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松下電器産業 とは?

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パナソニック株式会社英称: Panasonic Corporation)とは日本総合家電メーカーである。商品ラインは家電中心。本社は大阪府門真市。創業者は松下幸之助

出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』


松下電器産業はてなダイアリーを別ウィンドウで表示  :  日本の大手総合家電メーカーである。1935年12月15日設立。本社は大阪府門真市。東京証券取引所1部上場。松下幸之助が創業したことで有名。商品はナショナル(National)やパナソニック(Panasonic)などのブランドで販売している。 →松下電器 →パナソニック →ナショナル パナソニックへ社名変更予定(2008/01/10)

出典: 『はてなダイアリー』


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ウィキペディア(Wikipedia)記事


パナソニック株式会社
Panasonic Corporation
ロゴ
種類 株式会社
市場情報
東証1部 6752
大証1部 6752
名証1部 6752
NYSE PC
本社所在地 〒571-0000
大阪府門真市大字門真1006番地
設立 1935年(昭和10年)12月15日
業種 電気機器
事業内容 AVCネットワーク38%
アプライアンス12%
デバイス13%
パナソニック電工・パナホーム17%
日本ビクター7%
その他13%
代表者 大坪文雄
資本金 2,587億4000万円
売上高 単体:4兆8622億2,000万円
連結:9兆689億2,800万円
(2008年3月期)
関係する人物 松下幸之助(創業者)
外部リンク http://panasonic.co.jp/
  
パナソニック工場敷地(大阪府門真市)
パナソニック工場敷地[1]大阪府門真市

パナソニック株式会社英称: Panasonic Corporation)とは日本総合家電メーカーである。商品ラインは家電中心。本社は大阪府門真市。創業者は松下幸之助

長らく松下電器産業株式会社(まつしたでんきさんぎょう)という社名を用いていたが、2008年10月1日よりブランドイメージの統一等を目として主なブランド名の一つであったパナソニックを社名に採用し、会社名を変更した。詳細は#社名変更を参照。 グローバルブランドスローガンは「Panasonic ideas for life」。

目次

概要

同根兄弟会社のパナソニック電工を連結対象に収めた現在、2006年度の総売上高では初めて9兆円を超え日立製作所に続き日本で2番目。フィナンシャル・タイムズが発表した2007年時価総額ランキングでは158位[2]。社名が松下電器産業だった時代は、「真似した電器(ましたでんき)」と揶揄されていたことがあり、他社製品を真似し、安くするのが売りという会社と言われてきたが、現在は、自社開発した製品が増えてきている[3]。2007年のFortune Global 500における売上高ランキングでは59位[4]をそれぞれ記録している。

関連会社も含め、家電製品の他にも産業機器、通信機器など電気機器を中心に多角的な事業を展開している。その経営スタイルや社風から同業のソニーとの比較をされることが多く、ソニーが好調の際にはソニー型経営を褒め称える書籍が増え、逆の状況ではパナソニック型経営を褒め称える書籍が書店に並ぶなど、良きにつけ悪しきにつけ世間では両社をライバルだとみなす傾向が強い。これはVTR機でのベータVHS競争の印象が強いためだと思われる。確かにオーディオ・ビジュアル製品では、現在でも両者は直接の最大のライバルのひとつである。しかし、パナソニックの販売製品全体の中でソニーと競合する製品は多くなく(特にソニーは白物家電を販売していない)、これは映画事業やゲーム事業金融事業へと展開するソニー側から見ても同じことが言える(パナソニックは映画事業やゲーム事業に一時参入したが早期に撤退している)。

