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栃木県 とは?

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栃木県はてなダイアリーを別ウィンドウで表示  :  関東地方北部に位置する内陸県。人口はおよそ200万人。 旧国名は下野で、現在も地元紙である下野新聞や2006年に市制施行した下野市でその名称を見ることができる。 東北新幹線、東北自動車道が県内を南北に貫いている。 県庁所在地は宇都宮市。 市 足利市 宇都宮市 大田原市 小山市 鹿沼市 さくら市 佐野市 下野市 栃木市 那須烏山市 那須塩原市 日光市 真岡市 矢板市 町 那珂川町 ほか...

出典: 『はてなダイアリー』


和英辞典

栃木県 [とちぎけん] 別ウィンドウで表示  …  (n) Tochigi prefecture (Kantou area)

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ウィキペディア(Wikipedia)記事


栃木県
とちぎけん
地方 関東地方
団体コード 09000-0
ISO 3166-2 JP-9
面積 6,408.28km²
総人口 2,014,172
推計人口、2008年8月1日)
人口密度 314人/km²
隣接都道府県 埼玉県茨城県群馬県福島県
県の木 トチノキ
県の花 ヤシオツツジ
県の鳥 オオルリ
他のシンボル 県の獣:ニホンカモシカ
県民の歌
県民の日:6月15日
知事 福田富一
栃木県
所在地 〒320-8501  栃木県
宇都宮市塙田1丁目1番20号
電話番号 028-623-2323
外部リンク 栃木県公式ページ
栃木県の位置
特記事項 :

栃木県行政区画図

:市 / :町
栃木県旗
栃木県
ウィキポータル 日本の都道府県/栃木県
Template (ノート 解説) 都道府県ポータル
地形図

栃木県 (とちぎけん) は、日本都道府県の一つで、関東地方北部(北関東)に位置する内陸県。海洋国家である日本において、内陸部に位置する数少ない県の一つである。 県庁所在地は宇都宮市
古墳時代毛野川(けぬのかわ)(現在の鬼怒川)流域一帯には「毛野国」が成立し、これを上下に分かって「下毛野国(しもつけぬのくに)」「下野国(しもつけのくに)」が成立し、唐名では「野州(やしゅう)」と称する。現在でも「下野(しもつけ)」の呼称が広く使われている。

目次

地理

隣接県

関東地方の北部に位置し、面積は6,408.28km²で全国第20位(関東最大の県)、東西約84km・南北約98km。県都宇都宮市は、東京から約100km、JR東北新幹線で約50分強の位置にあり、地方中核都市の指定を受けている。

東部の八溝山地、北部から西部にかけての那須連山・高原山・日光連山・帝釈山地足尾山地の山岳地帯と、県中央部の那珂川鬼怒川渡良瀬川の沿岸平野部の3地域に大別される。

地形

関東平野。奥に男体山と日光連山。
関東平野。奥に男体山と日光連山。
手前鬼怒川。奥に羽黒山、男体山。
手前鬼怒川。奥に羽黒山男体山
平野
山地
高原
湿原
気候

自然公園

歴史

先土器-平安時代

古墳時代毛野川(けぬのかわ=現在の鬼怒川、鬼怒川は当時下野国-下総国と流れ現在の土浦市南方で香取海銚子で太平洋に繋がる内海)に注ぐ大河であったが、江戸時代利根川東遷事業より後は利根川に注ぐ川へと変更された)流域一帯には毛野国が成立しており、ヤマト王権において毛野国は筑紫出雲吉備などと並び強大な発言力を有していたと言われる。

古代・邪馬台国の時代(神代)には毛人が住む地域であったと解されるのが一般的であるが、その後、第10代天皇で真の意味でのヤマト王権の初代開祖とも言われる崇神天皇の第一皇子、豊城入彦命が父の命でこの地に入って毛野国を建国し、その後毛野国の有力豪族となった毛野氏の祖となり、ヤマト王権において有力豪族の一角をなした。毛野国は奈良時代には上毛野(上野)国下毛野(下野)国に分国されたと言われるが、毛野川は上野国を流れておらず、上野国を流れるのは利根川(古来は東京湾に注いでいたが利根川東遷事業の後は銚子で太平洋に注ぐ川へと変更された)であることを鑑みると、この説も定かではない。

国造は下毛野君である。大和朝廷701年に律令を定める(大宝律令)が、これに先じて朝廷は下毛野国から下毛野古麻呂を呼び、古麻呂は藤原不比等とともにその編纂に深く関わった。

