東大 とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋東京大学(とうきょうだいがく、英語: The University of Tokyo)は、東京都文京区本郷七丁目3番1号に本部を置く日本の国立大学である。1877年に設置された。大学の略称は東大(とうだい)。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 東大 東大 出典: 『はてなダイアリー』 関連商品
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| 東京大学 | |
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東京大学大講堂(安田講堂)
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| 大学設置 | 1877年 |
| 創立 | 1684年 |
| 学校種別 | 国立 |
| 設置者 | 国立大学法人東京大学 |
| 本部所在地 | 東京都文京区本郷七丁目3番1号 |
| キャンパス | 本郷(東京都文京区) 駒場(東京都目黒区) 柏(千葉県柏市) 白金(東京都港区) 中野(東京都中野区) |
| 学部 | 法学部 医学部 工学部 文学部 理学部 農学部 経済学部 教養学部 教育学部 薬学部 |
| 研究科 | 人文社会系研究科 教育学研究科 法学政治学研究科 経済学研究科 総合文化研究科 理学系研究科 工学系研究科 農学生命科学研究科 医学系研究科 薬学系研究科 数理科学研究科 新領域創成科学研究科 情報理工学系研究科 情報学環・学際情報学府 公共政策大学院 |
| ウェブサイト | 東京大学公式サイト |
東京大学(とうきょうだいがく、英語: The University of Tokyo)は、東京都文京区本郷七丁目3番1号に本部を置く日本の国立大学である。1877年に設置された。大学の略称は東大(とうだい)。
目次 |
東京大学は、昌平坂学問所や天文方、さらに種痘所からの流れを汲み、欧米諸国の諸制度に倣い、日本で初めての近代的な大学として設立された。後に、政府直轄の大学となり「帝国大学」と改称した。その後、各地に帝国大学や官立大学が設置されていき、同大学も「東京帝国大学」と改称した。第二次世界大戦後、「国立東京大学」となった。国立大学法人化でも、旧7帝国大学全てにおいて統合はない。付置研究機関もしくは附属研究所が、大学共同利用機関化されると同時に、新たな研究科などが新設され、現在の陣容になる。
東京大学では特に創立時に定められた建学の精神はない。しかし、国立大学法人化に伴い、現在は「東京大学憲章」というものが定められている。東京大学憲章は、「大学」としての使命を公に明らかにすることと、目指すべき道を明らかにすることを目的として学内有識者会議によって制定されたものである。学部教育の基礎としてリベラル・アーツ教育を重視することを謳っている。
東京大学は、キャンパスによって教育内容・研究内容を大きく異にしている。教育内容の面からは、主に教養課程を実施する駒場キャンパス、専門教育を行う本郷キャンパス、大学院課程のみの教育を行う柏キャンパスに分けられる。また研究内容の面からは、伝統的な学問領域の研究を行う本郷キャンパス、学際的な研究を行う駒場キャンパス、新しい学問領域の研究を行う柏キャンパスに分けられる。こうしたキャンパス分立体制は、学部によってキャンパスを分けることの多い日本の大学では珍しい形態である。さらに現在でも入学時の教養課程を分化して設置している大学も日本では数が少なく、日本国内では珍しい存在となっている。
上で述べたようにリベラル・アーツ教育(教養教育)を重視しているのが東京大学の教育の大きな特徴である。教養教育は教養学部前期課程として開講されているが、その実施には東京大学のすべての学部・研究科・研究所が参加している[1]。主に担当する教養学部では、各大学1件ずつしか応募できない[2]特色ある大学教育支援プログラムに「教養教育と大学院先端研究との創造的連携の推進」で応募したことが、大学として教養教育を重視していることの現れであるとしている[3]。教育内容の詳細は東京大学大学院総合文化研究科・教養学部を参照。
