林郁夫 とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋林 郁夫(はやし いくお、1947年1月23日 - )は、元オウム真理教幹部。元医師。教団が省庁制を採用した後は治療省大臣だった。地下鉄サリン事件の実行犯。ホーリーネームは、ボーディサットヴァ・クリシュナナンダ。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 関連商品
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1947年、品川の開業医の家に生まれた。慶應義塾中等部から慶應義塾高等学校を経て慶應義塾大学医学部卒業後、アメリカに留学、帰国後茨城県東海村の病院に勤める。このとき起こした交通事故(加害事故)が心の重荷になり、心の拠り所を得るためにヨガ道場に通うようになる。
1989年オウム真理教に入信、1990年5月に出家信者となる。夫婦共に信者になった。「師長」になり、東京都中野区にあった教団付属医院の院長に就任。1994年には治療省大臣となる。ダーティーワークに従事する信者の指紋消去手術を行った行為などがワイドショーで報じられた。
1995年、地下鉄サリン事件の実行犯として千代田線にサリンを撒布し2人を殺害、231人に重軽傷を負わせた。同年の4月8日に石川県穴水町の路上で逮捕。この時の逮捕容疑は放置自転車を盗難した罪であった。
この後の麻原彰晃からの林への「シヴァ神にポアされて良かったね。マントラを1万回唱えなさい」などの発言で麻原に不信感を持ったと言われている。5月6日に全面自供を始めた。
逮捕当初は林の「警察とオウム真理教との戦いだ」との発言、断食を宣言するなどの行為を行ったこともあり、死刑は免れないと思われたが、その後、捜査に協力的な点や、公判の中で遺族・被害者側が改悛の情があるとして必ずしも死刑を求めなかったこと、サリン散布の実行犯であることを捜査側が関知していない段階で自ら告白した点、罪の呵責に喘いでいる点などを考慮し、検察は林の全面自供により地下鉄サリン事件の全容が明らかになったことが自首に相当するとの判断を下し、このため検察は死刑ではなく無期懲役を求刑した。こうした事件において検察側が自発的に求刑を軽減するのは極めて異例のことである。
1998年5月、東京地裁で無期懲役の判決が下る。検察側も林側も控訴せず、一審で確定し、府中刑務所に現在服役中。
『文藝春秋』に手記を発表する。その中で、麻原が学歴コンプレックスから高学歴な自分に敢えてダーティなワークをやらせたと解釈している。
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