機動戦士ガンダム とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋この項目ではガンダムシリーズの第1作目について説明しています。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 機動戦士ガンダム 出典: 『はてなダイアリー』 関連商品
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| 機動戦士ガンダム | |
|---|---|
| ジャンル | ロボットアニメ |
| テレビアニメ | |
| 監督 | 富野喜幸 |
| アニメーション制作 | 日本サンライズ |
| 製作 | 名古屋テレビ 創通エージェンシー 日本サンライズ |
| 放送局 | 名古屋テレビ |
| 放送期間 | 1979年4月7日 - 1980年1月26日 |
| 話数 | 全43話 |
| コピーライト表記 | ©1979 創通・サンライズ |
| 映画: 機動戦士ガンダム | |
| 監督 | 富野喜幸 |
| 制作 | 日本サンライズ |
| 封切日 | 1981年3月14日 |
| 上映時間 | 137分 |
| コピーライト表記 | ©創通・サンライズ |
| 映画: 機動戦士ガンダムII 哀・戦士編 | |
| 監督 | 富野喜幸 |
| 制作 | 日本サンライズ |
| 封切日 | 1981年7月11日 |
| 上映時間 | 134分 |
| コピーライト表記 | ©創通・サンライズ |
| 映画: 機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編 | |
| 監督 | 富野喜幸 |
| 制作 | 日本サンライズ |
| 封切日 | 1982年3月13日 |
| 上映時間 | 141分 |
| コピーライト表記 | ©創通・サンライズ |
| シリーズ作品 | |
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『機動戦士ガンダム』(きどうせんしガンダム、MOBILE SUIT GUNDAM)は、日本サンライズ(現・サンライズ)制作の日本のロボットアニメ。テレビシリーズアニメとして1979年から名古屋テレビ(現・メ〜テレ)ほかで放映された。
「ガンダムシリーズ」の記念すべき第一作である。
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。
目次 |
スペースコロニーへの宇宙移民が始まって半世紀あまりが過ぎた未来世界、宇宙世紀0079年が舞台である。人類は増え過ぎた人口を月軌道周辺にあるラグランジュ点に浮かぶスペースコロニー群(サイドと呼ばれる)に居住させていた。その中で地球から最も遠いコロニー群サイド3はジオン公国を名乗り、地球連邦からの独立を求め、人型機動兵器「モビルスーツ(MS)」を駆使して独立戦争を挑んできた。開戦から僅か1ヶ月あまりで双方の陣営は総人口の半分を死に至らしめた。
そんな中、サイド7に住む少年アムロ・レイは、地球連邦軍が進めていた「V作戦」に対する調査のためコロニーに侵入したジオン軍MS ザクの攻撃に巻き込まれ偶然が重なり、連邦軍の新型MS ガンダムのパイロットになってしまう。ガンダムの性能もあり敵MSを撃退することはできたものの、ガンダムの母艦であるホワイトベース(W.B.)は正規乗組員のほとんどを失い、アムロをはじめこれに避難した少年少女たちは、生き残った乗組員達と協力しながらサイド7を脱出する。しかし宇宙には、赤く塗装した専用のザクを駆り数々の戦果を挙げたことから「赤い彗星」と呼ばれるジオン軍のエースパイロット、シャア・アズナブルが待ち構えていた。
この物語は、アムロ達が長年の宿敵となるシャアをはじめ、様々な人々との出会いや戦い、そして別れを経て数々の困難を乗り越え、閉鎖的な極限状態に悩み傷つき、一時的に逃避しながらも一歩ずつ成長していく少年達の姿を描いている。
