日本赤十字社 とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋日本赤十字社(にっぽんせきじゅうじしゃ)は、1952年に制定された日本赤十字社法(昭和27年8月14日法律第305号)によって設立された認可法人。社員と呼ばれる個人参加者の結合による社団法人類似組織である。日本において赤十字活動を行う唯一の団体。略称は「日赤」(にっせき)。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 関連商品
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| 種類 | 日本赤十字社法に基づく認可法人・社団法人類似組織 |
|---|---|
| 略称 | 日赤、赤十字 |
| 本社所在地 | 〒105-8521 東京都港区芝大門一丁目1番3号 |
| 電話番号 | 03-3438-1311 |
| 設立 | 1877年5月1日 |
| 事業内容 | 日本赤十字社法に基づく病院施設等の運営、災害救援活動等 |
| 代表者 | 社長 近衞忠煇 |
| 従業員数 | 55,204人(2007年4月16日現在) |
| 外部リンク | http://www.jrc.or.jp/ |
日本赤十字社(にっぽんせきじゅうじしゃ)は、1952年に制定された日本赤十字社法(昭和27年8月14日法律第305号)によって設立された認可法人。社員と呼ばれる個人参加者の結合による社団法人類似組織である。日本において赤十字活動を行う唯一の団体。略称は「日赤」(にっせき)。
名誉総裁は皇后美智子、名誉副総裁に各皇族が就任している。代表者である社長は近衞忠煇(旧公爵近衛家当主)。
目次 |
日本赤十字社法(以下、社法という)第1条では、「日本赤十字社は、赤十字に関する諸条約及び赤十字国際会議において決議された諸原則の精神にのつとり、赤十字の理想とする人道的任務を達成することを目的とする。」とされ、また第2条は特に「国際性」の見出しの下、「日本赤十字社は、赤十字に関する国際機関及び各国赤十字社と協調を保ち、国際赤十字事業の発展に協力し、世界の平和と人類の福祉に貢献するように努めなければならない。」と認可法人としては異例の定めを置いている。日本赤十字社では社法第7条により、日本赤十字社定款を定めることとされ、同社の事業は定款の定める経営・業務・資産などの規定に基づき運営されている。日本赤十字社の基本精神は人道、公平、中立、独立、奉仕、単一、世界性である。
日本赤十字社は戦前は宮内省管轄(戦後は厚生省、現在は厚生労働省管轄)であったことなどにより伝統的に皇室の援助が厚く、皇后を名誉総裁とし皇太子ほかの皇族を名誉副総裁とする。
本社は東京都港区芝大門一丁目に所在し、全47都道府県に支部が設置されている。支部長は多くは知事が就任する(北海道のみ伝統的に市民が務める)。法律上の位置付けとしては、日本赤十字社法に基づく認可法人で、災害対策基本法及び国民保護法上の指定公共機関に位置づけられており、災害時や有事に備え、防災基本計画及び国民保護業務計画の策定と閣議の承認を経ることが義務付けられている他、災害時・有事はそれらの計画に基づいて国民の救済において国に協力することが定められている。但し、そもそも人命の救済を旨として設立された赤十字社にとっては、もとよりそれは使命とするところであって、国との関係にあっても、より自主性が尊重されているという性格を有する。
病院や診療所、看護師養成の日本赤十字看護大学(設置者は学校法人日本赤十字学園)や専門学校、血液センター、献血ルーム(献血ルームは血液センター出張所の位置付け)、福祉施設などを持っている。また、赤十字の思想目的に賛同し理解するボランティアで構成され、通常時は事業の支援活動(主として催事での手伝い)を、災害時には無給で救援活動を行なう「奉仕団」(主として地域組織に原点を持つ“地域”、学校単位で学生により構成される“青年”、アマチュア無線家や応急処置技術指導者、自家用操縦士、スキーヤーなど特殊技能の保持者で構成される“特殊”の3種がある)を保有。
災害時、国内の募金をとりまとめる機能も果たしている。近年では、災害時においてインターネット上でクレジットカードなどを通じて募金を行えるウェブサイトが増加しているが、これらの募金の引き渡し先も日本赤十字社であることが多い。例として、Yahoo! JAPANが壁紙を購入する形で、Amazon.co.jpが“募金”という商品を購入する形で募金を行った。平時においても「赤十字オリコカード」(やはりクレジットカード)によって利用額の0.5%が、「赤十字DCカード」によって利用額の1%がカード会社から寄付される。