栃木県の県庁所在地である宇都宮市の名称は二荒山神社の別号宇都宮大明神に由来し、宇都宮の歴史は即ち出雲神を祀る当神社の歴史と言える。この神社は毛野国の開祖である豊城入彦命を祀る。創祀は命の曾孫である奈良別君と言われるが、この時既にこの地には豊城入彦命によって国土開拓の祖神・大物主命が祀られていたと言われており、西暦200年代、遅くても300年代(社伝では仁徳天皇41年、西暦353年=奈良別君の時代)には成立していたと言われる。平安時代、当神社は延喜式神名帳下野国唯一の一之宮名神大社河内郡)とされ、下野国で最も由緒正しい格式ある神社と位置付けられていた。神社は国造下毛野氏の統治下にあって下毛野氏の血縁者が代々座主を務め、平安時代末期に藤原北家道兼流で毛野氏あるいは中原氏の流れを汲んだ宇都宮氏がその座を継いだと言われている。宇都宮氏は鎌倉時代以降22代500年に亘って鬼怒川流域一帯を統治し、小倉百人一首の成り立ち、宇都宮歌壇の成立、東勝寺尾羽寺清巌寺興禅寺に代表される寺院の造営など当地の文化的素養の養生に尽力するとともに、また元寇の折には鎌倉幕府軍総大将として討伐に向かい、関東内の戦乱にあっては時の中央政府(鎌倉幕府室町幕府鎌倉府関東管領等)の意向を受けてその鎮静に当たり、武門としても当時の関東地方の治安維持に貢献した。

宇都宮二荒山神社は宇都宮大明神と呼ばれ、古来からその武徳が尊ばれてきた。藤原北家魚名流藤原秀郷(俵藤太,田原藤太)卿は、平将門の乱の折、その追討を命じられたが苦戦、当神社に参じて授かった霊剣をもって将門を制したと言われる。また藤原北家長家流那須与一宗高源平合戦屋島の戦いで「南無八幡大菩薩、日光権現、宇都宮、那須湯前大明神」と唱え、見事平家船上の扇の的を射落としたと言われる。また元寇の際には社殿から鏑矢が西へ飛び去ったという言い伝えがある。この他、源頼義義家(八幡太郎)父子は前九年の役の前に参拝し、奥州安倍氏を掃討したといい、また源頼朝奥州藤原氏平定に際して参拝したと言われる。徳川家康は当神社に広大な土地寄進を行ったと言われる。

一方、下毛野国と那須国は7世紀後半に統一されて下野国、すなわち栃木県の現在の形が作られた。下野国は9郡(足利郡安蘇郡梁田郡都賀郡河内郡芳賀郡那須郡寒川郡塩谷郡)に分かれ、政治の中心として国府が置かれた。国府付近には、国分寺・国分尼寺・下野薬師寺がつくられ、都から伝えられた華やかな文化が栄えた。

大谷川にかかる神橋
大谷川にかかる神橋

日光開山の祖と知られる勝道上人は、下野薬師寺で5年間修行した後、二荒(男体)山頂を目指して日光に入り、766年対岸に輪王寺の起こりとされる四本龍寺を建立、日光山を開いた。782年には、3度目の試みで山頂に達し、その後、神宮寺(現在の中善寺)や二荒山神社を建立、日光1200年の原点を築いた。「日光」という地名は二荒(ふたら=補陀落:ポタラカ)を音読した「にこう」に佳字を当てたものといわれる。

鎌倉-江戸時代

鎌倉幕府が成立すると、足利・小山・宇都宮・那須などの下野諸氏は鎌倉御家人となり活躍した。小山氏藤原北家魚名流藤原秀郷の後裔と言われ、武家として鎌倉時代には下野国守護を務める家柄であったが、室町時代初期、小山義政下野国国司宇都宮氏を攻略し宇都宮基綱を戦死させたため、鎌倉府関東管領によって討伐された。

結城氏は小山氏の庶流であり、主家・小山氏が鎌倉府によって討伐されると小山氏を継いだ。小山氏・結城氏は室町時代には室町幕府に抵抗して鎌倉を追われた古河公方に組して下野守護に再任された。足利氏の力が弱まると関東に台頭してきた後北条氏方に就くが、主家・小山氏は後北条氏に追討されてしまう。豊臣秀吉によって後北条氏が討たれると結城氏が旧小山氏領を支配したが、江戸時代になると間もなく福井へ転封され、氏姓も松平氏に改めてこの地を去った。

藤原北家道兼流毛野氏(あるいは中原氏)の流れを汲む関東の名門・宇都宮氏は、宇都宮二荒山神社(宇都宮大明神)の神職者として関東の治安維持に貢献した。鎌倉時代が九州に攻め寄せると、これを鎮めるべく鎌倉軍総大将として征西しこれを防いだ。室町時代足利尊氏を助け下野上野越後守護を務め、関東管領上杉氏に引き継ぎ、その上杉氏を討って関東を争乱に陥れた鎌倉公方足利持氏室町幕府の意向を受けて牽制した。戦国時代後北条氏が台頭すると常陸国佐竹氏とともにこれを牽制した。しかし豊臣秀吉によって後北条氏が滅びると、その秀吉が東国勢力の自領化を進め、宇都宮氏は備前国へ配流されてこの地を去った。

