木村祐一 とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋木村 祐一(きむら ゆういち、1963年2月9日 - ) 京都府京都市左京区出身のお笑いタレント、放送作家、俳優、料理愛好家、コラムニスト。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 木村祐一 出典: 『はてなダイアリー』 関連商品
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ホテルマン、高利貸し、染め物職人を経て、中学時代の同級生だった栩野進と共に、お笑いコンビ「オールディーズ」を結成する。順調に人気を獲得していた矢先の1990年9月7日、栩野が不祥事を起こし逮捕される。これにより、栩野は所属事務所を解雇され、同時にコンビも解消となり、木村は予想もしない形でピン芸人の道を進むことになる。
当時、公私ともに行動をともにしていたいわゆる「二丁目軍団」は、リーダー格のダウンタウンをはじめとしてほぼ全員が、吉本の養成所NSC出身であるが、その中においては異例の、劇場の裏方(幕引きや進行)出身であり、その仲間外れ感をネタにすることもあった。
その後、交流のあったダウンタウンらを慕い1994年に東京へ進出。 『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ系)で構成作家としてもデビューする。
現在に至るまで、松本人志の優秀なブレーンであるとともに、写真を使ったネタなどの多彩な芸風でピン芸人として活動を行っている。自分で撮った写真にコメントをつけて笑いをとる「写術(しゃじゅつ)」など。
松本を中心とした芸人の集まり(いわゆるダウンタウンファミリー)では兄貴的存在である。松本より学年で一つ上であるが、松本を尊敬し「兄さん」と呼び、慕っている。吉本興業では東野幸治がデビュー時期が近く、今田耕司や130Rは1年先輩となるが、年齢的に木村の方が年上(今田とは3つ、130Rとは1つ)であるため、テレビでの仕事でも露骨な後輩扱いはしていない(だが木村は今田にさん付けで呼んでいる)。東京に進出したばかりの頃は東野幸治とコンビで仕事をしていたことがある。また板尾創路と第1回のM-1グランプリに「イタキム」というコンビを組んで参加、「かに道楽」ネタで挑んだものの結果は3回戦敗退。
ダウンタウンの後輩であるにもかかわらず学年が一つ上のため、初期のころはダウンタウンに「さん付けさせて欲しい」と言われた。が、木村本人は「後輩ですからいいですよ~」と言い断った。木村は今もダウンタウンの二人を松本さん、浜田さんというふうに「さん付け」で呼んでいる。木村本人は「ダウンタウンと同い年である」と主張している(「1月1日で年が明ける、という区切りがあるのに、4月1日で線引きするのはおかしい」と、ある番組で言っていた)。
松本をして、「俺のために生まれてきたような男」「何回人生やってきたんや」と言わしめるほどよく気がまわり、器用で芸人ばなれした知識と行動力を持つが反面、自分が出来るという自負ゆえに出来ない後輩には非常に厳しく、後輩からは怖い先輩として恐れられてもいる。だが、時にはズレた所で怒ることがあり苦笑する場合もあると松本が語った。松本グループでのその母親的な面倒見と気遣い、料理の腕などから今田・東野らからは「松本人志の嫁」、高須光聖からは「松本の第一夫人」とからかわれる。松本本人も「嫁にするならキムのような人がいい」とラジオ番組で発言している。
気遣いの出来る繊細な性格ではあるが、その反面、短気でルールやモラル面が特に厳しく、ルールやモラルを守れない人間(強面の人物は除く)には粗暴なまでに怒ることから、(真偽は別としても)「伝説」には事欠かない。後述の「エピソード」の項も参照のこと。
結婚して子供をもうけたが2005年に2度目の離婚。2006年1月9日に『ダウンタウンDX』で出会ったタレントの辺見えみりと婚約。同日、合同記者会見を行い、入籍(自身3度目)を報告。ちなみに、婚約指輪は0.93カラット。ティファニーで購入。プロポーズは神宮外苑の外周の車中でした、とのこと。辺見とオススメのハンバーグを食べに行ったとき、辺見がそのハンバーグに感激して細かく崩して愛おしく食べる姿を見て結婚しようと決めたらしい。
辺見のことをテレビなどでは「えみりちゃん」、家では「えみちゃん」と呼んでいたらしい。辺見は自身のブログで木村を「旦那はん」と呼んでおり、木村は辺見のブログに時々写真で登場していた。また、『ダウンタウンDX』の特番などで夫婦共演もしていた。ちなみに、2006年には自身の浮気騒動が報じられたが、辺見はその報道に対し全く相手にしてなかった。またフットボールアワーの後藤輝基は辺見のことを「キム姉」と呼んでいた。
「キムキム兄やん」と呼ばれるようになった由来は、大阪時代に出演していたダウンタウンがパーソナリティの『ヤングタウン』のコーナー名で使われていたのをそのまま使われるようになったため。最近では元義父の西郷輝彦にも「キム兄」と呼ばれて驚いたことがある。また先輩の明石家さんまも最初は「木村君」と呼んでいたが最近は「キム兄」と呼んでいる。
街中でふと気にした場面を写真に撮って木村独自の目線でツッコミを入れたり漫談をする「写術」がライフワークとなっており、年に1度のペースでライブを開催している。『めちゃイケ』の「笑わず嫌い王決定戦」でもこれを披露し、和田アキ子や磯野貴理子(現・磯野貴理)を唸らせた。
服を買うことが大好きで、要らなくなった服は多くの後輩芸人に譲っている。時々、後輩芸人を集めて時間制限つきで選ばせる内輪向けのイベントを開催している。要らなくなった服とはいえセンスの良い服がタダで手に入れられるため、後輩芸人からはそのイベントを「キムコレ」と呼ばれている。しかし松本からは「(私)服ダサオや」と呼ばれ、「東野と二人で服ダサオ・FとAや」といわれる。
以前は髪型をリーゼントなどにしていたが、ここ数年は五分刈りが多い。
好きな酒は「GT」。バーでよく注文するらしい。しかし最近は体の調子を崩しあまり強いアルコールはドクターストップがかかっているらしい。[要出典]
最近は役者としても活躍し、映画「ゆれる」での検察官役が北野武に評価され、彼が審査委員長を務める東スポ映画大賞、第16回の新人賞に選ばれる。またDoCoMo2.0のCMでは妻夫木聡の名コンビで主役級8人とは違う個性的な(直接対面すると恐いが、携帯電話を通すと可愛くなる)キャラクターで数本出演している。
2008年4月25日、辺見えみりと離婚。離婚は3度目。結婚期間は約2年間。
2008年6月6日、自身初の飲食店「屋台居酒屋 きむら庵」を愛知県名古屋市中区栄の「サンシャイン栄」にオープンした。
尚、同じフロアにはたむらけんじの「焼肉たむら」も同日オープンしている。
自身の芸人活動のかたわらNSC東京校の講師も務めており、エド・はるみの才能を見抜き、絶賛したことで有名。
以上、これらのエピソードは「人志松本のすべらない話」や「ダウンタウンDX」等で本人自ら語った実話や、同じ吉本の同僚である芸人達がトーク番組など[要出典]で語ったエピソードである。
オールディーズ時代
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