血液事業では、日本で唯一、献血の受け付けや、献血を原料とする血液製剤を製造し、医療機関への供給を行っている。また、1991年以降は有償採血が事実上廃止となったため、血漿分画製剤の原料として献血に基づく血液を製薬会社へ供給している。ただし、献血のみでは国内での血液需要を満たせない現状がある。
個人参加者(社員と称するがいわゆる会員の事 社団法人における民法による呼称)15,530,000人、法人社員220,000社を数える。日本赤十字社は全国に92の赤十字病院、79の血液センターを運営し、このセンターや病院、また支部などに医師1名・看護師長1名・看護師2名・庶務担当の職員である主事2名の計6名で1個班が構成される常備救護班を複数個保有、地震・台風などの災害時や旅客機墜落・公共交通機関の大事故など、消防で対応し切れない大人数の負傷者発生の際には救援活動を行っている。このため、奉仕団員に対しても、10人以上が被災する事故が発生した事を知った場合には、積極的に支部に通報し(災害通報)、出動の一助となる事が推奨されている(支部ごとの電話番号があり“通報しようにも番号が分からない”と不評だったため、現場を管轄する都道府県支部に着信する全国共通のナビダイヤルが2006年から導入された)。1923年の関東大震災、1985年の日航ジャンボ機墜落事故、1995年の阪神・淡路大震災、2004年の新潟県中越地震などが大災害の例として挙げられる。
海外の大災害へは、資金・物資の援助を行うことが多いが、スマトラ島沖地震(2004年)、パキスタン北部地震(2005年)では、医師・看護師を含む人員を派遣し、各国の赤十字と連携して被災者の救援や復興の支援にあたっている。
また、毎年5月に社資増強運動(≒募金寄附金活動)を行っている。だれでも社費(会費)を年500円以上納めれば日本赤十字社社員になることができる。社員加入後10年以内に一括または分割で2万円以上の納付があれば、特別社員の称号が贈呈される。
毎年12月にはNHKと連携し「海外たすけあい募金」を行ったりもしている。なお、NHKは同時期に「歳末たすけあい募金」も行なっているが、こちらは日赤ではなく、共同募金会との連携である。
なお、日赤への寄付金に関しては、特定公益増進法人(公益の増進に著しく寄与する特定の法人)への寄付金として、税制上の優遇措置を受けることが可能である。
機関紙「赤十字新聞」を発行。また、支部レベルでの広報紙を発行するところもある(東京都支部の「日赤とうきょう」、埼玉県支部の「日赤さいたま」)。
赤十字のマークは、赤十字の標章及び名称等の使用の制限に関する法律により、日本赤十字社以外が使う事が禁じられている。もっとも、学校法人日本赤十字学園は「日本赤十字社以外の者」ではあるが、学章に赤十字のマークを入れている。
日本赤十字社の前身は大給恒と元老院議官で後に伯爵となった佐野常民らが1877年の西南戦争時に設立した博愛社である。当初新政府は、敵味方の区別なく救護を行う博愛社の精神を理解せず、設立を許可しなかった。そこで、佐野らは征討総督有栖川宮熾仁親王に直接設立を願い出る。逆徒であるが天皇の臣民である敵方をも救護するその博愛の精神を熾仁親王は嘉し、中央に諮る事なく設立を認可した。ただ敵味方共に助けるというその思想が一般兵士にまでは理解されず、双方から攻撃もしくは妨害などを受け死者が出たと言われている。
博愛社は国際赤十字とは無関係に創設されたものだが、1886年ジュネーヴ条約に調印した政府の方針により、翌1887年に日本赤十字社と改称し、特別社員及び名誉社員制度を新設した。当時西欧の王室、皇室は赤十字活動に熱心であり、近代化を目指す日本でも昭憲皇太后(明治天皇皇后)が積極的に活動に参加し(正式紋章「赤十字竹桐鳳凰章」は昭憲皇太后の示唆により制定された)、華族や地方名望家が指導的立場に付いた。
1888年6月、支部設置を決定した他、有功章、社員章を制定した。
日露戦争(1904年 - 1905年)が起こると、日本赤十字社は旅順など満州で投降したロシア人捕虜の人道的な待遇に尽力した。第一次世界大戦でも中国山東省の青島で捕虜となったドイツ人も日赤の援助により人道的な待遇を受けた。1934年、第15回赤十字国際会議が東京で開催されている。