現在の戦略は様々な規格で日系他社と争いつつも、一方で分野によっては(液晶パネルなど)東芝や日立、ミネベアなどと提携・合弁・事業移管を行っている。

夏と冬のオリンピックの公式スポンサーで、1988年カルガリーオリンピックから始まり、同年のソウルオリンピック1992年アルベールビルオリンピックバルセロナオリンピック、1994年のリレハンメルオリンピック、1996年のアトランタオリンピック、1998年の長野オリンピック、2000年のシドニーオリンピック、2002年のソルトレイクシティオリンピック、2004年のアテネオリンピック、2006年のトリノオリンピック、そして2008年の北京オリンピックまで夏季・冬季連続で12大会連続・20年連続でAV機器カテゴリーのTOPスポンサー(「The Olympic Partner」の略。最高位のオリンピックスポンサーのこと。日本企業ではパナソニックのみ)を務めている[5]。2007年にロンドンで開かれたIOC総会にて、引き続き2009年から2016年までの8年間、TOPスポンサーとなる契約を締結した。

また知財活動も盛んで、米国出願件数ではIBMに続き、毎日キヤノンと出願件数を争っており、技術力の高さも窺える。

現在では薄型テレビデジタルカメラDVDレコーダーの新・三種の神器に力を入れて製造・販売している。かつては他社が取り入れた評判のよい技術をすぐに自社製品化して対抗商品を開発するため「マネした電器」とも揶揄されていたが、現在は独自技術を前面に打ち出した事業展開を行っている。

世界展開により、「松下」「ナショナル」「パナソニック」の名称を使い分けることによるデメリットが年々増大し、ブランドイメージの統一が課題となっていた。そこで、2008年6月26日の株主総会において、社名の「パナソニック株式会社」への変更と、グループ会社名称の「パナソニック」への統一(一部例外あり)が承認され、同年10月1日以降に実施され、それまでの「松下」と「松下電器産業」から変更された。なお、「ナショナル」ブランドから「パナソニック」ブランドへの移行は、2008年7月1日発売の新製品から先行実施された。なお、中国語の表示では社名変更後も従来通り「松下電器産業株式会社」・「松下」の表記を使用している。

