便利なキーワード検索サイト ことなびトップページへ
デル株式会社







ことなびTOP  サイトマップ  ことなびとは?



便利!NINJA TOOLS
→FC2検索 用語 Wikipedia YouTube

東武野田線 とは?

 ページ内リンク   ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事  ↓Yahoo!知恵袋

野田線(のだせん)は、埼玉県さいたま市大宮区大宮駅から千葉県柏市柏駅を経て船橋市船橋駅を結ぶ東武鉄道鉄道路線である。

出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』


ノースウエスト航空 のマイルは、国内航空会社のマイレージと違って無期限!! 格安パックツアーでも
100%マイルが付くのでお得!! 国内往復分15000マイルを貯めて沖縄や北海道へ!!


関連商品

おもちゃ&ホビー  Nゲージ 東武8000系 旧前面 4輛編成セット 塗装印刷済組立キット トータルセット #1013T別ウィンドウで表示

最安値(新品): ¥ 12,600 
おすすめ度5.0(全レビューの平均)東武8000系 旧前面 4輛編成セット 塗装印刷済組立キット トータルセットは以前購入の機会を逃したのでようやく手に出来ました。私鉄界の103系は揃えないと。組み立てそのものは一体成形ボディーなので作りやすいです。台車なども一通りは行っているのがいいですね。  (あずさ2号 さんのレビュー)




ウィキペディア(Wikipedia)記事


東武野田線
東岩槻付近
東岩槻付近
路線総延長 62.7 km
軌間 1067 mm
電圧 1500 V 架空電車線方式 (直流)
最高速度 100 km/h
uexKBFe + HUB81
西武大宮線
uSTRrg
uHBHF + HUB26
uSTRlg
uSTRlf
uSTRl + HUB26
uABZ3lf uHSTR
埼玉新都市交通伊奈線
HSTR
HBHF + HUB26
HSTR HSTR
JR東東北上越新幹線
TUNNELlu
tHBHF + HUB26
TUNNELru HSTR
←JR東:埼京線 / 川越線
HSTR
HBHF + HUB26
HSTR ABZ3lg
←JR東:宇都宮線 / 高崎線
HSTR
BHFl + HUB26
STR
←JR東:京浜東北線
BHFr + HUB83
STRlg STR
0.0 大宮駅
BHF STR
1.2 北大宮駅
STR STRlf
↑JR東:宇都宮線→
BHF
2.2 大宮公園駅
BHF
4.0 大和田駅
BHF
5.6 七里駅
eBHF
加倉駅 1950年廃止
BHF
8.5 岩槻駅
eKRZo
武州鉄道
eBHF
渋江駅
WBRÜCKE
元荒川
BHF
10.9 東岩槻駅
BHF
12.2 豊春駅
BHF
14.1 八木崎駅
STR STRrg
伊勢崎線
STRlf ABZlg
BHF
15.2 春日部駅
STRrg ABZrf
KRZo STRrf
←伊勢崎線↑
eBHF
土井停留所 1947年廃止
BHF
17.8 藤の牛島駅
eBHF
永沼停留所 1956年廃止
BHF
20.6 南桜井駅
WBRÜCKE1
江戸川
BHF
22.9 川間駅
KDSa STR
七光台検修区
STRlf ABZlg
BHF
25.1 七光台駅
BHF
26.6 清水公園駅
BHF
27.7 愛宕駅
uexBHFl + HUB84
exKDSa + HUB25
BHF + HUB82
28.6 野田市駅
exSTRlf eABZlg
野田人車鉄道
BHF
30.9 梅郷駅
BHF
33.2 運河駅
BHF
35.1 江戸川台駅
BHF
36.8 初石駅
STR
HBHF + HUB81
KRZu
つくばエクスプレス
HUB62
BHF + HUB82
38.4 流山おおたかの森駅
BHF
39.7 豊四季駅
eBHF
北柏駅 1955年廃止
STR
 常磐線の北柏駅とは別
ABZfg
BHFl + HUB81
42.9 柏駅
KRZo
HBHF + HUB26
←JR東:常磐線(快速)
KRZo
HBHF + HUB26
←JR東:常磐線(各停)
eABZrg
exBHFl + HUB83
BHF
45.8 新柏駅
BHF
47.1 増尾駅
BHF
48.0 逆井駅
STR KDSa
ABZrg STRrf
BHF
50.2 高柳駅
BHF
51.9 六実駅
HUB63
BHF + HUB82
53.3 新鎌ヶ谷駅
HBHF + HUB26
KRZu HSTR
北総北総線
HBHF + HUB83
KRZu STRlg
新京成新京成線
STR HST
初富駅
STR STRlf
BHF
55.2 鎌ヶ谷駅
BHF
57.7 馬込沢駅
BHF
60.1 塚田駅
BHF
61.3 新船橋駅
exBHFr + HUB81
exHSTR exSTRlg STR
海神駅 連絡線 1934年廃止
HBHF + HUB83
STRlg exSTR STR
京成本線
tHSTR KRZt
tHSTR + exSTR
KRZt tHHST
東海神駅
STR exSTR STR
東葉東葉高速線
STR exSTRlf xABZ3lf
BHFl + HUB81
62.7 船橋駅
KRZo HSTR HSTR
HBHF + HUB26
←JR東:総武線(快速)
KRZo HSTR HSTR
HBHF + HUB26
←JR東:総武線(各停)
STR HUB26
↑京成:本線→
STRlf HSTR HSTR
HBHF + HUB83
京成船橋駅

