
この項目では埼玉県の市について記述しています。秋田県に存在した市については
本荘市をご覧ください。
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| ■テンプレート (■ノート ■解説) ■日本の市町村PJ |
本庄市(ほんじょうし)は、埼玉県の北西部に位置する市。中山道の宿場・本庄宿が置かれた。本庄宿は中山道の中で最大の宿場町として栄え、明治時代には本庄への遷都が計画されていた事がある。
地理と風土
埼玉県の北西部に位置し、北に利根川が位置し、市内中央部にJR高崎線が、南部に関越自動車道と上越新幹線が東西に横断している。市街地は本庄駅付近に集中する。国道17号(本庄駅北側)より北部は畑が広がり、住宅密集地は本庄駅の南部方面に広がっている。本庄北部は畑が広がっている為、風をさえぎる物がなく(避雷針もなく)、秋冬では西風が強い。内陸の台地で比較的安定した風土を保つ。
利根川の坂東大橋が架け替えられ2004年3月6日に開通、また同年3月13日には、上越新幹線の本庄早稲田駅が開業した。
歴史
旧石器などの遺物の出土や縄文期、弥生期、古墳期と、各時代にそれぞれ遺跡がある事からも分かるように原始時代の頃より本庄には人々が暮らしていた。鎌倉時代にこの地域を群雄割拠した武蔵七党の一つ、児玉党を構成する本庄氏がこの地に土着したことが地名の由来である。15世紀では五十子の戦いが始まり、16世紀の終わりには本庄藩が生ずるも17世紀初期には廃藩となった(本庄城は最後まで土垣の城のままで終わった)。中世に武家の領地として始まり、近世では幕府の政策の都合から宿場町として栄え、商人の町として発展し、戸谷半兵衛と言った豪商も輩出している(初代戸谷半兵衛については18世紀末~19世紀の随筆『耳袋』においても記述されている)。18世紀には中山道最大の宿場町として栄え、各地から人や物流が集中した。明治以降は生糸・絹織物の産地として栄え、工場も建てられるようになった。
人口
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| 本庄市と全国の年齢別人口分布図(比較) |
本庄市の年齢・男女別人口分布図 |
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■紫色は本庄市
■緑色は日本全国
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■青色は男性
■赤色は女性
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) |
行政
市町村合併
児玉郡の5町村(美里町、児玉町、神川町、神泉村、上里町)との合併が協議されていた(児玉地域合併協議会・新市名:こだま市)、美里町の離脱により2004年6月、協議会は解散した。
2005年1月に児玉町との間で合併協議会が設置された。2006年1月10日に新設合併し新しい本庄市となった。
住所表記
- 本庄地域は大字の字句を削除。
- 児玉地域は大字の字句を削除し、本庄市のあとに児玉町(旧大字名)と付く。
- 例:児玉郡児玉町大字吉田林→本庄市児玉町吉田林(ほんじょうしこだまちょうきたばやし)
経済
市内に本社を置く主な企業
市内に事業所を置く主な企業
工業団地
市内の主な商店
- YTPCNETWORK(カスタマイズBTOPC販売・webディレクション等)
市内の主な飲食店
- はじめや(洋食)〔市内銀座〕
- 三舟(和食・懐石料理)〔本庄商工会議所内〕
- 焼肉不二(焼肉・韓国料理)〔市内若泉〕
- 不二ドライブイン(ランチ・定食・宴会)〔市内諏訪町〕
- きむら(蕎麦料理)〔市内千代田〕
- まるみや(定食・宴会)〔市内沼和田〕
- せいわ(和食・割烹)〔市内若泉〕
- ふじ井(割烹川魚料理・うなぎ)〔市内若泉〕
- 正鮨(寿司・割烹)〔市内前原〕
- 庄(串焼き専門店)〔市内駅南〕
- ミニレストラン ノーブル(ファアミリーレストラン)〔市内柏〕
市内の主な寺院
姉妹都市・提携都市
国内
地域
健康
- 平均年齢:41.4歳(男40.1歳、女42.7歳)
電話
- 市外局番は0495(本庄MA) 。上里町、美里町、神川町(一部0274地区は除く)への通話は市内局番で通話可能。収容局は埼玉本庄局と児玉局。
警察
教育
- 小学校
- 本庄市立中央小学校
- 本庄市立本庄西小学校
- 本庄市立本庄東小学校
- 本庄市立本庄南小学校
- 本庄市立旭小学校
- 本庄市立北泉小学校
- 本庄市立仁手小学校
- 本庄市立藤田小学校
- 本庄市立児玉小学校
- 本庄市立共和小学校
- 本庄市立金屋小学校
- 本庄市立秋平小学校
- 本庄市立本泉小学校
- 中学校
- 高等学校
- 大学
- 養護学校
- 本庄市では複数の奨学金制度がある。「幼稚園就園奨励費補助金」は、保育料等の一部減免がなされるもので、「就学援助制度」は、小中学生を対象としたものがある。また、高校・大学等への進学者を対象とした奨学金制度として「育英資金貸付」と「入学準備金貸付」があり、本制度は返還義務がともなう。
交通
鉄道路線
また、かつては本庄電気軌道も存在した。
バス
タクシー