戦争遂行を優先とする軍部の勢力が政府部内で拡大するにつれ、日本赤十字社による戦争捕虜への援助が難しくなり、日中戦争(1938年 - 1945年)では宣戦布告なしの内戦などとの判断により、日本軍はジュネーヴ条約を適用しなくなった。太平洋戦争が勃発すると日本軍は東南アジア方面で数十万人にのぼる欧米人(軍人、民間人を問わず)を収容所に収容したが、日本赤十字社は積極的な救護活動をしなかったとして国際的な非難を浴びた。
| 日本赤十字社社長 | |||
|---|---|---|---|
| 代数 | 氏名 | 任期 | 階級・官公職・爵位・学位・称号 |
| 1 | 佐野常民 | 1887年5月24日 - 1902年12月7日 | 〔職〕農商務大臣 〔爵〕伯爵 〔称〕日本赤十字社名誉社員 |
| 2 | 松方正義 | 1902年12月 - 1913年12月 | 〔職〕内閣総理大臣 〔爵〕公爵 |
| 3 | 花房義質 | 1911年12月30日 - 1917年2月21日 | 〔職〕枢密顧問官 〔爵〕子爵 |
| 4 | 石黒忠悳 | 1917年2月21日 - 1920年9月4日 | 〔職〕陸軍省医務局長 〔爵〕子爵 |
| 5 | 平山成信 | 1920年9月4日 - 1929年11月2日 | 〔職〕内閣書記官長 |
| 6 | 徳川家達 | 1929年11月2日 - 1940年6月5日 | 〔職〕貴族院議長 〔爵〕公爵 |
| 7 | 徳川圀順 | 1940年6月25日 - 1946年7月19日 | 〔職〕貴族院議長 〔爵〕公爵 〔軍〕陸軍少佐 |
| 8 | 島津忠承 | 1946年7月19日 - 1965年2月13日 | 〔爵〕公爵 〔称〕日本赤十字社名誉社長 |
| 9 | 川西実三 | 1965年2月13日 - 1968年2月13日 | 〔職〕埼玉県知事 |
| 10 | 東龍太郎 | 1968年3月15日 - 1978年3月31日 | 〔職〕東大教授、茨城大学長、東京都知事 〔学〕医学博士 |
| 11 | 林敬三 | 1978年4月1日 - 1992年3月31日 | 〔職〕住宅・都市整備公団総裁 〔称〕日本赤十字社名誉社長 |
| 12 | 山本正淑 | 1992年3月31日 - 1996年10月 | 〔職〕厚生事務次官 〔称〕日本赤十字社名誉社長 |
| 13 | 藤森昭一 | 1996年10月 - 2005年3月 | 〔職〕宮内庁長官、内閣官房副長官 〔称〕日本赤十字社名誉社長 |
| 14 | 近衞忠煇 | 2005年4月 - | 〔職〕日本赤十字社副社長 〔爵〕(旧近衛公爵家当主) |
日本赤十字社の事業について以下に概説する。
日本赤十字社においては、地震や台風などの自然災害や航空機・列車事故等の交通災害などが発生すると、被災者を救護するため、直ちに医療救護班を被災地に派遣し災害救護活動を実施している。 災害救護活動は、主に医療救護、救援物資の配分、義援金の受付・配分、血液製剤の供給、その他のボランティア活動からなる。
災害時の医療救護の体制としては、日本赤十字社では自然災害や事故など人的災害に備えて、各地の赤十字病院の医師、看護師などを中心に編成される救護班を、全国に470班編成しており、災害が発生すると、被災地にただちに救護班を派遣し、救護所の開設、または避難所への巡回による被災者のための医療救護を実施している。
災害時の救援物資の配分の体制としては、日本赤十字社が全国に備蓄している毛布、日用品セット、お見舞品セット、安眠セットなどの救援物資を整備している他、同社の各都道府県支部が地域性を考慮し、独自に必要と思われる物資について備蓄している。
血液製剤の供給のための体制としては、日本赤十字社が国内各地に設置する各血液センターにおいて、管内で災害が発生し、血液製剤が必要になった場合に備え、一定量の血液製剤を備蓄している。さらに、備蓄量を上回る需要に対しては、全国の血液センター間で相互に融通し合う体制を整備している。
義援金の配分のための体制としては、義援金は日本赤十字社だけでなくマスメディアなどを通じて、多くの団体で受付けられることから、被災者に配分するために1ヶ所にとりまとめることになる。そのため、義援金を取り扱う第三者機関として、被災自治体、日本赤十字社、報道機関などで構成される義援金配分委員会が設置されることとなり、義援金配分委員会により、各機関で受付けた義援金をとりまとめられて、配分基準が作成され、被災者への配分が決定されることになる。