沿革

  • 1917年(大正6年)6月 - 松下幸之助大阪府東成郡(今の大阪市東成区猪飼野の借家でソケットの製造販売を始める。当時は松下幸之助の妻“むめの”と妻の弟である井植歳男(後の三洋電機の創業者)の3人で営業していた。
  • 1918年(大正7年)3月7日 - 大阪市北区西野田大開町(今の大阪市福島区大開2丁目)に移転。松下電気器具製作所を創立する。
  • 1921年(大正10年) - 「二股ソケット」発売。
  • 1927年(昭和2年) - 自転車用角型ランプを販売。この商品から「ナショナル (National)」の商標を使用しはじめる。
  • 1931年(昭和6年) - ラジオの生産を開始。
  • 1932年(昭和7年) - ラジオの重要部の特許を買収し、同業メーカーに無償で公開。戦前のエレクトロニクス業界の発展に寄与。
  • 1933年(昭和8年) - 大阪府北河内郡門真町(現・門真市)に大規模工場を建設して移転。事業部制を導入。
  • 1935年(昭和10年) - 松下電器産業に改組、松下電器(現・パナソニック電工などを分社化。「国民ソケット」発売。
  • 1937年(昭和12年) - 「ナショナル」のロゴ書体「ナショ文字」制定(1987年に使用中止)。
  • 1941年(昭和16年) - 軍需産業に参入。木造や木造飛行機を生産する。
  • 1946年(昭和21年) - 第二次世界大戦後、連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ) により制限会社の指定を受けた。しかし、軍需産業とみなされたことと大資本のため統廃合の制限がされた松下電工(当時 松下航空工業)以外の分社を再統合(合併)して事業部制に戻し、洗濯機などの製造を開始した。
  • 1952年(昭和27年) - オランダフィリップスと提携し、松下電子工業を設立。
  • 1954年(昭和29年) - 戦争でほぼ壊滅状態にあった日本ビクターと資本提携する。その際ビクターを吸収したりせず、ビクターとは競争しながら発展していくという関係をとることになった。その理念は社長が変わった後も続いていたが、2007年秋に資本関係を解消する事に合意した(同年8月に総額350億円の第三者割当増資をケンウッドスパークス・グループに行い、松下の保有比率は36.90%となり連結子会社から外れ、持分法適用関連会社となった)。
  • 1955年(昭和30年) - 「Pana Sonic」ブランドを、単体スピーカーユニット8P-W1(のちに国内向けは「EAS-20PW09」に型番変更)の輸出に初めて使用。
  • 1957年(昭和32年) - 全国の“街の電器屋さん”が加盟する日本で最初の系列店ネットワーク「ナショナル店会(後のナショナルショップ制度)」が発足。高度成長期の強大な販売網として機能し、ピーク時には全国で約5万店にまで増加したが、後継者不足や量販店との競争激化により現在は約1万8000店にまで減少している。
  • 1961年(昭和36年)
  • 1964年(昭和39年) - 『熱海会談』。系列店への熾烈な販売ノルマや、テレビの不良品などが問題化し、3日間に亙って紛糾。幸之助が会長兼営業本部長代行としてトップセールスに復帰する契機になる。
  • 1965年(昭和40年) - 完全週休2日制を実施、新販売制度(流通経路の短縮主体)。高度成長路線に乗る。
  • 1966年(昭和41年) - 英字表記の「NATIONAL」ロゴを国内向け製品に、「PANASONIC」ロゴを海外向け製品、及び国内向けトランジスタラジオに使用開始。「ナショナル」が米国で商標登録されており使用できなかったことがその動機だが、「パナソニック」に落ち着くまでに、1964年5月に「NATIONAL PANASONIC(ナショナル・パナソニック)」で米国への輸入が認められ、以後、「KADOMAX(カドマックス)」、「マツシタ」、「マーツ」を経て「パナソニック」となっている。
  • 1969年(昭和44年) - 東京電気化学工業(現・TDK)と提携。
  • 1970年(昭和45年) - 日本万国博覧会に松下館を出展。当時の文化の資料を収め5000年後の開封を目指したタイムカプセルを展示した。
  • 1971年(昭和46年) - 「PANASONIC」ロゴを、現在の「Panasonic」へ変更。
  • 1973年(昭和48年) - 「NATIONAL」ロゴを、現在の「National」へ変更。パナファコム株式会社(現:株式会社PFU)を設立。
  • 1977年(昭和52年)
  • 1986年(昭和61年)
    • 2月 - 谷井昭雄専務が社長に就任。
    • 「パナソニック/Panasonic」ブランドを国内でも使用開始。初使用した製品はMSX2パソコン「FS-A1」。またこの頃から「松下電器」の独自制定書体も使われなくなり、一般的なゴナ系の書体に変更される。
  • 1987年(昭和62年) - 富士通FM-R互換のデスクトップPC「PanacomM500/700」を発売。
  • 1988年(昭和63年) - テレビビデオデッキCDラジカセミニコンポなどのAV家電部門が、ナショナルブランドからパナソニックブランドへ移行する。
  • 1989年(平成元年) - 新しいスタイルのナショナルショップチェーン「パナック」を立ち上げ。
  • 1990年(平成2年) - MCA社(現・ユニバーサル・スタジオ)を子会社化。
  • 1991年(平成3年)
    • 10月 - DCCデッキ RS-DC10を発売。
  • 1993年(平成5年)
  • 1994年(平成6年)
  • 1995年(平成7年) - MCA社への出資分80%をシーグラム社に売却。
    • 4月 - 光ディスクPDを開発。
