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佐藤 尚之 /
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具体的には、代価を払って最終的に商品を使用する、もしくはサービスを受ける者をさす。
企業や非営利組織などの法人が購入した製品を再販売しているような場合、または法人が生産する製品の部品などの一部に利用するために購入しているような場合は産業消費者と言う。再販売する目的以外で購入する消費者を世帯消費者という。
法人も財・サービスの消費の主体となりうるのである。ただし、日本の消費者契約法においては、情報の質および量、ならびに交渉力の格差にかんがみ、特に事業者以外の個人を一括して「消費者」と定義し、事業者との間で締結される契約にかかる利益の擁護を図っている。
視点を変えると、例えばメーカー企業で勤めているサラリーマンは、職務の上では生産者側であるが、生活を営む上では必要な生活必需品を購入して生活しているので、消費者でもある。農家の人は、農産物に関しては生産者であるが、自分のところで収穫するもの以外の食べ物や衣服などは購入しており消費者である。よって、より広い意味では国民全員が消費者である、とも言える[1]。
しかし歴史的に見ると、この消費者は国民経済における最大の集団であるにもかかわらず、組織化されていなかったため、事業者に対して発言する力を持たず、意見も聞いてもらえず無視されるというような弱い立場に長らく立たされていた[2]。企業が製造した商品の欠陥により消費者に被害が発生しても、消費者側から損害賠償を申し立てることは実際上非常に困難であった[3]。
アメリカでは比較的早期から消費者による運動が盛んであった。特に1960~70年代、ラルフ・ネーダーによる企業告発などによってコンシューマリズムが盛り上がった。
日本でも第二次世界大戦後の1945年に主婦らが「おしゃもじ運動」を起こすなどして消費者運動が始まった。1960年頃の高度経済成長の時期になると様々な消費者問題が起き、その後「消費者保護基本法」が制定され、ようやく産業優先の考え方から消費者優先の原則へと移行し、消費者保護の基本的方向が示されることとなったのである[4]。
消費者には様々な権利がある。ただし、その権利はただ事態を傍観していると自然に与えられるといった性質のものではないので、消費者の権利を守るために自発的に闘ったり努力したりすることが消費者の責務だと考えられるようになってきている。
1936年、アメリカ合衆国では『コンシューマー・レポート』という情報誌が発行されることになった。これは家電製品や自動車などの機能や安全性をテストして、その情報を消費者に提供するものである。
1960~70年代には、弁護士で消費者運動のリーダーのラルフ・ネーダーが、自動車の安全性に関する企業告発を行い、それをきっかけとしてコンシューマリズムが盛り上がった。
1962年、ケネディ大統領は消費者保護特別教書において、消費者の4つの権利として以下のものを挙げた。
日本では1945年に大阪の主婦らが粗悪品追放を掲げて「おしゃもじ運動」を起こした。これが日本における消費者運動の始まりともされる。1948年には主婦連合会(主婦連)が「不良マッチ運動」を起こした。
昭和30年~40年代(1955年~65年頃)、日本が高度経済成長期に入ると、大量生産・大量消費が行われるようになり、事業者と消費者の力の差が極端に大きくなり、いわゆる消費者問題が起こるようになってきた。
1955年には森永ヒ素ミルク中毒事件が発生。その一年後の1956年には水俣病が発生し、食品の安全性に疑問を持つ消費者が多くなった。1960年には「うそつき缶詰事件」(にせ牛缶事件)が発生[5]。
1961年にはサリドマイド睡眠薬事件が発生。1965年には新潟県で第二水俣病、1968年にはカネミ油症事件と、次々に消費者が被害者となる事件が発生した。[6]
1968年5月には消費者保護基本法が制定された[7]。これは消費者のための憲法とも言われることがあるものであり、これによって行政・事業者・消費者それぞれの役割が明確化された。それまでの「産業優先」に凝り固まった考え方から消費者優先の原則へと移行し、消費者行政の基礎が体系づけられ、消費者保護に関する基本的方向が示されたのである。
その後、この消費者保護基本法の趣旨にのっとり、全国の地方自治体に消費生活センターが設置されることになった。これは消費者行政の"第一線機関"とも位置づけられるものであり、消費者からの苦情・相談の窓口となったり、苦情処理テストや消費者啓発を行うなど、消費者と直接に接する業務を行うものである。
1969年には、日本消費者連盟が設立され『消費者レポート』が出版されるようになった。これは告発型のそれである。
1970年に消費生活センターが開設された当時、消費者の最大の関心事は食品の安全性であった。当時、牛乳のBHC汚染、発がん性が問題となったAF-2やチクロなどの食品添加物、魚の水銀汚染などの問題が発生していた。 1970年~79年までに寄せられた相談の件数でも食料品の相談が1位を占めている[8]。食品添加物や健康食品などに関する相談が多かった。
昭和50~60年代(1975年~95年ころ)には、訪問販売が盛んになり、これに関するトラブルが増えた。典型的な事例としては豊田商事事件が挙げられる。
1976年には訪問販売法が制定された。また、消費者を保護するためにクーリングオフ制度が設けられた。
昭和60年代(1985年~)になると、消費生活が多様化・複雑化し、消費生活センターへの相談としては、住居品、教養娯楽品、保健衛生品などの相談件数が増加し、食料品の問い合わせ件数は3位になった。ただし、食料品の相談件数はほぼ横ばいで、減ったわけではなく、他の問い合わせが増えたのである[9]。
1987年には霊感商法や開運商法による被害者が多く出た。
1993年には消費者金融業者の無人契約機が街角に登場、その後増加し、借りすぎにより借金地獄に陥る人も増えている(2003年時点で個人の自己破産は24万件)
2008年には消費者庁(仮称)の設置に向けての一連の動きが起きた。2月8日の閣議決定に基づいて「消費者行政推進会議」が設置された。4月23日の第6回会合の後には同会議は「消費者庁(仮称)の創設に向けて」と題して、消費者庁(仮称)の所管、位置づけなどに関する「6つの基本方針」と、国民本位の行政実現など「守るべき3原則」をまとめた文書を発表。6月13日には「消費者行政推進会議取りまとめ ~消費者・生活者の視点に立つ行政への転換~」を発表した。
消費者の権利については様々な表現のしかたがあるが、1962年にケネディ大統領が消費者保護特別教書において挙げた以下の4つが有名である。
現代では消費者の権利は以下のように表現されることもある[10]。
消費者の権利は、手をこまねいて傍観していて与えられるといった性質のものではない[11]。 権利には責任が伴う。消費者の責任とは、知る権利、選ぶ権利、安全である権利、要求する権利を守るためにたたかうあるいは努力する責任を意味する[12]。
牛肉偽装事件のような事態が日本を代表するような企業に次々に発生するということは、消費者の、企業に対する権利要求がまだまだ弱すぎて、不十分であったことを意味している[13]。消費者は企業にとって顧客であり、顧客は不買運動を起こすことができるのであり、偽装・欺瞞をあえて行うような企業を懲罰したり、解体にまで追い込むことは可能なのである[14]。
消費者には、自分が果たすべき責務を放棄して、他者(主として行政)に責任転嫁する状態も見られる。これを神門善久は「消費者エゴ」と呼んでいる[15]。消費者は、食の安全性に関するリスクコミュニケーションに積極的に参加するようにならなくてはならない、と神門は述べる[16]。
生物学では、食物連鎖においては植物を生産者と呼ぶのに対応して、これを捕食する動物、そして動物を捕食する動物を消費者と呼ぶ。詳しくは生産者を参照のこと。
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