その他の活動としては、日本赤十字社に加入するボランティアなどによる支援活動がある。
日本赤十字社は海外の災害などにおいても、救援事業を実施しており、これを国際活動という。日本赤十字社の国際活動は、国際赤十字赤新月社連盟、その他、当事国や援助国の赤十字・赤新月社との協力関係の下に実施される。援助の方針としては、紛争や災害の被災者、とりわけ高齢者、女性、子供などや開発途上国などにおいて深刻な健康問題に苦しむ人々を支援することとされている。主な救援活動としては災害救援、災害対策、保健衛生・医療・福祉増進などの事業について実施している。
その他、国際赤十字運動の強化に向けた貢献をなすこと、 さらに同社の国際活動をより強化していくため、人道問題について広く日本国民の理解と義援金・支援を呼びかけることとされている。 これまで日本赤十字社では48億7千万円もの義援金を国際活動に投じ、67国もの国々において救援を実施してきた。
災害対策、保健衛生医療などの活動としては、飲料水供給・衛生環境改善などの開発協力が大きな意義を果たし、こうした支援を通じて不衛生な環境のために苦しむ人々や伝染病の拡大防止を図ることなどがされている。
また、日本赤十字社が手がける事業に、安否調査がある。これは、戦争や紛争が発生すると、被害(被災)者が家族や友人と離れ離れになる事態が多く発生することから、家族や友人との間の通信手段がない場合に際して、赤十字通信という手紙を使用して、連絡手段を確保するなどのことがされている。
さらに、日本赤十字社では、1978年(昭和53年)よりアジア・太平洋地域の姉妹赤十字・赤新月社から血液事業研修生を受け入れ、血液事業の幹部職員を育成し、研修生の母国での活動促進に貢献している。2002年(平成14年)までの受け入れ実績としては、17ヶ国・279名の研修生を受け入れ研修を実施している。また、日本赤十字社はアジア地域赤十字・赤新月血液事業シンポジウムを開催している。このシンポジウムでは血液事業に関する各国の代表者が情報の交換を通して、輸血感染症の予防、血液型検査と試薬の製造、献血者募集、品質管理などの技術的側面に焦点をあてながら、それぞれの事業に基づき培った経験の分かち合い、アジア地域における血液事業の発展と協力関係の強化を図っている。
青少年赤十字(Junior Red Cross)の事業は、主に小学校から高等学校の学校教育の中で行われ、日常生活において社会貢献、国際親善を実践していこうという事業である。学校単位での加盟となり、その加盟対象には、「JRC部」などの名称によるクラブ活動と、「全校加盟」と呼ばれる生徒会による活動とがあり、加盟時点で区別される。原則、年度末までの加盟となる。毎年、新年度には、都道府県ごとに加盟校の代表生徒が集合して加盟式を行う例が多い。
誓いの言葉
「わたくしは、青少年赤十字の一員として、心身を強健にし、人のためと郷土社会のため、国家と社会のためにつくすことをちかいます」
青少年赤十字の歌のレコード
日本赤十字社の事業を支えているのは、ボランティアや血液提供者、同社職員など多くの主体だが、同社の財政面、或いは事業の予算面において大いに寄与しているのが、社員といわれる人々、つまり会員である。社員の権利及び特典は、代議員を選出し、また代議員に選出されること。
日本赤十字社の社員については、法及び定款の中で、性別や国籍、門地で差別されないことと定められており、誰でもなることができる。社員は年額500円以上の社資を納めることとされ、社員になることは強制ではないとされているが、日本赤十字社の要請を受けた自治会が住民から強制的に社費を徴収し一括して日本赤十字社に収めている例もあり、こうした社員(社費)の強制に反対する住民が裁判を起こすなどトラブルになっている。また、10年以内に通算2万円以上の社資を納入した社員には、特別社員の称号が贈呈されることとなっている。さらに、同社の経営に重要な関係があるとされる社員には、名誉社員の称号と名誉社員章の交付がなされることとなっている(表彰制度の項を参照のこと)。
有功章はガラス杯。
なお、従来は献血回数に応じて献血功労章(ピンバッジ)、特別社員章の贈呈がされる表彰制度も存在した。
日本赤十字社では、功労ある役員並びに社員に対して表彰に際して同社の定款に基づき称号を贈る制度がある。
平成17年4月1日現在
広尾の医療センターのみが本社の直属で、各地の赤十字病院(○○赤十字病院など)の病院施設は都道府県支部に所属している。
関係法令を抜粋して記載。