『無敵超人ザンボット3』、『無敵鋼人ダイターン3』に続く日本サンライズのオリジナル作品第3作として、富野喜幸(現・富野由悠季)を監督に据え、玩具メーカーのクローバーをメインスポンサーとして企画・制作された。対象年齢を従来より引き上げた最初のジュブナイルアニメである[1]。
ロボットアクション以上に、主人公の社会的成長が物語の主軸に据えられている。また、戦争を舞台としたリアリティに富んだ人間ドラマと、ロボットを「モビルスーツ」と呼ばれる兵器の一種として扱う設定を導入したことで、80年代初頭から半ばにかけての、後に“リアルロボット物”と称されることになる一連の作品によるロボットアニメ変革の先駆けとなった[2]。
それらの要素が放映当時の10代半ば以上の視聴者を中心に人気を博し、本放送終了後の1981年から1982年にかけて劇場版3部作の制作に結びついた。1980年代を代表する作品であり、1970年代の『宇宙戦艦ヤマト』 、1990年代の『新世紀エヴァンゲリオン』と並び、後々のアニメへ影響を与えた作品である。
なお、本作は後に続々と制作されていく「ガンダムシリーズ」と呼ばれる一連の作品群の第1作目であることから、ファンからはファーストガンダムの異名で呼ばれることも多い。
本作以前の1970年代当時は、一般にはアニメとは小さな子供、そして玩具市場のものであるという認識が強かった。だが『宇宙戦艦ヤマト』の劇場公開を求めた青年層のファンの署名活動があったり、青年層をターゲットと銘打った劇場版『ルパン三世』の公開といった、ファンサイドの行動や製作サイドの様々な積み重ねにより徐々に視聴者層の対象年齢が広がりつつあった。
しかし、『鉄人28号』や『マジンガーZ』などによって開拓されたロボットアニメは、従来同様に子どもむけの作品が多かった。『UFOロボ グレンダイザー』や『超電磁マシーンボルテスV』など幾つかの先例では、戦争をしているという全体状況を描き込むような片鱗こそあったが、いずれも敵の設定が異星人や異文明であるなど従来のお子様向けのプロットを覆すものではなかった[3]。本作では「スペースコロニー」という設定を持ち込むことで敵も味方も同じ人間とし、明確に「戦争」という状況を1年間のシリーズの中で描き出す試みが行われた。
また、前述のとおり登場するロボットをモビルスーツと呼んで現実の兵器に近い描写を行ったのも本作の重要な試みの一つである。従来、主役ロボットには変形や合体など、玩具として魅力的なガジェットを備えることがスポンサーである玩具メーカーから求められており、本作の主役MS ガンダムも試作品という設定を付して同様のガジェットを組み込まれた[4]。ところが本作では敵であるジオン軍MSに設定上「量産機」という概念を与え、作品のミリタリズムを高めた[5]。ミノフスキー粒子という架空の粒子も設定され、レーダーや電波誘導兵器を攪乱・無効化することでMS同士の白兵戦に説得力を持たせた。従来の戦争物でおざなりになっていた兵站についても、兵器・物資補給シーンを描いたりマチルダなど補給や整備に関わる人々のドラマを描いている。無重力状態の描写などにも注意が払われ、細かい設定によって作品世界に奥行きを持たせた作品となっている。
主人公アムロはもちろん、彼をサポートする人々や敵対する兵士にも個性的な人物像がセリフや行動で描かれた。また必ずしも主人公サイドの連邦軍が一枚岩でない様子や、シャア・アズナブルの復讐劇の要素も交えつつ、全体のプロットには直接触れない登場人物までそれぞれが信念を持ってこの戦争を生き抜いている様子が描かれていることで、作品世界が豊かになっている。
本作の重要なキーワードの一つが「人類の革新『ニュータイプ』」である。超能力にも似た特別な感覚を得た人々として設定されたニュータイプは、当初は主人公アムロに超人的活躍をさせるためのアイデアだったが、やがて宿敵シャアもまたニュータイプであることが明かされ、そして同じくニュータイプである少女 ララァ・スンとの出会いと3人の間で起こる悲劇を通じて、「人類の革新」とは何なのかという抽象的なテーマへと昇華された[6]。
