権大納言 とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋大納言(だいなごん) 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 ウィキペディア(Wikipedia)記事大納言(だいなごん)
大納言(だいなごん)は、朝廷組織の最高機関、太政官の職の一つで、左大臣・右大臣・内大臣に次ぐ官位で、四等官の中の次官(すけ)に相当する。唐名(漢風名称)は亜相(あしょう)・亜槐(あかい)。いずれも大臣(相、槐門)に亜(つ)ぐもの、の意味。「龍作の官」と呼ばれるのは書経に「龍、なんじ納言(言をいれる)を作(な)せ」とあるのによる。正三位相当官。 主な職掌は、大臣の仕事を補佐し朝議に加わりそれを施行することで、定員は始め4人であったが、705年の中納言の復活と共に2人に減らされる。しかしながら平安時代に権大納言(大納言の権官で定数は3人。のちに増員)が置かれ、定員は実質増員されている。後世では多いときでは8人が任じられていたが、後鳥羽天皇の治世以降定員は6人と定められ、もっぱら権大納言のみが置かれて正官の大納言は置かれないというケースが増えてきている。道鏡政権下では大納言と同格の法臣が置かれ僧侶が任命された。 武家時代になっても高い官位が要求される職であったから大納言や権大納言に就任できた武家はほとんどおらず、ほぼ公家からのみで任命され続けた。江戸時代にも原則として公家しか就任できない役職であったが、例外的に武家のうち徳川一門(将軍世子および尾張家、紀州家、駿府徳川家(廃絶))は任じられることがあった。 明治維新で朝廷の諸制度が大幅に改組され、大納言職も消滅したが、明治時代初期の政府機構再編の中で一時的に設置された時期があった。 大納言の一覧
参考文献
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