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日航機墜落事故 とは?

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日航機事故(にっこうきじこ)は、日本航空(略称 日航、現 日本航空インターナショナル)の航空機墜落または全損事故、および死亡事故の一覧である。

出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』


日航機墜落事故はてなダイアリーを別ウィンドウで表示  :  一般的には日本航空123便墜落事故を指すことが多い。 1985年8月12日、東京羽田発大阪伊丹行きの日本航空ボーイング747SR型機(機体番号JA8119)が群馬県上野村南東側約2.5キロの尾根(のちに御巣鷹山と報道される)に墜落した事故。乗客509人乗員12人コックピットクルー3人のうち、生存者は4名。死者520名。 単独の航空機事故としては、航空史上最悪の事故であり、この後123便は欠番となっている。 当時の事故調査委員会の報告には多くの矛盾点があると指摘されているが、既に調査は終了と明言されてい ...

出典: 『はてなダイアリー』


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初めて読むのに「前に読んだことある」と思う所が、何か所も出てきました。吉岡忍著『墜落の夏』と同じことが書いてあるのです。 誰が何を何から引用したのか、私にはわかりません。 この本も、どこまでが筆者の体験で、どの部分が引用なのか、さっぱりわかりません。筆者は、後世に残すべき重要な体験をしています。筆者が体験したことだけを書いて欲しかったと思いました。そして、どうしても引用する必要があるのなら、引用した箇所や出典を明らかにすべきです。 本書は、涙なくして読めないところがあります。 その部分は引用ではなく筆者の体験だったと、良い方に解釈して 星3つ。  (walrus さんのレビュー)

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非常に真摯なノンフィクション作品であると感じます。 事故(事件?)からは長い長い月日が経過しましたが、 今、改めてこの事故について読み直してみたいという方には、 ぜひご一読をお勧めします。 寄り添い、かつ、おもねることはない、 そういう取材(記述)スタイルはすばらしいものです。  (TatO さんのレビュー)

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「墜落遺体」で、圧倒的な事実と描写にぐいぐいと引き込まれてしまいましたが、 そこに流れるテーマとして「修羅場を廻しきったのは、ひとりの英雄などではなく、 数多くの普通の人々で構成される組織体であった」ということがあったと思います。 続編となるこの本では、その組織体を構成していた人たちを丹念にインタビューし、 自分もその組織体の一員であったことを交えながら、筆を進めています。 この手の本は扇情的になったり、個人の英雄譚や批判で埋め尽くされる例が多いですが、 あくまでも、トーンは冷静でありながら、そのとき現場にいた人から生の言葉を 拾っています。 例えば、 日航社員で遺族の「お世話係」になった人。 霊柩車や棺の手配を行っていた人。 何気ない一言がマスコミのネタにされ、風評被害に傷ついた人。 また、こういう修羅場に群がる輩についても。本当に腹立たしいことですが、事実です。 その中でもっとも感銘を受けたのは、日赤看護師についてのくだり。 普通の病院勤務看護師と同じに考えていたのですが、日赤看護学校出身で日赤病院勤務の 看護師さんは、こういった非常時のための講習を受けているのですね・・・ 日本赤十字社には一目おいていましたが、さらに感銘を受けました。 123便の悲劇については、謀略説まで含めて沢山の本が出ておりますが、「墜落遺体」と この本は必読書と思います。  (あんのん さんのレビュー)




ウィキペディア(Wikipedia)記事


日航機事故(にっこうきじこ)は、日本航空(略称 日航、現 日本航空インターナショナル)の航空機墜落または全損事故、および死亡事故の一覧である。

登場する機体は、特に断らないかぎり、日本航空のもの。社名は事故当時の「日本航空」と表す。

日本航空に吸収合併された日本エアシステムが起こした航空事故については次の項目を参照されたい。→旧日本エアシステム系墜落事故

目次

1950年代

日本航空「もく星」号墜落事故

墜落した「もく星号」

詳細はもく星号墜落事故を参照

1952年(昭和27)4月9日。「もく星」号マーチン2-0-2型機 (N93043) が、伊豆大島三原山御神火茶屋付近に墜落(搭乗員37名全員死亡)。

この機体はノースウェスト航空からのリース機で、運航乗務員も同社のアメリカ人であった。

事故原因は不明。

日本航空「雲仙」号不時着事故

1957年(昭和32)9月30日。「雲仙」号(機体記号:JA6011)ダグラスDC-4B。伊丹空港を離陸後間もなくエンジン4発のうち3発が不調となり、空港から南約1Kmの豊中市付近の耕作地に不時着して炎上、全損した。乗客51名、乗員4名のうち重軽傷者7名を出した。この事故では客室乗務員の迅速な避難誘導が賞賛された。

1960年代

日本航空羽田空港オーバーラン事故

1961年(昭和36)4月24日。サンフランシスコ発羽田行きとして運行中のDC-8-32 (JA8003 箱根号)が、羽田空港に着陸したところ滑走路を30mオーバーランし、排水溝の突っ込み機首や左主翼、胴体下部、車輪などを破損し中破した。事故原因は滑走路路面が雨で濡れており、着陸後の制動に失敗したためであった。