このように本作はロボットアニメという枠組を破綻させることなく、現実味を持たせた物語や設定によって、高年齢層の視聴に堪えうる作品作りが可能であることを示すこととなった。
ただし、当初の企画『フリーダム・ファイター』ではロボットを登場させるつもりはなかったという。本作の企画の根底には『宇宙戦艦ヤマト』のヒットがある[7]。本作の企画時ではアニメの視聴層は小学校中学年以下が中心だったが、『ヤマト』は中学生以上のファンが中心だった。本作も『ヤマト』と同じく中学生以上を取り込もうとした[8]。
ストーリーも『ヤマト』が手本とされた。しかし『ヤマト』ではドラマの幅が狭いこととキャラクターの年齢が高すぎることが問題になった。そこで『十五少年漂流記』から着想を得て、宇宙船に乗り込んだ少年少女が宇宙戦争の中で協力しながら生き延び成長するというストーリーに修正された。この時点では『ヤマト』と同じく主人公たちは宇宙戦闘機で異星人と戦うという設定だった[9]。
しかしスポンサーのクローバーの小松志千郎社長は「ロボットを出してよ」と要求した。企画に詰まったスタッフに相談を持ちかけられた、SF作家でスタジオぬえの一員でもある高千穂遥は、ロバート・A・ハインラインのSF小説『宇宙の戦士』の一読を薦めた。これに掲載されている、スタジオぬえによる装甲強化服「パワードスーツ」の挿画を元に考案されたのが「モビルスーツ」である[10]。
さらに「宇宙時代の兵隊にチャンバラをやらせるわけにはいかない」と悩んでいたスタッフにスタジオぬえは「ライトセーバーなんてのがあるぞ!」と示唆した[8]。これが後のビームサーベルである。
この時点での仮題は『ガンボーイ』だった。これがアメリカでトラック軍団を指す「コンボイ」と掛け合わせて『ガンボイ』に、さらにチャールズ・ブロンソンがTV-CMで流行語にした「う~ん、マンダム」のイメージから「フリーダム」のダムとかけて『ガンダム』という名前が生み出された。
初回放送時の視聴率は名古屋地区で平均9.1%、関東地区で5.3%[11]と振るわなかった。
視聴率低迷の対策として量産機を止めて、毎回「やられロボット」を出すことになった。スタッフは試作機が戦場に投入されたという理屈をつけてグフやドムなどを生み出していったが視聴率は好転しなかった[8]。
一方、商品展開において各社とも前作『無敵鋼人ダイターン3』と同じく小学生以下向けの商品を展開したが、本作の中高生ファンとミスマッチが起き[12]、売上も前作におよばなかった。
メインスポンサーであるクローバーも不振に陥った。そこで「ガンダムパワーアップ作戦」が発動[13]。クローバーの要請により1979年9月にアニメ本編にはGアーマーが登場し、同月にはGアーマーとガンダムをセットにした「ガンダムDX合体セット」が発売されたが、やはり不振な売上だった[12]。
これらの諸々の不振により全52話の予定が全43話に短縮される形の打ち切りとなった[14][15]。
ところが年末で前述の「DX合体セット」が好調な売行きを示した。クローバーは慌てて延長をサンライズに打診したものの実現しなかった[16]。
打ち切りに関してサンライズの飯塚正夫は「ああ結末までヤマトと同じになっちゃった」と述べている[8]。
しかし打ち切りの一方で、放送当時からアニメ雑誌がたびたび熱意ある特集記事を組んだり、終盤からハイティーンを中心に口コミで徐々に評判が高まった。本放送終了後もアニメファンによる再放送要請嘆願署名が行われ、またアニメ誌が特集記事を組むなど熱意は衰えず、これらを受けて再放送、再々放送が重ねられ、世間一般へ本作が浸透していった。再放送では平均視聴率も10%を超え、1982年における再放送では名古屋地区で25.7%(最高視聴率29.1%)を記録した。
前述のように本放映時に関連商品を展開した会社は軒並み失敗したが、アニメ雑誌『アニメック』を発行し、アニメショップ『アニメック』を経営していたラポートだけはアニメファンの盛り上がりをいち早くつかんでいた。同社はアニメファン向けの商品を本放映時既に展開し、ファンを盛り上げていった。