  • 1997年(平成9年) - 社内分社制を導入(関連する事業部を統合・集約)。
  • 2000年(平成12年)
    • 6月 - 中村邦夫専務が社長に就任。森下社長は会長に、松下正治会長は名誉会長に、松下正幸副社長は副会長に就任した。将来の社長候補と目されていた創業者・幸之助の直孫である松下正幸が副会長に就任したことにより、松下一族による社長世襲はほぼ霧消したといえる。
    • 10月 - 同社初のDVDレコーダー「DMR-E10」発売。
  • 2001年(平成13年) - 松下電子工業を吸収合併し、社内分社として「半導体社」「ディスプレイデバイス社」「照明社」の3部門を設ける。また、同社傘下にある宮田工業自転車消火器などのメーカー)の保有株式の半数をモリタへ譲渡。任天堂と共同開発商品DVD/GAME Player Q発売。
  • 2003年(平成15年) - グローバルブランドをPanasonicに統一、グローバルブランドスローガン「Panasonic ideas for life」の導入。
  • 2004年(平成16年) - アルカリ乾電池以来40年ぶりとなる新型の乾電池「オキシライド乾電池」を開発。
    • 4月1日 - 戦後長らく独立路線であった松下電工を再び子会社化。ブランド戦略や経営戦略、研究開発にいたるまで統一的に展開することになり、互いの重複事業の再編と家電の営業部門の統合を行った。その結果、両社の共同経営会社のパナホームも松下電器産業直轄の子会社となり、松下電工とともに松下電器産業の住宅・電気設備のセグメント(電工・パナホーム)として組織上の再編が行われた。
    • 7月31日 - 同社初のBlu-ray Disc方式のレコーダーを発売。
  • 2005年(平成17年)
  • 2006年(平成18年)
    • 6月 - 大坪文雄専務が社長に就任。中村邦夫社長が会長に就任。
    • 10月 - 翌年3月までに家庭用ガス器具の生産、販売を終了すると発表。なお、家庭用燃料電池ライフエル及びTESの端末である浴室暖房乾燥機の生産は続行、アフターサービス及び部品供給はこれまで通り行う。ガス器具の売り上げは130億円だった。リンナイノーリツパロマに比べ規模が小さく、収益の上がる見込みなしと判断し、ガス器具からの撤退を決定した。近年、ガス器具の部品管理が家電部品部門に統合されるなど、会社内での電化商品の販売推進の経営方針もあり、ガス器具部門の衰退が伺えていた。ガス器具撤退に伴い『ナショナルガス器具』の看板を販売店は降ろすことになり、ナショナルショップには2007年3月にリンナイガス器具が供給されることになっている。なお、2008年ガスファンヒーターの生産販売をノーリツに移行した。
    • 時期不詳 - アナログ放送からデジタル放送への移行に伴い、同社で製造しているテレビ・録画機器のうち、地上デジタルテレビジョン放送非対応モデルの生産を全て終了すると発表。
  • 2007年(平成19年)
    • 2月 - VHS単体機の生産終了。(最終機種はDIGAを参照)
    • 3月 - ポータブルMDプレーヤー及びポータブルMDレコーダーの生産を終了。(最終機種:SJ-MJ500.SJ-MJ99.SJ-MJ100.SJ-MR270.SJ-MR240.SJ-MR50)
    • 4月 - 地上デジタルテレビジョン放送非対応DVDレコーダーの生産を終了。(最終機種:DMR-EH75V
    • 7月1日 - 松下提供ラジオ番組Panasonic Melodious Library」放送開始(TOKYO FM制作・JFN38局ネット。毎週日曜10:00~10:30)。
    • 8月 - ブラウン管テレビの国内向け生産終了。(最終機種:TH-21/25FA8
      以上を以って、地上デジタルテレビジョン放送非対応製品の生産を全て終了した。
    • 10月頃 - ポータブルCDプレーヤーの生産を終了。(最終機種:SL-CT520.SL-SX482.SL-PH660)
    • 11月頃 - ヘッドホンステレオの生産を終了。(最終機種:RQ-CW02)
      以上を以って、ポータブルオーディオ(D-snapシリーズ、テープレコーダーを除く)の生産を全て終了した。
  • 2008年(平成20年)
    • 1月10日 - 同年10月1日より、社名を松下電器産業株式会社から「パナソニック株式会社」に変更し、白物家電に使われてきた「ナショナル」ブランドを全廃して「パナソニック」ブランドに統合すると発表。
    • 4月24日 - パイオニアとPDPのパネル・モジュールの開発と戦略的な生産供給に関する包括提携を行うことで基本合意した。PDPの自社生産から撤退したパイオニアに対して松下がパネルを供給。開発および生産の効率アップとコスト競争力の増強に繋げる。5月をメドに正式に提携を行う。
    • 6月26日 - 同日の株主総会で、社名を「パナソニック株式会社」への変更と、ブランドの「パナソニック」への原則統一が正式に決定。同時に系列店(パナソニックショップ)で(看板より)「National」ロゴの撤去作業を開始。
    • 6月30日 - (この日製造・出荷・発売分を最後に)松下製白物家電における「ナショナル」商標の公式使用を全て終了(翌7月1日以降製造・出荷・発売分より、全ての松下製品商標を「パナソニック」に統一)。
    • 8月25日 - 旧来の「ナショナル」製品在庫を9月30日までに完全ゼロとする計画を発表。
    • 9月16日 - (10月1日の社名変更日に発売される)新生「パナソニック」白物家電を一斉に公式発表。
    • 9月27日 - 大阪府門真市の松下本社屋上にあった「松下電器」の切り抜き文字を完全撤去。
    • 10月1日 - パナソニック株式会社に商号変更。