本機は、事故後、修復工事及びエンジン換装や航続距離アップなどの改造が行われ、形式名がDC-8-53に変更された。また日本航空は事故のゲン直しのため、1963年2月に機体記号をJA8008として登記し、愛称を「松島号」に改称した。事故で機体記号と愛称を変更した初めてのケースであった。

日本航空壱岐空港墜落事故

1965年(昭和40)2月27日コンベア880-22M (JA8023、KAEDE)が、当時建設中だった長崎県壱岐空港タッチ・アンド・ゴーの訓練中、降下率過大から尾部を滑走路手前の土手に接触、ハードランディングになり降着装置が破壊され、墜落炎上(乗員6名中2名重傷)。操縦ミスと断じられたが、CV880の失速特性も一因に指摘された。

日本航空羽田空港墜落事故

詳細は日本航空羽田空港墜落事故を参照

1966年(昭和41)8月26日。コンベア880-22M (JA8030、銀座号)が、羽田空港でワン・エンジン・クリティカル・カット・アウト(離陸時風下外側一発故障停止)の訓練中、急激な片滑りから滑走路を逸脱し、降着装置が破壊され墜落炎上(乗員4名および運輸省航空局係官1名、全員死亡)。これも操縦ミスと断じられたが、CV880の操縦性が再び問題化した。

本機は日本国内航空 (JDA) の保有機「銀座号」で、同年に同社保有のボーイング727型2機とともに日本航空にリースされていた。事故当時、塗装は日本国内航空のままだった。

日本航空サンフランシスコ湾着水事故

詳細は日本航空サンフランシスコ湾着水事故を参照

1968年(昭和43)11月22日DC-8-62 (JA8032、SHIGA)が、サンフランシスコへの着陸降下中、オートパイロットの不適正な操作のため所定の飛行方式から逸脱し、空港から5km離れたサンフランシスコ湾上に不時着水した。着水した地点の水深が浅かった上に、機体に大きな損傷がなかったため、乗客乗員107名は全員無事だった。大型ジェット機の不時着水事故で怪我人が出なかったのは前代未聞の奇跡であった。

事故機は修理され運航に復帰したが、所謂げん直しで愛称は(HIDAKA)に変更された。

日本航空モーゼスレイク墜落事故

1969年(昭和44)6月24日コンベア880-22M (JA8028、KIKYO)が、アメリカのモーゼスレイク・グラントカウンティ空港でワン・エンジン・クリティカル・カット・アウトの訓練中、急激な片滑りから滑走路を逸脱し、僅かに離陸したもののバランスを崩したまま墜落炎上(搭乗員5名中3名死亡)。上記の羽田空港事故と全く同じ態様であり、操縦ミスが主因とされたが、上記のCV880固有の問題の他に、マイクロバースト原因説も挙げられた。

1970年代

ダグラスDC-8-53型機(同型機)

日本航空ニューデリー墜落事故

詳細は日本航空ニューデリー墜落事故を参照

1972年(昭和47)6月14日。日本航空471便DC-8-53型 (JA8012)が、ニューデリーのパラム空港への着陸進入中に空港手前のジャムナ河畔に墜落。搭乗員89名中86名と地上の工事作業員4名が死亡。

ニューデリー空港の着陸誘導装置の不調と操縦士が計器(高度)確認を怠ったことが原因と言われているが、機長以下乗員が前夜宿泊していたバンコクのホテルで遅くまで飲酒しながら徹夜で麻雀していたとの目撃証言があり、これが事故の遠因となったとの指摘もある。

日本航空ボンベイ空港誤認着陸事故

詳細は日本航空ボンベイ空港誤認着陸事故を参照

1972年(昭和47)9月24日。日本航空412便DC-8-53型 (JA8013)が、ボンベイ(現ムンバイ)のサンタクルズ国際空港(現 チャットラパティー・シヴァージー国際空港)へ着陸進入の際、誤って手前約3.7kmにある小型機専用のジュフ空港に着陸し、滑走路を逸走して大破した。乗員2名と乗客9名の計11名が負傷した。

朝靄で滑走路を見失ったまま目視で着陸したのが原因とされるが、隣接する場所に小型機空港を設置したままにしていることに加え、誤認しやすいインド洋側からの着陸コースに着陸誘導装置を設置していなかったインド当局にも非難の声が上がった。実際、この事故のわずか4ヵ月後および1952年にも、他社機が誤認着陸事故を起こしている。

日本航空シェレメーチエヴォ墜落事故

詳細は日本航空シェレメーチエヴォ墜落事故を参照

1972年(昭和47)11月28日。日本航空446便DC-8-62型 (JA8040)が、モスクワシェレメーチエヴォ国際空港を離陸直後にエンジンから出火、失速し墜落。搭乗員76名中62名が死亡。

コックピットボイスレコーダーから、スポイラーを誤って出した可能性がある。本来は着陸の際に使用するスポイラーが展開した状態で強引に離陸しようとしたため、エンジンが過負荷となり出火したのではないかと推測されている。一方、ソ連当局の報告書ではスポイラーと併記して、翼への着氷による揚力の大幅低下も原因として挙げられている(電熱のスイッチがOFFになっていたことが残骸調査で分かっている)。