また本放映時において玩具の不振を補うべくサンライズはクローバーにプラモデルによる商品化を打診したが、プラモの金型が高コストなためクローバーは拒否した。そこでサンライズはクローバーの許可の下、他社にプラモの商品化を呼びかけた[8]。ところがガンダムのもう一つの版権元であり、版権窓口でもある創通エージェンシーはプラモの商品化でクローバーの玩具販売に悪影響が出ることを懸念した。このため商品化を望んだバンダイ模型の要請を拒んだ。長い交渉の末、1979年の暮れに創通が折れて、バンダイ模型は商品化権を取得した[17]。
こうして放映終了半年後に発売されたMSのプラモデルが爆発的な売れ行きを見せ、『ガンプラ』と呼ばれガンダム人気を広げる一助となった。ガンプラは大変な人気を得たことで「モビルスーツバリエーション」と呼ばれる派生シリーズを産み、それらにおける種々の設定はアニメ雑誌において生み出された設定と合わせてガンダムの世界観をより深く掘り下げるものとなった。1982年にはプラモデル市場は過去最高の市場規模になった[18]。本作はアニメファンをプラモデルに呼び込み[19]、ミリタリーモデルのファンをキャラクターモデルに呼び込んだ[20]。本作以前はスケールモデル中心だったプラモデル市場はキャラクター中心になった[18][21][20]。
こうした経緯のため「ガンダムブームはラポートが火をつけ、バンダイが築いた」と評されている[22]。
一方で、作中におけるMSの描写やニュータイプの存在に対して高千穂遙がSF考証の観点から批判する意見を述べ「ガンダムSF論争」を巻き起こした。
1980年10月、TVシリーズの再編集に新作カットを加えストーリー、設定を一部変更した劇場版の制作が発表された。第1話から第13話までを再編集した第一作の題名は『機動戦士ガンダム』とされ1981年3月14日全国松竹系にて公開された[23]。題名に数詞が付かなかったのは、第一作の興行成績次第では第二作が製作されない可能性もあったからである[24]。松竹初のアニメ映画である。
これに先立つ1981年2月22日、新宿にて「アニメ新世紀宣言」と呼ばれるイベントが開催され、1万5千人ともいわれる数多くの若者が詰めかけた。中にはシャアとララァなど登場人物の(今で言う)コスプレをして現れた者達もいた。彼らはラポート発行の雑誌「ファンロード」1980年8月号(創刊号)の記事中、当時流行した竹の子族と富野とをもじって「トミノコ族」と呼ばれている。彼らを前に富野は、これだけの若者がアニメ映画のイベントのために集まったことを通じて、アニメを低俗、俗悪と決めつける社会の認識を問う発言をしている。
本放映時は中高生がガンダムファンの中心だったが、劇場版第1作の観客の35%は小学生以下だった。この結果を受けて松竹は第二作の対象年齢の幅を広げる方針を取った[25]。
第一作の成功を受けて、『機動戦士ガンダムII 哀・戦士編』(第16~31話前半を再編集、1981年7月11日公開)、続けて『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙(そら)編』(第31話後半~第43話を再編集、1982年3月13日公開)が公開された。またこれらの映画の主題歌がオリコンチャートの上位にランキングされるなど、大きな社会現象にまで発展した[26]。
その後も本作と世界観や設定、歴史などを踏襲、あるいは共有する小説や漫画が数多く制作された、メディアミックスの先駆けともいえる作品でもある。
本作のヒットは新たなアニメブームをもたらし、これに影響されたアニメも玉石混淆で無数に製作されることになる。特にロボットアニメは『機動戦士ガンダム』同様に、登場人物や世界観の描写に力を注ぐことで高年齢層も意識した作品作りがなされるようになり、数多くの作品を生み出した。
