清和源氏 とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋清和源氏(せいわげんじ)は、56代清和天皇の皇子を祖とする賜姓皇族。もっとも栄えたのは第六皇子貞純親王の子の六孫王経基の子孫の系統。中級貴族であった経基の子源満仲(多田満仲)が藤原北家による摂関政治の確立に協力して中央における武門としての地位を築き、摂津国川辺郡多田の地に武士団を形成する。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 清和源氏 出典: 『はてなダイアリー』 関連商品
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清和源氏の起源は、清和天皇の第六皇子貞純親王の子である経基王が臣籍降下により源姓を賜ったことに遡る。源経基の名跡を継いだ源満仲は、摂津国川辺郡多田(現・兵庫県川西市多田)を本拠地として源氏武士団を形成した。酒呑童子退治などで有名な満仲の長男の源頼光も、摂津国に拠点を置いたことから摂津源氏と呼ばれる。摂津源氏の中で多田に土着する系統を多田源氏といい、傍流からは美濃に土着した美濃源氏が輩出される。満仲の次男の源頼親の系統は、大和国宇野(現・奈良県)を本拠地としたことから大和源氏といわれる。また、満仲の三男の源頼信の系統(厳密に言えば、義忠・義時流)は、河内国壷井(現・大阪府羽曳野市壷井)を本拠としたことから河内源氏といわれる
頼信の子、源頼義は前九年の役にて陸奥国奥六郡に蛮拠する俘囚長 安倍氏を討ち、その子、八幡太郎義家は出羽国の俘囚長、清原氏の内紛を治め(後三年の役)、声望を高めた。河内源氏が東国に足掛かりを持つようになったのもこの頃である。河内源氏はこのように武名を現したことから、事実上清和源氏の嫡流の地位を占めるに至った。
このような河内源氏の興隆は、時の権力者 白河法皇の警戒を招く。義家の長男・源義親は対馬守に任ぜられ、その後義親は反朝廷的行為などの罪を問われて追討を受けている。義家の死後、家督を継いだ源義忠が源義光の策謀で暗殺されると河内源氏の勢力は弱体化する。源義忠の後を継いだ源為義が効果的な施策を打ち出せずにいた一方、白河院の寵愛を受けた伊勢平氏傍流の平正盛が地位を固めていったことで、武門の中で河内源氏の勢力は相対的に低下していった。
不遇を囲った源為義の子で東国に下っていた源義朝は、保元の乱において、河内源氏恩顧の関東の武士を糾合して天皇方に立ち、上皇方の父為義や源為朝など弟を敵に回して勝利した。しかし、一族の多くを失った源義朝は、同じく天皇方についた平清盛と比較して勢力を伸ばすことができなかった。そのため、義朝は河内源氏の勢力回復をはかり、藤原信頼と手を結んで後白河上皇を幽閉、平治の乱を起こす。一時天下を我が物にした義朝だったが、平清盛らが秘密裏に上皇らを救出したことで形勢逆転、敗退して京を落ち、東国へ向かう。しかし、道中で、腹心の鎌田政清の舅になる尾張国の長田忠致の手にかかって殺害された。
20年余の時を経て、以仁王の令旨を奉じた摂津源氏の源頼政、熊野に潜んでいた河内源氏庶流の源行家らの檄を受け、河内源氏の源義朝の子である源頼朝、源希義、源範頼、源義円、源義経ら兄弟や、源義朝の弟の源義賢の子であり、頼朝の従兄弟にあたる源義仲(木曾次郎義仲)、八幡太郎義家の弟の源義光(新羅三郎義光)の子孫の甲斐源氏武田氏の源信義らが各地で挙兵し、俗に源平合戦と呼ばれる治承・寿永の乱が発生する。当初は平家が源氏を圧倒していたが、次第に形勢が逆転し、源家の頼朝軍が壇ノ浦の戦いで平家を滅ぼして勝利した。
平家の追討に成功した頼朝は奥州藤原氏を討ち、勢力基盤を固めた。武家政権の台頭を嫌いその勢威を抑制してきた後白河法皇が死去すると、1192年に征夷大将軍に任ぜられ、今日でいう鎌倉幕府が成立した。これにより、清和源氏が武家の棟梁であると名実共に認められた。ただし、源頼朝の系統は、頼朝の子源実朝が、兄源頼家の子公暁に殺害され、その公暁も捕らえられて処刑されたため男系は断絶、女系も頼家の娘・竹御所が死産により死去したことで完全に断絶した。
鎌倉幕府において、源氏一門は、血統や功績等により源姓を称することが許される御門葉と、源姓を称することが適わず、名字を称するものに区別された。しかし、源氏一門たる御家人は門葉であるか否かを問わず従五位下に叙し国司に任ずる格式を許されていた[要出典]。
鎌倉幕府末期の混乱期に頭角を表した清和源氏の名門足利氏の棟梁足利尊氏は、対抗勢力を打ち破り、武家の棟梁として1338年に征夷大将軍に任じられ室町幕府を開く。ここに至り、清和源氏が武家の棟梁となる慣習が確立したと言われる[要出典]。足利義満は、清和源氏出身者として初めて源氏長者となり、その後の将軍が源氏長者となる道を開いた。戦国時代には、清和源氏の末裔を称して家格を誇張する者も出てきた。
三河国の豪族松平氏は、信光の代には賀茂氏を名乗っていたという。家康が徳川氏に改姓するにあたって称した氏は藤原氏であった。そのため、慣例で源氏がなるとされていた征夷大将軍に任官されるために、新田氏の末裔となるべく系図を借り受けて「源朝臣」を称するようになったという解釈がされることが多い。しかし、笠谷和比古等の研究によると、1588年の後陽成天皇聚楽第行幸の際には、家康はすでに源朝臣を名乗っていたという。また、家康の祖父の松平清康の代には既に世良田氏の子孫を名乗っていたという説もある。いずれにしても、徳川氏は清和源氏を仮冒したとされる。その後家康は慶長八年(1603年)に征夷大将軍と源氏長者に任じられ、幕府を開いた。
薩摩国の大名(鎌倉時代は守護、室町時代は守護大名、戦国時代は戦国大名、江戸時代は薩摩藩主)島津氏も元来は惟宗氏の出で、島津家の祖・忠久は惟宗広言とされてきた(近年では惟宗忠康の子という説が有力)。だが忠久が源頼朝により抜擢・厚遇されたことからその理由付けとして「忠久は頼朝の庶子」という系図を借り受けて「源朝臣」を称するようになったとされている。故に島津氏も徳川氏同様清和源氏を仮冒したとされる。
武家の棟梁である征夷大将軍には清和源氏の者しかなれないという説がある。しかし、坂上田村麻呂や大伴弟麻呂や藤原頼経といった先例が存在し、織田信長も征夷大将軍に就任する可能性があった(三職推任問題)。そのため、現在ではこの説は俗説とされている。
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貞保親王 |
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貞純親王 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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満重 |
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頼信 |
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頼平 |
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頼明 |
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頼貞 |
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頼範 |
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孝道 |
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頼尋 |
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源賢 |
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忠季 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 摂津源氏 |
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大和源氏 |
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| 清和天皇 (惟仁親王) |
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| 貞辰親王 |
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貞数親王 |
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貞真親王 |
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貞頼親王 |
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