流鏑馬 とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋流鏑馬(やぶさめ)とは、疾走する馬上から的に鏑矢(かぶらや)を射る、日本の伝統的な騎射の技術・稽古・儀式のことを言う。馬を馳せながら矢を射ることから、「矢馳せ馬(やばせうま)」と呼ばれ、時代が下るにつれて「やぶさめ」と呼ばれるようになったといわれる。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 流鏑馬 出典: 『はてなダイアリー』 関連商品
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流鏑馬
(やぶさめ)
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|---|---|
| 別名 | 流鏑馬式(やぶさめしき) |
| 競技形式 | 演武・儀式 |
| 使用武器 | 和弓・矢・馬 |
| 発生国 | |
| 発生年 | 古代〜中世? |
| 創始者 | 不明 |
| 源流 | 騎射 |
| 流派 | 小笠原流、武田流 |
| ・Template:Infobox_武道・武術・ | |
流鏑馬(やぶさめ)とは、疾走する馬上から的に鏑矢(かぶらや)を射る、日本の伝統的な騎射の技術・稽古・儀式のことを言う。馬を馳せながら矢を射ることから、「矢馳せ馬(やばせうま)」と呼ばれ、時代が下るにつれて「やぶさめ」と呼ばれるようになったといわれる。
目次 |
『中右記』の永長元年(1096年)の項などに記されているように、馬上における実戦的弓術の一つとして平安時代から存在した。鎌倉時代には「秀郷流」と呼ばれる技法も存在し、武士の嗜みとして、また幕府の行事に組み込まれたことも含めて盛んに稽古・実演された。だが、しかし、個人の武勇に頼っていた時代から、兵法や兵器が進化して足軽や鉄砲による集団戦闘の時代である室町時代・安土桃山時代と、時を経るに従い一時廃れた。
江戸時代に入り享保9年(1724年)、時の将軍、徳川吉宗の命を受けた小笠原流20代小笠原貞政は、小笠原の伝書を研究し新たな流鏑馬制定、古式と共に奥勤めの武士達に流鏑馬、笠懸の稽古をつける。享保13年(1728年)、徳川家重の世嗣ぎのために疱瘡治癒祈願として穴八幡宮北の高田馬場(現在の現在の東京都新宿区西早稲田三丁目)にて流鏑馬を執り行い、これを奉納した(この10年後、無事疱瘡祈願成就した折に報賽として再び行われ、その様子を絵巻にしたものが『流鏑馬絵巻』である)。この後、将軍家の厄除け、誕生祈願の際などに度々流鏑馬が行われるようになる。明治維新を経て幕府解体、また第二次世界大戦と以後の煽りを受けるなど三度の衰退を見るが戦後に復興、現在に至る。現在、流鏑馬は神社の神事として日本の各地で盛んに行われ、観光の目玉となっている。
馬を疾走させる直線区間で、通常2町(約218メートル)。進行方向左手に間をおいて3つの的を立てる。馬場から的までの距離は5m前後、的の高さは2m前後。(流派や規定の違いによりそれぞれの距離にはばらつきがある)。射手(いて)は、狩装束をまとい、馬を疾走させ、連続して矢を射る。
馬上における弓術には他に笠懸(かさがけ)や犬追物(いぬおうもの)があり、流鏑馬とあわせて「騎射三物」とされる。 的と射手との距離を10~15間(約18~27メートル)に1つ置いたものを「笠懸」、竹垣で囲んだ馬場に150匹の犬を放して射手36騎が3手に分かれて犬を射るものを「犬追物」という。犬追物では、犬を傷つけないよう「蟇目(ひきめ)」と呼ばれる大型の鏑をつけた矢を用いる。
以下、徳川氏での例について述べる。
馬場は長さ2町である。広さ2杖半ほどのなかに幅1杖の芝をはるか、または縄をはって、中に砂をまいて馬走とする。いちだん掘り下げることもある。両側には埒がある。左を男埒といい、高さは2尺3寸、右側は女埒といい、高さは2尺、木製でもあり、萩でもむすぶ。
的は3箇所にたてる。一の的までは48杖、一の的~二の的間は38杖、二の的~三の的間は37杖である。的と馬走との間は3杖であり、上手には5杖、7杖などに的をたてることもある。的は方1尺8寸、厚さ1分ほどのヒノキ板である。的串の長さは3尺5寸ほどで、的をはさみ、頂点を上下に(いわゆるダイヤ型に)たてる。
射手の服装は水干、または鎧直垂を着て、裾および袖をくくり、腰には行縢をつけ、あしに物射沓をはき、左に射小手をつけ、手袋をはめ、右手に鞭をとり、頭には綾藺笠をいただく。太刀を負い、刀をさし、鏑矢を5筋さした箙を負い、弓ならびに鏑矢1筋を左手に持つ。
次第は、射手、諸役ともに神拝がおわって馬場に行き、馬場をひととおり見て回り、射手は馬場末にあつまりならび、ウマを立て、諸役はそれぞれ所定の位置につく。日記役が立ち出て、射手のなかから一番の射手がこれに出向かってひざまづくとき、日記役は「流鏑馬はじめませ」と宣する。この間、一同の射手は下馬する。一番の射手がこれをうけて立ち帰り、射手に伝え、一同うちそろって乗馬し、馬場元に行き、扇形にウマを立てならぶ。一番の射手がまずウマをすすめて立ち出、祝詞を奏し、おわって中啓を出し、扇捌きをなし、そのままウマを馳せ出し、中啓を前方にたかく投げ揚げ、取りかけて一の的を射る。これを揚扇という。ついで二の的、三の的を射ることはかわらない、射手つぎつぎと射おわり、5騎でも7騎でも、当日最後の射手は老練、上手のものがこれにあたり、まず一の的を射て矢番いし、ただちに右手に鞭をとり、たかくさしあげしずかにこれをおろして取りかけ二の的を射、三の的のまえにも鞭をあげる。これを揚鞭といい、はなはだ困難な技術である。射手は射おわったものから馬場元にあつまるから、全部終了のときはただちに乗り出して、諸役はそれぞれの位置について支度所にもどる。
射法は、胴造りおよび矢番いに特色がある。ウマを追い出すとともに鞍まわりといって、左右の膝をひらき鐙に立ち上がり、身体は鞍と3寸くらいあくようにする。これを鞍をすかすという。身体は前に伏せ、胸をそらせる。一の矢は番えて出るけれども、二の矢、三の矢は箙からぬいて番える。
流鏑馬では声をかける。式には一の的てまえで「インヨーイ」とみじかくふとくかけ、二の的てまえで「インヨーイインヨーイ」と甲声でややながくかけ、三の的てまえでは「インヨーイインヨーイインヨーーイ」と甲をやぶってたかくながくかける。略では「ヤアオ」「アララインヨーイ」「ヤーアアオ」「アラアラアラアラーーッ」などとかける。
日記は、当日射手、姓名をしるし、中不をしるす。奉書をながくふたつおりにして、右端を水引でとじてつくる。
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