社名変更

松下電器は日本国外において自社のブランド名(パナソニック)が浸透していることを考慮し、2008年10月1日をもって社名を『パナソニック株式会社(英称 Panasonic Corporation)』に変更し、「ナショナル」ブランドも2009年度までに廃止し「パナソニック」へ一本化する意向を、同年1月10日の記者会見で(大坪文雄社長が自ら)公式発表した[6]6月26日の2008年度定例株主総会にて採決がなされ、社名変更は全会一致で正式決定した[7]。この社名変更関連費用はグループ全体で約300億円と推定されている。

その第一段階として、これまで日本国内向けの松下製白物家電に使われてきた「ナショナル」ブランドは2008年6月30日製造・出荷・発売分限りで公式使用を完全終了。同年7月1日以降製造・出荷・発売の松下製白物家電(松下電工の製品含む)は(以前の「ナショナル」ではなく)全て「パナソニック」ロゴに変更されている(その第1号は電球形蛍光灯「パルックボールプレミアQ(クイック)」シリーズと細環型蛍光灯「スリムパルックプレミア」シリーズ)。旧来の「ナショナル」製品は現在全て「在庫・展示品限り」となっており、2008年9月30日を以て「ナショナル」製品は店頭から完全消滅する予定。

なお松下製白物家電各製品カタログは2008年8月発行分まで表紙ロゴは「National」のままだったが、一部製品(エコキュートIHクッキングヒーター)は(2008年7月発行分より)索引欄に「ブランド」項が新設され「Panasonic」も併記され始めた。なお(2008年)翌9月発行分より松下製白物家電カタログの表紙ロゴは全て「Panasonic ideas for life」に変更されている(シェーバーカタログは松下製白物家電のトップを切って同年8月発行分より表紙記載の商標を「Panasonic ideas for life」に変更。取扱説明書裏表紙における「松下電器産業株式会社」という社名表記は2008年9月30日製造・出荷・発売分限りで終了。翌10月1日以降製造・出荷・発売分からは「パナソニック株式会社」に変わる)。

なお系列店については(2008年度定例株主総会において)パナソニック(株)への社名変更が正式決定した2008年6月26日以降、看板・シャッターから「National」の文字を外し、「Panasonic」ロゴのみを表記した新デザインへの変更作業を順次開始。2009年度までには全パナソニックショップの看板・シャッターが新デザインに切り替わる。

松下電工(現・パナソニック電工)など、「松下」や「ナショナル」を冠する子会社も、松下電器本体の社名変更と同時に社名を一斉に変更し、企業グループもパナソニックグループに呼称変更した。

さらに、パナソニック提供番組についても、パナソニック株式会社への社名変更に伴い、2008年10月改編時に、「ナショナル」を冠した番組名称が変更される(「ナショナル劇場」から「パナソニック ドラマシアター」へ)[8]

尚、パナソニックでは自社が運営する財団法人松下政経塾松下教育研究財団など)や松下記念病院といった関連系列団体の名称は維持し、グループ各社の社名変更後もこれらの関連系列団体の名称は変更しないことを表明していた[6]が、松下教育研究財団をパナソニック教育財団とするなど一部の団体は名称変更した。

