂坂上から徒歩1分 |
| 印刷博物館 | 印刷文化の展示。ケリー自動高速輪転印刷機、ケルムスコット・プレス刊本「チョーサー著作集」等。水道。 |
| 永青文庫 | 日本・東洋の古美術が中心の私立美術館。旧熊本藩主細川家の所蔵品展示。国宝多数。目白台。 |
| オルゴールの小さな博物館 | 日本で最初のオルゴールの博物館。18世紀末から20世紀にかけて発達した自動演奏装置を展示、演奏する。 |
| 礫川浮世絵美術館 | 江戸の風俗絵画・浮世絵の展示。礫川はこいしかわ。 |
| 礫川公園 | 小石川台地の東端に二段構成で造られた、イタリアルネッサンス式の造園手法カスケード。礫川(れきせん=小石川) |
| 東京都戦没者霊苑 | 礫川公園に隣接。第二次世界大戦における戦没者を祀る東京都の慰霊施設。前に春日乃局の像がある。 |
| 小石川後楽園 | 水戸徳川家ゆかりの泉水庭園(史跡・名勝)。徳川光圀(水戸黄門)が完成させた。水道橋駅、後楽園駅より。 |
| 小石川植物園 | 東京大学大学院理学系研究科附属植物園であり、銀杏の精子発見の木やニュートンのりんごの木、メンデルのぶどうの木など学術的なものの他、散策も手頃。茗荷谷駅より徒歩15分。 |
| 石川啄木終焉の地 | 石碑。小石川図書館より徒歩2分。同図書館でパンフレット配布中。 |
| 小石川大神宮 | 伊勢神宮の分社。 |
| 講談社野間記念館 | 講談社の創設者の野間清治の記念館。文京区関口2-11-30。 |
| 講道館 | 柔道の聖地(嘉納治五郎)である。東京ドームシティのすぐ隣にある。 |
| 竹久夢二美術館 | 大正ロマンを象徴する画家、詩人である竹久夢二の作品を展示。弥生美術館に併設された。根津駅、東大前駅より。 |
| 立原道造記念館 | 東大弥生門前。詩人、建築家としての作品展示。 |
| 伝通院 | 無量山傳通院寿経寺。徳川家康の生母於大の方の菩提寺、永井荷風「伝通院」の舞台。 |
| 東京カテドラル | カトリックの東京大司教区の司教座聖堂が置かれている教会。建物は丹下健三の代表的建築のひとつとして知られる。 |
| 東京大学 | 緑豊かなキャンパスに、歴史的な重厚な建築が数多く残る。本郷三丁目駅、東大前駅、根津駅より。 |
| 東京大学赤門 | 第11代将軍徳川家斉の溶姫(やすひめ)が加賀前田家第13代前田斉泰に嫁入りした際に建てられた門。国の重要文化財に指定されている。 |
| 東京大学三四郎池 | 夏目漱石「三四郎」の舞台。正式名称は育徳園心字池。 |
| 東京大学総合研究博物館 | デジタルミュージアムやリアルミュージアムなど |
| 東京大学安田講堂 | 銀行家の安田善次郎が寄贈した東大の講堂。正式名称は大講堂。 |
| 東京ドーム | 愛称BIGEGG(ビッグエッグ)。読売ジャイアンツの本拠地。コンサートなども。 |
| 東京ドームシティ | 旧後楽園遊園地がリニューアル。商業施設ラクーアも含まれ、エンターテイメントだけでなく、ショッピングやスパも楽しめる。 |
| トーキョーワンダーサイト | 東京都運営の若手芸術家向け美術館 |
| 成川美術館 | なるかわ |
| 日本サッカーミュージアム | 日本サッカー協会内。バーチャルスタジアムやロッカールーム再現など、サッカーファン必見。御茶ノ水駅より。 |
| 鳩山会館 | 政治家・鳩山家(鳩山一郎・鳩山由紀夫・鳩山邦夫等)の功績記念。大広間の貸出利用。音羽。 |
| 播磨坂さくら並木 | 春には坂に沿って植えられている桜は絶景になる。茗荷谷駅より徒歩10分、道は国道254号線(春日通り)を後楽園方面に歩き、小石川5丁目の信号を左折したところにある。都営バス「小日向3丁目」/「小石川4丁目」下車。 |
| 三菱史料館(旧岩崎邸) | ジョサイア・コンドル設計、三菱財閥創始者・岩崎家本邸。池之端。 |
| 野球体育博物館 | 東京ドーム内。日本の野球殿堂として知られる。 |
| 弥生美術館 | 主に大正から昭和初期にかけての抒情画や、雑誌・漫画などの出版美術を展示。竹久夢二美術館併設。根津駅、東大前駅より。 |
| 湯島聖堂 | 徳川五代将軍綱吉によって建てられた孔子廟。昌平坂学問所跡。御茶ノ水駅のすぐそば。 |
| 湯島天満宮 | 学問の神様である菅原道真を祭った神社。内庭に梅園があり、春先の二月から三月にかけて、梅まつりが行われる。湯島駅より。 |
| 櫻木神社 | 学問の神様である菅原道真を祭った神社。本郷三丁目交差点すぐそば。本郷三丁目駅徒歩1分。 |
| 三河稲荷神社 | 徳川家康入国時、戦勝祈願等により三河から江戸へ奉遷した神社。本郷三丁目駅徒歩3分。 |
| 谷根千(谷中・根津・千駄木) | 古くからの町並みが残る、非常に風情のある下町の地区。それぞれ一文字ずつ取り"やねせん"と呼ばれている。 |
| 六義園 | りくぎえん 徳川綱吉の側用人、柳沢吉保が造成した庭園。 |
| 木戸坂 | 木戸孝允(桂小五郎)、別邸の地。豊島区駒込1丁目から文京区本駒込5丁目にかけて今もなお当時の庭園が残る。 |
| 護国寺 | 徳川綱吉の母の桂昌院の発願によって創建された寺院。大隈重信、山縣有朋、田中光顕らの墓がある。 |
| 豊島岡墓地 | 皇族墓地。明治以降の皇族が埋葬されている。通常は参観不可。 |
| 大塚先儒墓所 | 儒葬墓地。江戸時代の儒学者が葬られている。 |
| 新江戸川公園 | 細川家の邸宅跡地。回遊式泉水庭園を主体とした公園。目白台にある。 |
| 関口芭蕉庵 | かつて松尾芭蕉の住んでいた住居跡。戦後に復元された建物と庭園がある。目白台。 |
| 椿山荘 | 都内の代表的なホテル・結婚式場・各種イベント会場。当地にある |