貿易摩擦(ぼうえきまさつ)とは、特定国に対する輸出・輸入の極端な偏りから起きる問題のこと。貿易相手国との経常収支の不均衡が国内経済に悪影響を及ぼすと信じられ、両国間に摩擦が生じることをいう。広義には、投資摩擦を含めて論じられることもある。
輸出額(外国に売った額)から輸入額(外国から買った額)を引いた差額がプラスの場合は貿易黒字、マイナスの場合は貿易赤字と呼ばれるが、貿易の黒字・赤字に利益や損失という意味はない。このことは、我々が買い物をする場合を考えてみれば容易に理解できる。客である我々は店から品物を買って代金を店に支払うが、店が我々から何かを買って代金を支払うことはない。お金の動きだけを見れば、店と客との関係でいうと、店は常に黒字(受け取った額>支払った額)であって客は常に赤字(受け取った額<支払った額)である。では、客は常に損をしているのかといえばそうではない。客は代金と引き換えに品物を手に入れているからである。店と客との間では、代金と品物とが交換されたに過ぎず、そこに損も得もない。貿易赤字国が「日本との貿易でわが国は巨額の損失を被った」と主張することがあるが、貿易赤字がいかに巨額であってもそのこと自体はその国が損をしたことを意味するものではないといえる。また、無理に2国間の貿易黒字・赤字を解消する理由もない。にもかかわらず、貿易の黒字・赤字が問題視されるのは、今日でも重商主義的な偏見が根強いことのあらわれだといえよう。
もっとも、貿易赤字が発生すれば、貿易黒字国との間で必ず貿易摩擦が起きるというものではない。例えば、日本とサウジアラビアなど産油国との貿易では、日本が赤字で産油国は黒字である。だからといって、黒字国である産油国に対して「内需拡大や市場開放を促進して、もっと日本製品を買うべきだ」といった要求が日本から出てはいない。日本は国内ではほぼ採れない原油を産油国から輸入しているのであり、それによって誰も困らないからである。厳密にいえば、エネルギー資源として石油と代替性を持つ石炭は国内でも採掘可能であるから、石油が輸入されることによって競争にさらされる炭鉱労働者の中から不満の声が出る可能性はあるが、2002年以降は坑内掘り炭鉱として稼行しているのは釧路コールマインのみであり、目立った反対運動などは見られない。
貿易摩擦が起こるのは、輸入される製品が国産品と競合する場合である。近年であれば、ネギ、生シイタケ、畳のイ草の3品目について中国からの輸入量が急増したため、セーフガード(緊急輸入制限措置)が発動されたが、国内にも生産者がいるが、輸入品の方が安いといったケースでは市場を奪われる国内生産者から反発の声が高まりやすい。しかし、では、なぜ中国産のネギや生シイタケやイ草を日本が輸入するかといえば、最終的には消費者がより安い品を求めるからだといえる。競合する外国製品の輸入は国内の生産者にとってはできれば禁止してほしいものであるが、国内の消費者から見ると、選択の幅が広がり、競争が促進されることでよりよい品をより安く買える可能性が高まるという利点もある。国民の利害が必ずしも一致しない以上、貿易の問題について単一の「国益」なるものを想定した上で「国益を損なう」などと単純に論ずることはできない。一般に、外国製品の輸入による消費者のメリットと国内生産者のデメリットとを比較すると、絶対的な金額では消費者のメリットの方が大きいが、消費者は国民全体であるのに対して生産者は国民のごく一部であるため、1人当りで見ると、消費者が受けるメリットよりも生産者が被るデメリットの方が大きくなる。このことが、競合する外国製品の輸入への反対運動は目立つ一方で輸入への賛成運動がまず見られないことの理由である。
歴史的に見れば、イギリスと清国(中国)との間に起きたアヘン戦争は、貿易摩擦の1つの極端な表れだといえる。当時、イギリスでは上流階級のみならず庶民の間でもお茶を飲む風習が広まっており清国からお茶などを輸入していた。一方、清国はイギリスからほとんど何も買わなかったので、両国の貿易ではイギリスが赤字で清国は黒字であった。これを問題視して赤字を解消しようとして実施されたのが当時イギリスの植民地であったインドで栽培したアヘンの密貿易であった。アヘン中毒が蔓延して清国側がアヘン取締りに乗り出すと、イギリスではアヘン商人が「わが国の国益が損なわれる」として議会に働きかけた。ウィリアム・グラッドストンは「こんな恥ずべき戦争はイギリスの歴史に残る汚点となる」といって批判したが、投票の結果、わずかな票差で開戦が決定された。香港が長くイギリス領だったのは、アヘン戦争の結果(南京条約のため)である。
今日では、貿易摩擦問題で戦争にまで発展することはないが、日本の場合、1970年代以降日本車の海外輸出超過によってアメリカ合衆国の自動車産業に影響を与えたとして政治問題となった。日本では「日米自動車摩擦」と呼んでいたが、アメリカでは端的に「デトロイト問題」と呼んでいた(デトロイトには自動車産業が集中していた)。アメリカ側は、日本に対して牛肉やオレンジなどの農産物の輸入拡大を求めたほか、内需拡大や市場開放をも迫った。また、一部のアメリカの労働者は抗議活動の一環として日本車を破壊するパフォーマンスを行った。その後、日本の自動車産業は輸出よりも現地の雇用に悪影響を与えにくいとされる海外現地生産に主力を置くようになった。しかし、失業率と経常収支の対GDP比との関係を長期的に見ると、経常収支の赤字が増えた場面ではむしろ失業率は低下しており、日本が世界中に失業を輸出したかのような非難は当らない。これは貯蓄投資バランスから見ればむしろ当然といえる結果である。
国際間の貿易問題を解決する国際協定に、関税貿易一般協定(GATT)がある。1995年1月にはGATTを発展させた形で、世界貿易機関(WTO)が発足した。GATTとWTOの違いは、モノだけでなくサービスや知的所有権などを対象とした貿易の自由化の推進と「貿易裁判所」的な立場をさらに強化した点にある。
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