そうして生まれた有人ロボットとして、「バトロイド、デストロイド(『超時空要塞マクロス』)」、「コンバットアーマー(『太陽の牙ダグラム』)」、「ラウンドバーニアン(『銀河漂流バイファム』)」「アーマードトルーパー(『装甲騎兵ボトムズ』)」、「レイバー(『機動警察パトレイバー』)」などが挙げられる[27]。だがこれらの後続作品群は、商業上はどれも本作を越えられなかった。このため「ガンダムの後継作品はガンダム」[28]ということになり、ガンダムシリーズは多少のブランクを挟みながら今日まで続くことになった。本作以来のファンを維持しつつ、新しい設定のガンダムが若いファンを獲得して親子二世代にわたって人気があるシリーズとなっている。またガンプラや各種トイも今なお初代ガンダムやザクの新型アイテムが発売されるなど根強い人気を保っている。現在では日本のキャラクターモデルは9割がガンプラだとされている[29]。
「アニメ新世紀宣言」に集まるなどしてガンダムブームを支えた視聴者達の中からは、数多くのクリエイターが生まれている。シャアとララァのコスプレをした二人も、後にメカニックデザイナー 永野護と声優 川村万梨阿として『機動戦士Ζガンダム』の制作に参加している。
また等身大のロボットを描いた最初のTVアニメ『鉄腕アトム』がロボット研究者の大きな目標になったように、MSもロボット研究者にとって大きな目標の1つとなっている。
詳細については、下記のページを参照のこと。
各サブタイトルは画面上の表記どおり。また映画化においては、各エピソードに対し主に以下の変更点が加えられた。
| 話 | サブタイトル | 初放送日 (名古屋テレビ) |
劇場版での編集反映 |
|---|---|---|---|
| 1 | ガンダム大地に立つ!! | 1979年4月7日 | 物語の発端である為反映。 |
| 2 | ガンダム破壊命令 | 1979年4月14日 | 物語の基本設定が固まる話の為反映。 |
| 3 | 敵の補給艦を叩け! | 1979年4月21日 | ボトルショーの為カット。但しガデムの補給、シャアザクとガンダムの戦闘は反映。 |
| 4 | ルナツー脱出作戦 | 1979年4月28日 | 時間の都合ですぐジャブローへ出港。パオロは戦死せず下艦。クルー拘禁やマゼラン排除などは丸ごとカット。 |
| 5 | 大気圏突入 | 1979年5月5日 | 新舞台とガルマ登場の為反映。ガンダムの大気圏突入機能は大幅に変更。ガンダムハンマーはカット。 |
| 6 | ガルマ出撃す | 1979年5月12日 | 第9話に統合。地上部隊との戦闘は全カット。 |
| 7 | コアファイター脱出せよ | 1979年5月19日 | ボトルショーの為カット。但しシャアザクとガンダムの自由落下戦闘のみ反映。 |
| 8 | 戦場は荒野 | 1979年5月26日 | ボトルショーの為カット。但しカイのガンキャノン発進のみ反映。 |
| 9 | 翔べ! ガンダム | 1979年6月2日 | 一応ボトルショーだがマチルダ登場やアムロの心理描写が重要な為反映。シャアの通信妨害はカット。 |
| 10 | ガルマ 散る | 1979年6月9日 | ガルマ戦死やイセリナとの恋が絡む話の為反映。 |
| 11 | イセリナ、恋のあと | 1979年6月16日 | ボトルショーの為カット。但しザビ家一党がガルマの葬儀を巡り一堂に会する場面のみ反映。 |
| 12 | ジオンの脅威 | 1979年6月23日 | グフとランバ・ラル隊登場の為反映。ギレンによるガルマ国葬演説(ロングバージョン)は一作目のラストシーン。 |
| 13 | 再会、母よ… | 1979年6月30日 | ボトルショーだが第12話の前に入れ換えて反映。 |
| 14 | 時間よ、とまれ | 1979年7月7日 | ボトルショーの為カット。但しマチルダの補給のみ反映。 |
| 15 | ククルス・ドアンの島 | 1979年7月14日 | ボトルショーの為カット。 |
| 16 | セイラ出撃 | 1979年7月21日 | 『哀 戦士』の導入部。セイラやコズンの投獄がある為反映。 |
| 17 | アムロ脱走 | 1979年7月28日 | ミライ入浴やアムロの脱走がある為反映。 |
