榎社 とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋榎社(えのきしゃ、別称:榎寺)は、太宰府天満宮境内飛地にあり、菅原道真が、901年(昌泰4年・延喜元年)大宰府に左遷されてから903年(延喜3年)逝去されるまで謫居された跡で、当時、府の南館であったといわれる。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 関連商品
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| 榎社 | |
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| 所在地 | 福岡県太宰府市朱雀六丁目 |
| 主祭神 | 浄妙尼 |
| 創建 | 1023年 |
榎社(えのきしゃ、別称:榎寺)は、太宰府天満宮境内飛地にあり、菅原道真が、901年(昌泰4年・延喜元年)大宰府に左遷されてから903年(延喜3年)逝去されるまで謫居された跡で、当時、府の南館であったといわれる。
1023年(治安3年)、大宰大弐藤原惟憲(だざいのだいに・ふじわらのこれのり)が菅公の霊を弔うために浄妙院を建立したのが始まりで、境内に榎の大樹があったのでいつしか榎寺(えのきでら)と呼ばれるようになった。
太宰府天満宮の神幸祭(通称どんかん祭り)で菅公の神輿が雅やかな行列とともにこの社に下り、御旅所で一夜を過ごす9月22日の夜、ふだん人気のない社は、年に一度の賑わいをみせる。御旅所の後ろに小さい祠があって、神輿はまずその前に行き宮司が奉幣する。この祠に祀られているのが、菅公を日夜お世話された浄妙尼(もろ尼御前)である。
榎社は、所在地名は太宰府市朱雀であり、その地名のとおり大宰府政庁跡のちょうど南に位置している。鳥居の近くには西鉄天神大牟田線が走り、南に西鉄二日市駅、北に二日市カトリック幼稚園、筑陽学園中学・高等学校がある。
・隈麿の墓
・紅姫の供養塔
榎社の鳥居の前、踏切のすぐ傍らに、高さ約1.2mの楕円形の自然石が立っている。これを「鶴の墓」といって、木で作った鶴が、空を飛んだ話が伝わっている。
この「鶴の墓」から周辺の地名を小字名で「鶴畑(つるはた)」という。
榎社から東へ歩いて2分の所に、平安時代中期の有名な陰陽師安倍晴明が開いたと伝えられ、どんな日照りの時でも水が涸れないといわれている井戸がある。出産時にこの水を使うと安産であるという信仰がある。祠の中に三角形の板状の石が置かれている。これは水を守る神様を現している。
なお、安倍晴明がこの地を訪れたという史料はない。
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