日本航空アンカレッジ墜落事故

1977年(昭和52)1月13日。日本航空1054便DC-8-62AF (JA8054) (貨物便)が、アメリカのアンカレッジ空港を離陸直後に墜落炎上。乗員5名全員死亡。

貨物のが離陸時に移動したため機体がバランスを崩したのが原因といわれているが、墜落後機長の遺体からアルコールが検知されたため、飲酒による判断力の低下が原因との説もある(尤もアルコール分は遺体腐敗の段階で分泌されるもので、飲酒の事実は不明である)。

この事故以降同社では(当時国際線で貨物便を運航していたのは同社のみであった)貨物機の積み荷を移動しないように固定することが義務付けられた。

日本航空クアラルンプール墜落事故

詳細は日本航空クアラルンプール墜落事故を参照

1977年(昭和52)9月27日。日本航空715便DC-8-62型 (JA8051)が、悪天候の中クアラ・ルンプール国際空港 (現・スルタン・アブドゥル・アジズ・シャー空港) に着陸進入中、空港手前7.7Km付近にあるゴム園(標高約80mの丘)に墜落した。(搭乗員78名中34名死亡)。

悪天候により航路を見失ったことが原因とされる。

1980年代

日本航空羽田空港沖墜落事故

詳細は日本航空350便墜落事故を参照

1982年(昭和57)2月9日。日本航空350便DC-8-61型 (JA8061) 福岡空港発 東京国際空港行が東京国際空港への着陸進入中に突然失速して滑走路沖の東京湾に墜落。搭乗員174名中乗客24名が死亡。

機長が着陸直前逆噴射をするなどの異常操作が原因。ボイスレコーダには副操縦士の「キャプテン! やめてください!」という声が残っていた。警察は業務上過失致死罪の容疑で機長を逮捕したが、機長は精神鑑定により妄想性統合失調症と診断されて検察により不起訴処分となった(刑法第39条―心神喪失者の行為の不可罰)。

機長は、以前から奇妙な言動が目立っていたが、放置されていた。特に、事故の前日にも、あわや事故というところを副操縦士(事故時の副操縦士と同一人物)の回避操作により事故を免れた。この件について副操縦士は会社に報告していない。機長と副操縦士との力関係が絡んでいるといわれる。

日本航空上海空港オーバーラン事故

1982年(昭和57年)9月17日。上海から成田に向かっていたDC-8-61(JA8048、旧愛称ひだか)が、離陸直後に主翼にとりつけられていた部品が爆発し油圧系統に損傷を受けたため、離陸したばかりの上海虹橋国際空港へ3200m滑走路を南側から緊急着陸した。だが、油圧系統故障のためにフラップが充分だせなかったため、オーバーランし空港脇の土手に機体を激突させ中破した。この事故で乗員乗客124名のうち18名が重傷、29名が軽傷を負った。なお、事故機は日本航空のDC-8の事故抹消7番目かつ最後の機体となった。この年の日本航空にとって4件目の重大事故であり、社会的批判を受けた。

日航ジャンボ機墜落事故

詳細は日本航空123便墜落事故を参照

1985年(昭和60)8月12日に発生。日本航空123便ボーイング747SR100型機 (JA8119) 東京国際空港大阪国際空港行が、離陸12分後から32分間の迷走飛行の末、群馬県多野郡上野村の山中に墜落した。搭乗員524名中520名が死亡。旅客機の単独事故としては、世界でも最大の犠牲者数を出した事故である。

1978年伊丹空港でしりもち事故を起こした際の圧力隔壁の修理ミス(ボーイングによる修理ミス)による飛行中の圧力隔壁の破損が原因とされているが、飛行中に破損し相模湾に落下した部品が全て回収されていないことや、生存者の証言と調査報告書内容が異なることなどから、他の原因を唱える説もある。

1990年代

日本航空MD11機乱高下事故

詳細は日本航空MD11機乱高下事故を参照

1997年(平成9)6月8日。日本航空706便マクドネル・ダグラスMD-11 (JA8580) 香港発 名古屋行きが名古屋空港への着陸進入中であったが、三重県志摩半島上空で突然急激に機首が跳ね上がり自動操縦が外れたため機体が乱高下した。

その結果搭乗員180名中乗客14名が重軽傷を負った。重傷者のうち女性客室乗務員1名が1年8ヵ月後に意識が回復することなく多臓器不全で死亡したため、人身死亡事故となった。

運輸省航空事故調査委員会(当時)の報告書は、機長の操縦ミスを原因と推定した。ただし機長および日本航空機長組合は、自動操縦装置自体が故障したか、MD-11特有の操縦特性で事故が起きたと主張し対立している。裁判では機長の刑事責任はなく無罪判決となった(確定済み)。

その後日本航空を含めたMD-11を運航していた航空会社の多くが、MD-11を早期に引退させたり、旅客を乗せない貨物機に改修させた。

参考文献

関連項目

外部リンク


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