| 18 | 灼熱のアッザム・リーダー | 1979年8月4日 | アムロ脱走中の話だがボトルショーの為カット。 |
| 19 | ランバ・ラル特攻! | 1979年8月11日 | グフやアムロの伏線がある為反映。 |
| 20 | 死闘! ホワイト・ベース | 1979年8月18日 | ランバ・ラル戦死やリュウ負傷といった伏線がある為反映。ビームジャベリンはビームライフルに差し替え。 |
| 21 | 激闘は憎しみ深く | 1979年8月25日 | 第25話の後に入れ換え。リュウ戦死後のクルーの反応は軽く流す。 |
| 22 | マ・クベ包囲網を破れ! | 1979年9月1日 | ボトルショーの為カット。 |
| 23 | マチルダ救出作戦 | 1979年9月8日 | 劇場版では新兵器Gファイターがコア・ブースターへと差し替えられた為カット。但しエルランがレビルへ異議を唱えるシーンのみ反映。 |
| 24 | 迫撃! トリプル・ドム | 1979年9月15日 | マチルダが死ぬ他、名シーン多数の為反映。但し黒い三連星との戦闘は1回にまとめられる。 |
| 25 | オデッサの激戦 | 1979年9月22日 | 一年戦争全体の伏線の為反映。但し、エルランの内通やマ・クベの核ミサイル使用といった重要エピソードは丸ごとカット。 |
| 26 | 復活のシャア | 1979年9月29日 | シャアの再登場、水陸両用モビルスーツなど伏線が多く反映。但しハイパーハンマーやGブルはカット。 |
| 27 | 女スパイ潜入! | 1979年10月6日 | 第26話に統合。 |
| 28 | 大西洋、血に染めて | 1979年10月13日 | カットが検討されたが、カイの成長を描く話の為反映。グラブロがガンペリーのミサイルで撃破されるなど細部で変更。 |
| 29 | ジャブローに散る! | 1979年10月20日 | シャアに伏線や名シーンがある為反映。第30話と統合。但しゾックの撃破シーンはカット。 |
| 30 | 小さな防衛線 | 1979年10月27日 | カツ、レツ、キッカやセイラの伏線がある為反映。但しアッガイの撃破シーンは殆どカット。 |
| 31 | ザンジバル、追撃! | 1979年11月3日 | 冒頭のホワイトベース及びザンジバル大気圏離脱部が『哀 戦士』のラスト。但しGブルイージーやビグロの戦闘シーンは全カット。 |
| 32 | 強行突破作戦 | 1979年11月10日 | シャアがドレンと絡む為反映。但しザクレロの戦闘シーンとビームジャベリンは全カット。 |
| 33 | コンスコン強襲 | 1979年11月17日 | テムやカムランが関係する為反映。テムとの出会いは一回に統合。コンスコン隊との戦いも次回分と一まとめに。ブラウ・ブロや浮きドック場面はカット。 |
| 34 | 宿命の出会い | 1979年11月24日 | ララァ、シャアとアムロの出会い、カムランが関係する為反映。テムは新たに死亡シーンが追加。 |
| 35 | ソロモン攻略戦 | 1979年12月1日 | 一年戦争全体の伏線の為反映。作戦開始シーンがかなり短縮されている。 |
| 36 | 恐怖! 機動ビグ・ザム | 1979年12月8日 | 一年戦争全体の伏線やドズル、スレッガー戦死の為反映。 |
| 37 | テキサスの攻防 | 1979年12月15日 | 第37・38話は第35話の前に移動。但しギャンとマ・クベはカット(仕掛けた種々のトラップのみ反映)。 |
| 38 | 再会、シャアとセイラ | 1979年12月22日 | サブタイトル通り伏線に絡む為反映。但しデラミンやバロム、ワッケインの戦死は全カット。 |
| 39 | ニュータイプ、シャリア・ブル | 1979年12月29日 | 上映時間の不足と安彦の意見により全面カット。 |
| 40 | エルメスのララァ | 1980年1月5日 | 以後最終回までニュータイプにからむ話の為全て反映。但しモスク・ハン登場シーンは全カット。 |