現在においては、東京大学のより一層の国際化推進を図り、総長直轄の本部組織である国際連携本部を中心とした国際化推進計画が進行中である。
なお、最近では「知の開放」プログラムの一環として、諸外国の大学に倣い、一般向けの講義を中心に講義のビデオをポッドキャスティングで配信している[4]。
卒業生にノーベル賞受賞者がいる。なお、東京大学が博士号学位授与した卒業生は2008年現在で4名で、学士の学位を授与した卒業生は2008年現在で6名となっている。[5][6][7]。
東京大学は自由な学風を特色としている。この学風は東大安田講堂事件に代表されるような学生運動にも現れている。大学の自治が問題となった東大ポポロ事件も起きているが、おおむね寛容の施策によるものであり、学問の自治は保障されている。なお、学内で研究を行っていけないのは、兵器等の殺人を目的とする装置類である[8]。
国立大学法人になって以降、積極的な改革を行いつつある。商標登録などのブランド力向上の施策(#シンボルマークを参照)、知的財産移転に関する関連団体の設立、任期付講師の積極的な外部からの登用、学外識者も参加する大学運営理事会などである。また、教育というサービスを提供する観点から、学内にレストランやコンビニエンスストアなど外部テナントの誘致を進めてきた。情報発信を強化する観点から、学生によるホームページの運営[9]なども行っている。
東京大学の起源は、1684年(貞享元年)に江戸幕府が設立した天文方と、1858年(安政5年)に江戸の医者の私財によって設立された神田お玉ヶ池種痘所まで遡る。1797年(寛政9年)に創設された昌平坂学問所(昌平黌)も東京大学の源流となっている(1871年に廃止されたため組織的に直接のつながりはない)。天文方はその後、1857年(安政4年)に蕃書調所、1862年(文久2年)に洋書調所、1863年(文久3年)に開成所と変遷していった。また、種痘所も1860年(万延元年)に江戸幕府へ移管された後、1861年(文久元年)に西洋医学所、1863年(文久3年)に医学所と変遷していった。
これら3つの教育機関は1868年(明治元年)に、開成学校、医学校、昌平学校となった。それぞれ洋学、西洋医学、国学・漢学の教育機関であったが、1869年(明治2年)にはこれらを統合するため、昌平学校が大学校(本校)となり、開成学校および医学校が大学校分局とされた。同年のうちに大学校、開成学校、医学校は大学、大学南校、大学東校と改称されたが、1870年(明治3年)には学制改革により大学が閉鎖されてしまう。1871年(明治4年)に大学は廃止され、大学南校、大学東校は南校、東校と改称された。両校は1874年(明治7年)にそれぞれ東京開成学校、東京医学校と改称された。1877年(明治10年)4月12日に東京開成学校と東京医学校が合併して東京大学となり、日本で初めての近代的な大学が設立された(なお、4月12日は現在「東京大学記念日」となっており、この日に入学式が行われている)。
本稿ではこの経緯から創立は天文方の設置年である1684年、設立は東京大学が誕生した1877年としている(なお、日本最古の大学については大学寮参照)。東京大学設立後の沿革については以下の年表を、歴代の総長については東京大学の人物一覧#歴代総長を参照のこと。
その他、創立以来日本全国各地に研究施設、実習施設、課外活動施設を設けている。
東京大学のカレッジカラーは淡青(ライトブルー)である。これは東京大学ボート部が京都大学とボート対抗戦を行った際、乗るボートをくじ引きで決めたところ、京都大学は濃青、東京大学は淡青となったことに由来する。
また、各学部ごとのカレッジカラーも存在し、例えば法学部は緑、医学部は赤、理学部は橙色、農学部は紫、などとなっている。
東京大学のシンボルマークは、黄色と青(淡青)の2枚の銀杏の葉を組み合わせたもので商標として登録(商標登録第4871651号)されている。このシンボルマークは「東大マーク」と呼称されているが、商標は図案のみの登録で「東大マーク」という名称は商標登録されていない。