野田線(のだせん)は、埼玉県さいたま市大宮区大宮駅から千葉県柏市柏駅を経て船橋市船橋駅を結ぶ東武鉄道鉄道路線である。

目次

路線データ

大宮駅 - 柏駅間は、ほぼ国道16号線に並行する。また、高柳駅 - 船橋駅間は、ほぼ県道船橋我孫子線に並行する。

概要

埼玉県南東部から千葉県北西部にかけて、東京30km圏内の東半分を結ぶ路線であり、1930年(昭和5年)に全線開通した。

現在は沿線における生活路線だが、当初は野田市駅から柏駅まで醤油を運ぶ貨物輸送のために作られた。かつては野田市のキッコーマン本社内に運搬用の駅が存在し[1]、柏駅からは日本鉄道(現在のJR常磐線)経由で日本全国に醤油が輸送されていた。柏駅のスイッチバック状配線は貨物輸送の名残りであり、現在の同駅8番線の場所に貨物列車用の引き込み線が設けられていた。

歴史

千葉県営鉄道

千葉県は、東葛飾郡野田町(現・野田市)の醤油醸造業者から舟運に頼るだけの交通の不便さを訴えられたため、1910年(明治43年)8月3日に東葛飾郡千代田町(現・柏市) - 野田町間他1線について軽便鉄道敷設免許申請を鉄道省に提出した。建設費は県債を募集して充てることとし、醸造組合は20万円でその県債を引き受けた。

当初、軌間は軍用軽便鉄道で使用していた600mmを予定していたが、野田醤油醸造組合では鉄道院線(現・JR東日本線)と同軌間でなければ常磐線柏駅で貨車の直接乗り入れができず不便である点を主張し、その結果1067mmに変更して着工することになった。同年8月31日に免許が下りると同時期に工事が着工され、1911年(明治44年)5月9日千葉県営軽便鉄道柏 - 野田町間(現・野田市駅)9マイル10チェーン (14.7km) が開通した。

北総鉄道・総武鉄道

1921年(大正10年)、千葉県当局は路線維持を前提に県営鉄道の払い下げを行う方針を打ち出した。野田線の場合、野田醤油醸造組合が野田町 - 船橋間に列車の直通運転を計画し、京成電気軌道専務取締役本多貞次郎を中心に払い下げ運動を展開した。同年、この千葉県から払い下げられた路線(野田町 - 柏間)の経営と柏 - 船橋間の新線を敷設する目的で北総鉄道北総線を営業している1972年設立の北総鉄道とは無関係)を発起し、11月21日に免許が下りた。

1922年(大正11年)4月5日に創立総会を開き、本社所在地を東京市本所区押上町(現・東京都墨田区押上)に、取締役社長は本多貞次郎が就任し、資本金150万円で北総鉄道を設立した。同月に千葉県東葛飾郡船橋町(現・船橋市)九日市に本社を移し、柏 - 船橋間の測量や用地買収にかかった。1923年(大正12年)北総鉄道は柏 - 船橋間19.6kmの工事に着手し、12月27日に船橋線 船橋 - 柏間が開業した。なお、同年7月には県営鉄道を41万円で譲り受け、翌8月より同社野田線(柏 - 野田町間14.7km)として営業を開始している。