| 41 | 光る宇宙 | 1980年1月12日 | |
| 42 | 宇宙要塞ア・バオア・クー | 1980年1月19日 | |
| 43 | 脱出 | 1980年1月26日 |
テレビ朝日系で毎週土曜日17:30 - 18:00に放送された。
| テレビ朝日系 土曜17時台後半 | ||
|---|---|---|
| 前番組 | 番組名 | 次番組 |
|
無敵鋼人ダイターン3
(1978.6.3 ‐ 1979.3.31) |
機動戦士ガンダム
(1979.4.7 ‐ 1980.1.26) |
無敵ロボトライダーG7
(1980.2.2 ‐ 1981.1.24) |
『機動戦士Ζガンダム』以降の新たなアニメ作品等に関してはガンダムシリーズ一覧を参照。
先述した劇場版3部作は、2000年にDVD化された際、5.1チャンネル用にオリジナルキャスト(一部を除く)によるアフレコのやり直しや効果音、BGMの細かい変更が行われている。そういった事情の元に製作された事もあり、DVD版は内容こそ公開当時と全く同じだったものの、オリジナル当時に映画を見た世代や、後にビデオで劇場版を見た人達には違和感を覚えた人が多く、ファンからはオリジナル音声版の発売が望まれていたが、2007年12月にようやくオリジナル音声版が発売される事となった。この作業について『映像の原則』にて富野は、「昔の10倍ほどに効果音を増やしたつもりだが、こんなものかという印象だった」「昔のままだったらあきれるほど貧相になっていただろう」と語っている。
TVシリーズ放送終了後の1980年に中島紳介と氷川竜介によってキングレコードからサントラ盤『機動戦士ガンダム III アムロよ…』が発売されており、レコード2枚にドラマ部分(とそれまでのサントラに収録されなかったBGM)が収録されている。これは単にTVシリーズのうち何話かを抜粋して、その音声のみ収録したに過ぎない作品であるが、当時はビデオなどの映像媒体がほとんど普及していなかったため、このような手法がよくとられた。1991年にCDとして再発されたが、現在は入手困難となっている。第1、2、9、10、19、21、24、34、36、38、41、42、43話から抜粋して収録されている。
なお劇場版も公開当時にドラマ編レコードが発売されている(やはり当時映像ソフトが未普及だった為)。
テレビ放送の段階では、『ジャングル大帝』や『ヤマト』のシンフォニックBGMより古い、旧来の子供向けアニメソング形態だったが、ジュブナイルアニメとして認知された後のII、IIIの映画化においては、富野の大学時代一時期同窓生で、当時、JポップやCMソングの作曲で人気を得ていた井上大輔が新たに主題歌を作って、みずから歌った。
2008年7月現在下記の作品が復刻発売されており入手可能。シングルはEP盤時代には収録されていなかった「Off Vocal Version(カラオケ)」が収録されている。
1979年~1983年に渡って発売された全14タイトルを、紙ジャケットを使用しミニチュア復刻化。
TVシリーズの総監督 富野喜幸(現・富野由悠季)によって、TVシリーズの物語を元により高年齢層向けの物語として執筆され、朝日ソノラマから出版された。話が進むに従い、TVシリーズとは全く異なる展開をするため、『機動戦士Ζガンダム』など後発の作品とは相容れない内容となっている。後に角川書店の角川文庫に版元が変更され、角川スニーカー文庫の独立後は同文庫より発売されている。通常、単に小説版といえばこの作品を指す。全3巻。朝日ソノラマ版は表紙画は大河原邦男(第1巻のみシャアの設定セル画)、本文挿絵は青鉢芳信。角川版は表紙・挿絵共に美樹本晴彦。
TVシリーズとの最大の違いは、物語の途中で主人公のアムロが戦死する事であり、当時ファンに大きな衝撃を与えた[30]。後年、富野はスニーカー文庫からの再版時に、アムロとハヤトの死を削るなど『Ζガンダム』との整合化作業を試みようとしたが、過去の自分を否定する事になるとして断念したと語っている。また連邦とジオンの描写についても、連邦は官僚の腐敗が進んでいるとしてむしろ悪者的描写がなされており、これが後の『Ζガンダム』におけるエゥーゴ対ティターンズの内紛に繋がっているとも取れる。アムロの母の名前、ギレンの秘書 セシリア・アイリーン、ハヤトのガンキャノン搭乗等の小説版オリジナル設定の一部は、後の劇場版に取り入れられている。