この「東大マーク」は国立大学法人化された時に制定されたが、東京大学にはそれ以前から様々なところで使用されてきた銀杏のマークがあり(銀杏の葉の形状は「東大マーク」と類似している、中央に「大學」と書かれている)、「東大マーク(旧)」と呼ばれている。「東大マーク(旧)」は1948年に「銀杏バッジ」として制定されたものであり、正式な校章ではない。「東大マーク(旧)」も商標登録(第4868079号、図案のみ)されている。
これらシンボルマークのほかに「東京大学」(第4845999号、第4868078号)、「東大」(第4846000号、第4853892号、第4872824号、第4872825号、第4872826号、第4872827号、第4878617号、第4901389号、第4903509号、第4903510号、第4903511号、第4928970号、第4928971号)、「UNIVERSITY OF TOKYO」(第4871650号)も国立大学法人東京大学によって商標登録されている。
「東大マーク」および「東大マーク(旧)」の図柄は公式サイト内の「東大マーク・東京大学の歌」に掲載されている。
なお、駒場Iキャンパスでよく見られる3枚の銀杏の葉を組み合わせたマークは、大学院総合文化研究科・教養学部のシンボルマークである。
東京大学には校歌が存在しないが、応援歌『ただ一つ』と運動会歌『大空と』が「東京大学の歌」として公認されている。 また[学生歌]として『足音を高めよ』が存在する。 各種学校/専門学校から帝國大學令を廃止して旧制の新「大学令」により1920年以降に旧制大學に昇格した歴史は東大には無く、最初から大學として存在するため、いまさら校歌というよりは「学生歌」だけの存在で代替できるとの見解もある。 2004年6月に東京大学の校歌についての検討会が設置され、『大空と』を暫定的に校歌とする提案がなされた。しかし、『ただ一つ』の方が親しみがあるという意見が多く寄せられたため、『ただ一つ』と『大空と』を校歌ではなく「東京大学の歌」と位置づけた。
これに加えて新しい「東京大学の歌」の歌詞を公募したが、入選作品はなく、今後の対応は2005年4月現在検討中である。
東京大学で現在も歌われている歌には以下のようなものが存在する。
楽譜・歌詞などは公式サイト内の「東大マーク・東京大学の歌」に掲載されている。また、これらの歌が収録されたCDも東大生協で販売されている。
東京大学内の大学生協や購買部などでは、商標登録された図形商標及びThe University of Tokyo名を入れた商品なども販売している。報道各社では東大ブランドと使う時には、こちらの商品以外のものにも使われる場合がある。大学公認の商品の場合には、図形商標及びThe University of Tokyo名が入った商品が大学公認のものである。なお、校章の入ったものは、学生証、本部出版物などに限られている。
大学としての、教育及び研究を行う組織をそれぞれ、教育を行う組織を学部と言い、研究を行う組織を研究科と言う。東京大学の場合には、全ての進学者が日本では数少なくなった教養学部へ一旦入学し、その後進学振り分けによって、各専門教育を行う学部へ進学する制度を採用している。なお、教養学部課程も専門教育組織としての学部もあり、そして大学院研究科としての総合研究科もある。このため、約2年間の教養過程においては、文科・理科を問わない仲間と一緒に教育を受けることになる。
東京大学の入学者は全員が6つの科類に分かれて教養学部に所属し、2年間の前期課程を履修する。その後、教養学部も含めた10学部に分かれて2年間(ただし医学部医学科と農学部獣医学課程、薬学部薬学科は4年間)の後期課程を履修する。前期課程から後期課程への進学時に行われる進学振分けについては東京大学大学院総合文化研究科・教養学部#進学振分けを参照。
なお、後期課程(3年次)への編入学、学士入学を行っている学部もある。
特記している以外の専攻には修士課程および博士課程が設置されている。
東京大学大学院情報学環・学際情報学府および 東京大学大学院情報学環教育部を参照
運営管理が、学部及び大学院各研究科によって行われている組織。各組織は、教育及び研究課題別に組織されており、学部附属が教育組織及び実習組織、センターが大学院研究科毎の研究室に相当する組織。大学共同研究及び研究課題によっては、学外からの利用も可能。
現行法に基づく、附置研究所に相当する組織。専門研究を目的にしており、大学院教育を行うことを目的に設置。研究課題によっては、学外からも利用可能。