また、中国語圏においては当分の間「松下」「松下電器産業」の名称を継続して使用する。公式の解釈は「中国での社名については仮名を使用できない」[9]。話によると「パナソニック」は中国語の音訳が「怕那索尼客・怕那索尼克」(ソニーを恐れる)という不味い意味になるので、音訳を回避し、現在のまま英表記「Panasonic」と漢字名「松下」を続けるということである[10]

商標

松下グループ香港法人(信興集團)商標の例
松下グループ香港法人(信興集團)商標の例
Panasonic(パナソニック)
Pan a Sonicより。「全ての」の意の「PAN」と「」を意味する「SONIC」からなる。海外で「National」の商標が登録されていたことと「ナショナル」という響きが「国家主義」と取られかねないため(形容詞「国立」「国家の」の意)に海外向けのブランドとして制定。「松下電器の音をあまねく世界へ」という意味が込められている。1955年に輸出用スピーカーのブランドとして用いられたのが初めで、1961年から対米輸出品に用いられた[11]
現在では全世界的に全ての部門に於いて「Panasonic」に統一されている。またグローバルブランドスローガンとして「Panasonic ideas for life」を導入している。日本国内では当初全ての部門に「National」ブランドを使用していたが、欧州で商標の関係で用いることができないこと、また保守的なイメージの刷新を狙うという理由で、1986年より映像・音響機器部門(放送業務用機器も含む)に「Panasonic」ブランドを使用していた。この後20年以上に渡り白物家電部門や松下電工(当時)などの「National」ブランドと、映像・音響機器部門の「Panasonic」ブランドが併用されていたが、2008年10月1日に社名を「松下電器産業株式会社」から「パナソニック株式会社」に変更すると同時に全ての部門を「Panasonic」ブランドで統一した。なお1988年まではMSX2パソコンやカーオーディオを除いた映像・音響機器は「National」ブランドを使用していたが、同年に発売されたカラーテレビPANACOLOR X」、ビデオデッキマックロード NV-F70」から全面的に「Panasonic」ブランドへ移行した。IBMの5550シリーズを手がけていた。ソニーがまだvaioのパソコンに参入する前、IBM5535などをソニー社内で使っていたこともある。
社名変更前の2008年9月当時では、松下電工製品を含め、電子機器、制御機器、カーナビや盗難防止装置などの自動車用電化製品、通信機器などにも「Panasonic」が使われていた。電気鉛筆削り機も「Panasonic」を使用していた。なお、1960年代 - 1970年代にかけて、国内で販売されるトランジスタラジオに「National Panasonic」を使用(1960年代後半にはトランジスタテレビにも使用)。2003年4月までは「National/Panasonic」、「National/Panasonic/Technics」という表記もされていた(保証書では表記されているものもある)が現在は併記は認められず、「Panasonic」「National」「Technics」を使用する。
National(ナショナル)
松下幸之助が新聞記事上にあった『インターナショナル』の文字に注目し、「国民 (national) のための」という意味を込めて命名された。現在では使用されていない。海外ではナショナルを「インターナショナル」と呼ばれることがある。
先の松下電工(当時)との事業統合により、両社ともオレンジ色のNationalロゴへ変更された。それ以前は電産が赤色、電工が青色 - 黄色だった。また、乾電池においてはマンガン乾電池がナショナル(海外の逆輸入品・非市販品〈リモコンなど商品への添付用〉はパナソニック)、アルカリ乾電池オキシライド乾電池、リチウム電池(電気うき用のピン型を除く)、二次電池がパナソニックを用いている(パナソニック充電式ニッケル水素電池)。
この「ナショナル」ブランド使用は2008年6月30日製造・出荷、発売分を以て終了し、翌7月1日より順次パナソニックへの一本化を開始した。「ナショナル」商品は2008年7月以降「在庫・展示品限り」となっており、無くなり次第(同年9月30日をもって)店頭から消えると共に、翌2009年内にナショナルブランドは完全に消滅する見込み。とはいえ、松下電器時代に全国通津浦裏で販売された「ナショナル」ブランドの商品は(特に、電球などの消耗品に至っては)膨大な数であり、2010年以降も、暫くの間市場に残る可能性がある。
Technics(テクニクス)