また、本作のみで登場しているシャア専用リックドムは、後に数々のゲーム作品などで使用されている。
また、外伝として富野により『密会 アムロとララァ』も執筆されたが、こちらはTVシリーズの内容に沿った形で製作されている。当初は角川mini文庫で全2巻として発売されていたが、後に角川スニーカー文庫から全1巻で発売されるようになった。
なお、中根真明によって執筆された小説版も朝日ソノラマから発売されていたが、こちらはTVシリーズとほぼ同じ内容となっている(現在は絶版)。
本作が放映された1979年当時、秋田書店発行の少年向け漫画雑誌「冒険王」にて本作の漫画が岡崎優により連載された。アニメが月に約4回、30分ずつ進行する事にあわせて、ページ数が限られている中で漫画を月1回連載、かつ、同時進行し続けなければならず、また、原作がある程度青年層向けを意図して制作されているのに対して、「冒険王」は少年漫画雑誌だったため、原作とはかなりの部分で改変が行われた。また、本作は連載半ばで打ち切りとなっている。詳しくは『機動戦士ガンダム (冒険王版)』を参照。
1992年には、原作をリメイクした近藤和久による漫画がバンダイ出版発行の漫画雑誌「サイバーコミックス」にて『機動戦士ガンダム0079』という題にて連載された。その後、メディアワークス発行の漫画雑誌「MS・SAGA」、「電撃大王」と連載誌を変えながら、足掛け10年以上の長期連載が行われていたが、2005年に完結した。後述の安彦版がアニメと比べて大胆な変更が加えられているのに対し、この近藤版は設定やストーリーの変更を極力抑え、自身のデビュー作である『MS戦記』のエピソードを絡めるようになっている。
2002年からは、本編のキャラクターデザインなどを手がけた安彦良和が『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』を、この作品のために創刊された角川書店発行の漫画雑誌「月刊ガンダムエース」にて連載している。ストーリーの一部や細かな設定が見直され、TVシリーズから大きく変更された部分も多い。またTVシリーズで描かれた期間以前の物語(ジオン・ダイクンの死から戦争前期まで)も詳細に描かれている。
当作品のパッケージ版は長らく劇場版のみで、TVシリーズは本放送から長い間発売されていなかった。
LD-BOXが初回限定生産の「機動戦士ガンダムメモリアルボックス」として、1998年8月に「Part-1」(第1~22話収録:6枚組)、同年12月に「Part-2」(第23~43話収録:6枚組)の全2巻に分けて発売された。
その後DVD-BOXが初回限定生産として、2006年12月にDVD-BOX1(第1~24話収録:6枚組)、翌2007年1月にDVD-BOX2(第25~43話収録:5枚組)の全2巻に分けて発売された。DVD単品版(全11枚)も2007年6月から順次発売されている。
また、DVD-BOX1の予約者に対し、非売品の特製アクションモデル「1/200 RX-78 GUNDAM Limited Version」が付く先行予約特典キャンペーンを行った。
DVD化に当たっては監督の富野自ら、本放送から約27年近く経過した原版フィルムの劣化部分のデジタル補正作業や、ハイビジョン仕様のリマスター制作に関るほど、大規模なリファイン作業が行われた。この為、旧作作品のDVDとしては1話当たりの単価がやや高めになっている。
富野は『富野に訊け!』の宇宙飛行士の野口聡一との対談において、「ファーストガンダムのDVDをくれませんか」と言われた際、「あれは出来がひどいのであげられません」と答えている(劇場版の事を言った可能性もある)。
韓国アニメの『宇宙黒騎士』は、この作品からの無断剽窃が多数見受けられる。