1926年(大正15年)、野田町駅(現・野田市駅)から東武鉄道粕壁駅(現・春日部駅)を経て省線大宮駅までを結ぶ新線敷設の構想が北総鉄道社内から持ち上がり、同年5月31日に敷設免許を受けた。同年7月に本多貞次郎から斎藤三郎に取締役社長が変わり、12月に本社を千葉県東葛飾郡柏町(現・千葉県柏市)豊四季に移転した。1928年(昭和3年)9月に資本金を450万円に増資して工事に着手した。最初から将来の北総鉄道の電化を睨み、全線を電気運転をするという認可を受けた。

1929年(昭和4年)9月1日、野田町駅(現・野田市駅) - 清水公園駅間1.3マイル(約1.9km)が開通し、同年11月17日大宮仮停留所(大宮駅から北大宮駅方331m付近) - 東武鉄道粕壁駅(現・春日部駅)9.5マイル (15.3km) が開通した。この大宮 - 粕壁駅間の開通に当たって粕壁駅構内に変電施設を設置し、北総鉄道線で初の電車運転を開始した。その後大宮駅構内の工事が進み、同年12月9日に省線大宮駅まで乗り入れた。大宮 - 粕壁間が開通し、路線が下総北部にとどまらず、総・武両地方にわたるようになったことから、1929年(昭和4年)11月22日に北総鉄道から総武鉄道総武本線を開業させた1889年設立の総武鉄道とは無関係)に社名変更した。

大宮 - 粕壁、野田町 - 清水公園の新線敷設工事と併せて既設線の電化工事も進められ、1929年(昭和4年)12月に野田変電所が竣工、同年12月30日から清水公園 - 柏間の電気運転を開始した。電気運転開始に当たって電気機関車3両、電車10両、そして未電化区間にはガソリンカーを1929年に3両、1930年に2両購入し、旅客営業や貨物営業に就いた。

粕壁 - 清水公園間は江戸川架橋工事の竣工とともに1930年(昭和5年)10月1日開通し、全線開通となった。この時に大宮 - 柏間の直通電車の運転を開始した。船橋線(柏 - 船橋間)では京成電気軌道と連絡線の工事が進められ、1929年(昭和4年)12月25日に京成海神停留場を連絡駅とし船橋 - 海神間にガソリン客車による旅客営業が開始されたが、収益が上がらず1933年(昭和8年)9月に営業を休止、翌1934年(昭和9年)4月2日で営業を廃止した。

1935年(昭和10年)7月1日、埼玉県南埼玉郡岩槻町(現・さいたま市岩槻区)の岩槻自動車株式会社(乗合自動車事業)を買収、また乗合自動車9両と貸切自動車1両を購入し野田町 - 越谷・草加駅間で乗合自動車事業を開業した。1936年(昭和11年)4月2日には北足立郡大宮町・上尾町・原市町近郊(現・さいたま市大宮区北区見沼区上尾市)で乗合自動車事業を展開する大宮自動車商会を買収するなど、総武鉄道沿線の中小乗合自動車事業者の買収を積極的に進めた。

1937年(昭和12年)には個人経営の利根川渡船事業(現・野田市目吹あたり)も買収し、渡船事業も展開した。

東武鉄道

1943年(昭和18年)12月28日、東武鉄道の臨時株主総会にて東武鉄道と総武鉄道との合併が承認され、翌1944年(昭和19年)3月1日東武鉄道と合併した。元々総武鉄道は京成電気軌道の傍系企業であったが、本多貞次郎が取締役社長を辞任した頃から徐々に京成との関係が薄くなっていき、キッコーマンの傍系企業としての結び付きが強くなったようである。そして陸上交通事業調整法が遠因となって東武鉄道に合併された。当初は大宮 - 柏間が野田線、柏 - 船橋間が船橋線の呼称であったが、後に大宮 - 船橋間の全線が野田線と改称されている[2]。なお、乗合自動車事業(路線バス)も鉄道事業と同様に東武鉄道に合併された。

戦後は1957年(昭和32年)に北大宮 - 大宮公園間が複線化されたのを皮切りに、大宮・柏・船橋を起点に複線化が進められた。また車両の近代化(旧型車両→3000系列5000系列(→2080系)→8000系)・駅舎の改築も順次進められている。