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黒柳 徹子 /
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『窓ぎわのトットちゃん』(まどぎわのトットちゃん)は、1981年に講談社から出版された自伝エッセイ。著者は、タレントの黒柳徹子。
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自由が丘にかつて存在し、著者の黒柳徹子が通学したトモエ学園が舞台。ユニークな小学生生活やそれを許容した自由な校風の小学校を描き、日本国内で750万部を越える戦後最大のベストセラーとなった。一般書籍の部数記録としては現在も破られていない(2007年12月現在)。
内容は完全なノンフィクションであり、トモエ学園に於けるユニークな教育方法(リトミック、電車を利用した教室など)や、校長である小林宗作の人柄、黒柳徹子自身の小学生時代が描かれている。黒柳の級友も全員実名で登場し、初恋の人として、同級生であった物理学者の山内泰二も登場する。
「トットちゃん」とは、本人が舌足らずのため、自身の名前の「徹子(てつこ)」を「トット」と発音していたことにちなむ。また「窓ぎわ」とは、出版当時、リストラ予備軍のサラリーマンのことを「窓際族」と呼び出した時期であったため、黒柳徹子自身、最初に登校していた私立小学校を退学になったことなどから付けられたものである。
芸能人やスポーツ選手、政治家等の著書はゴーストライターがまとめたものが多いといわれるが、『窓ぎわのトットちゃん』はゴーストライターを使っていない。また、講談社も最初はヒットを全く予想しておらず、初版部数は8000部だったという。
なお、オリジナルの日本語版としては、講談社よりハードカバーおよび文庫(講談社文庫)、新書(青い鳥文庫)が刊行されているが、表紙絵および挿絵は一貫していわさきちひろの作品である。本作品の世界観といわさきちひろの画風がマッチしていたことも、本作品のヒットの一要素であるとも言える。
世界35ヶ国で翻訳され、ポーランドの文学賞「ヤヌシュ・コルチャック賞」を受賞。この本の印税により、「社会福祉法人トット基金」を設立。
黒柳徹子の語りとオーケストラによる音楽物語『窓ぎわのトットちゃん』も作られた(作・構成:黒柳徹子・飯沢匡、作曲:小森昭宏)。
『窓ぎわのトットちゃん』以後、日本では芸能人やスポーツ選手等が著した自伝エッセイや告白本(いわゆる「タレント本」)やテレビ・ラジオ番組とのタイアップ書籍(タレント本の一部もここに含まれる)の出版が相次ぐようになった。それ以前にも山口百恵『蒼い時』や矢沢永吉『成り上がり』がミリオンセラーを記録しているが、タレント本ブームは『窓ぎわのトットちゃん』によって絶頂に達した。
1981年のベストセラーランキング(出版科学研究所調べ)によると、『窓ぎわの─』を筆頭に、加山雄三『この愛いつまでも』、オールナイト・ニッポン編『ビートたけしの三国一の幸せ者』、田原俊彦『君だけマイラブ』、ザ・ぼんち『王様の耳はロバの耳』、桃井かおり『うつむきかげん』が年間30位以内にランクインしている。
その他1982年の江本孟紀『プロ野球を10倍楽しく見る方法』、鈴木健二『気くばりのすすめ(正・続)』、1983年の和田アキ子『和田アキ子だ 文句あっか!』などはミリオンセラーを記録している。そしてその流れは1990年代以降も続いている。
しかし、『窓ぎわのトットちゃん』が凡百のタレント本と一線を画すのは、多くのタレント本は発売後数ヵ月~1年ほどで飽きられ、誰も見向きもしなくなるのに対し、『窓ぎわのトットちゃん』は発売後20年を経ても売れ続け、さらに現在でも新規読者を獲得しているということである。
一方で、1980年代に管理教育を標榜していた愛知県では、教職員やPTA関係者らが「タレントが執筆した本を学校図書館に置くとは言語道断だ」と、学校図書館から同書を締め出した。
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