※ タクシーの営業区域は県北交通圏で、熊谷市・深谷市・行田市・加須市・羽生市などと同じである。
道路
- 高速国道
関越自動車道:本庄児玉IC
- 一般国道
- 主要地方道
- 一般県道
名所・旧跡・観光・祭事
映画、ドラマ等のロケ
本庄市は、周辺の市町村と比べると映画・ドラマ・プロモーションビデオの撮影が多く、『スパイ・ゾルゲ』、『ゴジラ FINAL WARS』、『日本沈没』、『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』、『医龍2』など有名作品の撮影が行われている。銀座通りや岡病院、若泉公園がロケ地として使われることが多い。2007年夏公開の『ワルボロ』の撮影や秋公開の『恋空』の一部シーンの撮影も行われた。本庄市が撮影地に選ばれる理由として、昭和の外観やおもかげを残している、ノスタルジー(一昔の風景)が感じられる、と言った事が挙げられる。
本庄市で最初に映画撮影が行われた作品は、『暴力の街(原作・『ペン偽らず』)』(1950年・配給大映、監督山本薩夫)である(厳密にはまだ本庄町の時代であり、GHQ統治時代)。この時、本庄警察署(現在の本庄市立歴史民俗資料館)の署長役に志村喬が演じている。実際にあった昭和の本庄事件を元に撮影された作品である。暴力団によって各組織が牛耳られていた町を朝日新聞記者と地元の若者が摘発していくと言ったストーリー(ラストが印象深いナレーションで締めくくられている)。
前近代の地元の著名人
- 三代目戸谷半兵衛・・・豪商にして慈善家。代々戸谷半兵衛を襲名し、店の名から中屋半兵衛とも言われた。彼(光寿)は三代目であり、代々京都の方の商人と繋がりがあった。彼の人脈によって中央俳壇が本庄宿にも広がる。
- 森田豊香・・・本名を森田助佐衛門と言う。豪商である森田家に生まれ、和歌の大家である。上州松井田の歌人儘田柳軒(ままだ りゅうけん)に学び、後に中央の名家である村田春海や加藤千蔭(橘千陰)等に師事。和歌を中心に万葉集などの古典文学も研究し、彼の家には多くの文人が来訪した。また、高野山に橋を寄進し、日光には多大な奉納金を献上し、日照りで苦しむ農民の年貢を助けるなど、慈善家としての面も目立つ。
- 本庄晋一(または本庄俊篤)・・・19世紀の本庄宿で開業した眼科医。若い頃に長崎で蘭医学(蘭学)を学び、のちにその成果を『眼科錦襄(がんか きんのう)』と言う本にまとめ、この本が19世紀の眼科医のバイブル本となった。
- 金井総兵衛稠共・・・稠共(ちゅうきょう)は幕末期の武蔵国を代表する和算学者の一人。生涯に手がけた和算書は約60冊とされる。治水工事や地図作成などの測量に大きな業績を残した。
- 本因坊丈和・・・出生地は伊豆とも言われるが定かではない。本庄宿の戸谷(中屋)半兵衛の元で丁稚(でっち)として住み込んでいた。この頃から碁打ちの才能を見せ、人々を驚かせていた。半兵衛はこの才能を見抜き、本庄に埋もれさせておくのは忍びないと判断し、当時、江戸は室町にあった支店島屋に赴任させた。ここで丈和は第十世本因坊烈元の門下として修業をつむ事となる。そして文政10年に第十二世本因坊を襲名する事となる。天保2年には日本囲碁界の最高権威に君臨した。
出身有名人
在住有名人
その他
- 本庄新都心
- 早稲田リサーチパーク
- 風洞の字名・・・児玉町に伝わる昔話(民話)。坂上田村麻呂伝説の一つ。
- 布留式型カメ・・・奈良県天理市の布留(ふる)遺跡から出土した布留式土器(畿内に多い土師器)に形が類似した土器。本庄市の小島(おじま)の遺跡から少なからず出土した遺物であり、形こそ西方の土器であるが、在地の粘土を用いている。この事から、5世紀後半頃、大和国(西の地)から本庄の地に移住して来た人々がいたのではないかと考えられている。
- 金鑚神社・・・当市の金鑚神社は千代田3丁目2番3号(宮本町)に鎮座している。『金鑚神社略記』によると、その創立は欽明天皇2年(541年・6世紀中頃)と伝承されている。中世では東本庄の地にあり、本庄氏の氏神として代々祀られてきたが、本庄実忠の代になり、本庄城が築かれるにしたがい、一緒に移転される。本庄氏滅亡後も移転し、近世において移転を繰り返し、現在地に至る(近世では本庄宿の総鎮守として信仰される)。現在の本殿は18世紀初めに建てられたものであり、当時は金鑚明神の名で親しまれた。
- 椿稲荷明神(つばきのいなり みょうじん)・・・本庄実忠が本庄城を1556年(16世紀中頃)に築城した際、城の守護神として祀った神。本庄氏は氏神として金鑚神社を祀っていたが、城の守護神として城山稲荷神社も祀り、信仰していた。元は西本庄にあったもの(長峯付近にあったとされる)を城内に奉斉したとされる。現在、当市の城山稲荷神社は本庄3丁目5番に鎮座している。椿稲荷信仰は栃木県にも見られるが、同一の信仰かは不明(別称をお十日椿稲荷と言う)。
- 神楽・・・当市の神楽は他地域の神楽と特別な違いはないが、武蔵二の宮金鑚神社よりの免許状制を持つ。この為、それぞれ組によって神楽の相伝が異なる(代々氏子に相伝される組もある)。
関連項目
脚注
- ^ 本庄市<広報ほんじょう・2006年3月1日号>
外部リンク

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