詳細はTechnicsを参照

ハイエンド系(高級)音響機器のブランド。日本国内でパナソニックブランド投入前は比較的低価格の音響機器にも使われていた。また姉妹品として電子オルガンテクニトーンも存在していた。
RAMSA(ラムサ)
業務用の音響機材に使用。現在はパナソニックの商品の一部となっている。
Quasar
北米特定商品ブランド。1974年に米国のモトローラ社から一部事業を買収した際に、同社がカラーTVに使用していたブランドを引き継いだ。

この他、会社の黎明期には所在地の門真市と最大の英語読みを引っ掛けて「KADOMAX」のブランド名も使用されていたことがある。

以前のブランドスローガン

  • あなたとともに 豊かな21世紀を(2003年まで)
  • あなたとともに豊かな未来へ2000年まで)
    いつも、いっしょ。(ナショナルブランド)What's New by Panasonic(パナソニックブランド)(1991年 - 2003年)
  • 心を満たす先端技術 Human Electronicsヒューマン・エレクトロニクス)(1987年 - 1990年まで)
    Panasonic いつも SOMETHING NEW1987年 - 1988年
    パナソニックブランドで販売されるAV機器のみに使用されたキャッチコピージョージ・ルーカスがイメージキャラクターとして起用され、CMの最後に彼がこのスローガンを言っていた。
  • 技術でひらく 世界の繁栄(1970年代後半 - 1986年まで)
    1980年代のテレビCMでは、「○○は National」(○○には、それぞれの製品カテゴリーが入る)というテロップを、サウンドロゴと共に使用していた(正月シーズンは「今年もよろしく National」)。
  • 社会とともに歩む技術のナショナル(1970年代)
  • 世界に伸びる技術のナショナル(1960年代後半 - 1970年代)