代々宇都宮氏の重臣を務め、また宇都宮氏と姻戚関係にもあった清両党益子氏および芳賀氏は宇都宮宗家がこの地を去った後もこの地に留まり、宇都宮氏が築いた文化を伝承したと言われる。なお、益子西明寺には宇都宮氏墓所があり、現在も守られている。また宇都宮貞綱が亡母の供養に鋳造した鉄製塔婆を保存する清巌寺清原氏(清党)芳賀氏が建立したものである。

足利荘に本拠を置いた清和源氏義家流足利氏は鎌倉北条氏に仕えるが、足利尊氏の代に後醍醐天皇の挙兵に応じて鎌倉幕府の討幕運動に参加する。尊氏は後醍醐天皇の建武の新政からは離反し、北朝を建てて幕府を開き、室町時代には足利将軍家となる。足利学校は「坂東の大学」として宣教師によってヨーロッパにまで隆盛の様子が伝えられている。

藤原北家長家流那須氏那珂川流域に安定した地域を形成し、関東では珍しく戦国時代・江戸時代・明治時代を乗り切り、現在もこの地に家名を継いでいる。那須与一宗高を生む。

日光東照宮陽明門
日光東照宮陽明門

清和源氏義家流新田氏流を名乗ることに成功した徳川家康江戸の地に徳川幕府を開くと、中世以来の有力豪族は相次いで下野から姿を消し、天領旗本領に細分化されて徳川家の譜代大名旗本が支配するようになった。日光は幕府の聖地として、東照宮をはじめとする華麗な建物が作られ、特別に保護・崇敬された。 江戸時代に置かれた藩及び交代寄合陣屋としては宇都宮藩壬生藩烏山藩黒羽藩大田原藩佐野藩足利藩吹上藩高徳藩喜連川藩があり、福原家の佐久山陣屋、芦野家の芦野陣屋、那須家の福原陣屋、大田原家の森田陣屋など交代寄合の陣屋もあった。 二宮尊徳は、近世後期の荒廃した農村のたて直しを図るため、桜町(現在の二宮町)の旗本領の復興につとめ、以後各地で報徳仕法と呼ばれる改革事業を実施した。

幕末-近・現代

栃木県庁 旧本庁舎(宇都宮市)
栃木県庁 旧本庁舎(宇都宮市)

戊辰戦争では宇都宮など北関東における戦役の舞台となり(宇都宮城の戦い)、明治維新を迎えると政府は、中央集権をおし進めるため1871年8月29日明治4年旧暦7月14日)に廃藩置県を断行、旧来の封建支配の一掃を図った。その後、全国的な府県の再編が行われ、同年12月25日旧暦11月14日)、下野国北部に宇都宮県が、また下野国南部に上野国南東部を加えて栃木県が設置された。両県の管轄区域および県庁所在地は以下の通りである。

  • 宇都宮県 (県庁所在地:河内郡宇都宮
    • 下野国のうち: 河内郡、塩谷郡、那須郡、芳賀郡
  • 栃木県 (県庁所在地:都賀郡栃木
    • 下野国のうち: 都賀郡、寒川郡、安蘇郡、足利郡、梁田郡
    • 上野国のうち: 山田郡新田郡邑楽郡

1873年(明治6年)6月15日に宇都宮県と栃木県が合併して今日の栃木県が成立、県庁が栃木町に置かれた。1876年(明治9年)に上野国内3郡が熊谷県の北半部(上野国内)と合併して群馬県の一部となり、ほぼ現在と同じ県域となった。1884年(明治17年)、栃木県という呼称のまま、県庁が宇都宮町に移された。

人口

年齢構成

年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
総計 [単位 千人]

年齢 人口
0 - 4歳 画像:g50.png画像:g01.png 92
5 - 9 画像:g50.png画像:g03.png 96
10 - 14 画像:g50.png画像:g03.png画像:g01.png 98
15 - 19 画像:g50.png画像:g10.png画像:g03.png 113
20 - 24 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png 118
25 - 29 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g03.png 132
30 - 34 画像:g50.png画像:g30.png画像:g03.png画像:g01.png 150
35 - 39 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g03.png 131
40 - 44 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png 125
45 - 49 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png 136
50 - 54 画像:g50.png画像:g30.png画像:g10.png 161
55 - 59 画像:g50.png画像:g30.png画像:g05.png 152
60 - 64 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g01.png画像:g01.png 129
65 - 69 画像:g50.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png 106
70 - 74 画像:g50.png画像:g03.png画像:g01.png 97
75 - 79 画像:g30.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png 83
80歳以上 画像:g50.png画像:g01.png 92

年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
男女別 [単位 千人]

年齢
47 画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png 0 - 4歳 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png 45
49