昭和30年代 - 40年代(1955年 - 1974年)には、松下電器産業の1社提供番組で流れた三木鶏郎作のCMソング「明るいナショナル」で一世を風靡した。

製品カテゴリ別の商標

廃止されたものも含む。

AV機器

VIERA
液晶/プラズマテレビ。現在業界No.1の売り上げを誇る。「VIERA」以前の主要テレビブランドについては、ブランドの変遷を参照。
トランザム
ブラウン管式ポータブルテレビ。かつてジェシーこと高見山大五郎がCMに出演したことでも知られる。
マックロード
VHSビデオデッキ全般。パナソニックブランド以降消極的な表記となり、近年になってカタログからも消えてしまった。
れんたろう
1989年1990年代初頭、一部のVHS Hi-Fi対応ビデオデッキに使われていたマックロードのサブネーム。CMキャラクターにはウッチャンナンチャンが起用されていた。
録画王→ビデオ画王
一部のビデオデッキに付けられたマックロードのサブネーム。1990年代初頭に使用された。
DREAM
初期のDVDプレーヤー、2001~2002年ごろのDVDレコーダー。現在は廃止された。
DIGA
2003年以降のDVD/BDレコーダー全般。操作性追求。「ビエラ」同様業界No.1の売り上げだったが、2007年度はシャープのハイビジョンレコーダー「AQUOS」シリーズに1位の座を明け渡した。
DIGICAM
DV・DVDビデオカメラ全般。「愛情サイズ」などで知られている。
LUMIX
デジタルカメラ全般(D-snapは含まない)。元祖「手ブレ補正」モデル。浜崎あゆみのCMで話題に。
D-snap
SDカードを使用したポータブルオーディオプレーヤー。
COUGAR(クーガ)
1970年代に販売されていた、ソニーのスカイセンサーに対抗した高性能トランジスターラジオのシリーズ。深夜放送ブームからBCLブームへの過渡期の商品。ジャイロアンテナ(回転式のバーアンテナ)などの派手なギミックや大径スピーカーを装備。「吠えろ、クーガ」「狙え、クーガ」などのキャッチコピーでも話題になった。
PROCEED(プロシード)
前記「COUGAR」シリーズのマルチバンド機種の後継シリーズ。よりBCL用途に特化されていた。ジャイロアンテナを継承。
pepper(ペッパー)
1970年代後半に販売されていた薄型携帯ラジオのシリーズ。テレビCMには当初、ピンク・レディーが起用されていた。一部の機種には太陽電池が内蔵されていた機種(薄型携帯ラジオとしては世界初)も存在していた。
マイソニック
1960年代に販売されていたオープンリールテープレコーダーのシリーズ[12]
MAC(マック)
1970年代に販売されていたモノラルラジカセのシリーズ(一部にステレオ機も存在した)。インパクトのある多数のテレビCMでも話題になった。一方で同社の当時のステレオラジカセは「STEREO-4400」(RS-4400)等の様に「STEREO-4XXX」と呼ばれていた。
スナッピー
1970年代中頃に販売されていた、初心者向け低価格モノラルテープレコーダー。型式はRQ-55。丸みのある愛らしいデザインと、機能別に色分けされた操作ボタンが特徴だった。テレビCMにはフィンガー5が起用されていた。
コンサイスコンポ
1970年代後期から1980年代中期頃にかけて販売されていたテクニクスブランドのミニコンポーネントシステム。テレビCMには当初、小林亜星が起用されていた。
DISCO(ディスコ)
1970年代末期から1980年代初頭にかけて販売されていたステレオラジカセのシリーズ。当時の「竹の子族」御用達となった。
Way(ウェイ)
ヘッドホンステレオ。ソニーがウォークマンを発売すると、ナショナル(当時はまだパナソニックブランドではなかった)は東芝アイワと共にいち早くこの市場に参入した。サザンオールスターズをCMキャラクターにするなどの広告展開が行われたが、ウォークマンの名称があまりにも広がったためか「Way」のブランド名称は早々に消えてしまった。その後、ナショナルブランドで発売されるヘッドホンステレオには「GO(ゴー)」、「JUMP(ジャンプ)」のブランド名称が付けられたがパナソニックブランドになると「RQ-」から始まる型番のみとなり、特にシリーズ名称は付けられていない。
The 3(ザ・サード)
1980年代前期に販売されていた3ピースのセパレートミニコンポ風スタイルを用いた3電源対応のラジカセ型パーソナルオーディオシステム。キャリングハンドル付。テレビCMにはサザンオールスターズが起用された。後に更に小型化した「The 3 Mini(ザ・サードミニ)」が追加された。
STATION(ステーション)
1980年代前期に販売されていた大型ステレオラジカセのシリーズ。
ラブコール
1980年代中期に販売されていたミニステレオラジカセ。CMキャラクターには近藤真彦などが起用されていた。
RESTY(レスティ)
1992年から1996年頃まで使用されていたコンポーネントシステムの名称。一時期、CHAGE and ASKA福山雅治をCMキャラクターに起用していた。廉価モデルでRESTY MINI(レスティ ミニ)というのも存在していた。現在は使用されていない。
カンガルー
一般的なラジカセの形状であるが、ラジオ・カセット部分を小型ヘッドホンステレオとして取り外して使用できる特徴を持ってい

日本国内主要工場・研究所

  • 主要工場
    • 門真工場
    • 山形工場
    • 草津工場
    • 神戸工場
    • 砺波工場
    • 長岡工場
    • 他に14工場。
  • 研究所
    • 中央研究所(京都府相楽郡・けいはんな関西文化学術研究都市
    • ネットワーク開発センター(東京都品川区)
    • 半導体デバイス研究センター(大阪府高槻市)
    • 他に2研究所。

なお、これらの数字はパナソニック電工、パナソニック プラズマディスプレイなど連結子会社を含まない。

スポーツとの関連

企業スポーツやスポーツへの協賛に比較的積極的である。